バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>020『回顧』




病院の屋上はうっすら雪が積もってて。
太陽がもっと高く昇れば消えてしまうだろうそれに、オレは軽く嫉妬する。
生まれてきて、すぐに死ねる、はかない命。

「…どしたん?こんなとこで?」
そんな俺の気持ちをを察してか、こんな時に来るのは、いつも君。

「雪…見にきたんや…こっちの方ではあんま降らへんからな。」
「…そうなんだ…。」
「…………俺…離れへんから。絶対にお前を死なせへん…1人にはさせへん。」
「ホントに?」
「約束や。…だから、ほんまに笑っとくれ。そな作り笑いや無くて。」

『            』
―――言われて、心から涙がこぼれた事、君は知らない。








BATTLE 20 『回顧』













「…どうして…?」
忍足の発言に訳が解らないと言った顔で千石が呟く。
口調こそ語尾上がりの疑問系やけど、その顔は引きつったまま。
それはそうだろう。逃げれば助かるのにわざわざ逃げない事に利点がない。

「だって、オレといたら…」
「どうしてもや!!」
俺は言い訳染みた千石の言葉を遮って叫ぶ。
どうしても俺の中の俺がコイツをこのまま見すてればあかんと叫ぶ。
自分もどうしてこうなったのかよく分からない。
「…逃げるんじゃ、ないのか。」
隣にやって来た岳人が俺を見上る。
恐らく突然180度方向をかけた自分の行動に混乱しているのだろう。
震えは…止まったようだ。すぐに動けるだろう。
「逃げたいんなら、先に行き?」
「んな事!っ」
「…どうしたんだよ?さっきまで逃げる態勢だったじゃんかよ。」
確かに。
そう、ついさっきまで俺は逃げる気やった。
自分が逃げるのを正当化しようとして…あの日の思い出を思い出すまでは。

「…思い出したんや。
 自分よりも生かしてやらな、幸せになってもらわな行けない奴がいるって、思い出したんや。
 ―――自殺なんて、させへん。」

「!?」
向日が驚いて千石を見つめる。
その千石は無表情で亜久津を、そして一瞬だけこちらを見てくる。
お互い表現方法は違うが、それなりに動揺している。忍足は更に言葉を繋げる。
それは決意に対する宣言。未だ揺れつつある自分に対する決意。
「千石のその腕なら俺らが逃げなくても亜久津とある程度の決着はつけられる筈や。」
亜久津の疲労を抜きにしても千石の動きは亜久津のそれを超えている。
なら、どうしてこう長々と戦いが。忍足はほぼ確信を持っていたがあえて問うのは避けた。
死ぬことを回避できるだけの実力。この状況でそれを酷使しない理由など…ない。
「それはつまり。」
忍足は(こんな状況でなければ)千石を信用していた。
だからこそ笑って隠すその心境がこんな停滞を許すとは思っていなかった。
「オレ、キミとはそんな付き合ってないつもりだけど…なぁ…」
思い当たる節があるのか。
ハハハ…と笑う千石の声が硬い。
「そもそも自殺だとか…いやいや、オレ亜久津に負ける気ないし。」
「その気があるのは否定しないんやな。」
「…まぁ、ね。」

南と出会う、更に前。
山吹に転校した理由、雪の病院。
―――2年前。
目の前で笑う少年と、その向こうに佇む1人の少女。
交差する絶叫。
赤く染まっていく雪。バタバタと音をたてるシーツ。
やけにうるさいサイレンと眼鏡の向こうから聞こえるハスキーボイス。
赤い少年が駆け出して行く。
それは血に染まった白か、決意に染まった赤か。
黒い瞳の少年がオレにつぶやく。
戻ってこい、と、”そっち”に言っては行けない、と。

死ぬな、と。

…すっかり忘れることができてたと思ってた、荒れる理由。
オレが俺じゃなくなって、死ぬことが怖くなくなった日。
誰もオレに問うことはないと思ってた。
思い出すことはないと思ってた。
南は知ってて黙っていたし、他に山吹でも…”向こう”でも知る人は殆どいないと思ってた。
だから、オレを止める人間はいないと信じていたのに。


あぁ…どいつもこいつもオレの邪魔をする。






「って、おい!無視してるんじゃねぇよ!!」

千石の意識が忍足との会話、自分への葛藤へ向いたことで発生した気の緩み。
その隙を当然亜久津は見逃していなかった。
首元に向けられとったウージーの銃口を肘を使って瞬時に外し、亜久津は背後で固まっとった千石を押し倒す。
馬乗り。体重と中学生しては大柄と言える体格を持って千石を圧倒する。
…いや、本来ならばこれが「普通」なのだ。体格、能力、性格…そのどれもがむしろ千石のそれを上回っていた。
ただ、それそれをいとも簡単に避ける千石が「普通」ではなかっただけで。
「…あらん?」
「へっ…これで形勢逆転だよな?」
岩場が多く、アップダウンの激しい西部の硬い地面にしたたかに背中を打ちつけて、千石がうめく。
それでも亜久津から目を離す事が無い。そして、顔は笑顔のまま。
「も~…無視はしてないよ?ちゃんと遊んであげてんじゃん。」
「るせぇ。」
亜久津の靴が手のひらを踏みつける。
「心配しなくてもオレは亜久津を無視したりなんてしてないよ…ずっとね。」
言いながら千石が目を閉じる。
そこに宿るのは諦めか、それとも死に対する歓喜か。
「残念だけど忍足くん…キミの予想”も”ハズレだよ。
オレはオレに甘んじて死ぬつもりはない…けど、必死にそこまで生きようと足掻く事もないと思っててね。」
言って頬に殴りかかる亜久津の攻撃を受ける。

「………… だから自殺したいとかじゃないんだ。これは。」

閉じた瞳に映るバンダナの彼―――海堂薫。
自らの死と引き替えにしてでもこの島にはびこる闇を払おうとした…ストイックな生き様。
その様をみても尚「死にたい」とは千石は口が避けても言えない。
それは彼への冒涜にしかならないだろう。
実際、だからこそ千石は海堂を見て南に会い、忍足を救うことを決めたのだ。
しかし…だからこそ、その行為を「=生きる」に直結させようようとは思わなかった。
その死に様は確かに美しかった…美しかったが、先のことを考えていない行為だと千石は知っていたから。
優勝出来ないという意味ではない、死んでしまうという意味でも無い。
もっと根本的で、もっともっと人間的な何か。
そして、それが断ちきれないからこそ、千石は生も死も放棄してここで亜久津の決断を待っていた。
―――忍足の言うようにもし自分が「死にたがっている」のだとするならば、
それは体の死ではない。

「というわけで…亜久津。」
閉じた瞳を開け、眼前に映る悪友を見つめる。
「やるならさくっと殺せない位置でオネガイね?オレ、死にたくなかったりするからw」
あえての皮肉。
先程から怒り心頭の亜久津に馬乗りにされているこの状況では
例え命乞いをしたところで亜久津は聞いちゃくれないだろう。だからあえて挑発する。
「じゃぁ、一撃で死ねる所にしてやるよ。お望み通りにな…」
自分の望む「死」がそこにあるのなら、亜久津がそう決めるのなら。

「じゃぁな。…永遠に。」

手を抜かれているような複雑な状況に亜久津がうめきながら答えた。
すぐにでも銃の銃口を引けば千石を殺せる現状。だが、亜久津の本能が何かを告げる。確信させる。
『こいつは、死なない』。
意味がわからない、と亜久津はこころの中で頭をふった。
確信を増やすように千石のオレンジの頭に胸にあった銃口を当て直す。
どうあがいた所で引けば終わり。どんな人間だって頭に一撃をもらえば助からない。
そして先程の状況から言って千石は動かない…わかっているハズなのだが。
「(恐怖してる、ってか。)」
横目で周りを見る。
忍足はあの様子では自分を引き剥がし、行動を止めるだけの力を持たない。
邪魔されることはない筈だ。そして、千石の生死は完全に自分の手の中にある。
…だから、自分が恐怖を感じる要素などここには全く無い筈なのだ。
だが”これ”は…
あのチビ―――越前と戦っていた時のような、底知れぬ不安感を感じるのはなぜなのだろうか。

「く…。」
体を徐々にならしつつ忍足がうめく。
千石が一言一言、死に際の言葉を発する度に。 亜久津が一言一言、それに反応する度に。
一言というたった数秒の世界の中に、生まれる僅かの時間。稼げたが…まだ遠い。
いくら自分が気丈に「逃げない」と言った所で亜久津への対応が出来なければ撃ち殺されて終わりなのだ。
むしろそれは千石をある意味人質にとられてさらに悪化した。
万全の状態ならまだやれる事はあるのだろうが、
痛みを伴なう熱は普段のクールな表情を保てなくするだけの威力を持って襲う。
ちりちりと焼けていく思考。切れて行く希望にに忍足は少し自分の軽薄な言動に後悔した。
しかし、それで死ぬつもりも後悔し終わるつもりも無い。
約束は…”2年前のあの約束”は果たされへんまま終わるのか…?
そんなの…


「…させねぇ!!」


隣を駈けていった影が亜久津にぶつかるのと、森をつんざく悲鳴、銃声が聞こえたのはほぼ同時だった。
忍足は反射的に隣を見る。しかし、今までそこにあった筈の物体が無い。
すぐに影の主に気づいて忍足は亜久津に振りなおった。
「…岳人!?」
「諦めてんじゃねぇよ!俺がいるの忘れんな!!」
動きを止め体力を回復させていたらしい。
試合開始直後のようなムーンサルトを伴って友人は中空で笑った。
そして腕だけで接地した後、体を回転させてすぐに体勢と視線をオレンジに飛ばす。
「おい。大丈夫か?…一応、外れたみたいだけど。」
「…………。」
千石は答えない。
向日のタックルによって標準を狂わされた銃口は千石の首の数センチ左にある硬い岩に当たり、跳弾した。
その進行方向先には、亜久津の左目。
「なにやっとねん、アホ!!」
下手すれば跳弾した弾が自分に当たったというのに…思わず忍足の声が荒げる。
「うるせぇよ、お前だって人の事いえねぇだろ!」
「そうやけど」
「…顔知ってる奴等が辛い思いしてるとこなんて見たくねぇんだよ。」
向日が視線をそらす。
恐らくその先は青学の、桃城。
いや、むしろ菊丸や越前…残された青学メンバーに対してだろうか。


「それに…言っただろ。
『キノコの山』を買ってもらうまで、俺は侑士 の味方なんだよ。」



「…まてよ…まだ終わってねぇぞ…」
血が止め処なく流れる左目を抑え、亜久津がゆらりと立つ。
手には銃が握られたまま。
どこよりも敏感な器官に埋め込まれたままの痛みは恐らく忍足や千石とは比較にならない筈…
だがこの男は、笑っている。この状況でも尚、殺しを求めている。
視界の端、起き上がる千石。
千石が助かった安堵と向日のまさかの攻撃ですっかり気が緩んでいた忍足の足がすくむ。
岳人には強がっては見たが膝ががくがくと笑って動く事も視線をそらすこともできない。
「わかってるんだろうなぁ…あ゛ぁ!??」
痛みの為か。怒りの為か。
いつも以上に開く右の瞳の瞳孔は尋常ではないほど開き、まるで夜の猫の目だ。
赤く血走ったその目が痛いほどに自分達を貫く。
千石の余裕。忍足の決意と向日の特攻。
平等に平和を蹂躙する狂気と非現実性は少なからず亜久津にも影響を与えていたようだった。
歪んだ亜久津の視線を逸らせない。

「じゃぁ…終りにしようか?」

上がった声は後ろ。
そして自分と亜久津の間に半歩入り込んで立ったその姿は、
今まで何故か手にすることの無かった片肩の武器のトリガーに手を伸ばしていた。
―――マシンガン。
艶のない緑青色<ロクショウイロ>の輝きに、忍足は改めて自分が助けた人間の強さを思い知る。
素手で亜久津を圧倒する実力、そして(恐らく)プログラム中最強の武器。
目の前で馴れた手つきで発砲準備をする目の前の人間は間違いなく「素人」では無い。
もしかしたらあの状況で向日が助けなくても彼が本気になれば自力でなんとかしたかも知れない。
忍足は思う。

「どうせキミが息巻いた所でその銃は弾切れだよ。」
「…。」
「撃ってスカれば…コレでキミを撃つ。」
「…ちっ。」
「わかったら離れなよ…正当防衛だ。」
苦しげな声。
告げる千石にで特に大きく舌打ちしながら亜久津が踵を返す。
今まで以上に苦々しげな顔。恐らくは千石の言葉が真実なのだろう。
しかし忍足は知っている。コイツはすぐに弾をもどして自分達を追ってくる。
『まくなら…ここがラストチャンス。』
忍足はここぞとばかりに立ったままの千石の左手を掴んだ。

「ナイスや、ほな…いくで、千石。」
「だから、オレは…うわぁ?」

亜久津の恐怖から逃れようと走るたびに背中が刺されるような痛みを訴え、目の前がくらくらする。
水分が足りないのだと揺れる世界で思う。
亜久津戦が停戦した安堵感に襲ってくる痛みは激しい。
しかし、それでも千石の手を離す事はなかったし、岳人から離れる事もなかった。



*****



「…で?」
亜久津の姿が見えなくなるまで闇雲に走り、
ある程度引き離したと考慮した忍足は痛がる隣のオレンジをつかむ手を離した。
一応頭上もチェックする。
視線を戻すとちょうど「あいたたたた…」と息を荒くした千石がこちらを見上げたところだった。

「もー~…一応こっちも怪我してるんだし、もーちょっと考慮をだなぁ…」
「聞いてる?」と右手を押さえて抗議する千石の声は
いつもの、テニスをする時同様の気楽さを伴うものに戻っていた。
時間軸からこの島で起こった出来事さえ切り取ればなんの変化もない声のトーンと話し方。
だが、2つの狂気を見た後の忍足にはそれが酷く違和感のあるもののように感じてならなかった。
千石の表情がやけに片言に見える。
「どこに居るかわからんか?」
「ん?」
「南…山吹ん所の部長に会いに行く。
 俺らん事心配して千石行かせた奴らなんやろ?
 乗ってることもなさそうやし、さっさと誰かと合流した方が身も守れて都合いいからな?」
「でも、オレ…」
千石の口調がくぐもる。
『今更行けない』。言外の言葉になんとなく予想がついたので忍足はそれ以上の事は問わない。
例え千石が「行けない」とごねた所で止めるつもりも無かったし。
「どうせ、南らに変なことでも伝えてきたんやろ?」
「…う。」
山吹の部長…南達とは直接の関わりがなかったが
(千石と面識があったのは、こいつがよく氷帝に偵察兼ナンパをしに来ていたからだ)
きっと自分達の事を信頼し、その上で千石をこちらに渡した、と忍足は確信していた。
「…全く。アホやな。」
なんだかんだで危険をおかして千石を助けた自分達も人の事は言えないが、
この状況で馬鹿正直に人を信じすぎだと思う。
自分が千石の表情を読まなったら、そしてそのまま千石を置いて逃げたとしたなら一体どうするつもりだったのか。
まぁ、だからこそ、千石をここまで目立った暴走もさせずに立ち回らせているのだろう。
…本気になれば恐らくコイツは亜久津以上の怪物だ。

「…どうして。」

後ろへと引っ張られる腕。
振り向けば、先ほどまでつられて動いていた足を止め、逆に俺の動きを止めた千石の姿。
凄く真剣な顔で、でも、どこか泣きそうな顔で、俺らを見つめている。
「どうして、助けたの?」
「…。」
「『自殺するかも知れない。』それだけじゃ君達のリスクと比較して吊り合わない。」
事実、忍足が決意を固めた当時は戦況は間違いなく千石の方に優勢に傾いていた。
劣勢に追い込まれているならまだしも、優勢の相手をケガをした状態で助ける意味は、ない。
「向日くんは純粋に忍足くんに尽くしてるだけっぽいけど。
 じゃぁ、忍足くん。キミはどうして、止まったの?…楽に死なせてくれれもよかったのに。」
「見過ごせないやろ。」
「答えになってないよ、それじゃぁ。」
「あの時の千石の言葉も答えになってなかったけどな。」
「それは。」



「2年前の…まだ引きづっとるんか。」
―――恐らく、それがお互いの行動に対する答えだった。



「……………やっぱ、あの時の『キミ』…なんだね。」
「今頃、平和な生活してるんやな~って、思っとったけど…そでもなかったみたいやな。」

亜久津から逃げ切ったことで流れるゆっくりとした時間。
…そろそろ限界か。
実際亜久津から逃げられたのだし、と、いい加減限界を感じた忍足はしゃがみ込んだ。
本当なら今すぐ昏倒したいところだったが流石に千石の話を蔑ろにするわけには行かない。
「…本当なら、こんなところで感動のご対面~なんてやりとうなかったわ。」
詰めていた息をはく。
「『退院した』、って話聞いたからてっきり回復して関西の…四天宝寺とかどっかにいるんやと思ってたわ。 」
「まぁ、普通はそう思うよね。」
ついでため息と共に千石が忍足のそばに座った。
いつの間にか辺りは闇に包まれていたらしい。
夜を感じて光り始めた傍らの街灯に眼がくらんで、千石の表情が逆に霞む。

「2年前って…侑士が関西に居る時…だよな?」
そして、ついで話の展開についていけていなかったらしい向日が頭に疑問符を浮かべて忍足の傍らに寄る。
「…あぁ。岳人はよく知らんもんなぁ?あんな…」
「どうせそうだよ!!」
「あ。」
「…あ~なんか俺だけ仲間はずれでむかつく!!くそくそ侑士め!!」
拗ねられたことに言いはじめを誤ったと忍足は思ったがいつもの事だと聞き流す。
ほんと、幼児性格や …岳人はそこが人懐っこくて、可愛いんやけど。
恐らくコレには彼なりの空気転換をはらんでいるのだろう。
「まぁ、そう怒らんで。」
頬をふくらませる相方をなだめるように微笑む。
そしてどう説明しようかと頭の中を巡らせ、
忍足は自分と千石の関係は何かとやっかいで1からの説明は大変困難だと思い出す。
…そもそも千石の「はじめ」を自分は知らない。
千石からすれば多分自分はたった数刻、数行しか登場しない登場人物なのだ。
「簡単に説明すると。」
そんな説明に言いよどんだ忍足を横目に千石が言葉を代弁する。




「2年前、オレは関西の、忍足くんの知り合いが運営してる病院で知りあったんだ。
…精神科の、ね。




千石と自分との出会いが数行で終わるとするならば、それは抜き出しの1単語。
いわゆる、確信。
「何もそんないきなり…」
「ひかれちゃった?
 …ま、最近の精神科なんて、『気の狂わせた人間が行く所』って感じだからね。仕方ないね☆」
高いトーン。しかし言いながらも語る千石の表情は苦笑。
しかし忍足の自分のまっすぐに見つめる目に気づいたのか、すぐに千石は真顔に戻った。
「…ここで嘘ついてもしょうがないじゃない。本当の事なんだからさ。」
「………。」
「オレだって思い出したくなくて、ずっと心のそこで封印してたくらいだもん。」

雪の降る朝。
千石に初めて会ったのはいつかの病院。関西の済んだ空。
父の友人に連れられて初めて見たコイツの顔はいつかの小学校での表情。
『彼は色々あって新しく入る。仲良くしてやって欲しい』。
父の友人という医者がそう言う。
”ここ”に新しい人間が来る度に言う台詞だ。わかっているので表面だけを受け取る。
小さい頃から”父の手伝い”としてこの病院に通っている自分にとってはいつもの事だった。
だから、これらはいつもこのばしょで行われている行為。
流れ作業になりつつある、恒例行事。
『…よろしゅうな。』
社交辞令。誰にでも返す一種の条件反射。
『…うん。』
恐らくこれもまた自分と同じような意味を持つのだろう。反応は鈍い。

『じゃぁ、侑士くん…あと頼めるかな?』
『了解ですわ』

…当時から、ここに集まる人間はとても多かった。
見殺しにした自分への罪悪感や大切な人を失ってしまった喪失感…BRプログラムによる精神的なダメージ。
政府による肉体的なダメージによる自我の崩壊。
プログラム優勝者は政府の特殊な『更生施設』に放り込まれるらしく自分は出会うことは無かったが、
親友が、恋人が、親が、家族が。大切な存在を削り取られて壊れてしまった心は徐々に増え続けていた。
この病院は社会の歪みの縮図だ。
『大人を信じられなくなった子供の心を癒せるのは子供が一番だろう。』
だからこそ、心を閉ざせる自分がこの場所で珍重され、活躍されていたのだ。
…心を閉ざせる自分なら、彼等の心に共感しつつも、それによって壊れることが無いから。

「…千石は、あの時も、無表情な笑み以外、何も考えとらなかった。」
これ以上千石に話させているのが辛くて、 忍足は言葉を遮って主導権を奪い取る。
正確には笑み以外の感情はあるにはあったのだ。
どこまでも続く闇と無の果て。その影にわずかに潜む狂気。
―――”死”への、誰よりも強い、恐怖。
「だから…オレは千石と約束した。
『俺は絶対、離れないから…だから、ホントに笑っとくれ…』って。」

忍足が転校する前日、最終日の約束。
忍足が自分の転校を伝えたのは、元々は「1患者」でしかない千石だけだった。
千石とあそこまで大きくなり仲良くなれたのはなぜなのか。
2年のブランクをもって考えてみるが未だに忍足には分からない。
彼も自分と同じ能力―――心を閉じて生きていく術―――を知っていたからなのかも知れない。
だからこそ忍足は約束した。自分の別れを告げた。
本来なら千石とはもう会う事はない…だが、それをしても尚、忍足は約束した。
それは置いていってしまう彼が一人にならないように。
「その約束を、果たしたかった。」
そしてこの2年後の出会い。
これが偶然じゃなく、政府の陰謀によるものならばこの世界はなんと薄情だろうか。

「そう。」
千石はそれだけ言って言葉を切った。
「…なら忍足くん。今のキミならわかるだろ?
 生かすことが、残すことが必ずしも「生」に繋がらないって。
 心を失っても尚残されて、そして、それに対して心を閉ざすことがどれだけ虚しい響きをもつのかってこと。」

うるんだ瞳に南の笑顔が蘇る。
…南の暖かなその光は闇の中で死んだふりをしていた自分をあっさりと引き上げて白日に晒してしまった。
そして、オレにひだまりにいる喜びを与えてしまった。
大好きなテニスをして、仲間と笑って、幸せを噛みしめられる、オレだけの陽だまり。
…だからまたオレは「死」が怖くなった。
気づかないようにしていた闇から引き上げられて、再びその存在に気がついてしまった。
気付かされてしまった。
今度”死んだら”何をするか分からない。

「オレは『死神』なんだよ…?
 周りの人から幸福を奪っちゃうから、周りの人間は簡単にいなくなっちゃう…。
 海堂くんも新渡戸も…簡単に消えちゃうっ…!!」

だからオレは「死」が何よりも怖い…オレは、もう、2年前<アノコロ>には戻りたくない。
「…じゃぁ、壊れる前に死ぬのもいいって言うのかよ。そんなのワガママだろ。」
話を飲み込み出した向日が会話に入る。
手で顔を覆った千石の言葉の後半は、ほぼ嗚咽だった。
恐らく、自分がプログラムに巻き込まれたと理解したその瞬間から、
南や仲間達が死ぬかも知れないと知ったその瞬間から、
千石は自分が自分で無くなる恐怖に震えていたのだろう。
そしてそれを心の奥に閉ざして「他人を守って死ぬ」という表向きの大義名分を抱え、
…言葉からして海堂と新渡戸の「死」を目撃して尚、ここに居る。
二人に何があったのか…忍足は具体的に問いたかったが、それは後々の放送が教えてくれるだろう。
この状況の千石に問うのは気が引けた。
「俺達は闇が見えてたって生きなきゃいけねぇんだよ。信じて、生きなきゃいけないんだよ。」
言う向日は一瞬視線をどこでもないところに走らせる。
「…オレは、亜久津のアレみても桃城を見ても、未だに死ってもんがわかんねぇ。
 ただ、ああなるんだな、ってのはあるけど、
 自分がなったところも侑士が、跡部なんかがなるところも想像できねぇ。」
岳人の主張。
それは氷帝が未だ一人の死者も狂人も出さずに残っているという傲慢だろうか。
「だから心境なんて分からないし、わかろうとも思わないけど…」
「お前は自分が死んだ後に、残った人間が”死んで”もいい、って思ってるわけじゃねぇんだろ?」

千石は答えない。
恐らく当人もわかっているのだ。
わかっているからこそ亜久津を挑発して行動させつつも自ら死線を踏もうとはしなかった。
千石は精神の死を恐れるあまり、自身の喪失さえも恐怖しているのだ。
恐らくは…南の為に。
「…自分、助けようとしたことに意味を求めようとしとったけど…
 この世界では行動の全てに意味がなきゃあかんのか?利益を求めて行かなあかんのか?
 …だったら、俺はこんな世界ごめんや。」
言いながら、離れてしまった千石との距離を詰める。
目の前のオレンジは放心したように俯いたまま動かない。

―――結局のところ。
こいつは2年前からずっと人を信用するのが怖いのだ。
人を信用して好きになって、そしてその人間が死ぬことを誰よりも恐れているのだ。
南のところに行きたがらないのも彼等の運命を見届けることを恐れているだけ。
ただ、それだけ。
自殺や殺人や…彼が『死神』と表記するそれはすべてそれに対する怯え。

「…ここで何があったのか俺は知らへん。でも自分はなんだかんだで死ねずにいるのやろ?
 なら、その生きている間だけでも俺らに協力してくれへんか?
 自分が嫌うそのラッキーを逆に渡してもらえへんか?」
「あ」
「…俺らはやるべき事がある。その為に、生きなきゃいかんのや。」
そう言って、千石の、そして岳人の手を握った。
強く、ぎゅっと。










「その言葉、2年前にも聞いた気がする。」

ポツリ。
閉ざした後、やっと口を開いた千石の第一声。
「…そやったか?」
「あの時と同じ。熱血忍足の台詞だ。」
「熱血言うなや…。」

「           」

それは消え入る位小さな声。
その後見せた笑みは千石らしくない、非常に不器用な笑みやったけど。
「…南は座礁船の所に居る筈だよ。エリアーは…A-7。」
―――恐らく、それが”本当の千石”なりの信頼の仕方なのだと思う。

「ありがとさん。…ほないくで?」
いきなり横にずれる景色。右腕には強い圧迫感と、横へと延びる力。
あんな怪我してて何処にそんな力が残ってるんだよ…と千石は痛みとともにふと思う。
「ちょ!?…また引っ張るの!!?もうオレ、自分で歩くって!!」
「…もう『離さん』ゆうたやろ」
「いや、意味合い違うだろそれ…。」
思わず自分の事でもなくつぶやく向日。仲の良さ故だろうか。ツッコミはするがとくに咎めない。
「…南…これ見越してたのかな…?」
誰にも聞こえないよう、つぶやく。
彼のことだからどんなことでも「そうだったっけ?」って済ませてしまいそうだけど、
会ったら聞いてみよう。

………。
オレはもうすこし、”オレ”でいたい。







【ブログラム 1日目 残り人数 32人】





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