バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>017『詐略』




全ては計画通りに進行していた。
―――かなりの進路変更を余儀なくされてしまったが。

…まぁ、いい。
計画に多少のミスはつきものだし、大きな計画の流れは今の所変わっていない。
システムはオールグリーンだ。
恐らく、最後までこの状態は変わる事がないだろう。

…でも、もし、この計画を狂わせる事が出来るものがあるとしたならば、
それは人間と、『死神』の心理だけだろう。
その2つだけは、今の状態では、はかり知る事など出来ない。
生き物の心というものは、直前の状態を見なければわからないものなのだから。


そう―――彼のように。








BATTLE 17 『詐略』









「さぁ…イこうか。」
それは、この乾の一言で始まった。

「…残念だけど、観月…キミには死んでもらうよ。」
「乾君っ…!!?」
いつの間に持っていたのか。
乾の右手にしっかりと握られ、真横に振られているのはカッターと思わしき刃物。
恐らく、使いこなしの難しい武器よりも張るかに使い勝手と殺傷力があるだろうそれに、
観月の顔が急に真剣になる。
先ほどから頬の辺りに感じている鋭い痛みは、恐らく気のせいという訳ではないだろう。
…乾は本気で自分を殺す気なのだ。

「乾君!…正気でこんな事をしようとしているんですか!?」
現実故、この事実は信じ無ければいけないのだが…それでも、聞きたかった。
自分の計算が外れた事もそうだが、何よりも、こんなにあっさりと裏切られるなんて思ってもみなかったから。
政府を嫌い、数多くのハッキング行為をし続けてきた最も乗る事がないと認識していた人物―――乾に。
自分以外にも大概の人間は青学を、乾を信頼していただろう。
それを真っ先に裏切られたのが自分だというのか?
驚きが顔を隠せない。

「…だからなんだい?観月。」

否―――こちらが信頼していても、相手は信じてすらいなかったのだ。
確かに、他校であり、ライバルと言っていい関係であり、同じデータを使って戦う者同士ではあるが、
それでも…だからこそ、彼もまた自分を信頼してくれていると言うのは、
それなりの確信に満ちたものであったのに。
信じられる言動というものはこれほどにも容易く演じる事の出来る事なのか?
「…今更そんな事を言っても、もう遅いと思うけど?」
「確かに、そうですが…っ!!」
左から右へと振り戻ってくるカッターを避ける為、後ろに一歩下がる。
さらに振ってくるカッターを腰を反らす事で辛うじて避けながら、次の手を考える事に集中する。
パニックになってはいけない。―――そう、解ってはいるのだが。
「(ここままでは…殺される…!!)」
一度絡まった糸は、解く工程に倍の時間を要する。
これからの計画だとか、それよりもどうやってここを切り抜けるだとか。
乾の存在で封じられたものが皹を生じさせ始める。
恐い。辛い。痛い。
「…さっきから、避けてばっかりだよ、観月。
 君の事だ…常備で持ってるんだろう?武器を。…それで攻撃してくるといい。」
「僕に覚悟を決めろ…って言うんですか。」

既に木更津の手にかかってしまった柳沢の為、醜い争いを続けるルドルフの仲間達の為、
そして、政府の我侭に巻き込まれ、命を賭けているライバル達の為、自分はこの島を出なければいけない。
そして、これ以上こんなゲームに巻き込まれる人間を一人でも無くさなければ。
…例え、彼なしでこのゲームのエンディングを完璧によい方向へ変える事が出来ないとはいえ、
ここで覚悟を決めずして自分が殺されてしまっては、その希望は全て絶たれてしまう。
僅かでも…例え、1%でも可能性が残っているうちは、諦めたくない。
その為にも、やはり、苦渋の覚悟を決めなければならなかった。



―――乾を殺してでも、未来を変える…その、覚悟を。



「攻撃したくないのなら、こちらからいかせてもらおうか。」
「…まだ僕は終わる訳にはいかない!!」
大きく腰を前に屈め、今度は一撃必殺とばかりに喉元に突きつけられようとしたそれを避ける。
避けながら狙うは乾の懐―――右脇。
護身用の仕込みナイフは既に右手の中…絶好のチャンスだ。
「(長身の乾君のことです。懐に入り込めば、隙が…!!)」
身体の大きい乾に真っ向な勝負を挑んでも、こちらに勝機は薄いだろう。
体格差を埋めて勝つ為には、頭脳戦を挑むか、彼の動きの上をいく実力が無ければならない。
しかし、自分が考える限り、体格以外のアドバンテージはほぼ互角。
どちらかというと焦っている自分の方が不利だ。
つまり…こちらはその体格差を逆に使った戦いをするしかない。
大柄な人間共通の弱点…懐の甘さを突くという点で。

「流石。上手い防御法だ。」
「…でもね。」
「!!」
「…君の行動パターン―――全てはデータで予測済みだ。」

前方に真っ直ぐ突きつけたカッターを肘を曲げながら右上へと引き戻し、
流れるような動きで左方向へ腰を捻りながら振り下ろす。
「…っ!!ここでもデータですか!!??」
乾の意味深な言葉にすぐに攻撃が来る事を悟り、咄嗟に乾の膝の裏を叩く。
人間の筋肉のつき方の関係上、乾の身体は僅かに体勢を前方に傾く隙を使って間合いから何とか逃れる。
その直後、さっきまで自分がいた場所を空しく切り裂く、カッターの刃。
あと少し反応に遅れれば―――観月はこの先は考えないように、と、乾に振り返った。
結果はどうなろうと、今は、この戦いをいかにして終わらせるかを考えなくては。
ここで乾に対して何か行動を起こさなければ、この状態は自分に無駄死にという結末を与える事になる。
「…データは嘘を付かないからね。」
「確かに…君は僕の考えている事を全部読み取っているのかもしれませんね。」
相手―――乾は膨大なデータを使うデータマン。
自分もその点では全く同じなのだが、あいにくこちらには精神的余裕が無い。
『全てを知っている。全てを読まれているという事の恐ろしさ。それを知っている、重圧。』。
それが攻撃を抑制する一つの原因になっていると言う事も知っている筈にも関わらず、
相変わらず乾は挑発をかけてくる。
さらに深い読みをしようとするこちらの意図を読み取って、単調な攻撃をあえて使って来る。
―――それ全てが乾の攻撃であり、防御策。
「にしても、よくアレを避けたね。
 …流石にデータマンが相手じゃ、先を読まれて、簡単には殺りにくいって事か。」
やれやれと言いたげに苦笑いを浮べ、ずれたメガネを正す乾に、思わず表情が硬くなる。
「…よく…こんな状態で、笑っていられますね…。」
「それは、君の言えた言葉じゃないよ。
 勝利の為になら手段は選ばないのはキミの十八番だろう?」
「………」
距離が開き、お互いに武器を見せてしまった事で生まれる、均衡状態。
元々重苦しいものを持っていたそれは観月が乾の言葉に対して言葉を詰まらせた事でさらに悪化した。
「…確かに、言えた台詞<モノ>じゃないですね。」
「君は俺を変だと、恐ろしいと思うかもしれないが、あの日の俺から見れば観月…君も恐ろしい人間だよ。」
「…乾君。」

出来てしまった沈黙の後。
観月はどうしても乾に聞いておきたかった事を聞こうと、重くなる口を開く。
…これすらも乾にはデータで予測されているのではないだろうかと、恐怖を隠しながら。
「一つ、聞かせてください。どうして…貴方はゲームに乗ったんですか…。」
「さぁ?なんでだろうね。まぁ、あえて言うならば…刺激…かな。」
「…刺激…?」
「そう、刺激だよ。
 君なら良く知っていると思うけど、この世界は全て確率と法則によって成り立っている。
 読もうと思えば、未来だって見えてしまう単調な世界だ。
 …全て、計算によって導き出される…現状を維持する事しか頭に無い政府も、
 日常なんて儚いものを追い求めてる、君達もね。」
「それは…」
「だから、俺は勝ち残って…後々はこの国の大総統として、この国を改変する…革命を起こすんだよ。
 こんな見え透いて、腐った世界じゃない…新しい、もっと、素晴らしい、国を作るんだ。
 …今の奴等<セイフ>なら出来ないだろうが、俺ならできる。」
「…それは、僕達が協力しても出来る事なんじゃないんですか!?…僕は!!…っ??」


『…冷静になるんだ。その言葉は、キミの命を飛ばしかねない』


突然、乾が自分の前に突きつけてきた荒紙。
そこには、そんな羅列が刻まれている。
これを見る限り、乾は自分の知っているあの乾のものであるが…??
「乾君…?」
「………観月。俺と一緒に同盟を組まないかい?」
「…乗れと…言うんですか?」
「そう…キミなら、俺の理想を解ってくれると思ったんだけど。なかなかいい動きをしてるみたいだし。」
『…今までのはフェイクだ。
 大丈夫、俺はゲームには乗っていない。適当に話を合わせて、俺に捕まった事にしてくれ。』
再び出された紙に書かれた羅列は、覚悟を決めかけた観月の意志を大きく揺るがした。
この紙こそがフェイクなのか、それとも、本当の乾の意思なのか…
首輪によって会話を盗聴され、本心を言う事の出来ないこの状況でそれを確かめる術は限りなく少ない。
もし、フェイクだった場合、攻撃意志を抜いた瞬間に向こうに切られるのは目に見えている。
だからと言ってこっちが攻撃態勢に出れば、会話が盗聴されている関係上
向こうも何らかの行動をしなければならないだろう。
「………。」
…疑心暗鬼、とはよく言ったものだ。
疑えば暗闇の中、鬼が見える。今の自分そのもの。
素直に見れば乾はそのままの乾だ。紙は本物だろう。なのに、どうしてそこまで疑おうとするのか?

「…ここまでやれば、否が負うにも従ってくれるかと思ったんだけど…。」
「そうでもないですよ。…生憎<アイニク>、僕はそう簡単には物事を信じない方でね。」

ここで乾を殺しても、罪には問われない。BRでこれは正当防衛に当たる行為だ。
しかし、ここで彼を殺すのはもったいないのでは?と自分が囁く。
今までは、勝利の為にならどんな事でもするような人間であったのに…自分も変わるものだ。
「…折角だから教えてあげるよ。…観月。君が本気で俺を殺そうと思っても、殺せない。
 体格の違いもあるけど、それ以前に君は俺を殺したくは無いと思っている…同じデータマンとしてね。」
「………。」
「人の深層心理って言うのは、無意識に行動する時ほど露骨に表れるものだ。
 恐らく、君がこのままそのナイフを俺に突きつけようとしたと仮定して、
 俺が咄嗟に反応できないコースをとれる確率は16%。
 そのうち俺に反撃<カウンター>を受けない確率が5%ほど。さらに、未遂になる確率が9.8%。
 つまり。君が完璧に行動できる確率は、僅か1.2%しかない…下手に動かず従った方がいいと思うけど?」
「最後の最後は脅迫ですか?…確かに、この状況では…。」
「(…大人しく従った方が、いいでしょうね。)」
状況も、差し出された紙も、意思も、全てが運命を一つに示している。
ここで争って、後悔すべきではないだろう。


「…解りました。僕は」
「甘いよ。隙がある。」


一瞬の隙。
しかし、お互いがお互いの手の内を読めるほどの実力者同士であれば、その隙は多大なものへと変化する。
観月がその事に気がついた時、既に乾は彼の懐へと入りこんでいた。
「すまないが…少しの間、寝ててもらうよ。」
反撃態勢に出ようとしたその瞬間、思わず、鈍い痛みと共に、視界が引っ張られる感覚を感じる。
例えるなら、あのバスの中のような…。
その直後に与えられる嘔吐感。
鳩尾の辺りに一撃を加えられた事を観月が理解できたのはその一連の行動が全て終了した後だった。

「…あれだけの動きが出来るんだったら、大丈夫だろう。いい場所も見つけてくれたみたいだしね。
 でも、他人が引いた時に突っ込み過ぎる点には問題ありだな…。」
鳩尾に加えられた肘による一撃をやり過ごす事に必死な観月に肩を貸しながら、乾は1人呟く。
恐らく、目の前の人物は蹲っているのもやっとで、こちらの話を聞いてもいないだろう。
現に自分の発言に対して小言の一つも返してこない。もしかしたら、気を失ってしまったかもしれない。
彼は観月がどんな結論を出そうと攻撃することを決めていた。
簡単に同盟など組もうと言えば疑われるのは目にみえていたから。だからちょっとだけ実力を行使した。
ここでやられるようならその程度。観月が乾の存在を必要としたように、
乾もまた自分の現状と立場、知識のほどを理解している観月の存在は必要だった。
必要なのは自分の意思を貫けるだけの…貪欲な勝利への心。

兎に角、これ以上外に居るのもなんだと思い、乾は小屋の中に入り込む。
口に出す言葉と意志を変える事がこれほどにまで辛いものであるなんて…
なかなかこの3日間はしんどい事になりそうだ。
「それは『死神』もお互い様か…。」
溜息を一つつき、部屋の傍らに置いてある古びたソファーに観月を寝かしつけて(やはり気を失ったらしい)、
自身も椅子に座る。
…今までずいぶんと派手にやってくれていたのだ。
大統領として上り詰める前に、ここらで手痛い仕打ちをくらってもらないと困る。


「これからが本番だ…色々と頼むよ。観月。」
そして、乾はゲームが始まって10時間以上たってようやく本来の笑顔を表した。








【プログラム 1日目 残り人数 32人】





NEXT→

←BACK







バトテニTOPへ