バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>022『決意』




このプログラムの中では何かを得る為に、何かを失わなければいけない。
逆に、失う事で手に入るものもある。

大切な者を失って、そしてこの血に塗れた手に入ったこの決意。
決して揺らぐ事なんてないと思ってた。
永遠に作り出した仮面を演じ続けられると思っていた。

―――でも、現実というものは意外とボロを出させやすいようだ。


現におれは忘れかけている。
この、決意を。











BATTLE 22 『追放』










「あれ?…クスクス、落し物だ。」

エリアF-4。
観月との接触以来、他人と全く接触を取れていなかった木更津は目下に転がる物体にクスリと笑いを凝らした。
「…どうやら遠くから狙い打たれたみたいだけど…可哀想に。」
夕日に照らされて赤く燃えるそれ。
野外の熱を伴ってほんのりと熱を持つ冷めた肉塊と一方向へと長く飛び散り、赤黒く固まってこびり付く血痕。
黒い学生服を堅めるそれは米神の辺りに開けられた大穴に溜まり、ぴったりと傷を埋めている。
木更津には検死やそれに類する知識では無かったが、
血しぶきの方角、距離、飛び散り方かた見て、銃撃は至近距離からの拳銃などではなく、
最低でも10数メートル…下手すれば数10メートル先から撃たれたもの…
いわゆる「狙撃」だったのだろうという事だけは見て取れる。

つまり、これは自分以外の人間が乗っているという証―――殺人死体だ。

「なんだっけ…ダブルスやってる人だった気がするけど……もう別に、関係ないや。」
一瞥し、木更津はすぐに死体の主から興味をそらした。
死体の主の顔を見知った所で自分にはなんの感情も湧き上がってはこないし、
その死因から、乗った人間の一人に狙撃武器を持った人間がいるとわかっているならそれで十分。
聖ルドルフのメンバー…特に観月で無いなら自分には関係ない。
「それより」
名前もわからぬその彼の、肩に担がれたまま置き去りにされているバックを覗き込む。
乱れた様子も動かされた様子も無いバックは恐らく誰の手も(恐らく持ち主当人にすら)確認されていないのだろう。
死後数時間は立っていると思われる死体の具合から言って、狙撃主はこのバックを無視して移動したようだが、
これを餌にして遠くからライフルを構えて待ち構えているかも知れない。
とりあえず彼の肩からバックを外し、武器だけつまみ出してひと目のつかない所へ運びながら木更津は思う。
「不意打ち…だったのかな?」
揺れる景色、街灯の明かりで照らして改めて見直す、黒光りする銃。
トリガーの部分をクルクルと回しながら付属の紙をしげしげと眺め、 左手に握られたままのベレッタ―――
柳沢から奪った、銃と見比べる。

「『ブローニング・ハイパワー』。」

拳銃は一般に「アタリ武器」と呼ばれるものの王道である。
理由は簡単。
種類が多く最も入手が容易で、尚且つ体格・状況差を無視し、安定して楽に息の根を止める事が可能な為である。
初期の頃は銃弾を命中させにくいなどの理由で白兵戦が上回っていたようだが、物騒な時代の影響か。
この大東亜帝国にもすっかり銃社会が定着し(政府が規制をしている為入中学生の入手は困難)、
更に射撃場が増えたことでその命中率は格段に上昇。
死因は大きく覆され、近年のプログラム内の死因で自殺の次に多いのは銃による射殺と呼ばれるまでになった。
中学時代の悲劇を考慮して小学生の内に銃器の扱いに慣らす親が居るほどである。
複数を持っていてもかさ張りにくいと言う点も、この最高の武器の名をあげる大きな理由であった。
「楽しいや………!!」
それが2つある。
アタリ武器を持つ事は、イコールでプログラム優勝への階段を一気に登りつめる事になるという事。
木更津が表情を緩ませるのは当然の事だった。
戦いって言うのはこうでないと。皆が嫌う大東亜史も真面目に受けていた甲斐がある。
「でも、これを単純に使ったら、面白くないよね…そうだ。これを使って、遊んでみよっかな?」
ふと、つまらない考えが木更津の頭の中に響く。
それは日常ならば本当に些細な考えなのだけれど、この状態では多大なリスクと…
「うん…意外と…面白そうだね?」

…スリルがある。

「じゃぁ、その実験の為のいい素材を仕入れなきゃね。
 冷静で、乗ってくれそうな人がいいなぁ…あ…後は、それの的…っと。」
頭の中で徐々に構築され始める”実験”の方法―――殺人の煽り立て。
人の命を使った実験は、このプログラムだからこそ許されるもの。本来は考えもしないもの。
「殺るか殺られるか…あぁ…早く会いたいなぁ…。」
恐ろしいスピードで想像・構築され、スリルと狂気に満ちて舞い上がるその精神とは裏腹に、
恐ろしいほど冷静に、物と化した森から木更津は離れていく。
彼が伴なうは2つの悪魔と鼻歌。

「大丈夫…ボクは必ず生き残るよ。そして、必ずアイツラに復讐する。」



…だから、待っててね…亮―――…



*****



「……。」
その頃。エリアH-4。
葦原から逃れた金田はそこで暫く嗚咽を洩らし、歩いていた。
ここはここだろう…地図も何もかもをあの場所に手放して来てしまった手前、判断する材料は5感のみ。
でも、その感覚も時間を置くごとに鈍感になる。
…いや、逆に敏感になりすぎて麻痺してしまったのかも知れない。
最愛の人を失った 憂いの瞳に映るのは、草原と、その先に広がる集落。
南の集落に向かって歩いている。それ位は認識していたが、だからと言ってそれが何になるというのか。
「…ごめん、なさい…。」
呟いても、自分の手で殺してしまった人間が戻ってくる訳では無いのに。
でも、言わずには居られない。謝らずには居られない。
もっと早く自分が赤澤だと気がついていれば…
そもそも自分が恐怖などにかられて撃ってしまったのが間違いだったのだ。
時間が戻ってやり直せるのならばこの生命が消えても…

「ちょっと待ってって!」
「…え…?」
「あ、驚かないで、逃げないで!!オレ、別に何も武器になるようなものとか持ってないしっ!!」

背後の声。
金田が思わずイングラムともども振り返る。
「ほらほらっ!!」
まず先に見えたのは「ほらほら何も無いよ!?」、と普段なら過剰ともいえるほど大きく振り回される両手。
見知った赤い髪に強くかかったカールは水に濡れたのかぺたりと垂れて動かず、
『あ、えっと、だいじょう…ぶい?』とおずおずと手元のイングラムに視線を向けて訪ねる様子は
地区大会で試合をしたあの時と変わらない。
一瞬涙をこぼしかけて、金田はその人物を見つめ返した。
「あ、オレ、青学3年の菊丸英二っ。…1度試合したし、わかってると思うけどっ、よろしくねw」
「あぁ…」



「でさ~、いい加減、その物騒なの下ろしてくれないかニャ?」



自分がイングラムを持っていたからだろうか。
武器を降ろすと、菊丸さんはこちらから聞かずとも自分の今までの事について話してくれた。
散開後すぐ大石さんと出会って一緒に行動したこと、海岸で「お互いに人を殺さない」と誓い合ったこと、
しかし、自分のささいなミスで大石さんを自殺させてしまったこと、海岸で出会った室町と行動を共にしたこと、
…そしてすぐ別れたこと。
「大石は最後まで優しかったから…だから、死んでも大石との約束、守らなきゃと思って。」
今は室町と共に仲間を探しているらしい。
所々何かに耐えるに言葉を止めていたが、それはこちらの問えるものじゃなかった。
思い出す、赤澤部長との思い出。
恐らく簡単に死を理解し、別れを言えるほど彼等の関係も深くなかったんだろう。

「室町を勝手に置いて行って良かったんですか?」
「別にいいと思うけどなぁ~?「別行動しても構わない」って言ってたし。」
「はぁ…」
正直、おれが赤澤部長を殺した時に殆ど返り血がつかなかったのは不幸中の幸いだと思った。
自分がそうだったからわかる…今の他校の信頼度はとても低い。
部長を殺したのが仲間内の犯行だと放送でバレているルドルフは恐らくその中でも1、2を争うだろう。
「そっちは何かあった?」
「え…?」
だというのにこの人はそれでも自分を信用してくれる。
恐らくそれはあの時の自分よりも遥かに勇気を伴う行為に違いない。
強いな、この人は。
「いえ…放送以外は、特に。」
だから。
できれば、この人を心配させ、裏切るような過去の話はしたくなかった。
例えそれが嘘であっても、
人を信用しない事に限りなく近い行為だったとしても、
おれは、赤澤部長のように、優しく、強く、大きくありたかったのかもしれない。

「で、これからどうするの?」
「おれですか?
 えっと…これから南の集落に人を探しに行こうと思ってます。」
「…。」
「皆でこのゲームから脱出しようと思って。」
「…って事は乗らないの?」
「おれは…」
「?」
「…赤澤部長が、死んで。
 思い出したんです…この島にいるのは皆さん悪い人じゃないんだって。だから。」
「………。」
「…。」
「…そっか♪」
「あー…もし皆で生き残れたらどうします?今の状態では夢物語ですけど。」
さらなる追撃を恐れて話を変えた。
「…オレ?オレは皆でもう一度おおきな合宿専門の施設借り切って、関東Jr.選抜!!とかしたいにゃ!!」
「関東…ですか。スケールがでかいですね。」
「うんにゃ、むしろ、中高選抜っ!」
「中高?」
「そ、レギュラーの皆で集まって高校生ブッとばすの!『まだまだだね』…っておチビみたいに!」
「………今のモノマネですか?」
「なんだよ、似てなかったかニャ?」

目の前の人が微笑み、たわいないことで怒る。
語られる大きな夢。
でも、恐らくその夢の中に本当に一緒に行きたかった最愛の人は居ないのだろう。
―――大石さん。
本当に大切だった人が目の前で死んだ境遇が似ていたからだろうか。
おれは楽しげなこの人がやけに辛そうに見えてならない。
同時に羨ましかった。
未だおれはあの人の影に逆らうことしか出来ないのに、この人はそれを他人に語るだけの力を以ている。
…未だに引きずるおれを部長は笑いますか?

バァン

「銃声!!?」
「逃げましょう!!」
そんなほのぼのとした雰囲気を壊す銃声。
鳥が一声に近くの木から飛び立つのを確認して、おれたちは同時に叫んだ。
あの鳴り方は牽制や救命信号としての銃声じゃない。確実にこちらを狙った”発砲”だ。
どこから鳴ったのか。森の中では方向が定まらないのでわからない。
しかし、教室で聞いた兵士の銃声から比べれば音がちいさい…ということは距離は離れているんだろう。
とりあえず今は全速力で近づいているであろうその人間から離れようと考えるのが先だ。
おれはそう考えた。
「…こっちっ!!」
暫く耳を澄ませていた菊丸さんが何を思ったか一直線に走り出す。
周りの何処から聞こえたか解らない銃声。もし相手のいる方向へ飛び込んでしまったらTHE END。
「早く!!」
振り向く先輩。音量をあげる銃声。確信に満ちた目。
聞こえる怒号にも似た何か。複雑なものを一緒くたにした決意。
覚悟を決め、自分もそれについて走り出す。

すぐ近くまで追ってきているのか。銃声が辺りを駆け巡る。
―――怖い。
風と無音と、呼吸音と、銃声。
生き残る為に行動する事に対する罪悪感。
あの時の情景をありありと思い出させるそれにその感情しか浮かばない。
『………金田。』

気を尖らせる度に現れる”あの人の幻”。その歪んだ表情に心が乱される。恐怖を感じる。
何度洗っても取れない血がしみこんで骨を腐らせていく。
イングラムを握る手が強張る。
『殺人鬼がホイホイ元の生活に戻れると思ってるのか?』
頼もしく、優しくて大好きだった、部長の声。
でも今その部長の声はずっとおれの隣で、おれに対する恨みつらみを吐きこぼす。
あの時は驚いて逃げてしまったけれど、確かに部長は死んだんだ…おれの手によって。
間違いなく、あそこで。
だから、これは幻。罪悪感の塊の声。
おれを狂気に追い込む声。
多分、その声に屈すれば二度とこちら側には戻ってこれなくなる。
わかっているのに、否定することしかおれにはできない。
「……………………。」
でも、この状況で屈せず、そうはならなかったのは。
隣に人がいてくれたから。
菊丸さんがいたから…だから自分はこうして走っていられた。人を信じて、自分を信じて行動することが出来た。
彼におれはなにも出来ないけれど。逆にいて、足でまといになってしまっているのかもしれないけれど。
下手をすれば彼を殺してしまうかも知れないけれど。

自分はこの人に信じられていたい。
その思いがおれを許してくれるんじゃないかと思えて仕方ない。


*****


どの位走っただろう?
少しづつ聞こえていた銃声が遠くなる…どうやら突き放したようだ。

「危なかったニャー…。」
「そうですね…。」
呼吸を忘れて走っていたのだろうか。走った距離に見合わないほど喉が乾く、息が荒れる。
落ち着いてから辺りを見回すが、部長の声も姿も聞こえない。
「に、しても何で今方角が解ったんですか?」
「勘。」
「勘!?」
「だってあんなの聞いてもわからないっしょ?」
疲労の色はあったが、この人―――菊丸さんはこの状況でも笑顔だ。
今だって放送でダブルスパートナーの大石さんの名前が発表されたばかりで、凄く悲しいだろうに。
それでも、おれを不安にさせまいと笑っている。
強い人なんだ。さっきまで弱さを引いていて、立ち直った今でも笑うなんて感情を出せないおれと違って。
ちくり、と心が痛む。
「…あ、今のうちに何か食べとく?あんまりにも暗くなると厄介だしね。」
そう言っておれにみかんの缶詰を手渡してくる菊丸さん。
「じゃぁ…」
そう言っておれは手を伸ばして…止めた。
伸ばしかけた手の平にこびり付いている赤。赤澤部長の、血。
恐らく先程イングラムを手にした時に、付着していた血にあやまって触れてしまったのだろう。
「…遠慮します。」
その濡れた手を差し出すわけにはいかなくて、手を引っ込める。
何も知らない菊丸さんとの距離が遠い。
「どうしたの?」
「え…っと。その。」
―――おれは。
自分は、貴方が勝手に思っているほどまっとうな生き方をしている人間じゃないんです。
本当は貴方の信頼なんて取り柄ないほどの人間なんです。
だから。
「どうして?疲れるじゃん、ほら~」
「止めてください…触らないで!!!」
『しまった。』
そう思ったおれの手は衝撃を身体中に伝えていて、思わず跳ね除けてしまった菊丸さんの手は赤くなってて。
おれは叩いてしまったその手をどうする事も出来ず、ただ宙に漂わせていた。

「…きk」
「ごめん…。」

大切な人が死んで苦しんでいるのはおれだけじゃないのに。
菊丸さんだって人を信じるのは恐いだろうに。
ましてやおれはルドルフで、他校で、マシンガンなんかを持っている身、それでもおれに笑いかけてくれたのに。
信じてくれたのに。おれはそれを裏切った。
「…。」
おれは菊丸さんの優しさが解っていた。
だから、そんなおれの本性、現実を見せたくなかったのに。
人間はその愚かさ上に、痛みを得なければ己の間違いや人の痛みに気付く事が無い。
否定を続ければそれはやがて自身を殺して行く。

日常を失い、仲間を失い、テニスを失い、そして「部長の死」という痛みを与えられて、
自分がこの島で初めて気付いたこと。
…それは自分の闇だった。
自分はあの時、「ルドルフから死んだ人間を出したくない」「これは正当防衛だ」と自分をなだめたけど。
今ならわかる。あれは言い訳。
そう言う事で他人を信用しなくてもルドルフ以外に敵意を向けても仕方ないと、
自分を安定させようとしていたに過ぎなかったのだ。
そう、わかってた筈なのに…気付かなかった。気づきたく、無かった。
信用して殺されるのが怖かった。
誰かを自分の生存の為だけに殺すのが怖かった。
だから、人の「悪」を過剰解釈してでも誇大化して、それに漬け込んで、生きようとしたのだ。
自分だけは普通で、周りがおかしいのだと、そう思い込んで。
「………。」
少なくとも、あの教室にいた人達は、そしてこの目の前にいる人物は、
皆テニスを愛する、ごく普通のスポーツマンだった。
ルドルフの全国の道が閉ざされてから何度か彼等の試合を見に行ったけれど、
あの日、あの時、あの選択を迫られる瞬間まで、『襲ってきたから殺してしまってもしょうがない』とか
『信用できないから協力しなくていい』とかそういう話など一寸もでないような
強敵<トモ>と呼べる人達ばかりだった筈なのに。



―――しかし、
おれは赤澤部長を―――”仲間”を信じられず、襲いかかってきたと勘違いしてトリガーを引き、殺した。




「あ~…なんか食べ物の事考えたらトイレ行きたくなっちゃったww少し待ってて?」

そんなおれの心情を読んでか、菊丸さんが席を立つ。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから…これ、持ってて。」
おかれたバック。
「…あ、みかんも食べてていいからね?」
笑顔で言われて駆け出されて行く。
「…。」
そして、一挙に現れた孤独。
果たしてあの人は本当に「帰ってくる」のだろうか。
未だ己の中の未練を―――赤澤部長を振り払えない自分には、この罪は当たり前だったのかも知れない。
幻も、全て。
「自業、自得…かな…。」
人を信じず生きるのは簡単だ。
身に近づく全てをこのイングラムの炎で焼いてしまえばいい。
自分の中の部長の声に耳を傾けて・・・そして部長に「その座」を譲ってしまえばいいのだ。
そうすれば自分自身を生贄にささげておれは罪から逃れられる。
戦うことでしか生き残る事のできない世界。時代とこの島は俺の行動を許すだろう。
『これは究極の「シングルス」なんだ』。 部長の言葉が胸によぎる。

「うわぁぁああ!!!」
そんな時に降りかかったのは菊丸さんの声と銃声。

「菊丸さん!!」
おれは夢中で声の元へと走り出した。
湧き上がるのはあの時の、自分が恐れたのが部長だと知った時の、あの恐怖にも似た焦り。
『ほらみろ、おまえのせいで、また1人。』
心の中の罪悪感が部長の声となって自分を叩く。
『今頃お前の拒絶で辺りは血の海だぜ?…これも作戦か?』
「違う…」
『向こうの奴は1人、目の前で死なせてるんだろう?恐怖がさって良かったじゃねぇか』
『はじめから狙ってたのか?』

「違う…そんなんじゃ、無いっ!!!」
目を閉じて込み上げる恐怖を飲み込み、叫んで聞こえるはずのない声をかき消す。
それはもはや自己暗示に近かった。
だから、冷静な判断が取れなかったのかもしれない。
命を失わないようにとがむしゃらになって、結局自分の心を失ったのかもしれない。
もし、冷静な判断が取れていたなら、結末は―――



「菊丸さん!!!」
「…金田くんっ??」

後ろからした音にに振り向くと少し遠くの広場の真ん中に菊丸さんはいた。
本来のズボンの色を判断できないほどに汚している右足の黒。相当な出血なのだろう。
早く手当てをしなければ…思考が嫌でも焦らされる。
「ここは危ない、だから早く逃げて…!!」
どうやらその痛みが邪魔で満足に起き上がれないらしく、バタバタと両手を地面に叩きつけながら叫ばれる。
恐らくこんなに目立つ広場にいるのも、痛みでその場を動けないからなのだろう。
これでは狙い撃ちだ。

「これは・・・罠なんだよ!」
「でもっ、こんな状態の人を置いていける訳ないじゃないですか!!」
「ダメ!!」
「黙っていてください!!おれは助けたいんだ!!」
「だからダメなんだって!!!」

足を撃たれて得意のアクロバティックを奪われた菊丸さんが今も尚生きているのは恐らく、おれを呼ぶ為の罠。
銃撃のし易い広場に自分を誘い込んで一撃を入れるつもりなのだ。
つまり、この近くに殺人鬼がいる事は間違いない。本来ならば早々に逃げなければ行けない所。
しかし、辺りの警戒を怠らないように細心の注意を払いながら、おれはあえて菊丸さんの元へと近づく。
「待っててください、すぐそっちに行きます。」
「これ以上は・・・ダメ・・・」
俯いたままの菊丸さんが繰り返し呟く。
「来たら、殺される。殺しちゃう。」
震える体。揺れる瞳。
まるでそれは少し前の出来事を対極の位置で見ているようで。
「菊丸さんが謝る事じゃないですよ…全部、おれが悪いんです。」
『俺、察してやれなかった…あいつが死んで、怖がってるお前を』。いつかの部長の声がよみがえる。
「そんなに自分を追い込まないで下さい…俺の言えた口じゃないんですけど。」
もう隠さない。
不信感でいっぱいのおれを、でもそれでもあがいていようとする自分を、隠さない。
「囮になります。その間に逃げましょう。おれはそうそう殺されたりなんかしませんから、大丈夫ですよ。」
菊丸さんの足元まで移動して辺りを見回しながら言う。
イングラムを構えその手に血の色を認めて菊丸さんの顔色が変わった。

「放送で流れましたよね、部長を殺したの…おれなんです。」
「!!」
「だから…っていうのは無いですけど、こいつの扱いはわかってます。
 罠に屈したらダメです。あきらめちゃいけない。」
「…………」
うつむく。この人には発言は過酷だったかも知れない。
「……ごめん。」
「なんで貴方が謝るんですか。」
「…おんなじだったのに…なのに、キミは最後までおれを信じようとしてくれたから。」
「!?」
「だから…ごめん。」

影が動く。
でも、その動きの発生源は犯人だと思って辺りを見回した自分の予想を外れた所―――足元。
それが菊丸さんが立ち上がり、自分の背中を押したのだと気づいた時、もうすでにそこにあの人は居なかった。
2つになった赤い髪はイングラムを抱えて自分の後方、3メートルも離れた所で振り返る。






「…これだけじゃない…全部、”はじめから罠”だったんだ。」








それは、以前にも聞いた事のある機械音。

「…………え?」
はっとして自分の首輪を見れば、首輪から漏れたLEDの色が見てとれる。
色は赤―――首輪につけられた爆弾の、発動色。
なぜ、どうしてこうなった?金田はそう考えて先刻菊丸に背中を押されたことを思い出し、はっとする。
銃や体格差や武器を使わずにも人を殺すことができる唯一の方法…禁止エリアへの、追放。
「ご想像の通り、そこはエリアH-3。禁止エリアです。」
そう言いながら出て来たのは制服とは違って非常に身を隠しやすい緑色の服と、表情を隠してしまうサングラス。
「驚きました?”それ”、ドラマなんかで使う血糊なんですよ…俺の武器でした。」
「…貴方は。」
「山吹中2年、室町です。」
”ムロマチ”。確か菊丸さんが『合流したが、今は別に行動している』と言っていた…その人。
「にしても…いい演技でしたよ。この調子でお願いします。」
目の前のサングラスが笑みを浮かべ、菊丸さんと笑顔を交わす。
しかしそれを返す菊丸さんのその眼に光はなく、ただ黙々と先を見つめている。
見返す、あの時の自分。
…そうか。
自分は最後の最後の最後で目の前の人に裏切られたのか。
菊丸さんもまた…いや、菊丸さんだから、おれはこのタイミングで追い出されたのか。
この島の、戦いから。
「あぁ…。」
おれは二人を見つめる。
「はじめから、だったんですか。」
特に何をするでもなく、特に何を思うでもなく。
死ぬことに後悔していなかったわけじゃないし、彼等が憎くないわけはなかったけど。
……けれど。
「…ええ。貴方を見つけた時から、全てが始まってました。」
頷く室町。彼が追立て、菊丸さんが引きつけて、そして突き出す。
最期の瞬間にさえ近づかなければ血も手も汚さない、冷酷な殺人。一度落としてしまえばそれは確定。
どんなにあがいた所でその先には死しかない。
それをうまいな、と思う。
「一応食料の方にも毒を入れてもらっていたんで、そっちを気づかれたのかと心配になってしまいましたよ。」
殺す為の行動、生き残るための選択。
「…じゃぁ。」
「あの笑顔も、語った夢も…全部はじめから嘘なんですか、菊丸さん。」

大石さんの話をする時に見せた悲しみも、
あるはずの無い夢を語った時の透き通らない笑顔も、
自分に「逃げろ」と叫ぶ恐怖も、信じた勇気も全て…嘘なんですか?

「…………。」
菊丸は答えない。
無理にしつこく聞くつもりもなくて金田は息を吐いて木の根元に腰を下ろした。
「…もし、それが嘘じゃないんなら。」
もし、あの時の理想を貴方が叶えるつもりなら。
「貴方なりの道を進めばいいと思います。」
ぼんやりした頭の中に聞こえてくるピーピーとした機械音。
「そして。」


― ――部長。

やっぱりおれは「ダブルスプレイヤー」です。
貴方は一人で生きろと言ったけど、未熟なおれじゃ無理でした。 そのくせ孤独になるのが怖かった。
だから「貴方を信用できなかった」という事実全てを否定したかった。
自分で自分を否定して、自分はまだ人を信用できるのだ…そう思いこもうとした。。
…それを貴方は咎めたんですね。

消えていく”幻”。
自分が否定した、もう一人の自分。

必要なのは貴方を否定せず、認めること。受け入れることだった。
あぁ…最後の最後で、やっと死んでも尚心配性な貴方を追い出す事ができますね…
さぁ、部長…休んでください。
おれは後は一人でやれますから。
もう、おれは貴方を殺した罪から逃げませんから。

「お2人はせめて、最終日まで」

―――全てが終わるその瞬間まで、安らかに眠ってください。



*****




「…。」
「どうして…どうして撃ったんだよ!!」

無言の室町に引け目になりつつも、菊丸は殴りかかるように胸元を掴む。
金田の首輪が作動する数秒前に入れられた銃の一撃。瞬間の爆発。
辺りに残っているのは赤い水と、未だに動いているぐちゃぐちゃした肉片と、
ゴミのように置かれた眼球の地獄絵図。
放っておいても彼が死ぬのは(政府以外には)誰にも止められなかったのに。
「なんで、更に」
『裏切ったんだ!?』
これは、事故でも、追放でも無い…ただの殺人。
吐き気を催しながらも問い詰める眼前の後輩はサングラスの向こうの表情を変えない。
「今更後悔してるんですか?押したのは貴方ですよ?」
「…。」
苦々しく唇を噛む。言いたいのは、そこじゃない。
「向こうは抵抗する気も無かったようですが、こちらは殺す気でやってるんです。
 念には念を入れなくてはいけない。」
それも…わかってる。
「でもっ!!」
「…貴方が大石さんを殺してまで望んだのは…この世界、じゃないんですか?」
「っっ」
「少なからず話したみたいですし、怒る気持ちは分かりますが…乗る、とはそういう事です。」
『ノーリスクハイリターンなんてこの世界にはないんですよ。』と銃を突きつけてそういう室町の表情は硬い。
「そして、これで俺達は同類です…もう、戻ることは許されない。」
戻った結果はコレと言わんばかりに室町は眼科の地獄絵図を直視する。
死を確定させた人間への発砲。
それは彼なりの『戻らない』事に対する決意の表れだったのかも知れない。

「…今後ですが、暫くは自由行動でいきましょう。で、22時にここ――G-3で集合です。
 こんな事があったばかりですからね…流石に俺も疲れました。」
「………。」
菊丸はそれを問わない。問えない。


「また会いましょう。」


信じてくれて、ありがとう。
でも…ごめん。
皆、もうあの日の俺達じゃないんだよ。








【14番 聖ルドルフ 金田死亡
 プログラム 1日目 残り人数 31人】





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