バトテニTOP>>長編テキスト(プロローグ)>>001『告知』




僕達には叶えたい夢があった。
この先の人生の中、守っていきたい未来があった。
それは明日もテニスをしたいだとか、将来の進路の事だとか、友人の事だとか、
…そんな他愛のない、でもかけがえのないモノだったけど。
でも。


『全てを投げ捨てろ。』



そう、運命はささやいたんだ………。











BATTLE 01 『告知』










 20XX年度 仮想敵国への模試戦闘プログラムについて


 1.参加対象
 全国の中学3年生(冬季は2年)の中から無作為に選ばれた1クラス。
 ただし、少子化による近年の参加人数不足解消の為、来年度から施行予定のBR改正法施行に伴い、
 参加を中学生全体に引き下げる【新中学制】を正式採用し、
 クラスの代わりとして『特定の能力を持った集団』を選ぶ事も許可する。

 2.活動目的
 人生に目的を見出せない若者達へ職務に従事することの重要性と身体を動かすことの楽しさを養うと
 共に、生命の危機に晒された時における人間の本能的な行動パターン、身体能力を研究する。
 また、近年増加する生徒の不登校や家庭内暴力、青少年犯罪撲滅の為に、社会及び大東亜帝国民の
 手本となるような『強い大人』を選出し、 未来のわが国の安泰を支える人材へ育成する為の
 オーディションとしての意味ももたれている。

 3.日程
 8/7(土)~8/9(月)までの3日間(72時間)



そこに書かれていたのは、無機質な言葉。
それはまるでゲームのOPムービーが始まったかのような、唐突な始まりを告げた。










「………で、俺がその”ゲスト”って訳か。」

溜息一つ。
アンティークテーブル上に置かれたその一枚の粗悪な紙に
メイドの態度がいつもより騒がしいと内心いらだっていた跡部は苦々しげな顔をいつも以上に表した。
胸の辺りにきりきりと痛むような感覚を感じ、どうしようもない怒りがふつふつと湧き上がってくる。
もし、そこに置かれた紙が『ただの紙』であったなら現状はもっと違っていたのだろうが、
あいにく、それは跡部にとっては火に油を注ぐようなもので。
「………忌々しい。」
政府もまだこんなものに金をだそうを思うのか、と睨むように見下した。
そこに書かれているのは、間違いなく今現在行われている世界最悪の法律。

―――BR法。

「なんでこんなものが家にあるんだよ………」
全てに目を通した訳ではないが、跡部が知る限り『仮想敵国』と『プログラム』。
この2つの単語を持ってくるものなどそれしかあり得ない。
もしあるとすればどこかのアホが繰り出した3流のパロディ小説程度。
人並みの運のある生活をしていれば学校の勉強以外でこの言葉を見かけることなどほとんど無い。
「………………………そうか、騒いでたのはコレが理由か。」
意識だけを部屋の向こうのメイド達に向けた。
BR法―――それはある者は怯え、ある者は憎しみの感情をこめて睨みつけ、
ある者は悲しみを隠し切れないであろう現代のパンドラの箱。
他人の家だろうともそれを見てしまえばあのおしゃべりなメイド達の事だ。一斉に騒ぎ出すだろう。

…全ての根本原因はコレか。
むしゃくしゃしていた全てがその法律の改正案に注がれる。

「………。」
そもそも、なぜここにこんなものがあるのだろう…考えて、すぐに答えは出た。
しかし、それを認める気にはなれない。
誰がこんな非現実的なものが家に入り込んできて、すぐに受け入れる事が出来るというのか。
他人の家だからと好き勝手噂を流しているメイド達でさえ気が気じゃないだろうに。
「…ちっ。」
苛立を声にする。
誰かが嫌がらせのように置いて行った、たちの悪い嫌がらせと思っていないと、
現実を突きつけられたショックから立ち直れそうに無さそうだ。
頭がショックと恐怖と動揺でくらくらする。
…解っているのだ。
自分の追い詰められた立場を。メイド達が語る噂の奥に隠された「結論」を。
「俺に…どうしろって言うんだよ。」
どうしようもない壁にブチ当たる感覚。
苛立ちから振り回した手が花瓶に触れ、音と水しぶきをあげてガラスが砕け散る。
「……こんなもの、納得出来る訳がねぇだろ………っ!!」
『これ以上、こんなものを見ていたら気が狂う。』
そう現状にそう結論を付け、気分を切り替えようと荒紙をくしゃくしゃと丸め、手近いゴミ箱へと放り投げた。
”ゴミ”は美しい放物線を描いて、ゴミ箱内に落ち着く。
こうして上に、横に飛ばす為の力を加えただけで何の問題も無く物体は飛んでいくのに。
コントロールさえつければ、それは思いのままの位置に飛び込むというのに。

―――しかし、この現状は一体なんだ。

「…くそ…。」
直面してみて始めて気付かれる、現実は一人の力だけではどうすることも出来ないという事。
牛耳る政府によって俺達はそこに『生かされている』という事。
財力の力を用いればどんなことも不可能では無かった跡部に対する、初めての無力感。
自分はこの現実を変えられない。
「……………。」
氷帝学園は都内一等地という場所柄と学校そのものに付いた高級ブランド思想の為か、
企業経営者など、親の社会階級が高い者が多い。
『プログラム関係者が親に多い学校は標的になりにくい』 そう、誠しやかに流れる都市伝説。
その噂を証明するかのように氷帝は周辺地域の他の学校に比べプログラム参加率が低めだった。
だから…油断をしていた。
「…まさか、受けなきゃいけねぇとはな。」
本来はもっと早く覚悟をしておくべきだったのだ。
そうすれば事前にそれなりにの対処も出来るし、冷静な判断もとりやすくなっただろう。
しかし、『覚悟する』という事はこの先の未来を実直に認めなければいけないと言う事でもある。
―――この極秘書類を見てしまった事に対する政府の行動を。
「…はは…。」
恐らく、奴等は俺に対する口止めを当然の事として、
そのままこの原文を正式に施行する為、ここに書いてある『テストプログラム』を行なおうとするだろう。
自分のほんの些細な行動で、プログラムが氷帝で開催される。
その恐怖に自分は耐えられるのか?跡部は内心で自問自答する。
これから自分と…少なくとも俺と同じクラスである宍戸には不運としか言いようのない現実が待っている。
氷帝の人間すら止められない膨大な力によって発生する悪夢。
どうしたって避けられるものではないだろう。
―――と、そこまで考えて、もっと恐ろしくて考えたくも無いことを想像してしまった。

きっかけは宍戸と、視線の先。
部屋の端に投げ捨てられるように床に落とした、自分がついさっき持って帰ってきたテニスラケット。

「まさか。」
フラッシュバックする記憶。
『参加を中学生全体に引き下げる【新中学制】を正式採用し』
自分が先程丸めた荒紙の一文。 冒頭にあった『参加対象』の欄。
そこになんとなく書かれていた一文。
やめろ。
「………今度の、BRの対象は。」
『クラスの代わりとして『特定の能力を持った集団』を選ぶ事も許可する。』
『プログラムが発生する』と言う事実に打ちのめされて全く考えていなかった可能性。
うそだ。
やめてくれ。
『特定の能力』。
それが趣味や仕事にも関わるとするならば。1週間後に『ちょうどいいイベント』がある。
中学生が集まり、特定の能力を持った、プログラムにまたとない―――『合宿』。

「クラスじゃ、なく。」




もし、今回の対象が『関東地区 テニス部』だとしたら……?




「……はは。」
跡部は笑う以外の選択肢を取り得なかった。
あくまでもそれは最悪の事態ではあったが、それを否定する術をあいにく持ち合わせていなかった。
100%それとは言えない。しかし、100%ないと否定する事も出来ない。
「………でも、いきなりそれはねぇ…よな?」
体が震える。頭が口と連動していない。
やるかもしれない、いや、やるんだろう。そんな不安が跡部を根底から揺らす。
「………。」
近くのソファーの上にしゃがみこむ。
いくら大人ぶった言動をしてみても、自分達は子供。政府と言う大きな力の前では無力に等しい。
これは、この世界を縛り付けているルールでは暗黙の了解とされている事なのだが、
それでもどうしようもないもどかしさと現実のギャップを認めることが出来ない。
『悲しい。憎らしい。情けない。悔しい。どうして俺達が政府なんかに!!!』
溢れる感情。しかし、それを捌ける場所がない。
もどかしさの堂々巡り。
それはまるで目の前に苦しむ人がいるのに、鏡に遮られ、声も届かない状況のような、
空虚感を持った深い悲しみ。

―――もし。
もし、俺に力があったならば、自分を、仲間達を救う事が出来るのだろうか?
彼等を罪の地獄に送らなくてもいいのだろうか?
政府に思いを伝える事ができたのだろうか?
そんな事を考えてしまうのは、自分が人々を引っ張ってゆく部長と言う存在にいるからなのだろうか?

苦笑して、ふっと、部屋を。そしてゴミ箱を見た。
気に入ったアンティーク家具を集めさせて作った部屋。
恐この部屋もこれで見納めになってしまうだろう…跡部は感慨深く見回した。
「奴等は…帰ってきていないのか。」
ショックから逆に冷静さが戻ってきて、跡部は時計に目をやった。
時間は―――もう既にこの現状に立ちいってから1時間が経過していた。
やけに過ぎるのが速いな…混乱で疲れた頭が活発に活動したのか。冷静になったのか。そう思う。
『…俺でさえこれだ。多分宍戸は早々出来るもんじゃねぇな…』心配がジワリと駆け巡って消えた。

駄目だ。

別のことを考えていないと、このまま別の人間になっていくような気になる。
直視して考えなくては行けない現実と、逃避を考慮しなければ持たない精神がギリギリのバランスを保つ。
我ながら不甲斐ないほどの混乱ぷりだ。
俺はラジオをかけ、そして先ほどの親の状態に思考を向けた。
流れてくるスローバラード。



『両親』といって思い出すのは。
7年ほど前、まだ自分がイギリスにいた時の頃、誕生日。
『帰宅が遅くなるけれども、それまでいい子で待っていれば必ず2人は帰ってくる』。
そう信じてその年も俺はずっと待っていた。
電気を消して、息を潜め、気配も消して、料理にも手をつけず、
まるでかくれんぼをしているかのような、見つかるか根負けするかのギリギリの高揚を感じて待っていた。
しかし、入った連絡。『急に仕事が入って大幅に遅れる』という内容。
『ごめんね。』
母親が電話口で謝っているのが聞こえる。
当時は謝る理由を悟る事ができなかった。只、『いつも遅いのに何で今日は謝るの?』その程度で。
それを聞いた母親は酷く後ろめたそうな雰囲気を漂わせて電話を切った。

今ならその時の心情を痛いほど理解できるというのに。
あの時と同じように俺は待つことしかできない。



既に時間は深夜12時を過ぎていた。
遅くてもこの位には渋滞も何もかも解消されている筈だ。到着どころか連絡も一切来ないワケがない。
毎日最低でも側近の部下に帰宅と出勤の状況を連絡しているアイツらなら余計に。
トゥルルル…と空回った電話の呼び出し音がラジオと共にこの部屋の音を支配する。
「……こんな時だけ居なくなるんじゃねぇ。」
動揺は無かった。
知らないふりをしていても、見えないふりをしていて、心のどこかで解っているからかも知れない。
「やっぱり」。
言いかけて、言葉を止めた。言えば負ける気がした。
誰かと争っているわけでは無いのだから『負ける』というのは間違いかも知れないが、
それに類するほどの何かが壊れるだろうとは覚悟していた。
諦めの悪い事が生み出す悲しみは自身が一番良く解っている。
だから今は、諦めるしかない。
諦めるしかないのだが……………。

そんな事。出来ない。

「……………馬鹿、か。」
出た声は枯れていて、なぜか、笑みが零れた。
涙ではなかった。
まるでどうやって出すのかを忘れてしまったのように、涙の代わりに跡部は笑っていた。
そう言えば、一体いつから自分は激しく声をあげ、溢れる感情と共に涙を流す事を忘れてしまったのだろう。
最後にいつ泣いたかなんて、俺の中では遠い記憶。
泣くという感情の穴埋めをするかのようにそのまま笑いの衝動は大きさを増し、やがて跡部は大声で笑い出した。
…表面上では過保護な親にいらついているふりをしていた。
帰れるときは帰り、そうでなくても連絡をしょっちゅうしてきた2人。
自分が「参加しなくても」いいと直々に進言した2年前まで、
どんだけ忙しくても予定を開け、ジェットを飛ばして息子の誕生パーティに参加して祝おうとした2人。
―――幸せだった。
それは向こうも同じだったんだろう。
だからこそ旅立った…本当に、良い親だった。
決して喧嘩し、甘え、願いを聞き、団欒<ダンラン>を過ごし、微笑み合うような家庭環境では無かったが、
それはそれで一つの憧れる『家族』の形であったけど、
これはコレで俺達なりの理想の家庭の形だった。
「……………もう、いい。」
今日はこの短い時間に何か色々な事がありすぎた。
一日中ソファーに伏しても、倦怠するだけで何も変わらないように、色々な事がありすぎても変わらない。
とりあえず、肉体にも精神にも休息をとらせようと、跡部は特注のベージュのソファーに倒れこんだ。
この心境で眠れるとは思っていない。しかし、体と心が早すぎる現実についていけない。
「(俺は何の為に選ばれた?なぜあんな紙が送られてきた?)」
普通あんなものをBR参加者に配ろうものなら、皆参加などしない。
逃げ出してしまうだろう。
なのに、なぜそれを渡した?見せた?
俺が宍戸達に教えてしまう確立も決して低くはないというのに。
「(!!…また考えてる…今は……………)」
結局考えてしまうなとおもいつつ、今は休む事を第一に考えるべきだと思いなおし、目を閉じ直す。
そうして、手招きをすると睡魔はすぐに駆け寄ってきた。
自分が思っている以上に身体は疲労を訴えていたらしい。
そのまま目を閉じて、精神を安定させていくと、比例して眠りも深く
「(――-…?)」
この時はっきりと感じた違和感。
いつのまにか何か部屋中に甘い香りが漂っているのを今更ながらに知覚する。
それに、いくらなんでも眠りに落ちるのが速すぎないか?
まるで自分以外の誰かに寝かしつけられているような…
「(何かが起こった……??)」
跡部は状況を確認しようと状態を起こそうとして―――違和感を確信に変えた。
まるで金縛りにあったかのように身体が重く、持ち上がらない。
まるで睡眠薬でも飲んだ後のようなふわふわとした浮遊感。
捻るようにして身体を起こし、辺りを見ようとする。が、身体が重い。
瞳が意志に関係なく一面黒へと視界を埋め付くさせ、思考がブラックアウトを起こす。
眠い……それ以外の感情が、行動が、意識の中から零れるように消えていく。
「(ガスか???)」
これが、何処かから流れてきたらしい、ガスの効果だと気付くのに時間はそう長くはかからなかった。
政府の事だ、やりかねないし、理解を完璧にするには時間が足り無すぎたから。
「(ガス…ね…。)」
恐らく、政府の連中が行動を開始したのだろう。
大勢の人間を拉致するには睡眠系のガスで寝かすのが手っ取り早い。
今回は自分一人だが、もしかしたら親が居る事も考慮に入れていたのかもしれない。
もしくは友人達と来てしまった場合だとか。
…そんな事を片隅で考えながらも消えていく思考を引き戻す。でもその過程も少しずつ止まっていた。

「…………。」
かすかに残った意識の中で浮かんだ結論を搾り出す。
放置された紙、帰ってこない両親。周到に用意されたガスと、決行日。
恐らく全ては誰もどうしようもならないくらい昔からこうなるように決まっていたのだ。
そして自分は”彼”に先行的に選ばれたに過ぎない。
「(…もう来てるんだろ…?さっさと隠れてねぇで出て来い…)」


「『死神』め。」


遅かれ早かれ彼等の―――そして俺の元に地獄への招待状が届く。これはその予告。
あんなものに参加させられる彼らを俺はどんな形で見ることになるのだろう?
跡部は最後の意識の中でそれを考えた。

拉致されて、そして秘密を見たことを理由に殺される?
このままやってくるであろうBRの会場まで送られる?
それとも、政府にこの”偶然”を黙認する事を強制させられるのか?
―――どれにしろ、自分は裏切り者だな。
道の先に地獄がある事を知りつつも、それを回避させる為の行動を取る事が出来ないのだから。
「(…最低だな、俺は…)」
偶然とはいえ、ほんの些細な行動が、大切なものを彼らから取り上げてしまう。
つくづく、何も出来ないと言う事を実感させられる…部長失格だ。
本当は助けたかった。でも、できなかった。
俺のミスだ、俺の、俺の、俺の………………。

『……べ。………とべ!!』

そんな思考の隅。
どこかでぐるぐると同じ言葉が回っている。
懐かしい、仲間達の声が聞こえる。
しかし、もう跡部にその言葉がなんなのか理解するほどの判断力はなかった。
うっすらと見えるのは、数人の人影と       ………

すまない。

謝っても無駄だと解っているのに、それでも謝らずにいられない。
これから起こる全ての事に対しての懺悔。そして、守れなかった日常に対しての懺悔。
何かが自分を抱きしめる感覚と共に、跡部の意識はそこで途切れた。











そして―――1週間後、8月7日。
平和な生活に終わりを告げて、僕達は”ゲーム”を始める。













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