バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>019『放言』




俺は色々考えてた。
この世界の矛盾について。この世界の闇に隠された事柄について。
自分の知っている知識と、前提に囚われない無知な頭と、色々と明らかになる自分の周りの出来事。
それらを最大限に使って、俺は答えを求めた。
―――そして、浮んだ結論は自分自身でも信じがたいもので。

これを言ってしまったら、恐らく再び元の形を得ることは出来ないだろう。

…零れ落ちた欠片は元に戻らない。
永遠に『俺達』という大きな信頼の器から零れ落ちて、その鮮やかさを残したまま時を過ごす。
そして、何かが欠けているのだ。『俺達』という大きな存在にも。
どんな人間よりも信頼し、団結していたと思っていた俺達にも足りない、何か。
もし―――この『何か』も問い、求める事が出来たなら。

そうしたならば、この答えを言う事が出来るのだろうか?








BATTLE 19 『放言』









「…これより、本日最後の放送に入る。…死にたくないのなら心して聞くように。」

PM6:25。
定期放送として流れてきたその声は、今までとは違う、見知った―――そして腹立たしい人物の声で。
しかし、先ほどまでの放送と違う、気遣う優しさを含んだかのようなその声に、
首を垂れていた生徒達は思わず顔をあげた。
大半の生徒はもう既に誰が放送しようと知ったこっちゃない、といった感じではあったが、
それでも久々のその声に安心した人間がいたのは事実だった。
「今回の放送は計画通り私が担当させてもらう。しっかり聞くように。

『この夜の放送にはいくつか重要な点があるからな。
 …まずは夜限定の諸連絡だ。
 今から5分後の6:30から朝の6:30までの約6時間、
 森の中の各所に仕掛けてあるライトが一斉に辺りを照らすようになっている。
 なんでも『夜間でも円滑にプログラムを』…だそうだ。
 因みに破壊・電源の確保は出来ない仕掛けになっている。下手に壊せば首輪も連動する。』



*****


しかし。
放送を流したのは榊だったが、伝えられた声はまた別の人間のものであった。

「(…あ゛…?…どっかで聞いた声だな…)」
その声は今日の移動をこれくらいにしようと木の根元に座り込んだ忍足と向日を確認し、
木の上で仮眠をとっていた亜久津の機嫌を斜めにするには最高レベルの雑音に違いなかった。
「(何人で放送してやがるんだ。)」
只でさえ睡眠不足と張り詰めた緊張でイラついた心に放送が拍車をかける。
しょうもないことだ。だが、しょうもないこと故に、イラつく。
つい舌打ちもしかけたが、それをすればばれてしまうかも知れないとそれは理性の片隅で規制した。
「(………ちっ………)」
自分の思うとおりに話が進まない。
亜久津は自分の腕と計画には絶対の自信を持っていた分、その進行具合には焦りを感じていた。
「「…な!?」」
「あん?」
しかも、今度は下にいる向日と忍足が騒ぎ始める。
どうやら自分と同じく放送の「異人」に反応したらしい。慌ただしく動く髪に亜久津の表情が強張る。
ゆっくりと夜の帳が落ちようとしているこの時間にこいつらが無理に動くことはないと思っていが、
動くと何かと面倒だ。
ましてや気づかれたとなれば…
状況を把握するべく、亜久津は黙って耳を済ませた。

「なぁ、侑士…この喋り方…。」
向日が誰にも聞かれないよう(亜久津にははっきり聞こえていたが)声をひそめ、隣の人物に同意を求める。
「跡部…っぽいな。」
榊ともども聞きなれた…ように聞こえる声。
「ま、声はあっちの方が高いけど、変声機なんかで変えれるレベルの変化や。」
向日の同意を求める声に、忍足は冷静に言葉を返す。
仕留めるならできれば2匹同時。それまでは丹念に状態を見ていなければ成らない。
「(美学をぶっ壊してくれた分はきっちり払ってもらわねぇとならねぇんだ…)」
それまでは辛抱だ…亜久津は更に耳をすます。
「そもそも…」
忍足が更に何か言いかけたその時、時間の空いていた放送が再び流れ始める。
『…禁止エリアの追加は1時間後にF-1・J-9の2箇所が指定される。2時間後にE-4だ。』
下の2人も放送が気になるらしく、流れている間は何も言わない。
「(…って、まともなのはE-4だけじゃねぇかよ)」
ランダムで決定される禁止エリアの陰険さに亜久津は呆れたが、裏腹に、下の二人の表情は暗い。
そういえばと亜久津はこれで東西がほぼ分断されたことを思い返す。
「E-4…か、これで向こう側に行くにはE-6を通らざるを得なくなるって寸法か…厄介やな。」
「待ち伏せされたらたまったもんじゃないぜ。」
「やな。逆に言うとE‐6に近づかなければ好戦的な奴に会う確率は下がるかも知れへんけど。」
「ハイリスクハイリターン、ってことか…」
沈黙。2人の間に気まずさはないが、亜久津にはその沈黙が面白くない。
「…なぁ。」
下げた視点。向日の声は不安げだった。
「さっきの声……やっぱアレ、跡部なのかな?」
『違うよな?』同意の声。忍足は首をゆっくり肩を竦める。
「さぁな?俺らは学校出た後のあいつにはあっとらへん…会わへん限りはわからんわ」
「でも。」
「下手な憶測はアカンよ、岳人。下手すれば嘘が本当になってしまいかねへん。」
そして咎める。
例え冗談でも不用意に疑うことはこの世界では自分の首を締める。
しかし同時に疑わないことも悲劇につながる…目の下の男は知っているのだろう。
亜久津は茶番に辟易する。
わかっているのにあえて目の前の相棒にはそれを言わない…嫌な男だ。

「………ただし。」
亜久津の目は危険回避の為、周りの景色を一見し、
下に目を向けて―――忍足が先ほどから向日を見ていない事を見とがめた。
「………。」
亜久津は木に置いた左腕に力を入れ…そして、いつでも襲えるようにしていた銃を握る手を緩める。
ここはもしかしたら傍観している方が得策なのかも知れない。
放送も終わったし、しばらくここは忍足の推理とやらを聞いてやろう。と、木に背中を預けた。
「ここから先は…岳人が相手やから言える話や。
 …俺は自分を信用しとる。だからの話やって事、忘れんでな。」
「うん…。」
「憶測でものを語るのはあかん…わかっとるけど、一つ、今の状況を含めて立てられる「仮説」がある。」



「それは…跡部が『死神』として活動しとる…って可能性や。」



「は…ありえねぇだろ。それは。」
向日の笑いは自分の予想の肯定と同義であることへの否定。
「言ったやろ?仮説…仮定の話や。…「無い」、とは言い切れん。」
「なんで。」
「そもそも何故『死神』と俺らが『対等な位置』に居なければならんのか?
 …既に、ここからして俺は疑っとる。」
「?…どうゆう事だよ。」
「このプログラムは俺ら、参加生徒がお互いに殺しあう事で発生した戦闘データを収集する。それが目的や。
 まぁ…他にもカジノとしての意味も持っとるって噂もあるけど、そこは今は置いとく。
 兎に角、政府はなんとしても俺達に殺し合いをさせたいんや。」
「うん。」
「でも、そこにあからさまに敵で軍人ある『死神』が現れたと仮定するで。
 まだ信頼がおけるかも知れへん奴と、確実な敵。岳人ならどっちの方を先に「敵」として見る?」
「え…やっぱ『死神』。だよな。」
「やろ?そうなれば最悪メンバーが一致団結して、『死神』だけでプログラムを進める事にもなりかねん。
 そうなればデータ収集の夢はおじゃん、や。」
「確かに…」
忍足の言う事はその通りだ。
『死神』だけで行動するような事になってしまえばデータも何もあったものではない。
前回のプログラムが集団自殺によってノーゲーム状態になってしまったなどの事実を考えれば、尚更である。
「…しかも条件が同じちゅ―事は、首輪を狙えば一撃でいけるっちゅ―事を教えるって事になる…
 そこまで一緒にする必要は無いやろ?
 ただ恐怖心を与える為だとか、そうゆうんなら、『死神』と俺らを同じにせんでもええ。
 首輪なんてそもそもつけなくてええんや。」
その方がドコから来るか分からない恐怖に怯えるだろう。
「うん…。」

「…そこで…あくまでも推測の域やけどな?」
忍足の瞳が動き、向日の瞳を捉える。

「俺は『死神』っちゅーのは最悪生徒の中におるものと考えとる。
 そう考えれば俺達と扱いが一緒なのもうなずける…バレへんように一緒にせざるを得ないんや。
 …それ以前に、政府はそもそも『死神』なんてもの、初めから用意しとらんのかもしれへん。
 『死神』は軍人である…そう思わせることそのものが目的で、な。」
「だから…跡部を疑ってるのか?」
「言ったやろ、推測やって。現時点ではその証拠はないし不確定や。やから「疑う」って言うほど思っとらん。」
そして、忍足は言葉を止める。
「…でも、こんな話をしてしまったら、さっきみたいに簡単に他人を信用する事はできひんくなる。
 もしかしたら…ってなってまうやろ?」
「…………。」
「…だから憶測でものは言ったらあかんと言うとるし、こうやって俺がいうのも岳人だけや。
 岳人は俺が守るし、こんなんで疑心暗鬼になるような奴ともちゃうと思ったんやけど。」
「って、おい!侑士は俺が!!」
「…はいはい、わかっとるよ。俺の背中は岳人が守りや。…やから、岳人の前は俺が守ったる。」
「それって結局、俺が守られるんじゃねぇかよ!!」
「そうか…?」
忍足はくすりと笑みを漏らしたが、すぐに表情が険しくなった。





「…じゃぁ早速やってもらおか……………岳人…俺らの周りに誰かきとんねん。」





*****


銃声。

先ほどまで傍観者を決め込んでいた亜久津は、
忍足の鬼気せまるその声に怯み、直後、その反応の隙に忍足と向日が草陰に存在が掻き消えたのを見る。

「ちっ。」
しかし、近くにいる事が確かなのは、二人の草を踏む音が近くで止んだ事が知らせてくれた。
奴等は二人組。闇雲に動き、相手に存在を知られることを恐れたのだろう。
闇雲に動けばこちらが狙われる。
「1度木から降りねぇと撃てねぇな…。」
頭上から隠れた二人を探す。幸いにも相手は自分の現在地を把握してない。
ここで見つければ気づかれたとは言え、精神的にも肉体的にもこちらの優位を取り戻せる。
「面倒くせぇ…」
すぐにでも下におりて銃を打とうとする気持ちを押さえつける。
場所を探し、一発ぶち込めば…まだいける。簡単に殺せる。大丈夫だ。
亜久津は精神を整え、銃を握る手を強める。
今まで傍観者を決め込む事で蓄えておいた生への執着。破壊衝動。分泌される、殺しの遺伝子。
一瞬の判断が運命を分ける、正にデス・ゲーム。

「!!…岳人、上や!!」
「死ね!!」

そしてお互いの声が同時に響き、ゲームは再開される。
「っ」「けっ」
初めの、運命を大きく左右する第一撃目。それを勝ち取ったのは向日だった。
大きく横に跳んで頭上から枝を手にやってくる亜久津を避け、
お互いの着地の瞬間に放たれる銃弾での攻撃をスプリットステップを応用した高速ステップで間一髪避ける。
越前の使う片足のそれほどではないとは言え高難易度なそれは、
向日のしなやかな体と、ネットプレイで手に入れたフットワークがあるからこそ可能な芸当。
本来であれば恐らく馬乗りにされてそのまま終わっていた。
「…侑士!!サンキュ!!」
「あぁ…。」
ここで跳ぶ事が出来る向日もすごいのだが、
忍足は着地の瞬間に銃を放つ亜久津の身体能力にも舌を巻いていた。
あれは頭上から襲撃から着地までの僅かな間にこちらの着地位置を予想し、
その方向に瞬間的に標準を合わせて撃つだけの身体的技術が無ければ到底出来ない芸当。
しかも、その予想はほぼ的確に当たっていて、
やはり『山吹の怪物』・『10年に一度の人材』などの名は伊達ではないのだと気付かされる。
テニス以外にもこんな特技があるだなんて。
「!」
直後、亜久津が撃った銃弾が忍足の上手く動かない右腕を掠め、
摩擦熱と背後の木に当たった事による衝撃で大きく跳ねた。
いつの間に向日から自分に照準を向けたのか。
右後方に襲い掛かる、爆風と、と森にある様々なものの欠片。それらが背中に無数にばら撒かれる。
「ん、っ、あ!!」
声にならない、詰まった悲鳴。
背中の右側に低温とは言えども火傷を負い、その中の数箇所からは血が流れるのを忍足は感じる。

しもた…やってもうた…後悔が脳裏をよぎる。

迫る亜久津。
感じるのは冷や汗の感覚。いや、これは油汗か。
荒くついた息は背中への攻撃の時点で殺りあう覚悟を求めていた。
この状況で避け続けながら逃げるのは無理だろう。ならば相打ちになっても亜久津を撃退しなくては…
「くるなら…こいやっ!!」
忍足はケースにしまい込んでいたサバイバルナイフを何とか引き出し、構える。
取り出しても尚、亜久津の顔色が変わらない所からも、そしてあの命中率の高さからも、
恐らく岳人が助けに来る前―――野村に襲われたこの右腕を撃ったのは亜久津なのだと忍足は悟る。
前もって全てばれてしまっているのだから、今更ケチる必要は無い。
どうせ、この身体は無駄に血を垂れ流し出すだけで、すでに動く為の器官としての機能をほとんどなさない。
なくなっても別に構いやしなかった。
「バカ侑士っ!!この!!」
「だから、お前はお呼びじゃねぇんだよ!」
亜久津はそう言い、影からナイフと共に飛び出す忍足を器用に避け、向日の足元に木の枝を投げつける。
怯む向日。これだけの時間があれば十分。
「……なぁ?」
亜久津の標的は攻撃を交わされ振り向きざまでまともに動けない忍足。
狙うのは確実に当たれば致命傷を負わせられる部分。胴体の中央。
即死でなくてもいい、一撃でも攻撃を入れて動きを止めれば…その時点でこちらの勝ちだ。
向日とか言うあのガキは相方が死んだとわかっても逃げられる人間ではない。
事実、奴はこの状況で逃げない。
「忍足さん、よぉ…?」
銃口が忍足の目を真っ直ぐに見つめる。
恐怖に折れた膝、細まる瞳孔。歯の根がかみ合わない感覚が酷い。
「侑士ッ…!!」
恐怖に震えた岳人の悲鳴が辺りを切り裂く。
忍足と亜久津の距離は3メートルも離れていない。恐らく亜久津の腕なら狙いがずれようと外す事はない。
彼の目の前に広がるのは亜久津による確定的な死。

「じゃあな。すぐにそこのチビも後追わしてやるぜ!!」
亜久津は勝利を確信した。

 



















それは刹那の出来事だった。

草むら―――それも亜久津からは死角になる場所から現れたのは―――白。
それは音もなく現れると、そのまま亜久津の間合いに入り込み、そのまま亜久津の持つ銃を上へ蹴り上げた。
目標を失う銃口が空へと向けて銃弾を吐き出す。

「間に合ったぁ~…」
緊張した空気にあわない脱力した様子の声。
「…大丈夫?生きてる?」
そうして忍足に手を差し向けたのはよく見知ったオレンジ。
こんな所でこの派手な色の髪を見るとは正直忍足は思っていなかった。
「てめ…」
「やぁ、亜久津…元気してた?」
右腕を赤く染めた状態の人間には思えぬその動きに忍足の思考がにぶる。
『なんやこれ。』忍足はただ漠然とその戦いを見ていた。
瞬間、亜久津から放たれた数発の銃弾を持ち前の動体視力でさけ、どうしても避けられぬ時は
手に持ったマシンガンで亜久津の動きを牽制しながら体勢を整え、
そして得た間合いから首元にウージーの銃口を突きつけてクスクスと笑う、その戦い。

素人の戦い方では無かった。

「もうわかったっしょ…2人を見逃してよ。オ・ネ・ガ・イ」
素人を超えたそれでありながら、へらへらとした態度はゆるがない。
「お前誰に言ってるのかわかってんの?」
「じゃぁもう少しこうやって遊ぶ?」
「…。」
「オレは、それでもいいけど?」
呆然と見上げるだけの忍足を背中に隠しながら千石が笑う。
しかし口調こそ、いつもの千石だったが、その笑みは明らかにいつもの笑顔ではない。
それは、此の島で初めて見た時の絶望をたたえた顔。あの、どこかで見たと思っていた顔。
まるで、別人。
「テメェ…」
亜久津も同じ感想を得たようで、先程から視線を千石からそらさない。
いや、恐らくは視線を『逸らせない』。
「ぶっ殺す。」
「…ヤれるもんなら、ヤってみなよ。」
亜久津に冷たい言葉と瞳を浴びせかけながら、千石は横目で忍足達を見、そして、少し口調と表情を和らげた。
「2人とも、今のうちに逃げちゃいなよ…南たちが君たちの事心配してたから。」
「あ…。」

―――その声にやっと忍足は自分達が千石に助けられたのだと理解した。

「…わ、わかっとるわ。」
数瞬の思考停止。
後、忍足は頭を通常状態に切り替えた。
いわれるまでも無い。隙があるのなら忍足は逃げる決意をしていた。
亜久津にしても、千石にしても、今の自分達にはどうしようもなく強大な「敵。」
まともにやって勝てる気がしない。
「が、岳人…」
そして再び縺れ合うように戦い始めた2人を横目に忍足は震える膝を鼓舞し、震える岳人を揺り起こす。
「あ…ぁ」
戦い続ける両者。岳人の震えは止まらない。
「兎に角…今は千石に任せて逃げるで?」
諭すように声をあげる。一刻もはやく逃げなくては。
「いいのかよ。」
それでも動かぬ向日に忍足は首を振り。
『…しゃーないやん。』言いかけて言葉が前にでず、止まる。

「…あ。」

直後に気づいた。
どうして千石の顔を見た時に違和感を感じたのか。
「逃げよう…」向日をこうして急かすように言いつつ先程から動けないのか。
知っているのだ。
あの顔を自分は間違いなく、知っているのだ。
そして、千石は、恐らく。

忍足はバタフライナイフを握る力を強めた。
「そうや…俺は…行く訳にはいかへんのや。」


―――『俺は多分…幸せに生きてちゃいけない人間だから…』―――







「…何が何でも、俺は…千石。お前を死なしたりできひんのや。」








【プログラム 1日目 残り人数 32人】





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