バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>015『覚悟』




「…お前が殺したのか!!?」

言われてオレは否定しなかった。
…多分、否定した所で信じてもらえないだろう。

テニスにおいて最も重要なメンタル面から崩すオレの―――山吹のテニススタイル。
その過程で手に入れた笑顔が相手の信用を奪う一つの要因になっている事を今頃になって知った。
―――いや。言われてはいたんだ。
只、オレが無視していただけ。

『食えねぇやつ…そんな顔ばっかしてると、いつか信用無くすぜ?…千石よぉ?』

Jr.選抜の合宿中、跡部君が言っていた言葉を、ふっと思い出した。
あぁ、それが今なんだね。









BATTLE 15 『覚悟』









「ひっや~。流石に高い所から見る景色は最高だね~。」
PM15:10。
夏の空を昇りきった太陽がゆっくりと下降を開始する中、お気に入りのベイビューポイントを見つけ、
大きく広がる空とも海とも解らない一面の青を千石は只、見つめていた。
「…これがずっと続けばいいのに…。」
オレは今までが現実社会だと思っていた。日常ってやつだと思ってた。真実だと思ってた。
でも―――あれは仮初の楽園<ヘブン>。
本当の日常は、優しい痛みを伴って今、目の前にいる。

―――戦場という名の、日常が。

「はぁ…こんな時でなきゃ『やっほ~』とか叫んでるのになぁ~…
 今日のオレは本当…………おおっと、いかんいかん!」
言いかけた言葉(『今日のオレは本当についていない』と言いたかった)を飲み込み、
再び青に現実逃避しまおうと、千石は瞳を閉じた。
視界がなくなった分、風が心地よく肌を撫でる。
もう少しこうして居たかったが、後ろが気になってすぐに瞳を開けた。
「こんな気分だからアンラッキーなんだよね…。」
アンラッキーな言葉はツキを逃がす。気持ちもネガティブになって相乗効果。
テニスと同じで精神が落ちたら、そこで終わり。
後はゆっくりにしろ急激にしろ、どちらにしても下り落ちるしかない。
墜ちて、落ちて、何処までもいつまでも落ちていって、その先にあるのは…死。
惨めな最期しかそこにはないんだ。
「はぁ~…。」
…でも、わかっていてもやめられるもんじゃない。

「………。」
遠い目で青を見つめる。
海の向こうのの故郷を思う、儚い望郷の気持ち。
きっとこの島に閉じ込められた何人もの人間がこうしてこんな空を見上げたのだろう。
いなくなっていった人と、もう二度と見れないかも知れない日常の光景、それを求めて。
…でも、オレにとって故郷とは一体何処なのだろう?
小さい頃から色々なところを渡り歩いてきたから、何処が本当の故郷かなんて覚えていない。
それ以前に、昔のことそのものが欠落していた。
覚えているのは南と会ってからのわずかな記憶だけ。

「…それより、南達はど~こかな~っと。」
視点を変え、千石は本来の―――南達を探すという目的に戻る。
ここに来たのは別に思い出に浸りに来たわけじゃない。
島を、海を一望出来る高台は人を探すという点で、これ以上よい事はない。
そして、この並外れた(それだけオレは自信があった)視力なら緑の中から見慣れた白を探すのも、
それほど難しい事じゃなかった。
「サインも出したし、もうすぐ来ると思うんだけどな…。」

出かけに出したサイン―――A-7、難破船に集まれ―――を、彼らは理解してくれただろうか。
山吹の中でも地味’Sのサインプレーを全て知っている人間は数少ない。
恐らく当人達以外は伴じぃとオレの2人だけ。
時間も、日程もない、殆ど待ち合わせの用をなさない、まさに、一か八かの大勝負。
それに他の人間が”サインを全く知らない”わけじゃない。それぞれ、どこかかしらのサインは覚えている。
勘で見抜く者もいるかもしれない。
―――もし、それがゲームに乗った奴だとしたら…?
あれだけはっきりと目立つようにサインを見せ付けて行動したんだ。間違い無く狙われる。

「ってか…本当に南達に来てほしいのかな…俺…。」
それだけの事をやってるのに、オレは別に解られなくてもよかった。
南達が会いに来てくれなくてもよかった。
逆に、会わなければ大切な人達が死ぬ姿を見ずに済むから会うべきじゃない、そう思ってた。
『会いたい』と言いながら、会わない方がいいと感じている、不良品の理性。
正直千石にはこの島は酷く退屈だった。
「…面倒だな~」
考えるのに疲れて上空を見上げ、髪を掻き揚げる。
瞬間、誰かと目があった。

「おやおやぁ?」
上を向いていた視点を下げると、そこには見知った2年生。
チャームポイントであるバンダナを外していた為一瞬誰かと迷ったがすぐに名前が浮かぶ。
「…海堂くんか。気付かなかったよ。」
その瞳には絶望と、希望を信じようとしてる僅かな心と、まだ決心の付かない優柔不断な心が見て取れる。
さっきまでずっと走っていたらしく息は軽く上がっていたが、それほど疲れたようには見えない。
流石に粘りのテニスを自称するだけあると千石は思う。
そして、彼の鬼気迫る表情とその手に握られた手榴弾とを見とがめて身を固くした。

「神尾と…追っていった山吹の人を探してるんっすけど…知りませんか?」

海堂の表情は鋭い。
「その人…何かしたの?」
自分には海堂にそのような顔をさせる心当たりはない。
少なくとも自分は学校での一連の流れ以降神尾には会っていない。
だから問われているのは自分ではない…わかっていたが千石の表情もまた硬かった。
「…どうも深刻な理由っぽそうだけど。」
彼の表情からして、少し前に神尾と海堂、そしてその『山吹生』の間で何かあったのだろう。
そして海堂くんはそいつを追ってる…そして、これは予想だが、海堂くんは右手のそれでその人物に………
「人を…撃ったので。」
誰とは言わない。が、知り合いだったのだろう。
海堂くんの声のトーンが下がる。
やはり、そういうことか。


「だから、アンタかと、思って。」
「…ほほう。」


どうやら、オレの事をその犯人だと思っているらしい。
山吹生という言い方からして白学ランの学校、程度の認識しか持ち得なかったのだろう。
千石はそう仮説を立てる。
「残念ながら、オレはオレ以外の山吹生はしらないなぁ…見てない。」
だから真実を述べた。
しかしこれは彼の疑問の答えにはなっていないはずだ。千石は続ける。
「にしても、キミその「サツジンハン」探してどうするの?
 例えばここで…そう、オレがキミの大切な人を殺したんだ…って言ったら、どうするつもりだったの?」
途端、海堂の表情が硬さを増したのを千石は捉える。
「…海堂くん。キミはオレを殺すの?」
海堂には山吹の人間という事しか情報が無い。
つまり、ここで自分が「自分がやった」と嘘をついてもその審議を確かめることは出来ないはずだ。
逆もまた然りだ。犯人が嘘をつけば恐らくそれまでだろう。
「…って事は…」
「あ~も~話はちゃんと聞きなさいよ。」
握り締める力を強めた彼に千石は思わず静止を求めた。
「…残念だけど犯人はオレじゃないよ。
 神尾くんにも会ってないし、さっき言った通り山吹生にも会ってない。
 ゲームに乗る気も…”今は”ない。
 だから忠告させてもらうけど、今のキミの情報じゃ多分見つからないよ、相手が相当のバカでも無い限り。
 だってそうだろう?『はい、自分が犯人です。』なんて早々にいわないもん。」
「……………。」
「キミが仲間をその…多分、殺されて怒る気持ちはわかるけど、今はもっと冷静にならなきゃ」

『ダメだよ。』
言おうとした言葉を遮ったのは乾いた音と共に突然やって来た激しい衝撃。
風が吹き抜ける冷たい感覚。
痛むそこに手をおき、そしてそこに持たされた液体の感触に思考が完全に止まった。

―――あれ。なんで濡れているんだろう…この手は。

「…へ…?」
「千石さん!!!…ちっ!!」
動かした左腕の色は赤く、ドロドロとした感覚がやけに気持ち悪い。
なんだこれは。それが何であるかなんてわかりきっているはずなのに言葉が出てこない。
「あ…………これ…」
もしかして、撃たれた…のか?
「にゃろ!!」
突然のことに呆然としたままの千石とは裏腹に、海堂はすぐに千石とは反対の方向に駆け出した。
海堂には見えていた。草場の向こうから千石を狙ってきらりと光った微かな光…ライフルの銃口。
恐らく…森を殺した犯人のライフルだろう。
「ついに見つけた…」背後の千石を気にしつつ、海堂は強く右手に包まれたそれを握る。
そして、そのうちの一つを犯人が居ると思われる草陰に放り込んだ。
「どうだっ……?」
閃光を伴った爆発。辺りに立ち込める粉塵に海堂が目をこらす。
これで殺せているとは思っていなかった。
突撃した時点で行動の予想はつけられていたと思っていたから。
だから、目的はそこではない。
「!!」
「ちっ!ミスっちゃったなぁ~。」
上がる声。辺りの障害物を全て吹き飛ばされ、その人物は姿を表した。
どこか壊れたのだろうか、ライフルが地面に捨てられる。
全身を包む灰色に薄汚れた白…やはり山吹生。


「…でも、今日のキヨはアンラッキ~だね。狙って撃ったつもりないのに~。」
引いていく粉塵。
そして、海堂の前に新渡戸は悪びれもなく姿を表した。

「新渡戸…くん…」
千石が呆然とした声をあげる。
撃たれた右腕が痛むのか、その場から動かない。
「…………お前が殺したのか…森を。」
海堂はギリギリまで耐えていた。
ここでこいつを怒りのままに殺しては何も変わらない。
例えどんな事があろうとも人を殺すという行為は海堂の中で明らかに『悪』の定義だった。
しかし、彼を許し逃がすのもそれはそれで許せなかった。
いつこいつが自分や仲間を襲ってくるか分からないからだ。
これ以上大切な人が傷つかぬようにどちらを選ぶべきなのか…
そのギリギリの領域を海堂は見定めようとしていた。

「そうだけど。だから、何?」
そして向こうは行動の手段であるライフルを失い、開き直ったようだ。
挑発するような視線と態度を海堂に向けてくる。あわよくば襲いかかるつもりだろう。
背後の千石に気を付けつつ海堂は手榴弾による威嚇を続ける。
「…神尾は、殺したのか?」
「あ~…彼、逃げられちゃったんだよね~。
 あそことは対戦した事あるけど、ほんと、うざいんだよな~ほんと。」
「…………だそうッスよ。千石さん。」
「ははっ。」
千石に後ろ向きのまま発言を送る。返ってくるいつもらしい声。
かなり無理をしているのが手に取れるが、どうやら冷静さは取り戻したらしい。
立ち直りが早いな。海堂は思う。
「俺がいなくても大丈夫そうッスね。」
「冗談よしてよ。結構びっくりしてるんだからさぁ…コレ。」
「そうは見えないッスよ。」
「まぁ…こういうタイプのビックリにはある程度慣れてるつもりだしね。」

声の意図を悟ったのか打たれて動かない右手をぶらりとさせたまま千石が立ち上がる。
多少ふらついているが歩けないと言うほどではならしい。
―――この様子なら逃がせる隙さえ作れればなんとかなるだろう。

「…おらっ!!」
だから、海堂は新渡米の居る方向に向かって再び手榴弾を投げつける。
咄嗟に自分にたいしての攻撃だと思い新渡戸は身をかわす。が、投げられたそれはピンが抜かれてらず。
「爆発しない…!?」
行動に不意をつかれた新渡戸に海堂が掴みかかる。
その口にはバンダナの端。もう一方の端はポケットの中に隠されている。
「まさか。」
そして、『食らえ』と言いたげに海堂はポケットからはみ出させていたバンダナを口で思いっきり引っ張り、
新渡戸も千石もすぐに彼がなぜバンダナを外していたのかを理解した。

手に持っていた手榴弾は囮。
そして、「最後の一撃」として使う予定だった”それ”は安全ピンをバンダナに縛り付けた形で
ポケットの中に忍ばせてあった。
『相手を確実に捕まえられると見た時に、それを引っ張る。』
はじめから海堂はその瞬間だけを狙っていた。

「な、何やってるんだよ、海堂くん!!」
…だが、海堂のそんな覚悟を千石は知らない。
殺そうとしている。そこまではわかってた。でも、こんなの聞いてない。
「どうして、こんな!!」
「離せ!…この…っ!!」
「こいつは俺が抑えます。その間に、早く!」
「でも!」
「…千石っ!!行け!!」
身長差の関係でうまく振り切ることの出来ない新渡米を抑えながら、海堂は敬語を使うのも忘れて叫ぶ。
瞬間、ポケットの中から光が溢れ出す。
「や…嫌――――」
腕に抑えつけた新渡戸が暴れる。悔し涙が襟をひたひたと濡らして行く。

生きていたい―――それだけだったのだ。
生きて友人や家族や日常に会いたい…こんな所で、たったこれっぽっちの人生で終わりたくなんかない。
テニスをしたい。好きな職業について、結婚して、子供を作って…とにかく、色々な事がしたい。
それだけが望みだったのだ。
そして、それは当たり前のように広がっていることだと思ったのに…
今、目の前に人物によってそれが奪われようとしている。
これが生きようとした報いなのか。新渡戸は自問する。
どうしてこうなった!とどうすればよかったのか!と
求まらぬ言葉だけが頭の中に流れ、海堂への怒りでどうしようも無くなる。

「くそぉ~!!!!!!!」

こいつのやっていることは偽善だ。
自分の命を使った攻撃になんの意味がある。自分が死んだ後の世界になんの価値がある。
死は回帰でも浄化でも汚染でもない。無だ。
何も残らない。何も意味が無い。自分のこの苦しみなんて全部無駄になる世界。
ふざけるな、道連れなんて俺は望んでない!俺はまだこの世界にいたい、生きていたい。
死ぬことなんて望んでいない。勝手に個人を美化して巻き込むな!
悔しい。こんなヤツと死ぬなんて嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

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しにたくない。
こわい。






うれしい…?








直後、光り輝く閃光を千石は無言で見送った。
新渡戸のライフルを壊した一撃から察するに至近距離にいた彼等は恐らく助かりはしないだろう。
少なくとも自分を追ってこれるほどの力は残されていない筈。
だから千石は静かにその音をやり過ごす。
「……。」
恐らく自分を海堂が疑っていたあの時から、この「結論」は回避不可能だったのだろう。
例え自分がいなくてもここじゃない場所、時間、海堂はあの仕掛けを作動させたに違いない。
それだけの決意が覚悟が彼にはあったのだ。
バンダナを外した時から、ずっと。
そしてその結果千石は今ここに居る。

「………………やろうと思った事、ちゃんとやらなきゃダメだよね。」

南との再会…千石の最終目標。
果たさなければ海堂に申し訳が立たない気がした。新渡戸に顔を向けられないと思った。
例えその再会が悲劇をうむことにしか繋がらなくても、それでも、行かなきゃ。
それが彼等に対する千石なりの答え。

「例えキミがオレを恨んでも、オレはそれで構わない。」









【13番 青春学園 海堂死亡
 28番 山吹中  新渡米死亡

プログラム 1日目 残り人数 33名】 





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