バトテニTOP>>長編テキスト(プロローグ)>>004『犠牲』




叫びたくて仕方なかったんだ。

例え、喉が枯れようとも
例え、この命が木の葉のように散ろうとも
アイツさえ決意を変えてくれるのなら、俺はいくらでもしてやっただろう
アイツラがアイツラのままでいてくれるのなら、俺はどうなったってよかったんだ
例え。死んだって

…………

…もし、この世界に神がいるのなら
答えてください。

一体―――








BATTLE 04 『犠牲』









「ふざけるな…!!!」

教室の左側後方。
怒りと憤りに満ちた声は絶望と静寂に満たされた教室の空気を一筋の光のように切り裂き、響き渡った。
続いて机を叩く音。声の主はゆっくりと、しかし、しっかりとした表情で榊を睨む。
「も…桃城っ!?」
その声に、その姿に、海堂が立ち上がりながら悲鳴にも似た叫び声あげる。
視界の端に映ったその命知らずの言動に黙っている事が出来なかったのだろう。
衝動的に立ち上がったものの、海堂はこの先をどうしたらいいかわからず、酷く狼狽していた。

「………ば、馬鹿か、てめ、死にたいのか?」
なんとか音を絞り出す。
「…るせぇ、マムシ。」
「な」
「お前こそ、この状態でどうしてんな風にしてられるんだよ!!!
 竜崎先生<バァさん>が殺されたんだぞ、こいつらに!!
 榊さん、アンタもだ…アンタも教師なんだろ?なんでBRやろうって時に笑ってられるんだよ!!」

桃城の声は時折涙に滲んでいた。
正義感の強い彼らしいと、千石はバスの中での一連の出来事で酷く冷静になってしまった心で思った。
桃城の言っている事は正論だ。そして、海堂がしている事も正解。
あんな言動を起こせば先に待ってる事なんて誰だってわかっているだろうに。
しかし、正解が正解を責める―――そんな不毛な争いに思いを乗せていられるほどショックは小さくなかった。
「………。」
他の人達―――跡部と自分以外は知らないだろう。
ガスマスクを付けた竜崎と伴田の。はっきりと見えた、”教官”になっていた、彼らの姿を。
例えそれが一瞬でも、自分の目の前で彼等は確かに自分達を裏切っていたのだ…その事実が心をえぐる。
「…………ごめん。本当に、ごめん。」
思って、千石は桃城達(榊共々)から視線を外し、机に突っ伏した。


「だいたいア」
「…………………五月蝿い。」

そうして、まくし立てるように上げられた桃城の叫びは、
着席を求める軍人の銃声と静止を求めた榊の声、そしてその右手から発せられた電子音によって途切れた。
直後、桃城の首元から上がる心拍音のように規則的に上がる別の電子音。
ふっと一同が彼に視線を向けると、中心にあった青い光はいつの間にか赤へと変化していた。
「…その首輪は1分後に爆発する。」
榊はなんでもないという風に言い切ったが、周りのどよめきはそんなもの聞いてもいなかった。
『ここで人が死ぬ』、『爆発が起きる』、『自分も巻き込まれるかもしれない』。
原因は様々でも、全ての人の視線が更に強く桃城に注がれる。
ガタガタと桃城から逃げるように机を揺らす音が桃城に皆の恐怖と薄情な現実を突きつけた。

「…………。」
映画でよく見る展開をこうして自分の目で見ることになるとは。
我ながら「いい役」になったなぁ…と桃城は客観的に思う。
机を叩いた瞬間、わかっていた。でも本当にこうなると少し寂しいな。そうも思った。
「…こうなっちまったら仕方ねぇなぁ、仕方ねぇよ。」
「な、何を言ってるんだ、桃!!」
桃城は倒れた机を元に戻すと椅子を丁寧に机の中にしまい、森、柳沢の横を通り過ぎる。
森も柳沢も桃城(正確には彼の首輪)から目が離せなくなっているのを視界で確認し、
桃城は「1分っスから」と小声でつぶやく。
『今の自分は怪物のような存在で、皆は自分に恐怖している』
桃城は理解を諦めていた。
「……桃……」
そして、そのまま大きく開いた教室の後方へと移動する。
異常に開いたそのスペースは元々この”パフォーマンス”の為に用意されたものだったのかも知れなかった。
ここなら首輪が爆発しても体への影響は殆ど無いだろう。
爆発の威力は解らないから、もしかしたら肉片か何かが飛んでしまうかもしれないけれど。
「我慢できなかった俺が悪いんだ…迷惑かけられねえなぁ…かけられねぇよ。」
身体を大きく後ろに向かって捻り、自分達を見つめている仲間達…そして忌々しい敵に向かって笑顔を向ける。


「………へっ、俺、ダメみたいっすww」


1分後に自分が死ぬ。
それは、決して笑えるような状況ではないのに、桃城は忍足の知る限り最高の笑みで笑った。
「(………こうなる事、覚悟していたんやろな…………)」
忍足は思う。
桃城は感情的で正義感の強い人間だが、決して計画性がないわけではない。
アバウトな行動の影に隠された観察眼による駆け引き。
自分が行動に出れば何が起こるかくらい検討がつけられないほどバカでもないハズだった。
命を奪われるかも知れない言論。行為に駆り立てたのは仲間への信頼か。それとも正義への熱情か。
忍足は、その覚悟に賞賛する事も批判する事も出来ず、只、黙ってその意志を貫く事を勧めた。
「………。」
そして、忍足同様に各人それぞれがそれぞれの意味でその笑顔と命がけの抗議に思いを馳せていた。
自分の不甲斐なさを悔やむ者。
自分もこうなるのかと恐怖する者。
その死に涙する者。
眼に、思い出にその姿を焼き付けようとする者。
それらを思う全ての人物が、今、死へのカウントダウンを一気に駆け上がろうとする人物の、
その正義感に溢れた強い瞳を見ていた。
思っていた。

「…逃げるの?」
そんな諦めと後悔の念が支配する世界で沈黙を破ったのは最前列。
「越前。」
桃城からは手前に立つ榊を見据える越前の表情は見えない。
「バスの中でシングルスの試合するって、言ったじゃん…負け逃げするの?」
「あ~…」
「PONTA一週間分おごってもらってないし、ハンバーガー競争の決着もついてないんだけど。」
「…。」
「…なのに、逃げるの?」
『勝手に納得して死なないでよ。』
越前の叫びは最後はつぶやきのように微かな声を伴って消えた。
合宿で精一杯テニスを出来ると思っていた。様々な奴と戦って、そして、自分を磨く機会が出来たと思った。
―――でも、それがこんなもので、こんな事でその想いが壊されようとしている。



「…なんか、そうなっちまったみてぇだな…わりぃ、越前。”また明日”、な。」



「おっ………もう来たみたいだな。」
段々とゆっくりとしてくる電子音。
正確には早まっているのだが、桃城には早まる心臓と反比例するように落ち着いてゆくように聞こえていた。
終わりが近いからだろうか…桃城は不思議な感覚にとらわれる。
「あ…そうだ、最後に………俺から皆さんに一言だけ言わせてください。」
越前に無理を強いるような発言をした手前、複雑な心境で見守る青学メンバーの顔は直視出来ないや、と、
黒板に背を向け、稚拙な絵がかかった壁を見つめたまま、桃城は明るい声を心掛けながら叫ぶ。
見てしまったら仲間を置き去りにする苦しさに我を失ってしまいそうだ。

「皆さんは…これ以上、政府のワガママで死なないでくださいね?」

伝えるのは後ろにいる仲間達。
失われる命に恐怖する者、別れの涙を流す者、榊に憎しみをぶつける者、現状から目を背けようとする者
―――そして、自分の死に喜びを感じている者達。
「この先起こすこと…誰も間違ってないんでしょうけど・・・せめて、俺みたいにはならないでくださいね?」
『自分は悪い見本なのだから』。言いたげな声に、菊丸はなんともいえない気持ちになる。
桃城は本当に悪なのだろうか?むしろこうして彼に一言も伝えられない自分達の方が悪なのではないか?
…しかしそれもまた伝えられない自分が情けなかった。
「それと。」
桃城はここで一旦言葉を切った。
溢れ出ようとする思いに蓋を閉じ、最も言いたかった事を短い時間の中で伝える為に。




「手塚部長…」

『………桃城。お前は青学一の曲者だな。』

「―――貰った二つ名と、青学としての誇り。大事にしていきます。」



「大石先輩…」
『桃城、青学を頼んだぞ。』

「―――先輩がくれたテニスへの情熱の一つ一つ、絶対に忘れません。」



「タカさん…」
『大丈夫…桃ならきっとできるよ。』

「―――タカさんはいつも誰にでも優しくて…結構先輩を見習ってました。」



「英二先輩…」
『桃とのダブルス、面白かったにゃ~☆』

「―――先輩からは諦めずに信じる事を学びました。ありがとうございます。」



「不二先輩…」
『桃、キミは絶対に伸びるよ。』

「―――無限の可能性。先輩を見ていると解る気がします…。」



「乾先輩…」
『桃城は腰の動きが前に比べて…』

「―――人間観察とか駆け引きとか…乾汁は勘弁っスけど、俺の基盤は先輩のお陰ッス。」



「越前…」
『………まだまだだね。』

「―――約束、ごめんな。でもお前は上を目指すんだろ?…生きろよ。」



「………あと、海堂。」
『絶対にお前に負けねぇ!!』



―――海堂。
俺ってお前にとって、なんだったんだ?
お前は俺との出会いから何かを得る事はできたか?
…初めて俺たちが出会って、いがみ合い始めたあの時から、今、現在まで。
ずっと何かと喧嘩してきたよな。
俺によっては、お前はずっと目標で、最低ラインだった。
『海堂の野郎には絶対負けない』、って気合でずっとやってきた。
その所為で怒られたりしたこともあったけどよ、
お前がいてよかったって思ってるぜ。
なんだかんだで一番世話になったのはお前だったんだな。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとな。」

だから・・・教えてくれ。
”これ”はお前の勝ちなのか?それとも負けなのか?

そして。














「んでもって、他校の皆さん…キレて、勝手に行動して、死んで…ほんと、すみませんでした!!!」
























『 …もし、この世界に神がいるのなら
答えてください。

一体、俺達は何の為に生まれてきたのですか…?』






































ピ―――――――・・・
「も…………桃城ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぅ!!!」

誰かの悲痛な叫びと共に起こった爆発音。
同時に広がるピチャピチャ液体の音を滴らせる肉片。広がる鮮血の海。
崩れ落ちる頂点を失った身体。

―――桃城が死んだ―――

皆一斉に感じた。
背を向けていても、耳を塞いでいても、それは全ての人間の心に染み付いた。
二度と離れない、死の感覚。インプリティング。心理的刷り込み。
死にたくないと願う人間は『死』を桃城でイメージする。こうなりたくない。思いが人を走らせる。

「…この様にルールを破ると首輪が爆発する。予定とは違ったが、首輪の威力を見せ付けるには十分だな。」
「…にゃろ!!」
「待てよ、越前!!」
人間を一人殺しても顔色一つも変えない榊。
殴りかかろうと席を立とうとした越前を左隣にいた神尾が羽交い絞めにして押さえつける。
「おい………っ!」
怒りに震える越前はとどまる事を知らず、体格的には有利である筈の神尾は何処からこんな力が出るのかと焦る。
内心、これ以上榊の所へ行かないようにするので必死だった。
「お前、桃城との約束、破る気かよ!!見ただろ、死にたいのか!?」
何とか言葉で越前の力を抜こうと、神尾はゆっくり、諭すように声をかける。
しかし、抑える手は緩めない。
「でも!!!…………………っ!!!」
「でもじゃねぇ!!」
「アンタは無視できるの?桃先輩をあんな簡単に殺しておいて、平然と、笑ってる、あの人を!!!」
「できねぇよ、そんなの!」
「だったら!!!」
「桃城が死んで辛いのはお前だけじゃねぇんだよ……っ……」
「!?」
後ろで自分を抑える声が、力が急に弱くなった。
それを感じた越前は思わず暴れる身体を止め、後ろを振り返る。
阻止力があれば抵抗する。だが、それがいきなりなくなると意外と不安になるものだ。
「アンタ…」
振り向いた越前。その視線を受け止めた神尾。
「あんな死に方して………誰も嬉しい訳、ねぇだろ………。」
神尾の顔はぐしゃぐしゃだった。
溢れる涙を止めようと肩を震わせ、でも声を漏らさないように必死に口を閉じて。
時々漏れる嗚咽は越前の行動しようとする気力を大幅にそいだ。
自分以外の人間も憎しみを感じている。共感したその思いゆえだろうか。
「解ってくれよ…なぁ、越前…………俺だって。」


―――俺だって辛いんだ。


不動峰―――他校である俺は青学の奴らほど桃城と関われなかった。
だから、あいつ等ほど思い出はない…出会ってからまだ半年も経ってねぇんだし。
でも、泥棒を捕まえる為に俺の自転車に乗り込んだ桃城をを自転車泥棒と勘違いして追いかけてるうちに、
本来の目的を忘れて只走ってたり、
テスト休みの息抜きにとワンゲームだけ打とうという約束だったのに、
お互い本気になって、結局暗くなるまでゲームをしてたり、
さっきも王様ゲームの罰ゲームだった筈なのに、なんか歌合戦になってたり………。
日ごろから俺たちはお互いにお互いを高めあうライバルとして張り合ってた。
…多分、海堂って共通のライバルがいたって言うのも理由の一つだったりするんだろうな。
だから、青学の奴らみたいに生活に溶け込んでた訳じゃねぇけど、俺にとっては大事な奴だった。
同じ目標を持つライバルで、俺たち自身もライバルで、気の置けない友人で、いい仲間だった。

『お前らも、頑張れよ。』

俺達が関東大会に出場する事が決まった時、桃城の言った言葉が耳に残ってる。
前はどうして桃城なんかの声が…なんて思ったけど、今はそれがあって助かったと思う。
アイツの顔、声、それらを思い出せるから。
…桃城が死んだ、だなんて認めたくなんてない。
これから俺たちも殺しあいをするだなんて信じられない。
でも、俺はそれを認めようとしている。それがアイツの最期の願いだから。

「だから…アイツの言葉…忘れるんじゃねぇよ………。」
「すみませんっス。」
越前はいまだ泣き続ける神尾に謝り、 大人しく席に着いたが、
怒りの元締めである榊に睨みを利かせる事は忘れなかった。



―――ユルサナイ…コイツだけは。



「…話は終わったな。
 全く。…ん?もう時間か…いいか、私はあまり犠牲者は出したくないが、時間が押している。
 ここから先、私語をしたものは容赦なく銃が火を噴くので覚悟するように。
 さて…続きの説明に行こうか。」

榊は輪をかけた静寂に咳払いを一つし、控えていた軍人達に指で合図を送る。
瞬間銃が生徒達へと向いた。
脅しだ。これ以上反抗するなと言う。思わず背筋を伸ばしてしまった生徒の姿を見、再び榊は笑みを零した。
今までとは違う、作られたような笑みだった。
「さて、質問はあるか。」
もう、誰も何も言わなかった。
ある者は何度も見せられた死に恐怖しているのだろう。
別のある者は反抗の言葉を出しそうな口を抑え、怒りの表情を榊に叩きつけているのだろう。
そして、またある者は喋る気力すらなくしてしまったのだろう。

―――そしてこの中に彼の話を夢中で聞いている人間もいるのだろう。

そこから数十分間の出来事を忍足は良く覚えていない。
思い出せるのは沈黙の中、只、榊の声が淡々と響いていた事。それだけ。
確か内容としては『死神』という特殊ルールを持った者が入っている事、
ディバックに入っている武器は全て違う事。
インターバルが2分であるとか、AM2:00になった時点で学校が禁止エリアに入るとも言っていたと思ったが、
今の忍足には別に知っていても知らなくてもどうでもいい事ばかりだった。
「(マジではじまっとるんやな…。)」
榊は言った。『これはテストプレイだ』と。
と言う事は、何かしらの判断基準が合ったのだろう。
でも、それが何なのか、誰なのか、如何して自分たちなのか。考えてみたが、何もわかりはしなかった。
…大総統の気まぐれなのだろうか?いや、それでも「何か」あるはずだ。


*****


「よし、零時になったな。…………1番、赤澤吉郎、行ってよし。」

「(!!!おっと…)」
BRについての説明が一通り終わったのか、まるで数瞬のようだった時間に忍足が我に返ると、
時計を片手に開始時間を待っていた榊がいよいよこの地獄のゲームを開始させる為、
出席番号1番、赤澤の名前を呼ぶ所だった。
急に展開した状況に忍足は慌てて榊の方を見た。

「は…はい!!」
名前を呼ばれ、はっとした表情になった赤澤は
いつの間にか入ってきていた担当の軍人からディバックを受け取り(投げつけるといった感じだったが)、
逃げるようにして教室を立ち去ろうとする。
「………。」
その顔は恐怖に震えていたが、根はしっかりとしていたらしい。
ドアを抜けるその瞬間、「うぉぉおおおおお!!」という叫びが上がった。
それを聞いて金田、裕太、観月の3人の表情が緩む。
「赤澤…無事を祈りますよ。」
やがて遠くに離れていった叫び声に、小さく観月は呟いた。

「…次。2番…」

この先の判断は全て自分に託された。
これは、一挙手一投足全てが命の長さを決定する、一か八かのラインゲーム。」





残り人数…39名。
死神の作りし運命の輪がついに回り始めた。







【38番 青春学園 桃城死亡
プログラム1日目 残り人数 39名】





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