バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>012『感謝』




先輩には本当にお世話になりました。
いっつも色々な事を教えてくれて、間違いを直してくれて、それでも出来ない時には怒って叫んで。
それでも、おれの話を聞いてくれて、それに対応してくれて…。
先輩と共に勝つ事が出来たあの試合の味は、恐らく一生忘れる事がないでしょう。
ありがとう―――ございました。

初めて会った時、何だこいつは?といった感じだった。
そんなあいつが俺に―――先輩に向かって怒りの感情を顕にするなんて思ってもみなかった。
そして得た勝利は、俺にとってどんな勝負よりもかけがえの無いモノになった。
今年は俺の3年間の中で一番充実した1年だったかも知れないな、なんて思った。
ありがとう―――楽しかったぜ。


『ありがとう』。
そんな感謝の言葉は、闇に解けた―――








BATTLE 12 『感謝』









風が強くなり始めた。

上空の雲は薄く引き延ばされ、青だけのキャンバスに白がポツリポツリと入っていく。
風上の方には自分達の未来を示唆するかのように大きく、先の見えない入道雲。
雨が近いのだろう。
そんな事を思いながら金田は葦原―――エリアG-5に身を潜めていた。
この数年間全く手入れのされる事の無かった葦はゆうに180cmを越えている。
その為、160cmほどである金田の身長を覆い隠すには十分であったが、移動した所が獣道になってしまう事、
そして相手に見つかった時の危険性を考え、すぐに逃げられる位置、体勢にしていた。
他にも数箇所獣道を作っておいたし、作られていたので(作製した人物を窺い知る事は出来なかった)、
杞憂する事はないのかもしれないが。

「…はぁ…ルドルフは…大丈夫なんでしょうか?
葦が強い風にざわざわと揺れる。
それは微かに動く音も、呟いた心配の声もかき消し、存在を覆い隠してしまう。
逆に相手の動く音もかき消してしまうこの葦原の中でひたひたと言いようもない恐怖が募るのを感じつつも、
しこのまま上空を漂う雲のように儚く消えてしまいたいと思っていたりもする不思議な矛盾。
周りに高台が多い事に今更ながらに気付き、
場所を変えたかったりした感情は一体何処にいなくなってしまったのか?
「…に、しても…柳沢先輩、早過ぎますよ…。
ルドルフはゲームが始まって最初の犠牲者(桃城は開始直前に殺されたので)を出した学校。
その犠牲となった柳沢の死は放送で呼ばれた。
…つまり、確定している。
誰が殺したのか、はたまた自殺したのか、殺したとしたならば誰に殺されたのか―――
どの選択肢を選んでも残るのは絶望と怒り。
その対象は柳沢を殺した人物であり、柳沢自身であり、柳沢を助ける事が出来なかった自分でありと
多少の変化を持っていたが、根本的なところでは何も変わっていなかった。
殺してやりたい。柳沢先輩の苦しみを知って欲しい。存在を消してやりたい…そんな破壊衝動。
「(止めなきゃ…冷静に、ならないと…。)
湧き上がる怒りの感情を抑えようと、瞳を閉じる。
緊張感を抜けば少しは穏かな気持ちで柳沢を受け入れる事が出来るだろうと思ったからだった。
『人間誰だっていつかは死ぬんだ。それが早まっただけ。突然だっただけ』
自分を失ってはいけない。
怒りや恐怖に飲みこまれてははいけない。
祈りや願いにも似た自己催眠をかけると、昨日の夜から満足に眠っていなかった為に
身体はすんなりと眠りに落ちた。
だが、目頭に感じる違和感がそれを阻害し、目を閉じる事はできない。
痛みではない。だからといって無視できない何かの感覚。寝るな―――そう言わんばかりの感覚。
「…戦いだな…これ…。」
結局その痛みに邪魔されて瞳を閉じる事を諦め、睡眠欲を蹴った。
「はぁ…。」
心と体の格闘の合間に心の中で騒いでいた感情はその姿を消したが、喪失感だけはどうにも出来ない。
大切な人が死んでしまうなんて。もう二度と会うことができないなんて、

―――知らなかった―――

ガサッ
「!!」
そんな、音のない世界に現れた草を踏む音に金田はびくりと顔を強張らせた。
今までに同じ様な葉擦れの音は何度も聞いていた。そ
の度に何度肩を震わせ、緊張感から幻聴を起こす事もあった。
でも、今度のは聞き間違えでも、ましてや幻聴でもない。
それは、誰かがこの芦原に明確な目的をもって入ってきているという事。
それもすぐ近くに………金田は辺りを確認する。
「(逃げなきゃ…いや、立ち向かうか?)」
幸いにも手元には当たりと呼べる武器、イングラムサブマシンガン。
配布されている武器の中でも1、2を争う殺傷力を持つであろうそれに一瞬視線を向け、握り締める。

『…”目には目を、歯には歯を”という言葉を知っているか?』
最後の数十分の雑談。榊は言っていた。
『かつて、メソポタミアで生まれたハムラビ法典にある言葉だ。
 その当時、人々は戦意を失わせる為、傷害事件を多く起こした。恐怖の助長になるからな。
 それを禁ずる為、この法典では目をつぶした者は目を、腕を失わせた者からは腕を切り取った
 ―――つまり、相手に傷を与えた箇所を奪い取られたのだ。
 …それからこの言葉は『相手の仕打ちに対して、同様の仕打ちで対抗すること』を言うようになった。
 殺されたならば、殺せ。殺さなければ、殺されるのはお前だ。…躊躇いはいらない。それがこの島での正義だ。』

そう、言った。

この島での…正義…。」
そう。これはこの島での正義なんだ。
この島では人を殺す事が自分を守る事であり、正義。乗らない奴は敗者となって死んでいく。
そう言い聞かせてやってくる誰かの音に身体を向け、イングラムを握り、構えた。
殺したいとかいう感情はない…本当にない。
出来れば皆で生き延びたかった。テニスをしたかった。しかし、それは無理な事だから。
望み…そんなものがあるとしたならば、只一つ。
放送に名前をあげられたくなかった。
自分の名前を聞かせて仲間達に自分と同じ様な悲しい思いをさせたくなかった。
柳沢の放送に自分がどれだけ傷ついたかを知っているから。だからこそ同じ事をしたくない。
そんな思いが自分に間違った勇気を与えていた。

「…来るなら…来い。」

こんな所に迷い込む人物がいる確率は限りなく低い。
しかも広い葦原の中で自分に音が聞こえるほど接近する事などまずない。
自分を殺しに来たと考えるのが妥当だろう。
額から冷や汗が流れ、毛が逆立つ感覚が全身に湧き上がる。
怖い。が、やらねばならない。

ガサッ

「金…」「死ねぇ!!!」
そして、音の主の姿が葦の合間に見えたその時。
聞こえてきた声を遮りイングラムにかけていた理性という最後の封印を解いた。
タイプライターのようなマシンガンの軽い音が静寂に響き渡るのを頭の隅で感じながら、只無心で相手を撃った。

―――殺されたのならば、殺せ―――

何度も繰り返し聞かされた榊の言葉が蘇る。
目の前に人物が必ずしも自分を殺しに来た奴とは限らないのに。

―――殺されたのならば、殺せ―――

偶然にも自分を見つけ、合流しようとした人物である可能性も高いというのに。
それでも金田はその人物を撃った。
恐怖に押し潰されて死を望みそうな弱い自分をそれに重ねて。

―――殺されたのならば―――――――

生き延びねばなるまい。
それが、ルドルフの仲間達の為なのだ。





「う…ぐぼぁ。うご…。」

少しの間突如与えられた痛みに転げていた葦の向こうの人物が仰向けに倒れて動きを止めた頃。
金田はイングラムを撃ち続けるのを止めた(罪を犯してしまった事を実感し、手放したという方が正しい)。
「…!!」
そして、はじめて詳しく見た葦の先に見慣れた制服が垣間見えた事で金田の動揺は急激に高まった。
縞模様のネクタイ。襟袖元に施された刺繍。胸元に光る誇り高き盾のエンブレム。
―――どう見てもそれはルドルフの制服で。
しかも、特に名前をあげて悲しませたくないと思っていた人物のそれで。
「…まさか!!!」
恐怖と動揺と悲しみに背を押され、金田は仰向けに倒れこんだ人物の元に駆け寄った。

「…金田、だな。やっぱり…思ったとおりだ。」
「あ、赤澤部長!!」

そこに倒れていたのは、ルドルフの―――赤澤。
辺りには銃弾が当たったり掠ったりした為か、葦の葉の屑とおびただしい数の銃弾がが散らばっている。
その一部は赤黒く浸っており、赤澤から血液が大量に流れ出ている事を示していた。
「あ…あぁ…おれ、おれ!!!」
「あ…大丈夫だ…そんなに受けてねぇよ…殆どこれが受けてくれた…。」
言いながら、赤澤が葦の葉を掴む。
実際葦が壁の役割をして、彼自身が受けた銃弾は全体の4割もなかったが、撃っていた時間が長すぎた。
時間が長ければ撃ち出される銃弾の量が増え、それに連動して身体に当たる数も増える。
例えかなりの量が草原と言う地形によって遮断されていたとしても、それを超える量を撃ってしまえば何等変わりない。
「(殺してしまう!?おれが、部長を…!??)」
全身に銃弾の雨を受け、荒く息をつく赤澤の残り時間が後僅かなのだという事が本能が訴える。
死ぬ。もうすぐ、めのまえで人が死ぬ…。
ルドルフのメンバーを苦しませない為に撃つ勇気を固めたのに。
これは結果としてルドルフメンバーを、部長を苦しめる結果となってしまう。
「お、俺…。」
頬を流れる流水の感覚を感じつつも、もうこれ以上の言葉を繋げる事ができなかった。
本当は謝りたい。『部長…すいませんでした』と謝れたらどれだけいい事か。
しかし、小さなミスならまだしも下手をすれば彼の命を刹那の時間で奪っていたであろう行為を、
『すみませんでした』の一言で片付けるほど尻軽な人間ではない。
何もいえない。言う言葉など自分には存在していない。
謝りきれないこの思い。

「金田…。」
「あ…部長…?」
「言いたい事は解る…誰がいるのか解らなくて怖かったんだな…?気にするな…」
「…っ!!」

目の前の人は、微かにだが、笑っていた。
こんな疑心暗鬼になりそうな世界で信頼していた後輩に撃たれ、
死んでゆくにも関わらずそれでも許すというのですか?
限限の状況下、本能を抑え、他人の気持ちになって立てるものなのですか?

「俺、察してやれなかった…あいつが死んで、怖がってるお前を…。」
「や、もう喋らないでください…!!」
「すまん…。」
「…部長…っ!!」

謝らないでください。
本当に謝るべきなのはおれのほうなのに。
そんなに悲しそうな顔をしないでください。
もらい泣きをしちゃうじゃないですか。泣いちゃいけないのに。
…もう、浴びるほど泣いてるんですけどね。
おれは殺人者であり、加害者なんですよ?
貴方の命を今。この手で奪おうとしているんですよ?
それなのに、貴方はおれの事を許すんですか?
この期に及んでまでおれの心配なんかをするんですか?
それを見た俺に貴方はどうしろと言うのですか?
『俺の死を引きずって生きて行け』と。そう言いたいのですか?
おれにとって、貴方の身体は重すぎる。それ以前に触れる事すら出来ないんです。

道しるべとなっていた、心の光。


「…最後だ、金田。」
部長の喉がヒューヒューと渇いた音を立てている。
これが死ぬ真際に出るって事、何かの本で読んだ事がある。
そんなの知ってなんていたくなかったのに。
「…。」



「俺に止めを刺せ…お前の手で。」



断る事は出来ない…いや、断ってはいけない部長の最期の頼み。
ここまで行動したのなら最後までやり切れという事なのか?
だが、そう冷静に考えるだけの思考は幼いおれには残されていなかった。

「んなの無理に決まってるじゃないですか!!?」
「…。」
「…生きましょう、赤澤部長…部長っ!!」
「この…………バ金田ぁ!!!!」
「え!??」
「お前だって解ってるんだろ!?…今はダブルスをやってるんじゃねぇ!
 一人しか生き残れない究極のシングルスだ!!!
 俺を連れたお前が生き残れるほど……ここは、甘くねぇんだよ…!!」
あの部長からこんな事を言われるなんて。
それもあの時の…あの試合のような怒りと思いやりを含んだ純粋な叫びそのまんまで。
今まで目を逸らして必死に隠そうとしていた事をついに言われてしまった気がした。
どんなに願っても、そのゲームに生き残る事が出来るのはたった一人なんだと。

「…すみません…まだまだ抗議できるほどのレベルじゃありませんね、おれ。」
目の前の部長は自分の気持ちをわかっていて、それを気遣ってくれていた。
だから、今度はこちらが部長に対して気遣うべき時なのだ。
『ばか澤』など呼ばれていても、赤澤部長は聖ルドルフ(もうこの学校名は似合わないな)の部長で。
誰よりも思いやりを持っている人だった。
だからおれ達生え抜きも、観月先輩達スクールの人間も彼を信頼し、慕っていた。
「ぐばっ!ぐぅ…げボ…。」
叫んだ事で内臓が大きく動いたのだろう。
ごぼごぼと口から真っ赤な鮮血を流す部長を少しでも早く楽にしてしてあげたいと思っているのは、
おれが狂い始めた証拠なのだろうか?

「目、閉じててください。あ、耳も塞いでいてください。…その方が何も解らなくて済みますから。」
「…ん。」

全身を引き裂くような痛みに襲われ続け、感覚のないだろう部長なら、
両方の感覚を奪えばいつ殺されるかは解らないだろう。
こういうやり方は受け手に多大な恐怖が襲い掛かるけど、今の―――これを願った部長なら大丈夫だと信じたい。
「(さてと…)」
後は自分が一連の行動に対して耐え抜けばいい。
拒絶しなければいい。
「(おれは…部長のその重い身体を全力で引きずって歩きます…貴方に貰った思いやりの代わりに)」
「…今まで、ありがとうございました。部長。」
「こっちこそいい思い出を作らせて貰った…感謝するぜ…。」
そう言いながら赤澤は耳を塞ぎ、瞳を閉じた。
まだ揺れる金田と違い、彼は既に覚悟が出来ていた。

『感謝するぜ…』―――そして、最期の最後まで彼は人間を恨む事がなかった。





「先輩には本当にお世話になりました。
いっつも色々な事を教えてくれて、間違いを直してくれて、それでも出来ない時には怒って叫んで。
先輩が死ぬこの日の味は、恐らく一生忘れる事がないでしょう。
貴方と一緒にいた日々は本当に楽しかった。
ありがとう―――ございました。

パッパッパパパパパアアアア――――…

乾いた音に混じった悲痛な声は、いつまでも葦原に響き続けた。








【1番 聖ルドルフ 赤澤死亡
プログラム1日目 残り人数 36名】





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