バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>010『約束』




プログラムが始まって、なぜ一番初めにした事が彼を探す事だったのだろう?
…思った自分ですらよく解らない。

Q 信頼できると思ったから?
A いや、あいつはどちらかというとゲームに乗るんじゃねぇか?イメージ的に。
Q 真っ先に名前が思いついた人物だから?
A …かも知れない。一応パートナーだし。
  でも、『誰に会いますか?』って言われて名前を出すかといえば…多分出さねぇ。


脳内パソコン起動
オブジェクト指定、忍足侑士ヲ捜索スル理由、ノ、検索開始…_










BATTLE 10 『約束』









「どうです?プログラムは順調に進んでいますか…?」
「えぇ…っ!!な!?」

そろそろ生徒達が最も恐れているだろう第一回目の定期放送を流そうと、
榊が自室代わりに篭っていた(榊も生徒達が死んでいく様を見たい訳ではなかった)宿直室の扉を開けた時。
それを待っていたかのように一人の男が彼に対して声をかけた。
最高機密であるプログラム開催中の島に来る事が出来ると言う事はかなりの重職についているのだろうが、
そう言うには若すぎる容姿と、どこぞの学生が着ているような地味でラフな格好。
そして、片時も手放さない蜜色のネコのぬいぐるみ。
それらを隠しもつその男は終始いやらしい笑顔を絶やす事がない。
裏表のある笑顔と一筋縄ではその真意を読みきれない不可解な心を持つその男の存在に榊は驚き、
おされそうになりつつも何とか冷静を保とうと息を吸い込んだ。

「…吉田様。一体どうして此処にわざわざ。」
正直、こんな事を自分よりも年下であろう人物に言いたくはない。
そんな反吐が出る感覚を感じつつも、大人の階級性とは実力しだいなのだ。
実質、氷帝の音楽教師陣もこんなものだったと悟る自分がいる。
これは長くこの国の制度に関わって心も身体も狂ってしまった証なのだろうか?
「何か部下が失態でもしましたか」、と付け加える榊に男―――吉田は少し顔を歪める。
「いや、今回から彼、…『死神』が入ったでしょう?つい、彼が人を殺す所を見たくなりましてね。
 前に伺いを立てた時にあんまり乗り気では無かったので。」
吉田はそう言いながら「ねぇ、あーくん。」とネコのぬいぐるみに語りかけ、
鎌のオブジェ(遠目でも布製とわかる)を愛しそうに撫でる。
そんな幼い子供をあやすような仕草は、榊は数時間前に感じた恐怖感を呼び起こす。

『冷酷に、残酷にやってくれればいいだけです。貴方なら…簡単でしょ…?』

顧問達を殺し、そう笑顔で吐き捨てた彼。
しかも、彼等と同じ中学の息子がいる一父親だと言うにも関わらず、目の前の殺戮に眉ひとつ動かさない。
「(本当にこいつに良心―――人の心は宿っているのか…?)」
若いといっても青年とは決して言えない彼の年齢と、可愛らしいネコのぬいぐるみのギャップは大きい。
たったそれだけでも彼が並みの精神を持っていない事が窺える。
死神と言う人の命を狩る想像上の悪魔がこの世に存在していたとしたら、恐らくこんな感じなのだろう。
殺す事に本能的サディズムを感じるだけではなく、見る事でもサディズムを感じる悪魔の心を持つ生き物。
それが―――この男、吉田その人。

「…それよりも定期放送、流さないんですか?」
「あぁ、今それを」
「なんだったら私が言いますけど…?」
その表情はまるでおもちゃを魅せられた子供のようだ。
「いえ…お手を煩わせる訳には…」
「そんな事ならいいんですよ。…私、一度放送をしてみたかったんですよね…ふふっ。」
『吉田に放送を流させてはいけない。』
榊はとっさにそう判断した。
この人に持たせれば生徒はただでは終わらない。
それは笑顔で竜崎と伴田を撃ち殺した過程からも明らかだった。
そして、政府にこの男は数日前、大恐ろしい事を言った事を榊は知っている。
故にマイクを取ろうとするのを止めようとしたが、何物の動きを止めてしまいかねない笑顔で返され、
思わず気圧されて後ろに数歩後退してしまう。絶対的な笑顔と権力。そしてその下の死神。
その隙に吉田はマイクを取り、近くの兵士に「放送を島全体に入れてください」と合図を出す。
「…いやしかs」「黙っててください。」
榊の静止を、止め、吉田は大きく息を吸い込んだ。

「…じゃぁ、ちょっとだけスピードアップさせて見ましょうか?」


*****


「!?放送…??」
向日はこのゲームが始まって始めて聞いた音楽に思わず立ち止まった。
それはこれから定期的(今回は定期ではないようだが)に流されるらしい放送が
禁止エリア、死亡者状況など、聞き逃すと後々後悔する情報が多いとい事を知っている点もあるが、
それ以上に音楽に関してだけいうならば、朝の清清しさを感じる事が出来たからだろう。
疲れ果てた自分から失われた清清しさを感じると言う意味合いでも。

『はじめまして、第一回目の定期放送です。…皆さん、元気に殺しあってますか?』

「…んぁ!?」
だが、流れてきた第一声が予想していたものとは違い、思わず拍子抜けのような声を上げてしまう。
その後やってきたのは怒り。
冒頭で紡がれる言葉の羅列は教科書などで習っていたので、予め予想していた通りだったが、
問題は流れた聞きなれぬ人物の声。
冷静な榊の声ですら朝の雰囲気をぶち壊す不快極まりないものだっただろうが、
妙に明るく接してくるこの声はさらに向日の精神を逆撫でした。
「(誰だ、こいつ?『はじめまして』?…てっきり監督が放送すると思ってたのに…)」
『ふふっ、皆さん私の声に驚いているかも知れませんね…………
 自己紹介しておきますと、私の名前は吉田。このBR推進協議会の会長をやっている者です。
 きっとこの中に知っている人間もいるかと思います。『死神』さんとかね。
 …そして、放送を聞いている皆さんからは見えないのが残念ですが、
 隣にいるのが私の大切な友人のあーくんです。』
「よろしくね~」と恐らく腹話術をしているのだろう甲高い声が聞こえ、そして静かになる。
『…というわけで、これから榊くんの代わりに定期放送のナレーションを勤めさせてもらいます。
 どうぞよろしくお願いしますね。』
向日の耳の向こうで微かに、榊が「!!でも、お忙しいんですから…」と、驚愕している声が微かに流れる。
この吉田と言う男のナレーションは事前に決まっていなかったのだろう。
そしてこの声の人物がこの地にいる一番上の権力者であることも容易に想像できた。
あの榊が戸惑っているのだから。
「(突然のアクシデント…っぽいな…。)」
知ったところでどうこうなる問題では無かったが、目が(悪い意味で)覚めたことにだけは向日は感謝した。

『さて、自己紹介はこの位にして、そろそろ本題に行きましょうか。
 ……えっと、まず、死んだのは…2人ですか。 
 少し遅めですね。それじゃぁ全員殺す前にあっと言う間にタイムアップにになっちゃいますよ?
 そして皆さん気にしてるその人物ですが、えっと…?
 あぁ、8番・不動峰の内村くん、40番・聖ルドルフの柳沢くんですね。
 同じ学校の方は辛いでしょうが、今、貴方の前に殺した奴がいるかも知れませんよ?
 がんばって探して殺っちゃってくださいねww』

一応、聞き逃さないようにと放送は聞いてはいたが、面倒だった。
この吉田という男は榊以上に他人の気持ちを抉る事に関して優れている。
多分、何の変哲もない文も彼の話術を持ってすれば怒りを沸きたてる事が出来てしまうかも知れない。
実際放送がうざい。
「(…こんな放送を何度も聞いてたら気がおかしくなりそうだぜ…)」
苛立ちに舌打ちしながらも死亡者リストに氷帝の名前がなかった事に安堵し、深い溜息を付く。
そして、付きながら心に堪った負の感情を押し流した。
これがこいつの狙い。怒りを持たせて俺たちに殺し合わせようとしているんだ。
乗ってはいけない。乗ってはいけない。

『…最後に禁止エリアですが、A-3、F-7の2つが一時間後…8時に禁止エリアに設定されます。
 そうそう、全員が学校から出た時点で学校のあるE-5は禁止エリアになっています。
 気をつけてくださいね。
 他の二つは島の端っこの方ですから引っかかるなんて馬鹿な事ないとは思いますけど。』
クスクスと笑いながら、吉田は先ほどまで話していたマイクから離れたようだ。
吉田の声が遠ざかり今まで小さかった榊の声が大きくなる。



『…と言う事だ、以上。全員いってよし。』



*****



「………あ、禁止エリアは…っと。」
吉田の言動に納得し切れないと言った感じの榊の声が流れ切る前に放送が途切れる。
それに思い出したかのように向日は首にかけていた地図を取り出すと、
A-3とF-7の場所に『1-8』と、支給のペンでマークを付ける。
「…出来ねぇよな…んなの。」
しかし、向日は死亡者の欄に打ち消し線を引く事はなかった。
いくらなんでも流石にそこまでは出来なかった。
引かなければならない。認めなければならない。俺たちはそうやって勝ち、相手を蹴り落としてきた。
でも、それは蹴られる事の辛さを知らなかったあの時だから出来た事。
今は宍戸の敗北があって、解る。負けることの辛さを、忘れられた時の悲しさを。
「…………………読まれなかったな…。」
そして見返す生徒一覧。
ずらりと生徒の氏名が書かれた表に先ほど読んだ死亡者のリストに氷帝生の名がなかった事を思い返す。
人が2人”落ちた”この状況で氷帝の心配をしている事はあの二つの学校に悪いけれど。
「(まだ生きてるんだな…侑士…)」
漠然と思う。
あくまでも放送は現時点で死んでいないと言う事であって、自分のように健康かつ平和である保証はない。
怪我をしているかも知れないし、今まさに殺されようとしているかもしれない。
でも、今を生きている。それは確かなことなんだ。
それだけで希望がわく感覚を感じる。
やはり彼は自分の誰よりも大切なパートナーだと向日は確信した。

「あ…。」

そう言えば。
「俺まだ侑士から菓子貰ってねぇ!!」
数時間前、取っておいた菓子を自分のミスで宍戸に食べられ、
バタバタと手足を動かして子供のように駄々を捏ねていた時に「甘いものは苦手なのでやる」と言った忍足。
『あ、侑士、さっき言ってた菓子くれねぇ?なんか甘いもの食いたくなっちまった。』
『あぁ…ええで。』
『サンキュー。』
青学・不動峰・聖ルドルフ・氷帝と4校合同で盛り上がった王様ゲームに一区切りをつけ、
いよいよもらえると思ったその瞬間にやって来た強烈な睡魔。それから自分は忍足と話していない。
「(もしかして…俺が侑士を探してたのって…?)」

―――菓子をまだ貰っていないので、会いたい。会って、貰いたい―――  ?

「ぷっ」
自分でも呆れてしまう答えがふっと沸きあがった。
…でも、多分、きっと…いや、絶対、答えはそれなんだろう。
そう思って、向日はこの先を進む事を決めた。侑士は約束を破る人間じゃない。
「よ~っし!!侑士…俺が(菓子を貰いに)行くまで死ぬんじゃねぇぞ!」
此処に忍足、または正常な思考を働かせる事が出来る人間がいたら
「忍足(俺)よりも菓子かよ」と突っ込んでいるだろうが、
そんな他者にとっては些細な事でも、今の向日にとっては大きなウエイトを持っていた。
絶望が支配する世界で、少しでも希望を。
そしてここには彼を探す正当な、曖昧ではない目的がある―――それに乗せる微かな希望。


忍足侑士ヲ捜索スル理由、ノ、検索終了。
理由―――『菓子ノ恨ミ』_
オブジェクト終了


*****


一方、忍足は既に禁止エリアとして指定されていた学校内、エリアE-5の隣であるE-6に、
木更津と同じ『灯台もと暗し』の策をとって潜み、気配を消していた。
森の中で少しでも目立たないようにする為、草木をナイフで切り刻んで作った液を制服につけ、
制服の白を若草色に染めて飛び込んだこの辺りには鬱蒼と生い茂る草原。
早朝という事も相まって良い保護色になっている。

「さってと…。」
自分は戦争やサバイバルなどの類が詳しい方ではない。
しかし、マスディアで手に入れた少しの雑学はそれを余りあるほどに埋める事が可能だったらしい。
手際良く行なうそれらの行動はまさにプロかおまけのそれ。
「…皆、元気やろか…。」
周りにばれないよう、口だけを音もなく動かして自問し、そして、それに対して苦笑を浮かべならも自答する。
「大丈夫や。」
言って、右腕を眺める。
強く抑えられた右腕には鋭利な刃物で切られた服、そしてそれを染めている赤い染み。
「全く…ゲームにのる奴ものる奴でタチ悪いけど、ああゆうタイプはもっとタチ悪いわ。」
乗る人間とは別に発生する「気を狂わせた人間」。
現実の重圧に耐えかね、気を狂わせてしまった”彼”は多分まだこの辺りを彷徨っているだろう。
今のところ辺りに気配は無いが、じき存在を本能で探り当て、
武器であるバタフライナイフを手に殺しにかかってくる。ここで会ってしまえばたまったものでは無いだろう。
「(いい加減、此処も潮時やな…)」
この数10分間、出なければ見つかると解っていながらも、いつこの平和な草陰から出ようか迷っていた。
安全な代わりにここからでは葉擦れの音にかき消されて周りの状況が分からない。
でも此処で動かねばいつかは見つけられ、殺されてしまうだろう。
自分の人生を大きく変えるかもしれない一か八かの行動。
「(こうなったら…いくで!!)」

「…『死神』にころされる…一番は俺?…い、いやだ…!!」
「!!しもた!!」

そして、
右手に赤光するナイフを持ち、目を見開き、全身の震えを抑えて立っていた彼―――野村。
そんな彼に最も会いたくないと思っていた忍足が飛び出した瞬間に出会ってしまったのは不幸な偶然。

「俺は死にたくない!!殺される前に殺してやるぅぅぅうううううううううううううううう!!」
「ま、だから言っとるやろ!!俺はゲームには乗らんって!!」
「五月蝿い!!俺は柳沢と違う!!騙されない!!」
「っ…!!」
ナイフをブンブンと無茶苦茶に振り回し、言葉にならない叫び声をあげて突進してくる野村を
忍足は持ち前の反射神経で紙一重にかわす。
「(真面目に跡部のトレーニング受け取ってよかったわ…)」
テニスでプログラムに巻き込まれ、そのテニスで現状を突破している―――生きているなんて。
運命とは皮肉だと忍足は笑う。
故に場違いな礼を跡部へと言いたかったがナイフを突きつけられている現在のこの状況ではその余裕は無い。
すぐに表情を元の冷静なものへと戻す。
「…っ。」
所々起こるナイフが皮膚を切る感覚。
小さな切り傷が服を濡らすが、これ位の怪我はどうという事はない。
「(…聞く耳持たずかいな…。)」
ベルトに引っ掛けてあるケースを、自分の右手を横目で見る。
武器は野村と同じ接近戦に特化したサバイバルナイフ。
出せばそれだけで恐怖で暴走している相手を刺激することになるし、更にこれで殺しあおうとすれば、
例え勝ったとしても只ではすまない。
腕か肩か腹か…一撃は恐らく避けられないだろう。
「………。」
この状況下では実質使えない武器を手に、忍足は出来る限り無血でこの場を乗り切る術を考える。
冷静で、生きる事に貪欲な「乗った人間」と違ってこの手のタイプは自分の命を顧みずに突っ込んでくる。
頭を使った停戦は期待できそうにない。
故に時間をとって落ち着いてもらおうと隠れていたのだが…あまり効果は無かったようだ。
「(仕方あらへんな…)」
命の交渉を断念し、さっと後ろに跳躍して予め視界の端に留めておいた小さな木の枝を掴む。
何の変哲もない枝の攻撃力など皆無に等しい。
だが、上手くぶつければ逃げだす位の余裕なら作る事が出来るだろう。
更にに上手く行けば相手の急所に命中する事もありえる。
外れればナイフを使おう…覚悟を決める。

「喰らっとき・・・・・・・・・・・・っ…!!!?????」

と、突っ込んできた野村にの枝を投げつけようとしたその時。
同時に感じたのははやけに乾いた破裂音と右腕から全身に震えていく振動。
やわらかい腐葉土の地面に落ち、音もなく衝撃を吸収されるサバイバルナイフとコントロールを失った木の枝。
直後やって来た激痛に声にならない悲鳴を上げながらも、
忍足は起きた一瞬に何があったのか理解する為に辺りを確認し…
そして、それが全くの死角から自分に対して発砲されたのだと気付くのに数秒の時を必要とした。

「うわぁあああああああ撃つなぁぁぁあああああ!!!」

そして、刺激。
その禍々しくもはっきりとした音に野村が悲鳴をあげ、身体を蹲らせていた忍足に向かって ナイフを振り下ろす。
殺される恐怖に囚われて我を忘れた野村は銃声とその前の科白から、
忍足が自分に向かって銃を撃ったと思ってしまったらしい。
「ちが…っ!!!」
恐怖から急激に動きの速くなった野村の一撃を辛うじて身体の重心を後ろに動かして避けるが、
腰と左手を思わず地面につけ、腰を抜かした時のような体勢を取ってしまう。
こうなると逃げるにも、地面に落ちたナイフで攻撃するにもまずは上体を起こさなければならず、
それに伴って素早い対応は望めなくなる。
そして、激痛を訴え続ける右手は殆ど使い物にならない。
「(此処でもう一発きたら…避けきれへん!!)」
これは絶体絶命。
その名のとおりに、殺される。
ふりあがったナイフ。やけにスローモーションになるそれに本能的に死を覚悟し、目を瞑る体。
「………!?」
だが、そこには痛みはない。
その直後、聞こえたのは野村の痛みを堪える叫び声。
はっとして目を開けると両手で顔の辺りを抑え、痛みに悶える野村の姿がそこにあった。
間違いなく自分は殺される状況だった…が、これは一体。
「どうゆ」
言い切る前に腕が誰かに引かれた。
「立てよ!逃げるぞ!!」
気がつくとそこに影があった。
呆然とし、状況を把握できないままだった忍足はふってきたその声に手をひかれ、その場を後にした。


*****


「ど、何処に行ったんだぁ?」
ようやく顔面に与えられたヌンチャクの痛みにもなれ、辺りを見る事ができる様になった野村は
忍足と忍足を助けた声の主を探し始める。
しかし、そこには誰もなく。
「………ははははははははっ」
自分が殺されなかった喜びの方が多いからなのか。
チラチラと辺りをみるその素振りに固執は見られず、「勝った」「勝った」と野村は高笑いを繰り返す。

「(…けっ、使えねぇ~奴…。)」
そして、そんな野村を木の上から見下ろし、男―――亜久津は小さく舌打ちした。

折角忍足の右腕を狙い、次の行動を規制して最高の殺害環境を与えてやったというのに。
目前にいる野村は攻撃を外した。
正確には近くにいた第三者のヌンチャクの投擲によって攻撃は阻止されたのだが、
その介入がなくても攻撃は外れていただろうと亜久津は思う。
「(余計厄介になったじゃなぇかよ…)」
多分、忍足と彼を連れて行った男(亜久津からは逆光になっていて見えなかった)の2人には
これ以上野村を当てても一度ついてしまった警戒心が邪魔し、仕留める事はさきほど以上の困難を伴うだろう。
あの2人以外と野村以外の人物を見つけていない現状でこれ以上殺害の手伝いをしていても面白くない。
―――この狩りは失敗したようだ。
亜久津っはそう結論付ける。
「さってと…使えねぇ奴は逃がすとするか…。」
口の端を軽く持ち上げながら、野村の足元を跳弾でこちらに当たらないよう上手く狙う。
「またどっかで会おうぜ?…武器が解ったから殺さねぇでやるからよ!?」
そして、愛器としたコルトガハメントの引き金を引く。
エアガンとは全く違う、ずしりとした重厚感。
撃った後の反動の大きさ。漂う硝煙の匂い。酔ってしまいそうなこの銃の持つ魅力。
「(くくっ、さぁどうする?)」
突然森の中から聞こえてきた銃声に野村は再び肩をびくりとさせ、
辺りを不安そうにを見回してヒステリックな悲鳴を上げていたが、
さりげなく言った亜久津の「逃げろ!!」の声を聞くか聞かないかのタイミングで駆け出した。
顔も見えない『死神』の影に怯え、何も知らないまま使われ、遊ばれる哀れな人間。
殺してもよかったが、ああいう人間は逃がして更に恐怖でしばってやればいい。
その方がこのゲームのストーリーも面白くなるというものだ。
それに、逃がしておいてもそれほどの傷害にもならない。
「ハ~ハハハッ!!!…最高じゃねぇの…!!」
野村の叫び声の聞こえなくなったな森に降り立と、先ほど忍足たちが走っていった方向を見据える。
先ほどの騒動で忍足はナイフ、そしてもう一人がヌンチャクを持っていた事を知っている。
つまり、あいつらは遠距離の攻撃には無力。
亜久津は溢れる笑いの感情を抑えるのに必死だった。
銃という生き物を殺す為の兵器に怯え、叫ぶ哀れな子羊達。

「狩りのスタートだぜ?…待ってな。」

一歩一歩大地を踏みしめながら亜久津は近くに居るであろう2人の後を追った。



***


「大丈夫か?侑士。」
「あぁ、ほんと助かったわ…。」

応急処置をする為に撃たれた右腕を差し出し、助けてくれた相棒―――向日に謝る。
あの状況下で、自分は生きる事に諦めを持っていた。
だからこそこうやって生きている状況に喜びを感じずにいられない。
もちろん、それを命懸けで与えてくれた相棒にもだが。
「なぁに、気にすんなって!…それに、侑士に死なれたら俺の菓子渡して貰えねぇし。」
「菓子かい。…そんな小さな事、やあやあ言ってたって始まらないやろ。」
「…あ~、間違って勢いよくかけちまった~ぁ♪」
「っ゛ぅぅぅ!!!!………な、何すんねん岳人!!」
何気ない反応に、菓子を小さな事として扱われた岳人は勢いよく傷口にドクドクと水をかける。
何故こちらが怒られなければならんのか。忍足は激痛に思わず抗議の声をあげ、すぐに声を塞ぐ。
大分逃げたとは言え、野村の驚異は終わっていないのだ。
幾ら命の恩人とは言え、ぞんざいな扱いは勘弁してもらいたい。

「あんなぁ岳人、物事には加減ってもんが」
「俺にとっては『キノコの山 チーズケーキ風味』を貰う事が侑士を探してた理由なんだ!!!」
「はぁ…?」
「だから…侑士は命を賭けても死なせるわけにはいかねぇ…」
「………岳人…………」
「兎に角!!!俺は貰うまで侑士と一緒に此処を出なきゃいけねぇんだっ!!」

菓子などと言いながら、自分を護りたいとしている気持ちを素直に表現できない相方の真剣な姿。
「素直やないな…。」
相棒に返すのは素直な笑み。堅くならんでお互い本音でいこうの合図。
「…死ぬわけないやろ。俺は約束やぶるんは嫌いやからな。」
「だよなっ。」
それにつられて岳人も笑う。
こんな時にはたっぷり笑っておかないと心が壊れてしまいそうだ。
「…それにしても深い傷だぜ…。」
そして、ひとしきり笑って真剣な顔に戻し。
水で洗われ、顕になった腕の傷に、岳人は顔を顰めた。
「ナイフでこんなに深い傷作れるのかよ!?」
「ナイフだけやあらへん。銃も当たったんや。ナイフで切られた所、重なるように撃ってきおったからなぁ…。」
「撃ったって…誰が?」
「それは、解らへん…。」
正直な答えだった。
解っているのはあの発砲は自分を護る為に撃ったものではない事。が野村を酷く興奮させた事。
撃った当人は自分達や野村を肝心な所で殺さなかった事。その位。
もしかしたら自分を狙った発砲が横道にそれて奇跡的に傷をなめたのかも知れなかったが、
どちらにしろあの状況を把握していた「何者か」がいたのは間違いないだろう。
恐らく”彼”は野村を興奮させ、自分を殺させようとしたのだ。
しかし何のために?疑問は尽きない。
「殺さなかった理由もわからへんし…まぁ、危険なのはかわりあらへんから、もう少し休んだら先すすも。」
「あぁ…。」

傷口に応急処置をし、立ち上がる。
この傷ではたいした距離は稼げないだろうが、少しでもこの場所を離れよう。
忍足はその事ばかりを考えていた。

―――だから、
すでにその頭上に亜久津が居ることを彼は気にも止めていなかった。







【プログラム1日目 残り人数 37名】





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