バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>018『寄与』




現実に向き合い続ける事に疲れて、
ふと、気晴らしに別の事を考えてみる。
例えば―――どうして、この国は超高齢化社会に最も近い国と呼ばれたのか。
…必至に考えてた時は全然浮ばなかった答えは、意外とあっさり浮んだ。

『人間が生きたがらない人間を生かしたから』

なんで、こんなにも簡単な問題が解けなかったのだろう?
もしかしたら、今だからこそ解ける問題だったのかも知れないけれど。
………。
これ以上、オレは”オレ”としてこの世界を生きていられるんだろうか?
大切な…生きる支えを失ったら。


………オレは一体どうなるんだろうか?








BATTLE 18 『寄与』









「…。」
エリアF-6。
海堂と別れた千石は林を歩いていた。

新渡戸に撃たれて広がった刺すような腕の痛みは、
治療の甲斐もあって時間の経過と共に徐々に引き始めてはいたが、沈静化する様子はない。
逆に海堂くんと新渡米くんの生きる思いの思いの分だけ強くなったような気がする…と千石はぼやいた。
「オレに対する罪が具体化した、みたいな?…っと!?」
前方に人影に気をとられて、足元にあった何かにつまずきそうになる。思わず漏れかける声。
「おー…あぶないあぶない…ここで大声を出したら流石に危険だからなぁ…」
息を飲み込み、小声で呟きつつも千石は草むらへと隠れる。
幸いにも今の声に気づいたものはいないようだ。
「にしても…何が…」
そして、さきほどのつまずきの原因となったであろうその不思議な機械を覗き込んだ。

「ん?」
注目を避けるように隠されれいたのは真っ黒い正方形の箱。
センサーでも出してるんだろう、首輪と同じく赤い光が一定間隔で零れている。
いかにも『触らないで下さい』オーラを漂わせている、それ。
「何だろ…ここに昔からあったものみたいだけど…でも、こんな風に隠さなくてもいいよなぁ?」
「…あ…何か訳あり…みたいな?」
それをそっと触って、動かしてみる。
プッンという音がして今まで微かに光っていた光が消え、千石は思わず腰を引いた。
「…………これ以上触らない方が身の為…だよね?」
これ以上下手にセンサーに触れて首輪がドカン、なんて事になればたまったものじゃない。
千石は嫌な予感がし、これ以上触らない方がいいと早々に道を右に変えて歩き始めた。


*****


「へぇ…本当に彼、「ラッキー千石」なんですね…。」

24時間付けっ放しのサーバーコンピューターに映る生徒の現在位置と資料とを横目に見ながら男―――
吉田は1人呟く。
「…あと一歩歩いていれば首輪がポン、だったのに。」
千石が触っていたのはエリア間にある首輪を識別するセンサートラップ。
赤外線で流れるラインを切るともれなく首輪に信号が伝わり・・・となるモノであった。
データは正常。その上で首輪が発動しなかったということは、おそらくラインが切れる直前で身を引いたのだろう。
仕組みと箱の意味を知っていなければ、あそこまで接近した素人が回避出来るものではない。
なんという強運だ・・・流石異名は伊達ではないと忌々しげに思いつつも感心する。
「まぁ…そうやすやすとかかるとも思っていませんしね。」
アレはあくまでも囮だ。
『この島には政府の仕掛けた罠もある』と参加者を緊張させる為の罠。
そのうち放送で公開してやるものの1つだ。
事実、同様の機械を警戒して千石の移動速度が落ちたのを見、吉田は笑みをこぼす。
「………それより。」
視線を隣のモニターに移す。
表示されていたのはBR東京支部からの情報。
どうやら向こうで不穏な動きがあるらしい…『複数のグループが介入活動を計画している動きあり』とあった。
「…彼等もこりませんねぇ」
実は、プログラムの模様はカジノとして政府WEBページを利用して全国に配信されている。
今回はテストプログラムと言う事、そもそもいくら法律とはいえ政府がそうそう惨劇の模様をアップできないとして、
政府役員などのごく一部の上流階級の人間だけが見ることを許されるソレだが、
それを不穏因子や一部の物好きが傍受して見ているのを吉田は知っていた。
おそらくこのテストプログラムが今までと趣を変えて行われていることもすでに気づかれているのだろう。
まあ、その辺はあくまでも想定の範囲内だ。対策は取れている。
誰が来たって問題はない。
「向こうは向こうで楽しんでもらうことにしましょう…」
情報の確認完了とその後の行動についてメールを打ちながら吉田は口角を上げる。


「…こちらはこちらで、最高のパーティを楽しむだけです。」


*****



「…座礁船…っと。あ~やっと見えてきたねぇ…。」

そんな死の危機を(無意識に)乗り越えた千石が目的地に到着したのは、
予想時刻より30分遅れてのことだった。
疲労が溜まる体、痛む腕。
動くのが酷く億劫だが右腕のケガは行動に致命傷と言うほどの阻害を与えないのが幸いしていた。
「ちょーどよくいつもの二人も見つかったし。」
そして、眼前の遥か向こうにある座礁船、そしてその片隅にいる白い服の2人組に痛む腕をして駆け出す。

「南っ!!」
「おいおい…でかい声出すんじゃねぇぞ。」
「アハハ~メンゴメンゴ♪」

近寄るとそれはやっぱり地味’s。
南も、隣の東方も、二人とも困ったような笑みを浮かべている。
「…にしてもお前よく笑ってられるよな…こんな状況で。」
「ん?」
「それだよ、それ。」
恐らくそれは殺し合いをしているという状況、そして自分の腕の傷に対していわれているのだろう。
途中で止血処置をしたとは言え、山吹の白学ランに映える赤はまぶしい。
「大丈夫なのか?」
「ああ・・・うん今のところは大丈夫。」
応急処置だからちゃんとしたのは受けておきたい所だけど。と千石は続けた。
「それにしてもちゃんと暗号届いたんだね。良かった~」
「あぁ…あれ、な?」
南が言いよどむ。
「ん?」
「…な?」
東方も言いよどむ。
おかしい。
どうも二人の様子が固いというか、よそよそしい。
「何?何かあったの?…もしかして、オレたち以外に暗号がバレたとか…!??」
そうだとしたら自分達は南に大変な迷惑をかけたのではないか?
先の新渡戸と海堂の様子が頭に浮かんで千石は頭をふった。
「実は…な、あれ…」
「間違いだったんだよ。千石の、あれ。」

はい?

「今、なんと言いました?」
「サイン。間違ってた。」
「…マジで?」
「あぁ…ってか、この状況で嘘ついても仕方ないだろ?」
苦笑する南。ささやかに哀れみの目が飛んでくる。
あ~…って事は、自信満々で間違いな合図を出してたって事ですか?オレ。
「”左下”は、左手の人差し指も中指と同じ様に曲げるんだ。あれじゃぁ『フレミングの左手の法則』だぞw」
言って思い返したのか千石のポーズをものまねしつつ東方が笑う。
人を見て何度も思い返すなっての!!ってか、こんな時に物理の法則を言われても困るんですが。
「…あぁ!どっかで見たと思ったら、それか!」
ポンと手を打って南の表情が明るくなる。
「って!!南も納得するのかよ!!」
「すまん、すまんw」
「でも、わかってもらえたんだからいいじゃん~…」
遠回しも何もなく馬鹿にされて拗ねる。
ほんと、二人してオレの間違い突付いて…そんなに楽しいのかよ。
オレが『ガンバ~地味’S~☆』って呼んでる時に二人も同じ様な顔するから、おあいこって奴か。
「…あ、じゃぁなんでここって解ったの?あの暗号で。」
そう。合図がもし間違いなら、普通は此処にいない筈なんだけど…。
「そ、それは…な~…ククッ。」
「…東方。いい加減笑ってやるなよ。」
ツボに入ったのか更に笑を堪える東方に、今度は南が突っ込む。
「千石の動きでサインなのはすぐにわかったからな。
 で、左手を使っていたから地図の左半分だろうな…って予想をつけて…後は勘で何とかした。」
「…勘、ですか…;;」
「たまたま此処にきてそろそろ次の場所行こうかって言ってた時に千石が来たんだぜ?」
「やっぱ運いいよな、お前」
オレじゃないんだから、勘で行き先決めるなよ…と千石はツッコミを入れかけたが、
今回はそれが幸をそうしたので別にOKだと前向きに捉える。
南と会えたならそれでいい。
「なら、これからどうするとか、決めてる?」
「いや。別に?兎に角、山吹の連中を集めようと思ってな。
 …それに、『死神』が現われた時に人数が多い方が行動しやすいだろうし。」
「……。」
思い出す、先の戦闘。
「ん?どうした?」
「………いや………なんでもない。」
千石は先の―――新渡戸の殺人と海堂の捨て身の特攻―――を話すべきか迷ったが、あえて黙ることにした。
彼は恐らく…いや、ほぼ間違いなく海堂と共に死んだ。
ならば南達の気分を盛り下げるような事は言わなくてもいいだろう。そういう判断だった。
誰だって自分の仲間が乗ったとは思いたくない。
自分だって…思いたくない。

「しっ…誰か来る。」

そんな中の静止の手。
今までの笑いが消え、緊張したような東方の真剣な声に、
千石と南は肩を跳ねさせ、声を潜めた。
「え、なにどうしたの?」
「敵か?」
「アレ。」
そう言って指をさした東方の視線の先には海を隔てた反対側の崖沿いを歩く人の姿。
陽が沈みかけている所為で光源が乏しく、詳細は解り難いが…複数いる事は間違いない。
二つの影が草の陰を蠢いている。
「……山吹か?」
草むらに息を潜めながら、右隣の南が聞いてくる。
千石の後に山吹生は多い。
例えそのサインが間違っていたとしても南同様に推理を立てて来る人間はいてもおかしくなかった。
「待って。今視るから…………。」
千石が草の隙間から辺りを伺う。
本来は動くモノを見分ける力だが、視力が悪くちゃ意味が無いと鍛えている自慢の能力だ。
南は席を譲り、状況を伺う。
「どうだ?」
「いや、山吹じゃない。多分…………氷帝、か…ルドルフ。」
草の緑の合間から微かに見える白。恐らくワイシャツの色だろう。
一応、ワイシャツだけなら不動峰や青学の可能性もあったが、黒が見えない所からすると可能性は低い。
「どっちにしろ他校の連中か…相手によるな。」
千石が与えてくれた意見に南がつぶやく。
「まさか、接触する気か?」
「下手にはしないさ。
 特に聖ルドルフはかなりの人数が乗ってるみたいだからな。注意に越した事は無い。
 氷…帝もまだ行動していないだけかも知れないしな。」
まずは人物を特定しよう。その人が乗らなそうなら交渉。乗っていそうならば撤退。
南はそう付け足した。

どうやら向こうはこちらに気づいていないらしい。
向こうが動いた事で見えた姿は赤っぽい肩までの髪。そして、氷帝の特徴である赤いネクタイ。
そこまでみてやっと千石が人物の心当たりを思い出した。
「向日、くん?」
「向日?」
「やっぱり、向日くんだよ、アレ!」
ピョンピョン無意味に跳んでいる所を見ても間違いなく彼だろう。
「あの、ダブルスの…青学菊丸並のアクロバティックする奴だよな?」
「そうそう、彼。あ~忍足くんもいるし。…どうやらダブルスメンバーで合流できたみたいだね。向こう。」
そして、その後をついていく黒髪の氷帝生―――忍足くんとみていいだろう。

つまりアレは氷帝D2。

「どうする?」
「氷帝…か。
 今は乗っているって情報は出ていないし問題はなさそうだが…千石。お前はどう思う?」
「…………。」
「千石?」
南の声に千石の反応はない。
ずっと眼前の氷帝生を見つめている。
いや、正確には千石の意識は忍足の更に向こう。微かに見えるとある人物に注がれていた。
二人の少し後方。木の上で狙いをあわせようとするその姿…見間違いじゃない。
「………亜久津だ。」
「え?」
「亜久津がいる。木の上。銃で二人を狙ってる。」
鋭く尖った口調。
状況と空気の深刻さに南・東方の顔もまた、鋭さを増す。
「…マジかよ?」
苦笑の色を浮かべて東方が呟く。
表された言葉ほどショックを感じているように聞こえないのは恐らく予想していた事だったからだろう。
あの性格と趣味だ。先の放送、吉田から『山吹から乗った人間がいる』という報告を受けた時点で、
まず呼ばれた「1人」はアイツだろうと皆が思っていた。
銃関係の店に良く行っていたのを部メンバー達はよく知っている。

「…行こう。二人の所へ。」

亜久津にまず間違いなく遭遇する氷帝D2との合流。
はじめに行動を起こしたのは南だった。
「おい!」
「何考えてるの!!?」
千石の視界から亜久津が消える。代わりに現れた南はまっすぐ3人を見つめていた。
「…俺は、目の前で殺されかける人を放っておけない。亜久津なら尚更だ。
 同じ山吹生として、やらせるわけにはいかない。」
「だけど」
「・・・『人は信じるもの』だろう…な、千石?」
「なんでオレにふるのかな。」
「わからないワケじゃないだろう?」
「はぁ…わかった、助けに行こう。」
「でも。」
「…。」
「オレだけで行くよ。」
「千石。」
「バカ、お前怪我して」
「考えてみてよ?…もし撃ってきた時、亜久津の動きを見切れるの、オレだけでしょ?」
その言葉に抗議の声を上げた東方が沈黙する。
「止血はすんでるし、傷も浅いからヘマしなきゃこの程度のケガなら大丈夫。」

この島に来てから思い出すようになった記憶。
封印してた、南と出会った頃の記憶。
あの頃はオレは死ぬことばかり考えていて、世界のすべてに絶望していた。
勉強ができても何も面白くなんて無かった。暇つぶしに女の子に声をかけても、何も満たされなかった。
テニスは苦痛で、生きている事がなんの意味も持たなくて、亜久津みたいにただ暴れてた。
それをすくってくれたのは他ならぬ南。
「………オレ、2人にはに危ない目にあって欲しくないんだ。」
だから生きて欲しかった。
海堂くんのように命がけで守る。って言うほど自分の命が惜しくないわけじゃなかったけど、
オレが近くにいる限りできるだけ南から危険は払いたかった。
それを自分の能力…力でできるのなら、尚更。
「…。」
「だから…勘弁、ね。」
「…………悔いは…残すなよ。」
「もっち、解ってますってw」

もう、誰にも残されたくない。残したくない。
正直、オレの行動なんてそれに尽きてしまうのかも知れないけれど。

「…あ。これ持ってけよ。怪我してるってことは、お前の武器、どーせあんまいいもんじゃねぇんだろ?」
そして、後ろを向いて離れようとしたオレに南から渡されたのは、銃よりももっと大きくて、威力のあるもの。
―――所謂、『当たり武器中の当たり武器』と呼ばれるもの。
「…サブ、マシンガン…??」
渡されたその重みに思わず千石は南を見返した。
まっすぐな視線が返ってくる。
「千石…何があっても帰って来い。」
それは先の展開を見据えたものなのか。
「…お前には帰るところがあるんだからよ。」
それとも単に心配だったのか。
「…………うん…。」

オレはずっしりとのっかるそれを持ち、南達に背を向ける。
なんとなく南はこれがオレ達の最期の別れになるって感じてる。オレも行くべきじゃない、そんな予感がしてる。
でも、2人を亜久津には会わせられないオレはこの選択を捨てられない。
それがあえて不運の道につづいているんじゃないかと思えても、それでも。
「…ごめん…南…オレ…」
「あの言葉、オレは信じてるぞ…今でもな。」

『何故、人は死に行く人を生かそうとするんだろうね…?』
『生きていれば、人間絶対昔の自分と同じ人間をその目で見る時がある。
 …人が、死に行く人を生かそうとするのは、
 その人物に、自分と同じ『生きる力』がある事を信じるからじゃないのかねぇ…?』

―――昔。オレの質問に対しての、南の言葉。
そして、今、オレに対しての―――エール。
でも今のオレにこの言葉は少しきつい。
なんて酷いプレッシャーだろう。
言葉の重圧に思わず足がすくむ。

「…………。」
「大丈夫大丈夫。いつものラッキー千石でちゃんと戻ってくるよ☆」
でもそれは見せない。
あくまでも笑顔で、いつものように。
「だといいけどな」
「あ、そうだ。最後に言わせて」
「ん?」





「もし帰ってきたら………どんな状態でも許容してね。」
だから、千石は最後に南に謝った。







【プログラム 1日目 残り人数 32人】





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