バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>006『交差』




小さい頃から周りに『負けず嫌い』だと言われてきた。…実際、自分でもそう思っている。
だからこの”ゲーム”でも負けたくなくて。生き延びたくて。
元の、あのありふれた日常へと返りたくて…おれは力を求めた。
自分の意思を護る、思い出を護る、破壊を含んだ強い力。

只、それだけだった。

命を奪う為の力など…いらない。
この場にやって来た誰かがこの力を欲すのなら、俺は喜んで差し出そう。
…それよりも俺が誰よりも貪欲に求めるのは、誰かを護る強い力。

無力で、何も解っていない無知な俺が求めるのはそれだけ。
他には何もいらない。










BATTLE 06 『交錯』









「…あの人…確か不動峰の…。」
跡部とジローが学校を離れ、滝と落ち合うべく灯台への道を歩き出した、丁度その頃。
9番目に学校をスタートした越前は島北部の深い森の中、
表情が隠れそうなほど深く帽子をかぶって辺りを伺う人物―――不動峰中、内村の姿を捉えた。
不動峰の黒学ランは渋みを入れた黒で、闇によく溶ける。
普通のプログラムなら黙っていればそう見つかりはしないだろう。
…が、しかし、今回はテニス部内でのプログラム。
参加メンバーの中でも特に視力の良い方である越前は暗闇の中でもその動きを捉えることができていた。

「(…何やってるんだろ…?)」
帽子の合間からときどき覗く事が出来る表情は恐怖に怯えて、と言うよりは、
自分を見つけ、襲い掛かってくるであろう者達から気配を隠しながら必死に誰かを探しているかのようで。
その様子を見ながら越前はふと、そう言えば彼の前、7番は同じ不動峰の伊武であった事を思い出す。
「(ふ~ん。あの人、探してるんだ…)」
見たところ目の前の人間はなにも持ってはいない。
武器を使えないのか、それとも武器が使い道の無いほどに”ハズレ”なのか。
兎も角、今の彼は武器も持たずに、そして代わりになる武器も探さずに他の人間を探している。
ずいぶんな「お仲間思い」って奴だと越前は思った。
「(あんな解りやすい探し方してたら見つかった時危ないって気づかないの?)」
『人を探している』。その時点で、第3者に人物間で待ち合わせ場所が設定されていない事を判断させ、
周りに危険になった時に助けを求められるような奴が100%確実にはいないと言う事を露呈する。
…たったそれだけの、それも全く確信のない情報ではあったが、
それを知った事がどれだけの利益を”ゲームにのった奴”に与えるのかを越前はよく知っていた。
「おっと。」
乗り出した身を隠す。
確率的に付近に伊武がいる可能性を100%否定できず、
また、まわりの人間が襲ってくる可能性を考慮しなければならない。
『動く影は全て見逃さない。』その決意を持ってみるが、やはり誰の気配も動きも感じる事は出来ない。
越前は大きく息を吐いた。
「…………………………………。」
思い出す桃城の事。
バスに乗って、桃先輩と約束して、でも変な薬で寝かされて、ここに来させられて、
いきなり殺しあいだなんて言われて、ホントの事を言って反論して、約束破られて、殺された。
そして…訳が解らないままにいろんな事が過ぎていって、
運なんてないんだと思った自分に濁った瞳の神様は平等に笑みを与えてくれた。
―――彼は、おれの今までの不運を払拭する為のカモ。


「…ねぇ、アンタ、不動峰の人だよね?」


今、内村を見つけたのかのように呼びかける。
本当は学校を出た後すぐに彼を見つけてたのだけれどそれは黙っておく。
「あぁ、そうだけど。」
「こんなところで何やってんの?」
そんなのもうとっくに知ってるけどね。
聞かないと疑われるでしょう?
自分に兄だと言ったあの人も、親父も、越前家と言うものはこういうタイプの嘘をつくのがうまいらしい。
「……。」
親父は前にBRに巻き込まれた事がある、って言ってた。
今も生きてるんだから当然、優勝したんだろう。
で、親父はその後アメリカへと旅立って、母さんと出会って、おれが生まれた。そうも言ってた。
あの時はへぇ、そうなんだ…って受け流してたけど、今から考えると、すごい人生なんだなって思う。
こんなにも後味の悪いものをやらされて、それでもあぁやって笑っていられたんだから。
おれたちが何の束縛も無くアメリカから大東亜帝国<ココ>に戻ってこれたのも恐らく親父のテニスの腕と、
その経歴故だったんだと思う。
おれがその親父と同じ道を、あの監督が作った道を歩くって事には胸糞悪い思いをするけれど・・・
―――でも、『約束』を守る為には仕方ないんだ。

「ん?あぁ、やっぱ一人だと亜久津が怖いだろ?前に深司が行ったから探そうとおもって。」
やっぱり。越前は思いを確信に変える。
が、まだ顔には出さない。
「ふぅん…」
「そういやお前青学の最初だもんな…大石待ってるのか?」
あぁ、そういえば次、大石先輩なんだっけ。
「…。」

できるならば。
全員で戻りたかった。
そして、皆で大好きなテニスがしたかった。
関東大会、まだ自分達は前年度優勝校である立海大付属と戦っていない。
全国大会、新しい奴と会っていない。
菊丸先輩からお金返してもらってないし、不二先輩と決着つけてないし、親父にも勝ってない。
――――――やるべき事はいっぱいあった。
手塚部長、大石副部長、不二先輩、菊丸先輩、河村先輩、乾先輩、海堂先輩、……桃城先輩。
それを皆でやっていけると思っていた。
そして、それはそんな苦労することでもないと思ってた。
でも、それは叶わぬ夢になってしまった。
だって…桃先輩はもう、口を開く事は無い。その大きな瞳で、身長でオレを見ることは無い。
桃先輩はもう―――…居ない。


「ごめん。」
「え?」
「…いやその、なんか変なこと思い出ささせたっぽいから。」
「いや、別にいいけど。」
「そっか…あぁ!ところでよ、今、全員でここを脱出する為に橘さんと合流する予定なんだ…お前も来るか?」
「別に。遠慮しとくっス。…オレ、先輩方探すんで。」
「つれない奴だなぁ…。」

『皆で生き残ろう』… そんな事出来やしないんだよ。
絶対に誰かが殺される。殺さなくても殺される。
例え皆が団結しても、その先には『死神』と政府がいる。そう…どうあがいても出来やしないんだ。
今のうちに疑って、絶望して、諦めてよ?そんな希望捨てた方がいいよ。
アンタじゃおれには勝てない。わかりきったことなんだよ。だから、さっさと負けて?

「一言聞いてもいい…?」
「ん?なんだよ」
「…何で、アンタはおれを信用するの?」
「青学の…越前だからに決まってるじゃねぇか。」

それを言い切る声にも顔にも変化はない。
心からそう思っているんだ…多分。
どうしてそんな簡単におれを一個人として乗らない人間に定義するの?
ってか、アンタに『乗る人間』は定義されるの?

「…青学だから、信用するの?おれが『越前リョ―マ』って言うから信用するの?
 アンタは目の前にいる奴がその『越前』じゃ無いかも知れないって思わないの?
 『越前』の皮を被った別の人間だって…思わないの?」
「?…何、言ってるんだ…?」
「だって…このゲームは…”おれ一人”しか生き残る事が出来ないんだよ!?」
そして、越前は制服の影(武器を持っているように見せない為、
ポケットに隠し持っていた)から支給武器である拳銃―――ワルサーを取り出し、
引き金<トリガー>を躊躇いなく引いた。

「・・・・・・・・・・まだまだだね。」

あんな風に、無防備にしているから悪いんだ。
だって、このプログラムでは殺す事が正義なんでしょ?
殺して殺して殺せば…おれはもう一度あの場所に戻ることができる。
アイツのところに戻ってこれる。
…だから、オレは、例え一人になってでも…最後の一人が先輩方であろうとも…。
―――コロシテ、コワシテ、イキノビル。
そしてアイツに、榊にもう一度会うんだ…
そして・・・・



*****



「あ…………?」
この世に生まれて、2度目の銃声は酷く軽く、小さい音だった。
拳銃って、撃たれながら聞くとこんなにあっさりとしてるんだなぁ…意識が吹っ飛ぼうとしてるからか?
衝撃に体のバランスを崩しながら内村は思う。
「…えち…ぜん…?」
そんな音と共に、今まで目の前にあったものが、ゆっくりと下へ下がる。
そして、入れ違いに上から現れた一面の黒と、散りばめられた白や赤や青がが視界を支配してゆく。
…あぁ…俺、仰向けに倒れてるんだ。って事は、今見えてるのは…星空か。
「お前…乗った…のか…?」
銃声の方向―――足先に視線を向けると、そこには先ほどまで信用していた、一年。
笑ってるともいえない顔をしてやがる。
「・・・・・・・・・・まだまだだね。」
そして、いつものように生意気な目を向けて言う、一言。
おい、てめぇ、突っ立ってるんじゃねぇよ…他校の奴とはいえ、人一人殺したんだ。
少しは悲しそうな顔をしろよな…別に、泣いて謝られても困るんだけどよ…。
怒りがこみ上げる。が、何かをしようとする気にはならない。
血と一緒に、動く気力が流れ出ていくようだ…
「…マジ…かよ…。」
撃たれ、穴の開いた左胸に手を当てると、ドクドクと溢れる紅い血の感覚。
そのリアルな感覚に頭がくらくらする。
血がこんなところから流れるのを感じるのなんて、きっとコレが最期だろうな…少なくともこの島なら最後だな。
しにても心臓の音がうるせぇ…こうゆう時だからこそ感じるのかもな…意識なんてした事無かった。
「あ…ぁ…」
耳にヒューヒュー、なんか変な音が入ってくるな…これが一般に死ぬ間際に人が思っていることなのか?
実際人が銃で打たれて死んで行く瞬間なんて見たことねぇからわかんねぇや…
「……れ……。」
そして…思い出されるもう二度と味わう事のない、ありふれ過ぎた、日常。

『合宿行ったら…他の学校の奴とどんどん対決して、勝ち抜いてやろうぜ。』
『いい加減『ダークホース』って言われるの嫌なんだよね…十分に実力見せ付けてるのにさ…全く…』
『…皆で帰ろう。こんなゲームに乗るわけには行かないんだ。』




―――走馬灯ってもっとゆっくりと見れるものだと思ったのに…意外と早いんだな…。



「俺…死ぬのか?」
「死なないならもう一度撃つだけだけど。」
「そ、か…。」
こいつはどうやら迷って撃ったってわけじゃなさそうだ。明確に俺を殺す気で撃った。
ははっ、人を信じて殺されるとか最悪だな……あぁ、何度考えても最悪だ。
でも俺は…それで良かったのかも知れない。
「 …………………………。」
「こう未来<サキ>がわかると、生きててよかったなぁ…って気分にもなるんだな。」
なぜかすっきりした。
「相手を恨むだけ…って、思ってたけど…意外だ。」
いう自分でも意外以外の感情が出てこない。
「?」
「…お前も憎まれると思ってただろ。」

越前はその問い掛けに答えなかった。
いや、答えられなかった。
…そう、越前も彼と同じく、悲痛な恨みの言葉を聞いて最期を看取る事になると思っていた。
それをさらりと受け流し、笑ってやろう、嬲ってやろうと思っていたのだ。
それが変わっている。
”心は光です。心の光を知らなくて、人を理解するのは大変難しいのです”
いつか、誰かが借りて、そのまま置いていった深層心理の本の文頭に書いてあった事。
暇つぶしに読んでみたその本に書いてあった事柄が今になって響く。
「………。」
確かにそうなかも知れない。
漆黒の闇の色に塗りたくられたおれには、この人の気持ちが、光がわからない。
死に際に笑えるあの人達の気持ちが分からない。

「…そいつを殺す前に伝えろよ…?」
そして、それが彼の最後の言葉になった。

「…………また……なの。」
笑顔のままで肉の塊と化した内村だったその人に、越前は返る事のない問いを向けた。
桃城と同じ、最後の最期に向けた、笑顔。
笑えるところではない―――憎しみと怒りと悲しみの支配する状況下で溢れる笑顔。
そうやっておれを捕らえるの?この心の奥深い所に鎖を垂らして。
捕らえたいのはオレなのに、相手を縛って、恨まれて、そして、楽になりたいのに。でもできない。
「……。」
そもそも、何故人は死ぬ寸前まで人の心を捉えたいと思うのだろう?
記憶に残る人物でありたいと願うのだろう?それが、解らなくて。知りたくて。
「まだまだ…だね。」
越前は崩れかける自分の決意を再び作るかのように、自分に向けたメッセージをもう一度呟く。
本当にまだまだなのは自分なのだけれど。
「…………………。」
そして、無言のまま越前はディバックに近寄って、入っていた支給武器と思われるものを取り出した。
素早さには自身があるとは言え、越前にとっては遠距離でも使える武器はある意味命綱とも成り得る。
だからできればそれを欲した。
命をとって生きていかなければならないこの世界。
命を生かす方法が少し変わっただけ、そう思うことで必死だった。
でなければ榊と同じ立場に立ったと言う現実を否定できない。
「…笛?」
バックのそこから見つけたそれは、血の様な深い赤に染められた―――犬笛の様なモノ。
「(なんだ…ハズレ武器じゃん。…ん?)」
越前はその笛の先に頼りなさげにつけられた説明書と思わしき紙に目を止めた。
茶色い荒紙特有のカビ臭い匂いが、血の鉄臭い生命の匂いをさらに煽る。
だが、そこに書かれた内容は、越前の嗅覚をそんな事から忘れさせるに十分だった。
なぜなら、そこに書かれていた内容は―――



「……………待てよ…越前。」



「!!………何っスか?」
少し動揺して辺りの気配を伺うのを忘れていたようだ。声をかけてきた対象はすぐそばにいた。
越前は突如の声に体をビクリを震わせたが、声の主は見ずにもわかっていたので、
何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。
もし”彼”がゲームに乗った人間ならば…少なくとも驚きよりも怒りを優先させる人間であったならば、
越前はその俊足でとっく組みしかれていただろう。

「……神尾さん。」

その声の主は―――内村と同じ不動峰中2年、神尾アキラ。
神尾は越前に一瞬目を向けたが、すぐに視線と体を下に向けた。
「…すまねぇ、遅れちまった…。」
やがて、呼吸が整い、仰向けに倒れた事で脱げかかった彼の帽子を拾い上げながら立ち上がる。
俯いたその顔は前髪に覆われてしまい、越前からは見えない。
「で?…お前、何やってるんだよ…」
ここまで来てやっと越前の方を直視し、神尾は低い声で問う。
その声には桃城の時の悲しみとは違う、問い詰めるような怒りが含まれていた。
「別に。人殺しっス。」
「…。」
「弁解とかしねぇのかよ。」
「した所で許さないでしょ?アンタなら。」
服の泥を払う越前の悪気のない答えに愕然としながら、神尾はゆっくりと内村の帽子を見つめる。
『新生テニス部』の一員となったあの時、彼が決意表明として意見を混ぜず頑なに通して買った黒の帽子。
かつて彼が『これは罪人<つみびと>の懺悔なんだ』とだけ呟いた、形見の帽子。

「…なに?仲間が殺されて怒ってんの?」
「……。」
「別にどっちでもいいけど。だってもう、無駄だし。」

殺人を犯した。
人として罪を犯したというのに、越前は笑顔と共にそう言い切った。
その言動を支えるのは、もう後ろを向く気も、もちろん後悔する気もないから出せる、絶対の自信。
数分前に榊にくってかかりかけた人間の発言とは思えない。
桃城の死に涙し、怒りをぶつけたアレは演技だったのか?
思わず神尾が越前の胸ぐらをつかむ。

「越前!!てめぇ、桃城が死んだ時に何も感じなかったのかよ!お前も感じたんじゃないのか!?
”アレ”は嘘だったのか!!!??」


*****


先に出発した石田、伊武 、内村の3人と行動を共にする為、神尾は彼らを探し歩いていた。
不動峰は5番の石田、7番の伊武、8番の内村と比較的前半にメンバーが固まっている。
上手く行けば彼等全員との合流も容易だった。
人数が増えればそれだけやれる事も増える。
最終目標は橘他、全員と合流してここを一人でも多く脱出する事。神尾は希望に沸いていた。
『…!!』
しかしそんな中、目の前で広げられた光景を目撃したのは幸か不幸か。
『だって…このゲームは…”オレ一人”しか生き残る事が出来ないんだよ!?』
『…………あ………』

そこにいたのは赤い血を噴出しながら天を仰ぐ黒い帽子の探人と、それを見て笑みを浮かべる白い帽子の少年。


これはなんの冗談だよと、目を疑った。


叫ぶことも忘れ、ただひたすらがむしゃらに走った。
大地に根を張る木々に足を取られそうになり、ぬかるんだ地面に靴を沈めさせながら、走った。
きっと、ここが競技場かどっかの400Mトラックで、内村がストップウォッチを持って時間を測ったら、
恐らくこの人生の中で1番の好記録が出ただろう。
それ位、俺はこの走りに全てを託した…
にも関わらず、一向に2人の元に辿り着かない。逆にどんどんと世界が遠のくような…そんな感覚。
もしかして、俺の周りだけ時間がいつもの3倍も4倍も遅く流れているんじゃないか?
本気でそんな事考えた。
「…っっそぉ!!!」
不動峰限らず、関東一円でも騒がれる『スピードのエース』と言われる程のこの足には、
時だけが流れるこの状況は苦痛以外の何者でもなかった。
プライドが引き裂かれる気分だった。それ以上にこの足を何にも生かせていない事に苦痛を感じだ。
正直、今までコレがあれば何かが出来ると思ってた。
泥棒を捕まえたり、何かを届けたり、小さな事でも出来ると思ってた。実際助けになった事は多い。
なのに、本当に、命がかかるほど大事な時には何も出来ないなんて。
なんてざまだ。

―――早く、もっと早く…!!!
立ち塞がる木の幹を掻き分ける様にして走った。
太いその幹をがっちりと掴んで引き寄せ、後ろへと突き放す。
越前は真っ直ぐ見えている。

―――なんで…なんですすまねぇんだよ…!!?
腐葉土の地面が見えなくなるくらいにびっしりと生えた笹に足元をすくわれる。
走りにくい環境はどんなことより嫌いだ。
身を隠し、気配を消す木々が今は邪魔で仕方ない。

―――また…また間に合わないのか!!?
だんだん影が大きくなってゆく。
視界に映る木の枝が少なくなる。近づいている。
でも、手に浸せるほど近くにはいけなくて、何か大きな透明の壁に遮られているような感覚で。
時間の壁。ゼロコンマ数秒の壁。
今はそれが惜しくて仕方ない。
もどかしくて、悔しくて、情けなくて、焦って。

『っ…!!!』
息を切らせて彼の元に辿り付いた時、既にその体に命の感覚はなかった。



*****



「………………どうして、お前が乗らなきゃいけねぇんだよ。」。

つかむ手が再び緩み、越前が離れる。しかし、お互いに視線はあったまま。
「他に、方法は無かったのかよ…」
桃城が首輪を破壊されて死んだ時も、内村が越前の左手のワルサーの餌食となって死んだ時も、
俺は只、2人が死んでゆく処を見ている事しか出来なかった。
「こんな事しても桃城は戻ってこねぇんだよ。内村だって…んなのはお前が一番わかってるんじゃないのか!」
いや…本気になれば2人を助ける事が出来るだけの行動をする事は出来た。
ただ、後ずさりしてしまったのだ。
この”ゲーム”から生き延びたい。そんな、人間の本能が俺の弱さと重なって、こんな事になってしまった。
『皆さんは…これ以上、政府のワガママで死なないでくださいね?』
桃城が残り一分という非常に少ない命の中で選び発した優しさ溢れるその言葉が、
今は心に薔薇の棘のように深々と突き刺さる。
守り切れなかった…約束。

「…止めようぜ?アイツの…桃城の為にも。」

帽子を原型が無くなるほど力強く握り締めながら、神尾はゆっくりと顔を上げ、越前と視線を合わせた。
目の前の彼に、心の中の自分に語りかける為に。
あの時、ゲームを楽しむかのような眼をした榊へと親友を殺された怒りと憎しみ、
悲しみの感情を顕にして叫んだ越前に感じた近親感。
他者の痛み、命の重さをひしひしと感じ、それでも遺言を噛み締めて生きてゆこうとする、あの瞳。
絶対にあの時の感情は演技でも何でもなく、純粋な人間としての感想、そのままで。
だから、そんな彼がゲームに乗るとは全然思っていなかった。
だから『越前は乗らない』…その信頼が内村の死と同等以上のショックとして神尾を苦しめた。
ちらりと垣間見た希望の後に残ったのは、絶望。
―――何故心を引き裂かれる痛みを感じつつ、他人の心も引き裂くような行為に出るのか?
それは当人―――越前にしかわからない。
それでも一度は感じてしまった近親感からなのだろうか?
だからこそ彼の考えを変える事が出来るかもしれない。そう思っていた…が。




「それで?」





―――でも、彼は違っていた。
いや、元々自分とは違うタイプの人間だったのだ。彼は。

「何…言って」
神尾は怒りを込めた絶望に頭を殴られたような錯覚に見舞われた。
「俺は桃先輩の為に殺してる…人を簡単に信じてホイホイ殺されるアンタ達とは違う」
殺す事を、乗る事を誰よりも嫌っていたアイツ。
「じゃぁ、今、お前のしている行動はアイツの為になると本気で思っているのか!!?」
「じゃなきゃどうすれっていうのさ!!」
激情。越前の表情が歪む。
「…先輩達と一緒に生き残りたかった。アンタの言うとおり、皆で生きたかった……!!
 でも!!…もう…無理じゃん……」
泣いてばかりじゃ生きていられないんだよ、動かなきゃ何も守れないんだ。
自分の命も約束も何もかも。
「だから…おれは先輩の言葉通り、生き残るって決めた…例え1人になっても。」
「違う…アイツの言う「生きる」はそういう意味じゃ」

言ってから神尾ははっとする。
桃城の言葉が自分の理解であってるなんて誰が言った?

「………………………。」
「…桃先輩が死んだのが「ワガママ」で、生きることが正義なら…おれはどんな罪だってかぶるよ。」
言葉の本当の意味はアイツにしか解らない。
解らないそれを、どういった意味合いでとろうと、それは個人の価値観なのだ。
一つの美術作品に対して、悲しく感じるとか、怒りを感じるだとか、苦しみを感じるだとか…
それぞれがそれぞれの考えをもつように。
『お前は上を目指すんだろ?…生きろよ。』
全ては捉え間違いだったのだ。
越前は桃城の言葉を『殺してでも生き延びてほしい』ととった。
神尾は桃城の言葉を『政府に屈せず、自分を貫いて生き続けて欲しい』ととった。
―――そしてお互いにその理解が変わってしまった。

死人に口はない。
内村の紡いだ言葉も、桃城の遺言も本当の意図は誰にも知られることはない。
そのなんと残酷なことか。

「じゃぁ、もういいよね。」
突如越前が踵を返し、どこかに行こうとしている事を感じた神尾は越前を慌てて止めた。
「…何処行くんだよ。」
「どっか、一人で考えられるトコ。
 …アンタはいつでも殺せそうだし今回は殺さないでおくよ…なんか無駄に疲れたし。」
越前がワルザーを左手ポケットにしまう。
どうやら本当に殺す気はないらしい。おそらく、自分が背後を攻撃出来ないこともわかっているのだろう。
もしかしたら自分が自分の行為に一瞬でも疑問を持ったことを悟ったのかも知れない。
「『…俺は最後まで”生き延びた”。お前等とテニスが出来て楽しかったぜ?』」
「!?」
「内村さんだっけ?この人の遺言。アンタ達に伝えろってさ。
 にしても、死んだのに、”生き延びた”って変だと思わない?…でも、これで一応伝えたから。」
「……………。」
「あ。」

越前が止まる。
そして、振り向かず、声だけで、






「あとさ…忠告、ありがと。でも、もう、戻らないから。」






「…じゃ。」
言い終わるか否やのタイミングで、越前は早々に神尾の前から姿を消し、
北―――灯台の方へと走り去った。

「ありがと、か。」
感謝の言葉。
しかし、同時にそれは越前が後に引かないというのを主張しているということでもあった。
もう、アイツはこっちには戻ってこない。仲間には、ならない。
「あいつなりに俺の言葉を理解してくれたみたいだけど…それでも。」
ズレちまったんだな、お前と。
「…。」
アイツにとってむざむざ死ぬような行為に走る俺はあまちゃんなのかも知れない。
実際そうだ、内村を越前から守れなかったこの足と命に一体なんの意味があるのだろう。
あの時もし越前が聞く耳を持たなかったら?そのまま銃を自分に向けていたら?
…殺す勇気もなく、守る勇気もなく、ただ現実に流されるそれは一体なんだと言うのだろうか。
「アイツの方がつえぇってことなのかな…。」
俺に、越前のような覚悟はない。むしろそんな覚悟、持とうとも思わない。
…俺はがむしゃらに走ることしかできないから、
だから、今度は間に合わせる。
何度失敗しても、必ず。越前を…皆を止める。

”3人”のメッセージはこの心を変えてくれた。
桃城は生きる為の力をくれた。
内村は生き続ける為の力をくれた。
そして、越前の言葉は、俺に、生きる事の問題を提起してくれた。

「………よし。」
神尾は内村の帽子を再び拾い上げ、床に付いた土や埃を払うとそれを被った。
「内村…帽子、良いか?」
なぜかこの帽子を手放してこの場を去る気にならなかった。
助けられたかも知れないのに間に合わなかった自分への戒めだったのかも知れない。
『この帽子を被るのは『罪人の懺悔』なんだ。』
いつか内村が言った言葉。

そうすれば”生き延びた”…その言葉の意味も解る様になるのか…?
…探してみるぜ?このゲームのなかで。」

彼に黙祷を捧げる為に。
彼の言葉の意味を理解する為に。
暫くの間、神尾は祈りを捧げるかのように手を組み、瞳を閉じた。


―――これは『罪人の懺悔』?








【08番 不動峰中 内村死亡
プログラム1日目 残り人数 38名】





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