バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>009『待人』




久しぶりに孤独を味わった気がした。
自分で言う事じゃねぇが、俺の傍にはいつも誰かがいた。
時に家族であり、クラスメイトであり、テニス部仲間であり―――”アイツ”であり。

「そういや、アイツ…何してるんだろうな…。」

バカな位博愛精神を持ってるアイツは今、俺を必死で探しているのだろうか?
…アイツの事だ。きっと探してる。
デカイ図体のくせに人一倍孤独を嫌う奴だって事、俺は知ってるから。

「…とにかく。行きそうな所を探してみるか。」
何となく、俺はアイツに早く合流してやろうと思い、まず彼が行きそうな所にチェックを入れる事にした。











BATTLE 09 『待人』









「さってと…もうすぐ灯台だな…」

気分がつられてブルーになりそうなほどどんよりした雲を消し飛ばして光を降らせる太陽の下。
宍戸はまだ何も書き込まれていないまっさらな地図と方位磁針、
視界に入る木や山の位置などの周りの景色の特徴を丹念に見比べていた。
目的地である灯台の周りは深い森になっている所が多く、方向が判別しにくい。
迷い、下手に時間を消費するよりは時間をかけ、ゆっくりと行動した方がよほど効率が良かった。
もちろん、時間をかげずに的確にいければ最も良いのだが。
「………っと。」
草を音を立て無いように踏み潰して歩くには体力がいる。
流石の宍戸でも背中を伝う汗の感覚を感じていた。
「…………あっちには行けねぇしな…。」
見えている舗装道。
しかし、その道は谷になるように存在していた関係で格好のスナイパーの狙い場になっていたようで、
そこら中に残された弾痕の跡からやむなく使うのを諦めた。
まだ開始からそれほど時間も経っていないのだし大丈夫なのかも知れないが危険は危険だ。
「(こういう道決めは俺の担当じゃなかったからなぁ…)」
最初の目的地を学校から近いだからという理由で灯台に選んだのは間違いだったなと宍戸は思った。
近い故に敵の行動が読めない。
とはいえ今更方向を変えて歩く訳にも行かず、とにかく歩きながらそこに鳳、
または鳳の居場所の手がかりとなる情報を知っている人間…できれば氷帝の生徒がいる事を願うばかりだった。
「おっ…なんか見えてきたな…。」
そんな事を思いながら歩いて数刻。
宍戸の目に飛び込んできたのは夏の青々とした緑と、快晴とはいえないがとりあえずは晴れている空。
それらに映えるサビが解け出て出来ただろう黄色っぽい水と、何か黒いものが滴り落ちた後を残した白い壁。
染みこんでいるから、黒いものは数年前に付いたのだろう。
壁からゆっくりと視線を動かす。
立て付けの悪そうな木製ドアを取り付けた壁は細長く、頂上辺りは展望台になっているのか、大きく広がっている。
遠くの海を照らす為に付けられた古びたライトは銃弾でも当たったのだろうか?
保護するべきガラス共々粉々に割れていた。
これらを総合して地図と見比べ、宍戸は結論付ける。

「………………灯台、だな。」

どうやら最初の目的地、灯台に到着したらしい。
宍戸はとりあえず第一コースクリアと一息を付き、すっかりこってしまった肩をぐるぐると回した。
「どっするかな…」
唯一の安全な出入り口と思われる木製ドアが閉まったままのこの状況。
何の考えもなく闇雲に突入した場合、中にいるかも知れない人間とはち合わす危険が高い事は解っていた。
が、何らかのアクションをこなさねば、この場所に居るのか居ないのかは判断できない。
「…でもなぁ…」
少なくともこの灯台の中に鳳が一人で居る確率は低い。
知っている限り、あの鳳長太郎という人間は孤独になりたがらない奴という認識を持っていたからだ。
宍戸がレギュラーから外れた僅かな間だが、鳳は宍戸の代わりとして滝とダブルスを組んでいた。
その時も鳳は滝にべったり(期間が短く特訓のことがあった為宍戸ほどではなかった)だった。
そんな鳳がこんな所で1人篭城まがいな事はしない…思いは確信に変わった。
「(様子を見て、長太郎と関係無さそうだったら別のとこ行くか…)」
日の光を浴びる灯台を銃で狙われないよう遠目で見つめ、隠れる事の出来そうな深い草の陰に隠れる。
背丈も十分で、これなら上からも見えなさそうだ。
「(なんかねぇかな…屋上にいる奴が『長太郎…大丈夫か?』って言うとかみてぇな…)」

「…大丈夫かな…跡部…。」

「(マジ!?)って!お前、ウチの…氷帝の奴か!?」
そんな時に聞こえてきた声。
「(タイミング良すぎだろ!?)」
瞬時に根からの突っ込み性質で突っ込んでしまいつつも、もう1度言葉を反復する。
『…大丈夫かな…跡部…』確かこうだったはずだ。
声の感じからして鳳ではない。しかし、こんなとこで他校の部長の心配なんて誰もしない。
すくなくとも自分の立場なら絶対にしない。と、思った宍戸は声だけを投げかけることにした。
相手の言葉は間違いなく独り言で、こちらには気づいていないだろう。
危険はおかすが仕方ない。

「…そこにいるのは誰だ?」
「…………………あれ?この声…宍戸?」

その声に反応したのか。
注意深そうに辺りを見渡しながら展望台からちょこりと顔を覗かせたのは、
真ん中で二つに分けた肩辺りまで真っ直ぐに伸びた赤茶色の髪。
緊張が続いているからだろうか、その顔は疲労の色をありありと宿していたが、
場違いなほどに明るい笑顔がそれを覆い隠そうともがいていた。
「…………滝…………!?」
「あがっておいでよ。大丈夫、オレ以外誰も居ないし。それに…鳳についての話もあるし。」
「!!」


***


展望台から降りてきた滝に案内された灯台の中は太陽の光が入らない為なのか、
ひんやりとしていて気持ちがいい。
逆に少し寒い位だ。
「どうぞ。」
見張り小屋だろう、コンロやテーブル、椅子の用意された部屋に宍戸は招かれた。
滝は早々に近くの椅子を引き、座る。
「何でこんな所に隠れてるんだ?…しかもあんな独り言つきで。」
部屋のドアを開けっ放しにし、真ん中に無造作に置かれた年期の入った木のテーブルに凭れかかって手を置く。
「(考えたくねぇけどよ………裏切らないとは考えられないんだよな…)」
宍戸は滝から正レギュラーの座を奪った。
『試合で敗北した者は二度とレギュラーとして使われない』…そんな『氷帝 鉄の掟』の唯一の例外として。
レギュラー昇格した瞬間に本来復帰する筈の無い人間に戦線を外されたんだ、
笑顔の裏では殺してやりたいほどに恨んでいただろう。
そして、今はその思いを法に触れる事無く果たせる最高のチャンスだ。

「跡部と待ち合わせをしているんだ、此処で。…ちょっと色々あってさ。」
滝に素っ気なく返され、宍戸は会話につまった。
何のことはない会話の筈だ。が、やけに空気が重い。ふとした事で目で殺されそうだ。
こんな事は日常、跡部の眼力で慣れている宍戸とは言え、例外では無かった。
「じ、じゃぁ…俺が長太郎を探してるって何でわかったんだ?」
「宍戸の性格だったらさ、人を探してるとかじゃなかったらあんな所で声なんて出さないよなぁ…って思ってさ。」
「あぁ、そうか…じゃぁ、なんでそれが俺だって。」
「宍戸くらいしかいないでしょ、あの状況で『氷帝<ウチ>』なんて聞くの。 」
やはり滝との討論はこちらが不利か…
こういうのも得意ではないと宍戸は内心でため息をついた。こういうのは忍足や目の前の人間の仕事だ。
「…。」
しかし、ここで下がってはいけない。
巻き込まれて裏切られる可能性が無いわけではない。コレは駆け引き。騙されたほうが負けだ。
宍戸は冷たい部屋で流れる汗に気合を入れなおす。
「だからって、それが長太郎だって決まった訳じゃねぇだろ?…なんで断定したんだ?」
「だって、宍戸なら鳳が自分を探していると思って、『早く会ってあげよう』って探すと思ったし。」
「………。」

「……ねぇ、宍戸。今、緊張してるでしょ?」
滝の眼が宍戸を見据える。
「それって…ここで一対一で話してる相手がレギュラーの座を奪っちゃったオレだから?」
「それは」
「いいよ。オレの立場だったら絶対緊張してる。そして、警戒してる。『殺されるんじゃないか』って。」
会話の内容を予め予想していたかのような滝の返答。
立場上は有利だったが、精神的にはかなり追い詰められている。
「(何で、こんなにあっさりと俺の考えてる事に返答できるんだよ、こいつ…。)」
目の前でかりそめの笑顔を向ける人物にこれだけ鋭い読心の力があるなんて知らなかった。
その笑顔だって油断させ、かりそめの信頼を得る為なのか。
それとも、疲労困憊している事を悟らせないようにする為なのか。只単にこういう状況で笑える性格なのか。
…出来れば第三の答えであって欲しくはなかったが、それの予想すら滝はつけさせない。
「(解らねぇ…………)」
”岳人の親友”として出会ってから既に5年近い年月を過ごしているにも関わらず、
宍戸は未だに滝の性格・本性を判断しかねていた。
「(こいつ跡部やジローみてぇに性格が単純な奴らじゃねぇし、俺達にも一枚壁を作ってるんだよなぁ…。)」
どこか不思議っていうか不気味っていうか、魅惑的っていうかな雰囲気を持っている滝は、
何処となく本気で付き合って無さそうな感じがした。
忍足とか跡部とかも一見するとアイツと同じタイプだけど、微妙に違う。
アイツらは不器用だけど、不器用なりにも俺達の事を見ているし、考えてるし、付き合っている。
気に入らない事に対しては素直に怒るし(てか怒り過ぎ)、辛い時があったらそれなりの反応を見せてる
…そして、そのどれも滝ほどじゃない。
滝は他人の事を考えて相談に乗って…ってやるくせに、自分の事を誰にも話さない。
『自分を犠牲にしてでも他人に尽くすタイプ』ってやつだ。
というか、『自分を犠牲にして他人に尽くすけど、その人物を本気では信じられないタイプ』なんだろう。
それが自分に同情を求めない行動に現れている。
目の前に居るのは、限りなく自分に近い所に居る筈なのに、限りなく遠くに居る人物。
コレで仲間だとか言えるのか?って海堂辺りには言われちまうかも知れねぇが、
俺たちにはコレが普通だった。
レギュラーから落ちた時も滝が独りよがりに俺たちへ自分の同情を得ようとしないからやってこれた。
まぁ、そんな事したら間違いなく跡部がキレてたな。
…ま、氷帝とは本来壁を作りあい、その壁が山となってできている部活。仕方の無い事だ。

「どうかした?…なんか悩み事でもある?」
「…いや。なんでもねぇよ。」
滝の声で回想の世界から我に帰り、反射的に顔を背けて冷静さを保った口調で言い返す。
だが、声は震え、裏返ってしまう事は隠しきれない。
「…もしかして鳳のこと考えてた?」
そんな心の葛藤を知ってか知らずか。
幸いにも滝は鳳の事を心配しているあまり、反応に遅れたと思ってくれたらしい。
テーブルに腰を下ろし、横目で疑惑の目を出してくる。
「ちげぇよ。」
「そう?別の人間のこと思い返してたっぽいけど。」
確かに考えてはいた…が。
「(滝って鋭いのか鈍感なのか、マジでわかんねぇな…。)」

「あ、そうだ。…さっき外で言ってた『長太郎についての話』ってなんだ?」
鳳の名前が会話にあがった事で本来の目的を思い出し、
テーブルの傍に置かれた背もたれ無しのイスに座って早々に滝に尋ねる。
先ほどよりも距離はつまったが、ドアは開けっ放し。いつでも逃げられる体勢は崩さない。
滝も俺のその理由を知っているからか、武器を持っていないことを証言する為、
終始テーブルに両手を置いて話をしていた。
傍目にはそれはひどく滑稽な光景に映っただろう。

「実はさぁ、此処に来る途中で鳳に会ったんだ。
で、『宍戸さんに会ったら”敗者復活戦をした場所で待ってます”…って伝えてください。』ってさ。」
「コンソレーションの…場所?」
危険だと思いつつも、身を乗り出し、滝へとオウム返しに聞いてしまう。
それだけ拍子抜けした感覚と疑問が脳内に駆け巡っていた。
「コンソ…コンソ…」
実際に敗者復活戦をした場所は当然ながらこの島にはない。
そして、少なくとも宍戸はこの島に来たのは初めてだ。鳳もそうだろう。
つまりこれは一種の謎賭け。
恐らく、他の生徒に会話を聞かれても待ち合わせ場所が判断できないようにとの配慮からだろう。
「氷帝の敗者復活…ルドルフ?…場所っていえば…。」
多分、敗者復活戦とは聖ルドルフとの試合の事を言っているのだろう。
そして、聖ルドルフはミッション―――キリスト教の学校だ。
そこに地図内にある待ち合わせの出来そうな場所という条件を入れると、浮ぶ場所はひとつしかなかった。

「…教会!!」

「あ、もうこのクイズ解いたの?…ひゅー、やるね~。」
すでに解いていたのだろう、滝がぱちぱちと拍手を送る。
鳳に会えるかも知れない。そう思うとなぜか心臓が高鳴るのを感じた。
アイツは疑う事を知らない位純粋で他人想いの奴だから、きっと誰かと会えることを信じて歩いている筈だ。
そんな奴の前に乗った人間が現れたら…倒れてしまうくらいの不安が脳内を駆け巡った。
「おお、ありがとな!!」
「お役に立てたようならいいけど…。」
「あぁ、すげぇたすかった!」
滝の言葉を最後まで聞く事無く、宍戸は傍らに置いていたディバックを担ぐ。
「本当はもっとゆっくり話せたら良かったんだけどな…」宍戸は滝に向ける表情を曇らせる。
「いいよ、早く行ってあげなよ。待ってるからさ。」
「わかった。あいつと合流したらまたここにくるからさ!」
「うん。」
早く行きたい。
その思いで宍戸は急ぎ足に部屋を出、辺りの景色を窺いながらドアを音を立てずに開ける。
幸い外には誰もいないようだった。
「…っ」。
太陽の高くなり始めた外は暗い所に慣れてしまった目には眩しく、痛い。
宍戸は瞳を細めながらも方角を確認する。灯台は北西の果て。そして待ち合わせ場所の教会は南東の果て。
真っ直ぐ島を横断できればいいが、そろそろ一回目の放送がなるだろう。
それで通り道が禁止エリアになる確率はかなり高い。
そうなれば、どれだけ急いでも到着は今日の夜、または明日になってしまう。
少しでも鳳に危険な思いをさせないように。少しでも心配をかけさせないように・・・
ホモじゃあるまいし…と場違いな事を思いながら、その姿は再び森の中にへと消えていった。


*****


「…待ってるって辛いよね…。」
宍戸の姿を見送る為に展望台に昇ってきた滝は、
宍戸が無事に森の中に溶け込んだ事を確認すると、溜息と共に身体を展望台の壁に隠すように沈めた。
宍戸が此処に来る前にしていた事と同じように、此処で同じ様に溜息を付き、独り言を呟く。
笑顔の仮面を外した滝の本来の顔には疲労がありありと見てとれた。
「跡部…どうしたんだろ…ほんとに…。」
ゲーム開始から7時間が経とうとしている現在になっても彼は一向に現れない。
先ほど待ち合わせ場所を知った宍戸と違って跡部はゲーム開始時点から待ち合わせ場所を知っているし、
場所が遠いとかならまだしも、ここは最も楽に来る事が出来る場所で。
現に宍戸が来たのだ。よほど下手なことが無い限り跡部がこれないということはないだろう。
何か灯台に行けなくなる様な事故があったか、それか彼が既に死んでしまったか。
滝にはもうどちらかしか考える事が出来なかった。
「………………。」
いや、もう一つある。
しかし、それは跡部の根本を疑わなくてはいけない事柄で。
滝は咳払いを一つしてすぐに考えを打ち消した。
「………………………………。」
自分の事を宍戸が疑い…そして恐れているのは、それを隠そうとしていた事はすぐに解った。
そして、それが正レギュラー争いからくる宍戸の自責の念だというのも知っていた。
でも、自分は『自分を疑うな』と宍戸にいえなかった。自分もまた跡部を疑っている身であったから。
大丈夫だって、ちゃんと来てくれるって信じてる。でも、気持ちが高まっていく。
待つと言う事は一体どれだけ相手を信じる事が必要な行為なのか。
滝はため息を一つ打ちながら立ち上がった。
「……ごめん。これ以上ここで待てないよ。オレ。」
ディバックから無造作に取り出したのは、本来は氷を砕く為に使うアイスピック。
それを楽しそうにクルクルとまわしながら、滝は取り分け大きな溜息を付いた。
「…計画にアクシデントは必要だよね…跡部。…跡部が悪いんだよ?早くオレを止めに来ないから。」
跡部がここに来ると言った理由は簡単だった。
それが来ない…座席順を考えて滝は一つの結論を出す。
「多分…来ない理由はジローのことなんだろうけど。でも、それを理由に約束を破るのはなぁ…。」
顔に再び笑顔のしわが刻まれる。
だが、その笑顔は先ほどまでの陽気さを残した笑顔ではない。
それは…小さな子供が生きる玩具を見つけた時に見せる残酷な顔。
命を命と考えない、生悪の心。
「跡部がジローを大事にするなら…俺も俺を大事にしていいよね?」
そう言いながら滝は近くをちょろちょろとうろついていたネズミの腹にアイスピックを突き刺した。
ネズミはしばらくの間身体を体液塗れにして暴れていたが、ピクピクと痙攣をし始め、ピクリとも動かなくなる。
自分の手の中で一つの命が消えた。しかし、滝の表情は変わらない。
「まだ人を殺すのは待ってあげるけど…………………跡部は待ってあげないから。」
下唇を軽く舐め、軽く身を翻すと滝は楽しそうに階段をおり始めた。

「もう、止まらないよ…。」

昇る太陽の光が滝の表情をかき消した。








【プログラム1日目 残り人数 37名】





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