バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>008『親友』




『生き残る為に、人を殺す。』
『殺らねば、殺られる。』


昔、この国が倭人の国と言われていた頃から。
戦で、武力で敗者から領土を手に入れ、それを武力で守っていた頃から、
人々は争い、殺し合いをしてきた。
そう―――ボク達と同じ事をし、同じ様な事で悩んでいたんだ。

だからボクは迷う事なんて無かったよ?
普通に、冗談でおもちゃのピストルを向けるような気持ちで、撃ったんだ。

バーン、ってね。











BATTLE 08  『親友』









「………………。」

不二達が森の影に消えていくのを観月はずっと見つめていた。
彼等に再び会う事はできるだろうか。この状況では『出来ない』の方が高い確率。
会えない事を前提にしているべきだろう。
少し寂しいが、ここで会えた事も一つの奇跡。こうやって本音を言い合ったのも、僅かな確率の上で。
そうそう…僅かな確率と言えば。
「…………いい加減でてきたらどうですか? 出て来ないのなら………こちらから行きますよ。」
声をかけるのはとある木々の間。
先ほどから感じる殺気のような、かくれんぼをしている子供のようなワクワクした息遣いと言うか、
そんな気配を終始感じていた観月は視線を不二兄弟の去った方角にあわせたまま、
彼なりに大きな声で叫んだ。

これは観月にとって一種の賭けだった。
なぜなら、もしここで誰も居なかったら、それは恥ずかしい情景であるという事もそうだが、
自分自身を大きく危険に晒す行為であったから。
声をあげるという事は自分が声が聞こえる位近くにいるという事。
それが『聖ルドルフの観月はじめ』であると言う事を主張しているという事。
しかし、何もしないでいるのは本当に居た場合、
自分は相手の存在に気付いていないと言う事を主張してしまう状況になる。
どちらがリスクが小さいかを考えた時、彼は声を出す方を選んだ。
自分の勘と、僅かな確率に賭けた大勝負。


「…やっぱり、観月には隠しとおせないっか…あ~ぁ、ボク、隠れるの得意だと思ってたのになぁ?」
「!!」
「…やぁ、観月。数時間振りだね?」
「…君でしたか…。」

ふわりと木の上から姿を現したその人物に、観月の表情が硬くなる。
制服が汚れるのが嫌なのか、部活用のジャージに着替えていた彼の胸元や、突きつけられた右手の銃 ―――
べレッタM92Fには既に赤黒い液体。
それはしっかりとこびり付き、鉄臭い匂いが風に乗って鼻腔の奥へとやってくる。
「そう恐い顔しないでよ?」
そう言って自分を見つめる瞳を隠す、真っ直ぐに伸びた前髪。
そして、額に巻かれた長い鉢巻きと手には白いグローブ。
特徴的なそれらはまだ暗い夜の中でもその人物が誰であるかを雄弁に物語っていた。
―――それが、双子の兄との区別の為にとその格好を強要した本人である観月なら尚更に。

「…まさか、聖ルドルフ<ウチ>からも乗った人が出ているなんて思いませんでしたよ。」
「でもないんじゃない?人を殺しあう。それがこのゲームのルールでしょ?」

そう言って彼―――木更津はゆっくりと笑みを浮かべた。
まるで、「間違ってない」と主張する小さな子供のように無邪気で迷いの無い口調。
信じていた、聖ルドルフから参加者が現れ、その人物に殺されかかっている。
それに軽い目眩を覚え、右手で大木を掴み、左手を額に置いて身体が崩れ落ちるのは防ぐ。
が、その行為は木更津の目にしっかりと入っていた。
木更津の口角が上がる。
「…どうしたの?観月、もしかして具合悪い?
 あ、この血の匂いかな?…これね、柳沢を殺した時に付いちゃったんだ。
 本当はコレで絞め殺すつもりだったんだけど、あいつは撃ち抜いた方がいいと思ってね。」
腰ほどまでに垂れ下がる鉢巻きを指に絡めながら、
さらりとダブルスパートナーであった柳沢を殺した事を言ってのける。
「柳沢、君が…やっ…死んだ…!?」
観月の表情が更に曇る。
「そう、この銃であっさりと。あ、どうゆう風に殺したのか聞きたい?…聞きたいよね?」
「いいよ、聞かせてあげる。」

観月の返事も聞かず木更津は仮定して話をすすめる。
きっと、観月がどういった返事をしても彼は話し始めただろう。
今の木更津は少なからず高騰している。いつもの人間観察からすぐにそれを見抜くことが出来た。
「(これ以上、向こうを優勢な立場においておく訳には行きませんね…。)」
出来る限り木更津から、ゲームに乗っていそうな者達の居る領域から逃れたい。
そう思う観月は「さて、何処から話そうか?」と楽しそうに視線を右上に上げ、
考え込んだ”フリ”をしている木更津を尻目にゆっくりと右手をディバックの中の武器へと伸ばそうとした。
油断した相手を『コレ』で牽制すれば、逃げるだけの余裕は手に入るだろう。
そう、観月は思った…が。

「…あ、鎌なんて出さないでよ?」
木更津の制止の声が観月を止める。

「…確か、観月の武器って鎌…あ、斧?だよね?さっき見えちゃったんだ。
 話してる最中、変な素振りしたら、例え観月でも殺しちゃうからw」
「さぁ、手、離して?」
「…解りました。話を聞きましょう。」
まさか、そこまでみられていたとは。絶好の反撃チャンスを奪われ、感じる焦り。
大人しく話を聞いているフリをしながら行動の機会を狙う事にした観月を、木更津は冷静に見ていた。
「(相変わらずだなぁ…)」
相変わらず、この男は侮れない。
色々と内密に動いていた六角で初めて会った時に感じていたままの観月がそのまま敵だったから。
兄の素質をすぐに見抜いた観察眼。六角中―――あの学校に狙いを定めた着目点。
全てが流石としかあの時は言いようが無かった。
そして、ボクは自分が兄と間違われている事を知っていワザと乗った。

…見たかったんだ。間違えたとしてて落胆する彼の顔を。
そしてボクは同時に見てみたかったんだ。六角以外の『本当の中学校』ってものを。
お陰で六角を離れても面白かったよ。ある意味離れて良かったのかも知れない。
赤澤のお陰か僕ら補強組と生え抜き組の対立は目立って起こらなかったし、
柳沢なんかは遊んでて面白かった。
内心ボクは六角の雰囲気には溶け込めそうに無いって思っていたから、余計に…本当に、楽しかった。
―――でも、もう終わりだよ、観月。
ボクが六角を離れたように、今度はこのルドルフから離れなきゃいけないみたいだから。

「えっと、じゃぁ何処から話そうかな…一応、最初から話しとこうかな…。」



***



話は2時間ほど前に遡る。

「40番、柳沢慎也。」
「…ハ、ハイだ~ね!!」
赤澤が教室を出てから約1時間40分後、AM1:40。
教室に残されたのは柳沢1人。
そしてついに榊に呼ばれ、他の奴等と同じ様に教室に急かせれるかのように退室した。
「(うひぃ~………。)」
そして兵士の少なくなり始めた廊下を渡って暗闇の支配する校庭へと出る為、歩き出す。

「…全く、何でこんな事に参加しなきゃいけねぇんだよ…」
「しっ、聞こえるぞ…」

途中、すれ違う兵士達の多さに驚きを隠せない。
一体この兵士達がちゃんと廊下の端に並んでいたらどれだけの圧迫感があるのだろうか。
きっと、恐怖どころの問題では無いだろう。恐怖と言うよりも既に威圧だ。
赤澤はきっと物凄い恐怖感を感じたに違いない。
そんな事を思いながら一本道にされた校舎を歩くと、急に風が頬を撫でた。
「…あ゛~もう校庭だ~ね?」
元々薄暗い廊下だった為、校舎から出ても、目は夜の暗闇に瞬時に反応した。

「…さーてと、早く観月や淳を探すだ~ね。」
「呼んだ?柳沢。」

「!!!!!!!!!」
既に仲間達は全員この夜の闇に散った後という、最も不運な状況下。
とにかく信頼の出来そうな人間を探そう。そう思う柳沢の後ろで聞こえたのは、低く、囁くような声。
辺りが深夜と言う事で少々肌寒かったのも、募り始める恐怖感に多大な影響を脳に与えた。
「グワァァァアアア!!早速きぃぃた、だ~ね!!オレはだ~ね!!死なないだ~ね!!」
警戒していたところに現れた背後からの声。
冷静さを保とうとしていた声が裏返り、大声をあげ、混乱を隠せなくなってしまう。
コレが『柳沢慎也、ドッキリパーティ』とかいうイタズラだったら、裕太や淳には大爆笑されていただろう。
今の言動は酷くアヒルっぽいなぁとオレ自身思った。
でも、今はそれとは状況がまるで違うのだ。
「た、助けてくれだ~ね!!オレは食べてもおいしくないだ~ね!!」
「お、落ち着いて柳沢。ボクだよ、木更津だよ。」
「…あ、淳?」



「…ビックリしたよ。
 『灯台元暗し』。皆が居なくなるのを待ってたらたまたま柳沢がいてさ、
 一緒に行動したほうがいいなぁと思って声をかけたら、あんなに驚かれるなんて。」

「逆にこっちがびっくりしちゃったよ…」と、溜息交じりで苦笑する木更津に、
「すまないだ~ね」と軽い口調で謝り、共にこのゲーム中、行動を共にする事を確認しあう。
「に、しても淳に会えてよかったダ~ネ。」
こんなにも早くルドルフの人物―――木更津と再会できるとは思っていなかった。
やはりこんな時は孤独よりも複数でいる方が心強い…
が、気心の知れない他校生が相手では安心などできるはずもない。
いつ自分を裏切り、殺しに襲ってくるかわからない。
だから同じ学校、それも苦しい時も、辛い時も一緒に乗り越えてきた淳の存在はとても大きかった。
後は観月達を見つけ、恐らくゲームに乗らないであろう乾達青学などと共に出る方法を考えればいい。
「さてと、どうしようか?」
「まずは観月を探すだ~ね。観月ならオレ達が考え付かない方法を考えてるかもしれないだ~ね。」
「そうだね。そうしようか。」

それからおれたちは北の集落を目指して歩き始めた。
ゲームに参加しない者が多く居るであろう事。そして、観月と合流できるかも知れないから。
そんな理由で。
恐らく観月もゲームに乗らない生徒―――特に青学の乾を探してこの辺りに来ているだろう
(実際、観月は乾を探して北の集落には一度足を伸ばしていた。木更津や不二と会ったのはその帰り。
もう少し行動が遅かったらきっと彼らは会っていなかっただろう)。

「…ねぇ、柳沢。」
北の集落から少し西に行った森の中。
唐突に木更津は立ち止まり、前方でキョロキョロと辺りを見回していた柳沢に声をかけた。
手には先ほどまで肩にかけられていた軍支給のディバックの紐が握られている。
「淳、どうしただ~ね?休憩でもとるだ~ね?」
「いや…それもそうなんだけど…そろそろさ、武器の確認をしない?
 …使わないって言っても、襲われた時に頼りになるのはコレしかないんだし。」
「…そう…だ~ね…。」
木更津の意見は正論だ。使わないにしても見ておく必要性はあるだろう。
ゲームに乗った者や、『死神』に急に襲われ、反撃しようと武器を探して手間取ると言うのは、
この戦争のような3日間では致命的なミスになりかねない。
『死神』に襲われて、抵抗しようと思ったら、なんとハズレ武器でした~♪ではお話にならない。
そういう結論に行き着いて、既に中身を探り始めた淳に続いてディバックを地面に下ろし、
近くの木の根元に腰を下ろして懐中電灯の光を便りに中身を覗き込む。
ディバックの中はペットボトルや食料などでごちゃごちゃしており、夜の暗さも相まって酷く見難かった。
が、目的の物は金属製なのか、懐中電灯の明かりを反射してすぐに発見する事が出来た。

「ボクは…スタンガン。…かなり強い電流が流れるみたいだ。柳沢は…?」
「…銃、だ~ね…。」

「え…」
スタンガンのスイッチを入れ、その強さを確かめていた木更津の目に映ったのは、
スタンガンの青白い光に照らされて青ざめた柳沢の横顔。
「銃…確か、『べレッタM92F』って呼ばれてる、警察とかでも使われてる銃だ~ね…。」
「よかったじゃないか?柳沢。」
木更津の素直な感情だった。
ハズレ武器じゃない。身を守る事が出来る。なのに、柳沢の表情は暗い。
「…うれしくないの?」

「…この銃で、オレの初恋の人が死んだだ~ね。それも、ここでだ~ね。」
「!?」

今から約2年前。
柳沢の両親が経営している柳沢内科病院に1人の少女が入院の為、家族と共にやって来た。
肩甲骨の辺りまで伸びた赤茶色の髪を靡かせた、名前も知らないその少女。
「(可愛い…)」
その彼女に、病院の坊ちゃんであった柳沢は一目惚れをした。
日々、家から彼女のいるであろう病室の窓を見つめては思いにはせり、
病室に行く事を許された時は、彼女の所に駆け込むように入り、色々な事について語り合った。
その過程で彼女の名前が、『加藤明清<カトウ サヤ>』である事を柳沢は知った。

『…で、今度、テニスの推薦で、『聖ルドルフ』って所に行く事になっただ~ね。』
『あら。うちの弟、その近くの学校に通ってるのよ?
 『テニス部に入る』って言ってたから…もしかしたら対戦する事になるかもね?』
『そん時は絶対にオレが勝つだ~ね。幾ら弟くんでも負けられないだ~ね。』
『じゃあ、きっとあの子も喜ぶわ。じゃぁ、試合になった時は楽しみね。』

少女には柳沢と同じ年の弟(病院にあまり来なかったので柳沢は見る事が無かった)がいるらしく、
口下手な柳沢でも気楽に話すことが出来た。
春も、夏も、秋も、冬も―――1日1日が駆け抜けるように過ぎていった。
あのスピード感は二度と感じる事が出来ないだろう。
それだけ、あの頃の柳沢の生活は充実したものだった。

『今度、修学旅行があるんだけど、先生がね、『数日だけなら…』って退院を許してくれたんだ!』
『クワッ!!ほんとダ~ネ?!?…それは良かったダ~ネ!!』
『だ・か・ら。…慎也くんにも何かお土産買ってきてあげるよ。』

“あの日”の一週間前、彼女が笑顔で言っていた修学旅行…
そこで彼女のクラスは行方不明になった。
柳沢はその後、ルドルフへの入学が正式に決まり、病院のある神奈川を離れて東京へと向かった為、
行方不明となっていた少女が、そのクラスがどうなったのかはわからなかったのだが、
BRに詳しい友人から彼女達のクラスがBRに巻き込まれ、彼女はこのべレッタで死んだという事を知った。

―――つい最近の事だった。


*****



「…だから、何となくこの武器を持つのは嫌だ~ね。」

この銃はあの日の少女の生死とは全く関わりの無い銃に違いない。
が、どうしても銃身に刻み付けられた同じ『べレッタM92F』の文字は、
柳沢がこの銃を手放したくなる理由としては十分だった。
「(あぁ…オレってホント我侭で、嫉妬深くて、尚かつ小さい器に入った性格してるだ~ね…。)」
さわさわと風が木々達を撫でて流れてゆく。
この肌寒く、湿った風では遠くに見えている重く、暗い空を吹き飛ばしてれる事はないだろう。
そして、心の中にある重い負の思いもまた、吹き飛ばす事は出来ないのだろう。
「…だったら、スタンガンでいいんなら交換しよう…?」
「淳…!?」
「銃とスタンガンだなんて交換なんて出来るような代物じゃないけどさ…。」
おずおずと申しだす木更津。
柳沢は木更津がこんな事を言ってくるとは思っていなかった。
彼の行動は今までの2人の会話の流れが交換を強要するような雰囲気になってしまっていたからなのだろうが、
柳沢自身にはその気など微塵も無かった。
「…コレでもそれほどじゃないけど、十分に攻撃に使う事はできるし…」
『嫌なものを持っていたって嫌なだけだしね?』
柳沢にはなぜか木更津の言葉の続きが聞こえた様な気がした。
「…そうして貰うだ~ね…。」
だから、柳沢は首を垂れ、木更津に何の警戒も無くべレッタを渡した。
―――この時、木更津の目に殺人者の光が灯った事を知らずに。

「…柳沢。」
「ん?…今度は何だ~ね?」
「…これから、ボクが君に最高のプレゼントをあげるよ…君の愛した彼女と同じ死に様になる権利をね。」

一瞬、空気が凍った。

「な、何言ってるだ~ね。…冗談だ~ね?」
柳沢は始め、木更津の間の悪いブラックジョークだと思っていた。
それで無ければ、ちょっとしたイタズラの一種だと。
だから、『こう言った時に言うネタじゃない』と言わなければ…と、柳沢はふっと木更津をみて…絶句した。
自分に向かってくる木更津の表情は『間の悪いブラックジョーク』の一言で片付けられない、
狂気に歪んだ顔だったので。
「―――本気だ~ね!!?」
「うん、本気だよ。」
このまま彼といれば、遅かれ早かれ殺される。
自分の信頼していた人物がゲームに乗ってしまったという現実を恨みながら、
そう結論付けた柳沢は同時に木更津の腹部を力一杯蹴りつけ、よろめいた隙に走り出した。
ごめん、淳。でも、おれは死にたくない。

…少なくともその銃では。

「…うぐっ…柳沢はやってくれるね…。」
蹴られた反動で胃の内容物が溢れそうになる感覚を身体を屈めてやり過ごした木更津は、
軽く蒸せつつもゆっくり身体を起こした。
「でも、ボクは逃がさない…必ず殺してあげるよ。」
その目はもうあの木更津の目ではなく、敵の首を取ろうとする戦国武将の―――殺人者の目。
少々残る嘔吐感によろめきつつも、木更津は柳沢の後を追って走り出した。

「ハァ…ハァ…。」

ディバックを置いたまま走り出したとは言え、
地面からは太い大木の幹が何本も横たわっており、いつもよりも多大な体力を柳沢から奪っていた。
息が荒れ、汗が頤を沿って流れ落ちる。
「こんなんなら、あの時走らなきゃよかっただ~ね…。」
途中の森で内村の死体を見つけた柳沢は、今までに感じた事のない恐怖感に襲われた。
もしかしたら、自分も木更津の手によってこのような状態にさせられるかも知れない、そんな恐怖感。
『殺しに来たよ…柳沢…』
瞬間、内村の近くに生えている木の合間から、木更津が笑っていた。
それは、恐怖感とストレスから来る幻覚ですぐに姿を木に戻したのだが、
それを判断する余裕をすでに柳沢は持っていなかった。
「嫌だ…まだしにたくないだ~ね!!!」
恐怖から逃げた闇雲なダッシュ。
あの時、もうちょっと残りの体力を考えてれば…今から後悔しても後の祭りなのだが。
「…とにかく、今は冷静になるだ~ね。焦ったら負け、だ~ね。」
深呼吸をして本来の冷静さを取り戻す。
少しでも自分を追ってくるだろう木更津から遠くへ逃げたいと思いつつも
休憩を取らなければ動く事すら億劫になりそうだった柳沢は腰を下ろして木に背中を預けて寄りかかり息を整えた。
大事なのは木更津が…他の人間が襲ってきたときに々逃げるかと言うこと。
その為にはここで休憩をとらなくては 。
あの少女も同じ気持ちを感じ、同じ事をしていたのだろうか?…柳沢はふと思う。

「…やぁ、柳沢。…やっと見つけたよw」
そして、自分と同じ様な死の体験をしたのだろうか?

「ボクっていい奴だろ?…スタンガンで気絶させて絞め殺す事も出来たけど、あえてこっちで殺してあげるんだ…。」
背後から額に感じる冷たい金属の感覚は、多分木更津が銃口を米神につけているからなのだろう。
「…淳…これはいわゆる『積み』ってやつだ~ね?」
「…そうだね。」
絶対的な死が目の前に広がる瞬間。
なぜか今まで自身の中で漲っていた生への渇望が消え去っていく感覚を全身で感じていた。
これが、所謂、絶望と言うものなんだろうか。
柳沢は溢れ出る涙とシャットダウンして行く最期の思考を噛み締めながらそう思った。
「…バイバイ。柳沢。また会おうね。」

ヅバ、ヅバァァアン…

両目をこれ以上開かないであろうほどに見開き、米神から鮮血を高々と吹き出させた柳沢の身体は、
木の表面に血を擦り付けるかのように撫でながら落ちていき…やがて、身体を大きく丸めたような状態で止まった。
「ドーン…ってね。あ…コレは桃城君のパクリか。クスクス…。」
一見すると元に戻ったかのような歪んだ木更津の声が、森の中に響いていた。



*****



「…どうだった?なかなか良い話でしょ?」
「…。」

観月は只無言で木更津を見ていた。
柳沢の言葉を借りるなら『このまま彼といれば、遅かれ早かれ殺される』。
その危機感が観月の中にも溢れ始めていた。
殺害の話が終わった今、用済みの自分がどうなるのかは木更津次第。
…もしかしたら、自分もその木更津の『笑い話』のネタの一つにされるかもしれない。

「(現在のボクの命運が彼の行動次第なんて…本当に嫌ですね…。)」
これだけ木更津を引きつけたのだ。恐らく不二兄弟の心配はしなくてもいいだろう。
後は自分の心配か…組んでいた腕を脱力したかのようにぶらりと垂らす。
観念したかのように軽い溜息を付くと、観月は木更津から視線をそらした。
「…今、自分も殺されるな。って思ったでしょ?
 もちろん、話聞いてもらって、もう用はないから、このまま殺しちゃうね。」
先ほどから向けていたべレッタの銃口を更に観月の元に近づける。
柳沢を殺した、その銃で。
その時、ふ、と観月の表情が笑みに満ちた気がした。
「…木更津君。キミはボクの武器…鎌だって言いましたよね…?」

「でも、ボクの武器、それだけじゃないんですよ!」
瞬間、木更津の右頬を一文字に切った何かが鋭利な切り傷を生む。
「!?」
突然右頬に感じた傷に思わず本能的に観月から後退し、傷に視線を向けてしまった事を木更津は後悔した。
視線を観月へと戻すまでの時間の間に、彼は踵を返して自分から離れていってしまったのだから。
柳沢と違って観月は混乱して辺りを駆け回るといったヘマはしない。
下手すれば途中に罠を仕掛け、カウンターで自分を殺しに来るかもしれない。
と、言う事はかなり距離が離れ、見失ってしまった今、探すのはかなりの重労働になる。
只でさえ先ほど柳沢を探して走り回った木更津は、「仕方ないっか…」と早々にあきらめる事にした。
このメンバーの中で特に会いたいのはあの2人だけだったので、
他者に自分の存在が知られようと別に殺りにくくなる程度でしか木更津の中に緊張感はなかった。
「…にても、観月がナイフなんて持ってるなんてね…油断してしちゃったよ…。」
観月は絶望し、観念したかのように見えて、見えないように隠し持っていたナイフを手にしていた。
あの状況下でも冷静に対応できるだけの柔軟な精神を持っている事を、木更津も思っていなかった。
やっぱり観月は違う…悔しいがそう思ってしまった。
「観月は逃がしちゃったけど…ボクも死ぬ訳にはいかないんだ…」
観月には言っていなかった、柳沢が言っていた言葉があった。

『…淳はオレを殺した分も生き延びるだ~ね…。』

…当然だ。
ボクは死ぬ訳にはいかない。自分達の生存を待っている、大切な人達の為に。
あの、柳沢の言っていた少女―――加藤のように、
むざむざ撃たれて人々を悲しませるような事になる訳にはいかない。
その為なら親友であろうとも…殺す。

そして、自分はあるべき場所に帰るのだ。
自分は彼とは違うのだと世の中に知らしめる為に。

「さぁ…次行こうか…。」
次の獲物を求め、木更津は歩き出した。






【40番 聖ルドルフ 柳沢死亡
プログラム1日目 残り人数 37名】





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