バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>016『隠蔽』




始まりは、相棒のさりげない行為。

いつもは絶対に気にしないほんの小さな事。些細なこと。
でも、その時には気になってしまった。そして、不覚にも気づいてしまった。
…知らなければどれだけ幸せでいられただろうか。

でも、気づいたときには遅く、
知ったときにはもう手遅れで、自分はそこから抜け出せなくなってた。


制限時間<タイムリミット>はあと………15分。












BATTLE 16 『隠匿』









「はぁ~きもちいーにゃー…。」

断崖絶壁が取り囲むこの島で偶然にも見つけた砂浜。
青学黄金ペア―――大石と菊丸はそこで海遊びに勤しんでいた。
辺りに笑い声がこだまする…それはまるで「日常の光景」。

「…海なんていつ以来だろうにゃ~~~…。」
ひとしきり泳ぎきって菊丸がつぶやく。
普段は部活が忙しくて滅多に行く事が出来なかった海。
しかも今回は自分達の貸切だ。自然と笑みが溢れる。
「ここにスイカがあればもっとよかったんだけどね。」
そんなはしゃぐ菊丸を見つつ、浜辺で横になった大石がつぶやく。
「あ~それはそうかも。」
「まぁ、無いものは仕方ないけどね。」
「大石~それは言わないお約束、だろっ」
「あぁ、ごめん。」

大石と菊丸は再開後すぐに自分の心情について話しあった。
そしてお互いが「お互いに人を殺せない、殺さないと決意している」ことを知った。
だから、彼等は『最後は笑って過ごそう』と決めた。
人が殺せないのなら、この島から出ることが出来ないのなら…せめて最後くらいは楽しく生きようと。
疑ったり、悲しんだり、怒ったり…そんな感情を持たないようにしようと。
だからこうして2人は海にいる。
人生最後の相方との海水浴。それを楽しむために。

「………そういや、『海に行こう』って言ったの一昨日だっけ?」
菊丸の脳裏にそれらがまるで、数週間前の出来事のように思い出される。
合宿先のホテルが海に近いのだといった大石。
じゃぁ…休憩時間に海に行こうよと持ちかけた菊丸 。
何気ない約束。いつものやり取り。
あの時はそんな大石との約束がこんな意味を孕むなんて思っても見なかった。
「早いね。」
「そうだな。」
人間の時間の感覚というのは面白いものだ。
楽しい時にはとても短くて、暇な時にはとても長い。こうして大石と過ごすこの時も一瞬のように過ぎ去っていく。
「なんかもうずっと長いこと遊んでた気がする…」
「そう?」
「…それよりさ、大石は入んないの?こんなに気もちいいのに。」
「ん~今ちょっと体調が悪くてね…遠慮しておくよ。」
「まだ響いてる?」
「ちょっとね。」
「じゃぁ仕方ないニャ…」
「ごめんな。」

日が登ってから大石はずっと寝たままだ。
『英二がばてたら困るだろう?』と主張する大石に負け、
夜の間の見張りを全て任すようなことをしてしまったのが響いているらしい。
無理するくらいなら素直に自分を起こしてくれればよかったのにと菊丸は思う。
自分の健康管理を優先する大石らしくも無い。
しかし、折角残された3日間を喧嘩で汚すのもつまらない。
せめて平和なうちは…と菊丸はそこについて何も言わずにおいた。
流石に今夜も同じことを言い出したら、その時は喧嘩も辞さない覚悟だが。
「大石は、ほんと人思いだよにゃぁ………。」
1年の―――初めてテニスの試合をした時から何にも変わってない。
幾らテニスが上手くなっても、身体つきが変わっても、勝ち星と負け星と時をかさねても、
菊丸は自分が常に大石に助けられている事を実感していた。


「そう言えば…。」
「ん?」
「前もこんなこと、あった気がするんだけど…いつだっけ?」


菊丸が呟いた。
「こうやって大石が傍にいて見守っててって構図…前にどっかであったような気がするんだけど…。」
でも情景は出てくるのに時間が思い出せない。
あれは…いつだったっけ?
「ああ!なんだっけ…その時も海だったのは覚えているんだけど。」
その問いに首をかしげたまま大石が言う。
どうやら自分と同じ様に思い出せないらしい。
「あれだよな?!あれ!、六角の方まで行って……ってのは覚えてるんだけど。」
「そうそう、でも日付が出てこにゃインだよなぁ…」
2人して悩むしょうもない思い出。
思い出した所でこの戦争にはどうしようもない。でも、なんとか思い出したい。
うねる2人の上空をウミネコが飛んでいく。
「あ、思い出してきたぞ…そうだ…確か、ここ最近の事だったような?…確かそうだったよな、英二?」
「あれ、そうだっけ?」
「違ったっけ?」
「う~?」
それが思い出せたら苦労はしない。
「あ~確かにそんな事…………!!…ぷっ。」
「…え、英二?どうしたんだ?」
ツボに入ったのか爆笑する菊丸が指差す先――自分の腹を確認した大石は、すぐにその笑いの理由を悟る。
そこにいたのは自分そっくりのヤドカリ。貝は誰かがセットしたみたいな玉子へアー。
「な、なんだ?」と言いたげな表情は当に大石と言える貫禄。
「…なんだ、ヤドカリか…。」
「でも、めっちゃ似てるよ…ハハハハ、そ、そっくり゛ぃ~ひぃ~ハハハハ!!!」
「おいおい、いくらなんでもそれは酷いだろ…確かに、似てはいるけど。」
あまりにも笑う菊丸につられて大石が笑う。

「大石!こいつに『シューイチロー』ってつけていい?」
一人盛り上がる菊丸に大石は軽くため息をつく。
「しゅ、秀一郎っ!??…そりゃ困った…。」
「違うよ!!秀一郎じゃなくて、『シューイチロー』!!…いい…?」
「それは英二が決める事だろ…?俺が決める事じゃないよ。」
「…あっ!!指切っちった…」
「あぁ、一応ヤドカリもはさみは持ってるんだ…扱いは慎重にな。」
「うん、気を付けるよ。」






そして、沈黙。





2人は何も言わない。
菊丸は砂浜をごそごそと探ってはヤドカリを探し、大石は波の音を聞きながら目を閉じる。
…目の前の相方にはもうとっくに気づかれているのかも知れない。
「…………………英二。」
そこまできて、大石がうつむいて黙りこんだ。
菊丸の動きが一瞬止まる。
「何、大石。」
「楽しかったか、海。」
「何言ってるんだよ、楽しかったに決まってるじゃんか。」

言った声が、かすれていた。

「なんだよ~大石は楽しくなかったのか?」
「いや」
「じゃぁなんで。」
「……………………。」
大石は答えない。
「…行こう。別のとこ。ここもそろそろ危なくなってくるし…ね。
 …あ。オレ、山に登りたい!!
 確か、頂上に観測所があるんだよね!もしかしたらそこに乾がいるかもしれないし………」
菊丸は大石を促すが、大石は動かない。
いや…動けない。
間違いなく目の前の人間は気づいている…思いが確信に変わる。
「「…………。」」
大石は菊丸から視線を外し、つられるように菊丸もまた大石から視線を離した。


「英二。」


呟くような大石の声。
菊丸は「来たか」と内心で思った。
周りの空気から菊丸はこのゲームがタイムリミット直前で負け確定になってしまったのを知る。
しかし、もうそうなった所で菊丸に起こせる選択肢など無かった。
いや…はじめからそこに選択肢など無かったのだ。
「英二は本当に強いな。」
いつの間にか俺よりも強くなってた…そうつぶやく大石の声はいつも通り優しい。
「それなら、俺がいなくなっても、英二はきっとやっていける、な。」
「…。」
「わかってると思うけど…俺はきっと、もうこれ以上進めない。」
大石が確信の声を出す。
言って欲しくなかった、その言葉を…ゲームセットの言葉を、大石が言う。
「ま…待ってよ、大石。」
頭を振る。
お願いだから言わないで、信じさせないで、そのままにしておいて。
例え、大石がこの『ゲーム』とゲームを終わらせる為だとしても、オレはそんな言葉聞きたくない。

「………………素直になっていいいんだ。喜怒哀楽はこういう時にこそ出すものだぞ?」
「………。」






―――俺が死ぬって解ってて、よく笑ってたな。






大石はそう言ってオレの頭をポンポンと叩く。
それは、よく、負けて泣いてるオレによく大石がやってくれた事。
やられなれたその行為は、今となってはオレの傷を抉る結果にしかならない…そんな事してほしくないのに。
大石が本当にオレを想ってくれるなら、そんな事言って欲しくなかった………!!
「……………バカ…」
今まで我慢していたものが一斉に溢れ出す。
悲しみ、怒り、苛立ち、後悔。漏れる嗚咽を止められない。
「ごめん。一番苦しむのは英二自身だって解ってたけど……。」
「なら、どうして!!…どうして毒なんか飲んだんだよ!!解ってたんなら、なんで!??」

知ってた。
大石がここに来る少し前…夜のうちに毒を飲んでた事。
3日と言わずに死んでしまうこと。
だけど飲み終わった後にそれを言っても仕方がなくて、大石を生き返すことなんて出来やしなくて。
悩んで悩んで、そしてオレはその夜みた事実をあえて忘れようとした。
「何も知らない菊丸英二」として、最期まで大石を騙していくつもりだったのに。
笑顔だけを見せてお別れをするつもりだったのに!
「でも、英二は、それを望んでいたんだろ?」
「ち、違う…!!オレは…!!」



「…だったら、なんでカッターを手にしてるんだ…英二。」



それは、含まれた重さにはそぐわない優しい、途轍もなく優しく笑顔だった。
「それは…そういうことだったんじゃないのか?」
「違」
そこまで知っていたのならいっそ恨んでくれればよかったのに。
『お前も乗る気だったのか』ってヒステリックな叫びをあげてくれればよかったのに。
「俺と死んでくれないか」、って心中発言しても良かったのに。
そうしたら、喜んでオレは大石と死んだのに。
「英二…動けない俺を切ろうとしたお前の行動は正しい。
だから…今みたいに、生き延びることだけを考えるんだ。」
「そんな事…………。」
「俺は傍にいる。絶対に裏切らない。…だから少しだけ…………――――」

我侭すぎるよオレ。許されすぎだよオレ。
ねぇ、大石。叱ってよ、甘やかさないでよ、何か言ってよ。
オレをこんなにも裕福な人間で終わらせないで?

「ねぇ…起きてよ…お」
「みっともないですよ。菊丸さん。」



いつの間にか背後には銃を持った人が立っていた。
あの銃は確か・・・そう、俺に初期に渡された武器だった奴。
ジグ・ザヴェル。

…大石を殺すだけなら、その銃を突きつければ簡単だった。
でもソレをしなかったのは大石にカッターを出すことでさとして欲しかったから。
許して欲しかったから。
『乗っちゃいけない』って、言って欲しかったから。
でも、それを知った大石はオレを責めることもなく、諭すことも否定するともなく、
ただ静かに毒を飲んだ。

「あ…キミは」
「山吹中2年の…室町です。」
淡々した口調で返され、マジックミラーなサングラスの所為で表情は読めない。
相手が笑っていようとこの惨め過ぎるオレの姿からすれば仕方ない。
「…大変でしたね。」
それはオレの演技についてか、この状況についてなのか。
「でも、彼は計画的に薬を飲み、貴方はカッターを彼に見せようとしていた。その事実は変わらない。
 …砂の中にカッターを落としたりして慌てたりしていたようですけどね。」
「………解ってるよ、そんなの。」
「本当にそうなのでしょうか。」
「何が言いたいの?」
「殺さなければ生きていく事なんて出来ない。でも、殺さずとも生きていく方法もある。
 それは…誰かを頼る事。…救ってもらう事で手に入る命もある。」

「菊丸さん…貴方は心の底で生き延びたいと思っている。…だったら、俺に協力してくれませんか?」
「協力………?」

「そう…期間は貴方がこのプログラムに耐えられなくなるまで。
 貴方の活動は俺の手伝いをする…それだけ。離脱表明は死。
 指定を受けているとき以外はお互い何をしてもいい。
 他の人物と接触をとってもいいし、殺してもいい…そして行動を共にする限り、俺は貴方の周りの害を叩く。
 どうです?」
「…………。」
「乗りませんか…?」

手に持っているジグ・ザヴェルでオレを殺せばそれで終わるのに、逆に、オレを助けてくれるという。
それだけしようとしてる事にオレが必要なのか、好意があるのかはあるのかはしらない。
でも、オレには従う以外の選択肢は残されていなかった。
逆らえば「離脱表明」を受けるだけなのだろう。
逆に、彼が約束を守る人間で有るならば・・・・・・・・・大石の為に、生き続けられる。
臆病なオレの背中をおした・・・大石の。

ありがと。
すこし、決心ついた。





「…で、何をすればいーのさ。」








【10番 青春学園 大石死亡
プログラム 1日目 残り人数 32名】





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