バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>013『後姿』




後ろを向いてはいけないよ…
決して見てはいけないよ…。
大切なものを守り続けておきいのなら、ずっと前を歩きなさい…
後ろを向いた時、大切なものは泡と消えてしまうから…

欲望に負け、その姿を見たくなる時があるでしょう…
―――でも、振り返って見た後に残るのは、絶望と後悔しかないのですよ…

俺は欲望に負けて振り向き、大切なものを失ったあのオルフェウスのようにはならない。
決して振り向かない。前を見て、只走り続けるんだ。

例え、決して見ることの出来ない後ろ道に、死が積み重なっていたとしても。











BATTLE 13 『後姿』









「撃ったか…。」

海堂は半狂乱の金田が赤澤の命を奪うその瞬間を、少し離れた丘の上から見ていた。
いや、正確に言うなら『少し離れた丘の上から見ている事しか出来なかった』というべきだろうか。
人には必ず他人が安易な気持ちで踏み込んではいけないはいけない状況、精神というものが存在する。
恐らく、金田にとってのそれは今なのだ。
「………………辛いだろうな。」
彼の元に走りよったところで何かできたか?致命傷の赤澤を救えたか?
嘆き苦しむ金田の心を少しでも軽くする術を持っているのか?
―――答えは全て否。
誰にもあの一連の行動の責を咎める事など出来ない。
そして、その行動を止める事も出来ない。
奇しくもあれは二人の苦痛を軽減する策の中で最善の方法であったのだから。
実際、金田も、赤澤もああいった形での別れに納得している。海堂は桃城とのやり取りでそれを知っていた。
不用意に暴れれば、手を出さば、それが更なる悲しみを生む事を。
「…………………。」
でも、桃城ならこの状況下でも走っていったのかも知れないと海堂は思う。
バカで、正義感だけはあって、大食漢で、お人よしで、生意気に青春してて…
それでも心の底から嫌いになれなかった奴。
初対面から既に桃城を敵視していたのは、多分自分と同じ気持ちで動いていたから。
表面上は暖と寒、雰囲気は違えど、根本的にながれる熱いものは一緒だったから。
お互いに同じものをお互いの中に見、あいつよりより良くなろうとしていたから。
それは共鳴しあい、今まで独特な関係を生んでいた。

―――「今まで」は。

「…………フシュー…………」
葦原に姿を消した金田から視線を少し離し、独特な発声の溜息を一つ付く。
中学に、テニス部に入るようになってから、いつの間にかするようになっていたこの言葉。
二年になり、レギュラーになってから更に数の増えたこの言葉。
精神を落ち着かせる、ネガティブになりそうな気分を盛り上げるこの言葉。
この言葉とテニスプレイから桃城や神尾には『ヘビ』だの『マムシ』だのと呼ばれていたが、
海堂はそのやり取りも今では既にほほえましい思い出になっている事を感じる。
…桃城はもういない。
もう、『マムシ~』と挑発気味に絡む事も、『海堂には負けねぇ!!』と敵対心を燃やされる事も、
場違いな発言でひやひやさせられる事も、何だかんだ言って自分のピンチを救ってくれる事も…もう、ない。
本来ならもっとずっと桃城の死を感じていたかった。悲しみにくれていたかった。アイツの傍にいたかった。
でも、もうそれも出来ない。
たった数時間しかたっていないのに、引きずる事を許さない、このプログラム。
一瞬、ふっと桃城が目の前を通っていく幻覚に襲われた。

「………桃城…………俺は…お前に勝てねぇよ…………………。」

そして、海堂は瞳を閉じて風の撫でていく感覚を感じながら、
生まれて初めて諦めの、負けの言葉を口にした。
自分にはこのプログラムであんな事をする勇気はなかった。
確かに、榊に怒りを感じたし、竜崎の死にショックを受けた。しかし、桃城のよう事は出来なかった。
桃城を止める事が出来なかった。
只、あの全てを受け入れた後姿を見ている事しか出来なかった。

自分は本来臆病者で。
人と交わる事が恐くて…だから、強くなろうとした。
臆病な心の傷を別のもので埋めようと必死になった。
傷を誰にも見られたくなくて、更に人との交流をあまりとろうとしなかった。
必死に、がむしゃらに日常を暮らしていた。
だからこそ、たまたま覗きに言ったテニス部で初めてアイツに会った時。
自分の全てを曝け出して生きていく事が出来る桃城に憧れた―――嫉妬していたんだろう。
どうしてそう馬鹿正直でいられるのかと。どうしてあんなにも素直に言葉を紡げるのだろうと。
それは今も現在進行形で続いている。

「…だがな。」
海堂は一つの決意を固めていた。
「…俺は負けねぇそ。少なくとも引き分けまで持っていってやる…この命を投げ出したとしても。」
きっと俺は生き残れねぇ。
同じテニスを愛した奴等を殺してまで俺は生き残りたくねぇからだ。
だがよ、俺はお前みたいにむざむざと殺されるってのもされたくねぇ…
一応俺にも負けたくねぇってプライドがあるからな。
だから決めた。
政府にもこのゲームにも負けない最善の方法。

「俺は、生き残る。」

―――桃城。
俺を曝け出して生きてみようと思う。
この3日間っていう短い間だけでも、てめぇと同じ所に立ってみようと思う。
…脱出してずっと生き延びる事が出来たらもっていいんだけどよ。
で………もし、脱出できたら―――てめぇを越える。強く生きていって見せてやるよ。
でもって、俺が死んだら…やり直そうぜ。
こんな事言うもんじゃねぇんだろうが…人はいつか死ぬんだ。その時の言葉だと思っとけ。
そして、今度は俺がてめぇに『海堂には勝てねぇな、勝てねぇよ。』っていわせてやる!
テニスでも、精神でも、学問でも、体力でも、俺はお前に勝ってやる。
負けるわけにはいかねぇ!

…俺達はずっとに友<ライバル>なんだからよ。



「…絶対、倒す!!」
右手を頭上に掲げ、日の光の中に翳しながら、海堂は暫く桃城との思い出にふけっていた。



***



「…はぁ…。」
その頃。
後ろ髪を引かれる気持ちのまま内村と別れた神尾は林の中―――エリアF-4を歩いていた。
頭上に被せられた血に塗れた内村の帽子を右手で撫でる度に思うのは、内村がもういないのだと言う事。
内村が死んだという事。
それを知っているにも関わらず、『何故内村はいないのか?』という問いに答えを与えられなかった。
全てを断ち切る覚悟をした越前を見習えない自分、でも、あいつのようになってはいけないと思う自分。
心の葛藤。
―――自分は強くならなければいけないのに。

「…神尾?」
そんな感覚を感じながら歩いていた為か、横から掛けられた声に神尾は反応しない。
「ねぇ、神尾…聞こえてる?!」
前を遮り、大きく肩を揺らして声をかける。
ダメだ。簡単には現実に戻ってないみたいだ…なら、ちょっと荒治療だけど…。
「…おい!!」
耳元で大声一発。
鼓膜が破れそうな痛みに一瞬現実ではない所に行ったようだが、神尾は幸運にも戻ってきたらしい。
「!!…………なんだ、辰徳じゃねぇか…………。」
自分を認めて超えを出した。
「よっ。」
「…………………。」
「…うれしくなさそうだね?」
「いや、そんな事!」
「…………。」
「……すまねぇ。いろいろあって…気分じゃねぇんだ。」
森は神尾が被っている帽子に視線を向けた。
見えにくかったが、しっかりとこびり付いた赤黒い染み―――恐らく血痕。
それが死んだ内村のものか別の人間のものかは兎も角として、
人がこの数時間の間に死んだという現実を雄弁に物語るだけの力強さを持っていた。
放送の事実が本当だということを森は改めて納得する。
「(はぁ…涙は出ないんだなぁ…放送の時にも思ったけど、このプログラムに参加してると薄情になりそう…。)」
泣くという自己感情表現を忘れてしまいそうなこの現実に顔を顰め、
森はぼそぼそと呟き始めた神尾に視線を戻した。
「…れ、内村の帽子だよね?会ったの、あいつに。」
神尾の状況をみるにとても言いにくいことだが、言うしかなかった。
わかっている。帽子を手に入れたということは、つまりはそういうことなのだ。
しかし、あえて聞きたかった。
「…直後に、会った。」
神尾は頭上を森の手に握らせて、どこか遠い目のまま先ほど歩いてきた森を見つめる。
「…………。」
内村のメッセージ、そして越前との接触を、神尾は話せなかった。
一瞬、ほんの一瞬口を開かせ、『越前が内村を殺した』そう言えばいい。
にも拘らず、口の震えを止める事が出来なかった。
死んだ事を認めたくない自分。現実を見ても尚、越前が乗るような人物だとは未だに思いたくない自分。
それら全ての出来事を森に話して救われたいと思う自分。
様々な思考を持つ彼等は洪水のように鬩ぎ合い、溢れようとし、自嘲的な笑いとして溢れた。

「…………………………事故か?」
「銃で、撃たれた。」
「いつ頃…?」
「俺がアイツを見つけた時には、もう。」
「誰が?」
『撃ったんだ?』その先は言えず。
「…。」
『越前が。』、その先もまた言えず。

「………そうか。」
森は視線を帽子から離し、それ以上聞くのを止めた。
内村が死んだ―――その事実だけでいっぱいいっぱいのこの状況で、
これ以上思いを廻らせている訳にはいかない。
例えば、神尾が内村を殺したのではないか?…など。

「…行こう。ここは目立ちすぎる。留まっちゃいけない。」
「あぁ。」
「そんなに暗くなるなって、神尾…あいつの為にも、今俺たちができる事をしようぜ。」
だから森は勤めて明るくした。
それだけ神尾の印象は激変しており、それは森の心を苦しめた。
何を思ってアイツが相棒であった内村に会い、そして何を思って帽子を自分に渡したのかは分からない。
自分に出来る事は何も無い。下手な同情は苦しめるだけだ。

「―――これから、橘さんに会いに行こう。」
だから、提案はいつものように。

「橘さんに…会いに行く…?」
森の口から出た”橘さん”の言葉に、神尾は俯いていた顔をあげた。
視線の先の森は、悪戯をしでかそうと計画案を話す子供のように無邪気に笑っている。
計画などではない。できるという核心を持った顔。
元々橘を見つけ、合流する予定だった神尾には渡りに船のような偶然だった。
「そのまんまだよ。橘さんに会って、この先の事を考えるんだ。」
「…………場所はわかるのかよ?」
「雅也が教室を出る時に俺達にしか解らないように待ち合わせの場所を暗号にして流したんだ。
橘さんも暗号を解読したみたいだから…きっと来る。」
もしこの話が本当ならば、早急にメンバーを収集できる。
そうすればメンバーで相談して後々乾やらと合流して…脱出の可能性が見えてくる。
「ん。」
だが、此処で一つ、大きな問題点があることを神尾は発見する。
「…でもよぉ、雅也ってって事は、俺以外にもその暗号を見てない奴がいるんじゃねぇのか?」
「だ・か・らっ。こうやってボクたちが集合場所に移動しながら残りの皆を探してんじゃないか。」
森の話によると桜井は南の集落―――エリアF-7に集まるように号令をかけ、
自分の前に出て行った石田・伊武・内村・神尾の4人を桜井・橘・森の3人で探す事にしていたらしい。
内村がいなくなった今、待ち合わせの事を知らないのは石田・伊武・神尾の3人。
「神尾には今話したから、後は深司と石田。…………当然探すの手伝ってくれるよね?」
「や、やるに決まってるだろ!」
内村の死、越前の殺人―――それらを忘れる事の出来る希望の事柄に、
神尾の顔に久しぶりに感情が湧き上がる。
そう…もう一度、やれることをするんだ。

・・・出来ればポケットの中で眠り続けるスミス&ウエスンを使う事無く。


「あ。場所は…」


***


「…ほんと、ここって何もないから目立つよねぇ~」
その2人から20メートルほど先の高台で、男は一人武器であるライフルを構え、
遠目からでも目立つ山吹の白い制服を隠していた。
いつもは探しやすくていいとか目立つとかで有効活用の出来ている制服だが、
今はこれ以上面倒な服はないと思う。
ジャージに着替える事が出来ればいいのだが、あいにく…
「ジャージは学校に置いてこなきゃよかったかもねぇ~。まぁ、いいけどねぇ~。」
男は楽観的に笑うと(もちろん声は出さなかった)、首、肩を回して体操をしながらも、ライフルを構えなおした。
「よ~っし…あの黒いものを持ってる方から撃っちゃお~…。」
標的を身長の低い(実際は同じ身長だが、地形の高低差、遠近感によって小柄に見えていた)森に定め、
男はは口角を上げて言い放つ。

「…王手<チェ~ック・メ~ト>♪」


***


「…くそっ!」
その瞬間、海堂の目に飛び込んだ何か。
それを頭の中で理解するよりも早く、海堂はディバックの中から無造作に手榴弾を数個取り出すと、
全速力で駆け出した。
海堂の目に入ってしまったもの―――それは山吹中の生徒と見て間違いないだろう全身白い服の男と、
その数十メートル先で血をを噴水のように飛ばして倒れる黒い学ランの生徒、それを見て逃げ出したもう一人。
「…このやろぉ!!」
黒い学ランと言う事は、遠目にも青学か不動峰の誰かだと判断するのは容易。
だが、100メートル以上離れたこの位置では、越前でもない限り誰かを判別する事は出来ない。

「…撃ってるんじゃねぇ!!」

青学と不動峰。
本気で戦い、お互いに見知った仲間達。
どっちの生徒であろうとも、彼等は乗らない、乗る気にならないと海堂は確信していた。
だから彼は走った。
彼にはどちらだろうと見過ごすことは出来なかった。
相手の性格をよく知り、解っていれば『こいつはこうするだろうな』という予想だけで行動できる。
話し合う必要などない。徐々に大きくなる影。
「…こいつ、不動峰の!!」
海堂が現場にたどり着いた時、既に倒れた森に生命の鼓動はなかった。
米神に斜め上から真っ直ぐに入り込んだ銃弾は貫通まではしなかったものの、
即死の傷を与えるだけの力を与えていたらしい。
海堂は苦虫を噛み潰した顔のまま、見開かれたままだった森の瞼を動かし、目を閉じさせた。
即死だったのは不幸中の幸いだろうか。
「………ライフルか…………。」
拳銃でここまでピンポイントの射撃は無理だ。
厄介な武器を持つ相手を追ってきてしまったと海堂は思う。
ライフルは遠距離用の武器。
自分の武器である手榴弾もまた比較的遠距離だが、攻撃の範囲が桁外れに違う。
無闇に動けば逆に狙い撃ちされる。
だが、わかったところで海堂の意志に曇りはなかった。
「ま、そんな事を呑気に言ってられる状態じゃねぇな…。」
海堂は確信した。これは神が自分の望みを叶えるに為に与えたチャンスであると。
目の前で襲われる相手、しかも両者とも自分の存在に気付いていないなんて滅多にない。
恐らくプログラムに1回か2回あればいい位だろう。
誰かを死んででも守る―――この望みを叶えるなら今しかない。

「…待ってろ!!」
不動峰の森と行動を共にしていたと言う事は、もう一人も不動峰の生徒である可能性が極めて高い。
ここで不動峰の生徒である事を前提として身長の割合、
大まかに見えた髪色から考えた時、海堂に思い当たる人物は一人。

―――神尾アキラ。

「めんどくせぇ相手に当たったぜ…。」
海堂は神尾と山吹生を追うスピードをあげた。
神尾の走力が並のものではない事は対戦した海堂が最もよく知っている。
そして、彼が新たに粘り強さを得た事もまた知っている。
相手が神尾との持久戦を諦めて立ち止まった時、狙われるのは間違い無くその人物の後を追っていた自分。
その危険性を負ってでも、彼を追う覚悟を既に海堂はつけていた。

誰かを守る為に、自分が犠牲になろう―――
追う側と追われる側は図らずも同じ選択肢を選ぶ事となった。








【39番 不動峰 森死亡
 プログラム1日目 残り人数 35名】






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