バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>014『為様』




乾君と再会する事―――
それはエンディングを変化させるチェックポイントの筆頭にあげられる事でした。
僕一人では行なおうとしている事の50%もこなせないだろう事は予め解っていましたから。
それだけゲームに隙がない。
…でも、こんな方法で君に会うなんて思ってもみませんでしたよ。本当に。

だろうね。
観月――キミがこのBRに参加させられた場合、何らかの行動に出るであろう事は解っていた。
だから僅かな可能性に賭けてみたんだが…上手くいったようだ。
…さてと。
長い事話しているもの悪いし、そろそろ始めようか…。


『準備は出来た。僕は君へ愛を送るよ…』









BATTLE 14 『為様』









「こんにちは~w…2時を過ぎましたね。それでは報告と参りましょうか♪」

PM2:05
本日二回目の死神と言える男の放送が張り付く汗にげんなりしている生徒達をあざ笑うかのように響いた。
後方では微かに扇風機の音が聞こえている。
「えっと、死亡者は…1番・聖ルドルフの赤澤君、39番・不動峰の森君ですか…
 不動峰の皆さんはがんばってくださいね~
 只でさえ人数少ないんですから、全滅しちゃいますよww」
「…吉田さん…」
目の前でそう言いながらテーブルの上におかれた冷たいトマトジュースを啜る吉田に、
榊は恐怖感と絶望感が広がっていく事に恐怖していた。

『…吉田様。このような事は貴方様の手を煩わせる事などありません。私が…』
『あ、いいんですよ、榊くん。
  さっきも言いましたけど、私は自分の意志でこの仕事がやりたいんです。
 煩わせるような事もまだ起こっていませんし…私に本格的に任せてはもらえないでしょうか?
 …後、私のことを『吉田様』って呼ばないでもらえませんか?
 …年下に様付けは嫌でしょう?』

あの放送の後、本格的に自分に放送を任せてくれと言ってきた吉田に逆らう術を、榊は持っていなかった。
いや、自己主張―――放送を行なう事を止めさせようとする事は容易だった。
しかし、その反動として全員の首輪を破壊なんて事になってしまいかねない事を危惧した。
吉田は生徒達にとっての自分と同じ位怒りと憎しみの対象にいる人物であり、それだけの権力をもった人物。
少なくとも、このゲームが円滑に行われれば、最低でも一人はこの戦場から抜け出す事が出来る。
だから、その少年の為に行動をする――― それが、ゲーム開始直後からの榊の決意だった。

「…あ。ここで皆さんの為にヒントをあげましょうか。そっちの方が面白そうですね。」
首を捻り、ぽんと手を叩いて何かを浮かべたらしい吉田に榊は横目で冷たい視線を送る。
「まずは…これから行きましょう。
 現在、殺人、および殺人未遂を起こした人数です。乗っている人間の数と言う事ですね。
 これは青学が1人、山吹が1人、聖ルドルフが3人、氷帝、不動峰には…いないみたいですね。
 不動峰の皆さんには残念な気持ちを感じますね。氷帝の皆さんもですよ。
 逆に聖ルドルフはお利口さんが多いみたいで、鼻が高いです。
 あ…個人的に、赤澤君を”殺した”聖ルドルフの彼が好きですねぇ~…聞こえてるでしょう。貴方です。」

吉田は赤澤殺害の一部始終を聞いていた。
そして、現状で金田がどう結う心境でいるかもある程度の予想をつけていた。
だからこそ、彼は狙いを金田に絞った。

「(さぁ?どうします?…貴方の周りに仲間はいませんよ?)」


*****


「っ~~~~!!!!」
赤澤を看取り、葦原から出ようと立ち上がった金田はその放送を聞き、慌てて耳を塞いた。
「違う…腹黒い…そんなんじゃない…事故に見せかけ…違う…」
金田は必死に否定を求めるが、それは言い訳ではないのか?という己の声が聞こえてくる。
『…違うと思っているでしょうか?ふふっ…違いませんよ。貴方の本心なんてそんなものなんです。』
そして、金田の叫びを聞いているかのように吉田がそれを否定する。
全てが自分を否定する。全てが殺人を認める。あれは事故だったと思いたい心を貫いて。
「・・・違うんだぁぁぁああ…っ!!!!!」

―――ちがわねぇだろ…金田。

「!!」
そして、ほんの一瞬見てしまった赤澤の顔。
それは、脅える金田に更なる追い打ちをかけるかのようにそう言っていて。
―――俺は殺されたんだぜ…?オマエニな…!!
「う、うわぁぁああああああ!!!」
笑顔から恨み辛みを含んだ表情に変わっていく赤澤の幻覚を幻覚と捉える事が出来ないまま、
金田は葦原を後にした。


*****


『ふふっ…さてと。次の禁止エリアの発表にいきましょう。
 今から1時間後、午後3時になった時点で、H-3、B-6の2エリアを禁止エリアに設定します。
 エリアにいる人は急いで出てくださいねw』

「さて、私の方も忙しくなって気来ましたので」、と一言置くと吉田は早々に放送を切った。
どうやら金田のほうは上手く行ったようだ。
満面の笑みを浮かべた吉田はふと榊の視線を感じ、振り返る。

「…どうしましたか?榊くん。ずっとこちらの方を向いて。」
「…いえ…。」
彼に恐怖している内心を探られたような気持ちが一瞬榊の脳裏を電光石化のように駆け巡る。
が、それを表立って表に出す事はなかった。
悟られてはいけない…生徒にもこいつにも自分は冷酷な人間だと思わせておかなければ…
「それならいいんですけどね。では、少し休みます。榊くんも気は張らない方がいいですよ。」
首を大きく横に振り、両手を頭の上で組んで大きく伸びをしながら、
吉田はだるそうな体を動かして私室に戻る準備をはじめた。

「…気の張ることのない状況ならいいんですがね。」
横目でそれを見ながら榊は吉田が飲んでいたグラスを部下に渡し、扇風機のスイッチを乱暴に切った。



*****



「赤澤君も…それもうちの…ですか。」

放送を聴き、諦めにも似た表情で観月はそう呟く。
そして、必要以上に辺りに気を使いながら、古ぼけた小屋―――エリアC-7の隣にある倉庫のドアを確認した。
政府によって保護されているとはいえ、殆ど放置状態にあるこの無人島に鍵などはかかっていない。
それが、元々かける必要のないほどの平和な土地だったからなのか、政府が外したからなのか、
それとも今までここで戦ってきた生徒達が壊していったからなのかは解らないが、
今はこの鍵のない状況を素直に喜ぶ事にした。
「…………深く考えてられませんね…本当に。この島は。」
赤澤を殺したのが誰なのか。
木更津なのか、それとも、他の人間なのか。
そんな事を考えていられる程、今の観月に残された時間はなかった。
そして、『仲間を疑う』という行為そのものが観月にとっては億劫だった。
泣いて、怒って、恨んで…した所で自分が生き残る確率が増える訳ではない。
逆に冷静に受け止めた方がよほど未来に対して利益がある。
もちろんそれが赤澤に対して非情であることを観月は解っていたが、
勝つためには、生き残る為には感傷に浸っている暇は無いのだと自身を奮いたたせて乗り切ろうとした。
…今までだってそうやって駒を切り捨て、乗り切ってきた。
いつものとおりにやればいいのだ。

「………………………………赤澤君。」

赤澤にはいつも世話になっていた。
自分の計画に反対をせず、裕太への処置も寛大に許してくれて。
何より赤澤は試合後、自分を気遣ってくれた。
ガサツでデリカシーがなくて…そんな生まれも育ちも全くの正反対故に馬があったのかも知れない。
「そう思うと辛いですね…貴方を失った事は…。」
少しの時間ならいいだろう。と、観月は目を閉じ、祈る。
浸る暇は無いけれど、せめて思うことだけはしたい。そうしなければ罪悪感でいっぱいになってしまう。
「主よ…私に…」
それは自分に大切な者を与えてくれた神に。そして、自分に大切なことを教えてくれた者に。
最後に、理性と本能の合間で苦しんでいる人々に。
願いは歌となって消えていった。
「…………いきましょう。」
そして、いつもの顔に戻ると、観月は行動を開始する。
彼等の分まで生きなければならない。ならば、とどまってはいられない。
(…まだ結構な機材が残っているようですね…。)」
先ほどから横目で見ていたドアをゆっくりと開け、中に誰もいない事を確認して音もなく入り込む。
古びた木の床と、高い天井。
年代を思わせるような家具があちこちにに溢れ、それらが物置として使われていた事を今に伝えている。
部屋の真ん中にはやはり年期の入った古い木のテーブル。
奥の壁は様々な瓶(恐らく肥料等で使う薬品だろう)の入った棚が一面を埋め尽くしていた。
端のほうには趣味で使っていたのだろうか?油絵の具やペンキ、刷毛が置かれている。
「(この薬品の量からしても…ありそうです。)」
確信を深め、棚の中、そしてペンキ等の器具の合間にあるだろう目的の物を探し始める。
目的のものはすぐに見つかった。
部屋の隅に隠されるかのように置かれていたのは一本の瓶。
少し使用した形跡があるものの、殆ど未使用品と言った感じである。
ラベルには『溶剤』の文字が刻まれていおり、蓋を開け、漂い始めた独特の匂いに軽く頷いた。
間違いない。

「(…流石に中学生でこれの使い方に気付く人間は早々いないんですね…
 それに、気付いたとしても、こんな所にあるなんて思わないでしょうし。)」
倉庫の影にこっそりと置かれていた瓶―――アセトンを手にとって見つめ、暫く考え込む。
手元には同じ様にして集めた物が数本。
カーバイト、硝酸、そして今のアセトン…これらは、水と化合させる事でとある爆弾を作る為の材料になる。
「…さて。どうしましょうか…。」
出来れば観月はこの方法を使いたくはなかった。 この方法は色々な意味で危険が多すぎる。
それに、こんなものを使って復讐をしようとするのは、プライドに少なからず反する点があった為でもある。
「(やはり、政府に一泡かかせる為には外部からだけではなく、内部からのアクセスも必要でしょうね…)」
観月は無言で倉庫から隣の小屋の中に続く通路へと足を動かしながら考えを巡らせる。

「(趣味の一環で調べていた事が、まさかこんな形で生かされるとは。)」
小型の爆弾生成方法や、この島の詳細な地図、首輪の大まかな原理、過去の優勝者一覧―――
最近のインターネット上には様々な情報が流れている。
もちろん政府はそれらの情報の流失や、外部からの接触がないようにネットワークを国内に限定し、
大東亜ネットワークと言うローカルな情報網を築き上げてはいたが、
ネットワークアクセスに詳しい知識を持っている人間ならばその網をくぐり抜け、
政府の機密情報や海外の動向についての情報を手に入れる事も容易かった。
実際、観月はその裏のネットワークを経由して様々なBRに関する情報を仕入れていた。
それらはBR対策と言うよりも一種の趣味の域でしかなく、彼自身使う事などないと思っていたのだが…。
「運命とは皮肉ですね…。」
柳沢が初恋の人の命を奪ったこのプログラムに巻き込まれた事も。
彼にその事実を教えた自分がその情報を使って政府に立ち向かおうとしている事も。
全てが運命。
「(でも、だからこそ僕はやらなければならない。
 この知識を最大限に生かして…生き延びる。そして、彼の分も政府に復讐をしなければ…
 でなければ、僕の気がすまない…。)」

首輪の隙間にティッシュを挟み、テーブルの上に設置したノートパソコンのスイッチを入れる。
もちろん、参加生徒が不審な言動を行なわないようにと首輪に盗聴器が仕込まれている事も知っている。
年齢上、来るかも知れない時を考慮していた対策。抜かりない。
「(…こうしないとキーボートのタッチ音が聞かれてしまいますしね…厄介なものです。)」
メモ帳をダブルクリックして起動させ、同時にCD-ROMを読み込ませる。
ROMの中身は首輪の詳細なデータ。
幸いにも去年の首輪を元にしてあるらしく、恐らく指示通りに行なえば首輪を外す事はできるだろう。
だが、ここで発生する大きな問題。
それを先ほどから観月は冷静に対処しようとしていた。
「…やはり……」
このデータがある限り、単純に首輪を外す事は出来る。
だが、それを早急に行なおうとして自らの首輪を爆破されてしまった者達の事も前例として知っていた。
この戦いは絶対に負けることが許されない。戦い。
だから安全、かつ確実に首輪を解除する為には首輪から流れる信号をカットする―――
つまり、この島のホストコンピュータを何らかの方法でダウンさせ、
首輪を遠隔操作できない状態にする必要性があった。
でなければ、首輪を外そうとした途端、危険信号がホストコンピュータに伝わり、自爆信号を与えてしまう。
故、何とかして向こうのコンピュータの主導権を奪い、信号を送れないようにする必要があった。
この島でそんな事が出来る人物など、自分を除けば一人しかいない。

「会うしかないですね…乾君に。」

乾貞治―――
彼がテニスの名門、青学のレギュラーとして活躍している事は多くの人間が知っている事であろうが、
彼が有名なハッカーである事を知る人物は殆どいないだろう。
「彼ならば…(この短期間でもウイルスを作れるかも知れませんし…)。」
自分1人の力では恐らく全てをこなす事は出来ない。 初めから算出する事が出来たことだ。
恐らく、彼はこのゲームは乗らない。
自分と同じ様に桃城の為、自身のプライドの為、このゲームに立ち向かう意志を固めてくるだろう。
だから、自分の出来ない領域の能力<チカラ>を持っている彼と早く合流したかった。
一度だけでもいい。話がしたかった。

『♪~』

「!!」
突如鳴り始めた電子音。
行動がバレたか…?首輪が作動したのかと慌てて観月は首元に視線を配り、
すぐにそれが違うと把握して今度は辺りへの警戒の色を強くする。
だが、周りには誰もいない。
「(電話…?)」
この島には外部連絡を行なうもの、また、こんな大音量の電子音―――着メロを流すものはない筈。
実際に手を伸ばした己の携帯電話は圏外を表示し、沈黙したままだ。
つまり誰かがいる…あるいは誰かがここにいた。
観月の不安が高まる。
「(携帯をとりに戻ってくる…いや、それはないか…?)」
この状況に動揺し、思考力が散漫になる。
兎に角、この音を消さない事には自分の位置を証明する行為に繋がると考え、辺りを注意深く探し始める。
もちろん見つけたところで止めたりなどすれば存在の露呈だ。何もしないのだが。
「(ここらへんの受信アンテナは政府が全て抑えている。かかってくる確率は1%未満の筈…。)」
落ち着こう。落ち着いて冷静に対処しよう。
考えを纏めながら観月は音の発生元を探り…
古びた木の机の引き出しに隠された銀色の折りたたみ式携帯電話を見つける。
親指を間に差し込んで開くと、目につくのは『アラーム』の文字。
どうやら、さっきから鳴っていたのは携帯の目覚まし機能のようだ。
「…目覚まし、ですか…。」
目覚まし音が止まるのを待ち、アラームを切る。
そして辺りを注意深く観察する。どうやら誰も自分とこの音を見つけてはいないようだ。
「この携帯…恐らく、持ち主は乾君…でしょう…。」
アラームを切り現れたのは、『準備は出来た。僕は君へ愛を送るよ…』と書かれた待ちうけ画像と、
やけにわかりやすく端子の接合が行われた携帯電話。
この場合で言う『準備』とは、政府への反逆。その為の事前行為という意味で捉えて問題ないだろう。
『愛』は恐らく何らかのデータ、もしくはそれに順ずる何か。
今、お互いに与えなくてはいけないもの。
他に何かないかと携帯内を物色するとメールボックスに見送信のメールが一件。
件名は『これを見ている聡明な君へ 愛を込めて』。
「…やはり…」
別にこの携帯が乾のものとは一言も書いていないし、言っていない。
そもそもこれが罠である確率も消えた訳ではないのに、観月はそう考えた。
「………。」
早速メールを開く。

『このメールはアラームを止めようとすると消される構造になっている。
 つまりこのメールを読んでいるキミはある程度度胸と聡明さを持った人間と考えてもいいだろう。
 まぁ、たまたま流したのかも知れないけどね。』

乾からと思われるメール。
そこには何処かのアドレスとその携帯のテスト回線を使えば政府の目を盗んで外部との連絡ができる事、
読んだ後、このメールと待ち受け画面を消してほしいといった事が書いてあった。
「(なるほど…ネットを介しての情報交換、ということですか…。)」
網にかかるリスクは高いが、お互いに場所がわからない状況でも、この方法なら交流をする事が出来る。
そして、文章交換ならタッチの音さえ消せば、余計な情報を政府に知られる危険性も少ない。
―――もちろん、無言状態を緩和する為のフォローも必要になってはくるが。
「(それにしてもテスト回線とは考えましたね…
 これならうまく行けばウイルスを送り込んで政府を出し抜く事も可能でしょうし…)」
向こうも向こうで考えているようだ。
「んー…………どうしましょうかねぇ……」
盗聴器に音を取られても大丈夫な所だけを口にする事で存在に気付いていると思わせないようにしながら、
観月は現在の乾の位置を考える。
「(…彼もBRに、この島の詳細な情報について調べ、
 ここに僕が…少なくとも自分同様に情報をしる人間が来る事を予想した。
 そして、これを見つけて貰う為、目覚ましをかけた。
 ですが、もしこれが僕でなかったら彼は首輪による情報の流出はどうするつもりだったのでしょうか…)」
思考の答えを確かめる為、テーブルの上に置いていた書類やノートパソコンをしまい立ち上がった。
事実を確認したかった。
「(目覚ましのタイミングだってそうだ…
 目覚ましは他人に見つかる事を恐れて、一日に一回だけ鳴るよう設定されていた。
 ここまでのタイミングでは早々合わせられない筈。
 もしかしたら、彼の現在位置はここに僕が入るのを遠目でも見る事が出来る場所にあるのかも知れな)」
足音を気にしながら観月はドアノブに手をかける。
「………い……?」

自分にあてられた乾の反逆メール。
読まれたら危険であることが一発で分るそれ。
だからこそ考慮しなかったのかも知れない。
それが「読まれることすらも全て向こうの計画のうち」であったのかも知れないと。


「…観月か…当たり、かな。」


扉を開けて入ってくる人物の存在にしまった、といいたげに観月の目が見開かれる。
「あれが罠だって気付けただけよかったのかもしれないな。…罠を仕掛けた人物の顔も見れた訳だしね。」
「乾…君…」

「…じゃぁ、そろそろ、イこうか…。」

逆光の中の乾が笑った。








【プログラム1日目 残り人数 35名】





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