バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>023『空転』




「…全員ぶっ殺す…。」

銃を片手にした影が目の前に来た時、俺は最悪の事態を考えた。
でも、仲間の身を守る為に走り去ったアイツを思い出して…そして。確信する。

「大丈夫だ…」

言って、こちらは大丈夫じゃないことを改めて実感する。
こりゃぁ即死コースかなぁ…
…でも、アイツが生きていると心から思えただけで、俺は生きていてよかったと思えた。

「…俺達はお前が変わるって、過去を振り払えるって信じてる。」


だから生きろ――――  !!








BATTLE 23 『空転』













「…アイツら、何してるんだろうな…」

千石を待つその間。言いながら南は隣の相方を見た。
はっきりとした色の変化がある分存在としては解りやすいが、どことなく雰囲気がない―――
もとい影が薄いその背中。
目立ちにくい服を着ればその存在はよほどの人物でなければ見つけるのは困難だろう。
『いや~やっぱり地味’Sだね♪…隠れるのはバッチシ?』
つい先刻分かれた奴の声が一瞬よぎる。
…地味なのは余計なお世話だ。
「はぁ…。」
溜息。これだけ自然に森の中に存在が溶け込んでいると、逆に悲しくなってくるものだ。
”敵”には見つからなくていいが、これは自分達はどちらかと言うと…
いや、言わずとも「地味」である事を肯定してしまう。
「なんでこんな目立つ服着てるのに、上手く森に溶け込めてるんだろう…なぁ?」
「…とりあえず目立たない事は嬉しいんだけど…なぁ。」
理由を求めて相方に意見を求めても、彼もまた自分と同意見らしい。
『地味’S』の響きだけが頭の中をドップラー効果を伴って駆け抜けるのを感じる。
「(俺としては結構「派手」な事をしているつもりなんだがなぁ…)」
思いが更にため息をうむ。

「…誰も、いないな。」
「あぁ…。」

にしても、静かだ。
逆に辺りが静か過ぎて、まるで自分の耳が何も音を拾わなくなってしまったのでは無いかのか?と
心配になってしまうほどに。
太陽が真上をすぎ、夜の帳が落ち始めた島は本当に静かだ。
恐らくこんな精神状態じゃなければこの島の景色は南国のそれ。見ていて清々しくなるようなものなのだろう。
それを楽しめないのは大変心苦しい。
「!!」
「どうした?」
「…そこに誰かいねぇか?」
「?…いやなにも見え………あぁ……何かあるなぁ?」
「山吹、だよな?」
ガサガサと辺りを探して動く白い固まり。
辺りが暗く、蛇行していてよくは分からないが下半身の方にも白が見えるので確実に山吹の生徒だろう。
「アイツか?」
『千石が来たのか?』一番にその可能性を考慮する。
この場所に来る可能性が一番高い山吹生は間違いなくアイツだ。
「いや、アイツなら真っ直ぐにやってくるだろ。」
他の山吹生と違って千石には自分達が潜伏している場所がわかっている。
それに自分達が合流した一面何もない草原とは違って今いるのは木が生い茂る林。
この島で更に研ぎ澄まされた奴の視力が自分達よりも先に存在を把握しないという状況は恐らくありえないだろう。
その頼みの綱である視覚を奪われたなら話は別だろうが。
「それに」
『戻ってこれる状態になってもなかなか戻って来ないだろうし』。
千石の性格を思い出して、東方は南の言葉の欠けを脳内で補足する。
実際ここで奴を待っているのは千石の為では無い。
「千石を待とう」と決意することで、奴が戻ってくると信じることで、
俺達は千石を死なせに行かせただけなのかも知れないという事実を隠したいだけなのだ。
俺達が俺達としての理性を保つ為だけの千石。戻ってくるかどうかという事実はそこにはあまり重要視されない。

「…ん?あれ…。」
だからこそだんだんとハッキリする小柄な影に、
俺達は思わず安堵したのかも知れない。


***


「ダダダダ~ン!うわぁ~会えてよかったです!!」
目の前で喜ぶ少年にもししっぽがあったなら、それは間違い無く大きく振られていたであろう。
滅多に見られないだろう壇のはしゃぎように南の口角が上がる。
まだ少し距離があるが、それでもその様子に乗っている感じは微塵も見られない。

「大丈夫だったか?」
「ハイです!」
「にしても、よくここがわかったな?」
「伊武さんが山吹の人が居る、って教えてくれたです。」
「確か伊武って言ったら橘のところの2年か。」
「はいです。」
無条件で人を助けるような奴には見えなかったが、意外と人情味のある奴なのかも知れない。
同じように思ったのか『今度あったら礼行っとかないとな。』と東方が漏らす。

「…それより、先輩。」
「ん?」
「亜久津先輩。見ませんでしたか?」

『亜久津』。
その名前が、おれ達に否が応でも千石の姿を、言葉を思い出させる。
彼を隣で見続けてきた壇の事だ。はじめからその気で動いているだろうことは薄々わかっていたけれども。
でも、だからこそ今の奴が誰よりも危険であることをわかっている筈なのに。
隣の東方が忌々しげに指を噛む。
「どうしたんですか?ボク悪い事言いました?」
「亜久津、探してるのか?」
我ながら酷い声の枯れ方だ。
「…やっぱり、乗ってるんですね。」
悟ったような口調。やはりわかっていて尚。
「会ってどうす」「行くなよ」

「…もう一度いう。お前は行くな。」
俺の言いかけた言葉を止めたのは東方だった。

「ドイツもコイツも、亜久津が普通じゃないってわかってるだろうが。」
「どい・・・つ?」
「東方!」
「あのバカじゃあるまいし、むざむざ殺されに行くことなんて、ねぇんだよ。」
不満を隠さず口にする。
千石が亜久津の所に向かった事、それを止められなかった事。
こうやって2人になって高まっていた罪悪感を一気に抉られて、我慢し切れなかったんだろう。
「もうおれは。たくさんなんだよ…っ!!」
近くにあった木に怒りのまま拳が叩きつけられる。バサバサと揺れる木の葉。
「だが、それを太一にぶつけてもしょうがないだろう?」
亜久津が乗っていた事は兎も角、千石を亜久津の元に行かせたのは俺達が同意して決めた問題だ。
例え今その選択に後悔していたとしても何も知らない後輩に八つ当たりすることじゃない。
そもそも八つ当たり出来る内容じゃないんだ。
亜久津と言う強力な獣に千石を差し出したのは俺達が原因なんだから。

「それに…アイツは戻ってくる。悲観することじゃない。」
「じゃぁ、なんでも見逃せって言うのか!??」
「そうは」「でも、そうだろ?」
「どうするかを聞いて何が起こるかなんてわかりきってるじゃないか!!」
本人の手前、具体的な言葉は避けられたが、それを理解出来ないほど俺も隣の後輩も頭は悪くない。
恐らく、例え銃を持っていたとしても…この小柄な体格で本気のアイツを止められはしないだろう。
しかも頭上から相手を狙うだけの冷静さも持ち合わせたうえの彼だ。
1対1で会えばそれは、恐らく。
むしろ2対1であっても下手すれば。

「お2人は知ってるんですね。亜久津先輩の、居場所。」
「…。」
「まぁ、な。」
「そして、もう、その様子だと。」

「千石さん…亜久津先輩の所に殺されに行ったんですか…?」
やはりこの後輩はこういう面では頭がいいと思う。理解がいいのか。それとも俺達がわかりやすいのか。
「そんな事、誰も望んでいないのに。」
「 …………。」
「…どうして、ボクよりも先輩を止めなかったですか。」
太一の力が抜けていくのが手に取るようにわかる。
連動して東方も叫んで事の重大さに気付いたらしい、冷静さを取り戻し始める。
だが、全ては後の祭り。
「後悔するってわかってるなら、どうして!!」
今度の抗議は向こうから。痛いところをつかれたと南は視線を逸らす。
むしろそこでわかったからこそ東方は止めたのだ…そうは言っても後輩には言い訳にしか聞こえないだろうが。
「先輩はもう人を・・・殺しちゃったんですか?」
純粋無垢な瞳に生まれる絶望と悲観。
「ダメですよ、人殺しなんて…そんな事しちゃいけないです…。」
俺達の千石に対する思いとほぼ変わらぬそれをコイツは奴に持っている。
同時に千石に対する思いも人並みに持っている。故に真実をショックは俺達とは比較にならないだろう。

「それは………わからない。」
例え、それが後悔しか生まなかったとしても。なんの意味も持たなかったとしても。
信じているんだ。千石が誰の犠牲も払わずに戻ってこれることを。
亜久津が誰も殺れていないことを。
だが、同時に自分達では千石が自分達が死ぬ前に死にたがっていたという事実、
そして亜久津が人を襲うことに抵抗がないち事実を否定できない。

「ならボク、やっぱり亜久津先輩に会います。」
言葉の言い終わりと行動。東方の静止はほぼ同時だった。
「お前」 「会って、先輩が千石先輩を殺してないって事、確認してくるです!!」
「…そして、先輩達を、説得するです。」
するりと抜けた体。俺達との距離が離れる。
止めようと思わず伸びた手が一瞬の躊躇で止まり、かするようにその体をすり抜ける。
戻すことも進めることも出来ぬ手が一人中空をさ迷う。
「そして、千石先輩を連れて帰って来るです!!」
言って、太一は草むらへと再びその姿を消した……頬から大粒の涙を零しながら。
悲痛な決意。俺はそれを助長しただけなのかも知れない。
「た…!」
「バカ、下手に動くな!!」
追ってその姿を探すが既に見つからず、俺は東方に羽交い絞めにされて動きを止められる。
「お前がここにいなきゃ、誰がアイツの帰りを待つんだよ!!」
「でも!!」
「俺が止めに行く。無意味にアイツの事言っちまったのは俺だしな…だから待ってろ。」
行動を止めた俺の状態を確認して東方は拘束を解く。 俺の震えを悟られてしまっただろうか。
「亜久津に会う前に止めれれば大丈夫だろ。な。」
幸い壇に目的場所はバレていない。そこへ向かう前に捕まえれば…多分大丈夫だろう。
わかってはいるけど。

「…最悪だな、俺。」
どうして皆を止められないんだろうな…部長なのに。
亜久津の殺人を止める事も、千石の自殺衝動を止める事も、太一の説得も、東方の行動も―――
俺は何一つ満足にできていない。
しかもこうやって東方になだめられてしまう始末だ。
全てを例え苦痛しかなくても認めてしまう、許してしまう。東方曰く『信じすぎ』なのか。それとも。
「…やっぱ地味だからか?」
「それは」
「違うな、そんなんじゃない。俺の力が足りないからだ。」
もっと俺が強ければ壇や亜久津は兎も角、行こうとする千石を引き止め、イラついた東方を宥める位出来ただろう。
でも、俺は出来なかった。俺の力が…権威が足りないばかりに。
「折角、会ったって言うのに、誰もその場にいようとしない。」
「……………。」
「これじゃぁ仲間を集めて、なんて千石に言えたもんじゃないな………早く帰って来いよ、東方。」


-――だから、俺はまた東方を手放そうとしている。


「千石が戻り次第、ここから動くからな。それまでに戻れよ?」
誰よりも手放したくない人達を涙を堪え、言いたくなる言葉を飲み込み、
無理矢理に笑顔を見せて見送るしか出来ない。
ここのところは千石と同類か、俺は?
「ああ。わかった。」
「…。」
「…俺は最高だと思うぜ?まぁ、たよりないっちゃないけどなw」
言いながら背中をポンポンと叩かれる。
東方が上手く言葉に気持ちを乗せられない時とかに使うごまかしの行動。
「すぐ戻るし、あのバカみてぇに突っ込むとかはしねぇから安心しろ。危なくなったらすぐ戻る。」
「あぁ。」

「…胸はれよ。
俺達が好き勝手行動しても大丈夫だって思える、お前は立派な山吹の部長だ。」



***



「…はぁ…はぁ…。」

PM20:00。
体中におった火傷が時間を追う度に呻くような苦痛を倍化させて訴えてきているのを感じながら、
喜多はひたすら歩いていた。

冷やしても冷やしても一向に止むことの無い抗いがたい苦痛と、背中が徐々に人ならざるものになっている感覚。
乾く喉と疲れきった体、深刻な水分不足で霞む視界。
まるで今まで何も考えずふらふらと歩いてきた自分の人生そのもののようだ。
「(多分…もうすこし…)」
蛇行ばかりの人生。その自分が出会った、沢山の仲間。
そして、自身に傷を負わせた許すことのできない敵。見知った、白と黒。
彼らとの出会いは一つの、死ぬ前にやりたい最後の望みとしてこの身体を動かす原点になっている。
最後に、一言だけでも。

「………山吹の、皆さんに…。」

―――自分はもう、長くない。
南の集落で民家を物色中に自分を背後から襲った手榴弾による爆発。そして起こった、炎上。
全身に火傷を負った火だるまの体でここまで移動出来ていることすらも恐らくは気力・精神力の領域。
止まりかける足の欲望に負けて座り込めば、もう移動は不可能だろう。
一人で動けなくなれば…恐らくは、そこで。
「…あぁ……。」
生理的に溢れる痛みの涙。
こらえようとして背中を曲げてしまい、更にあふれるそれに苦笑する。
痛い…けど、まだ生きてる。
干からびたような体にまだ流すだけの水分がある事に驚愕しながら、喜多はそう思う。

あの頃に戻りたい。
疑心暗鬼になりつつも仲間がまだ仲間でいられたあの時に、戻りたい。
自分を笑顔で送り出してくれた新渡戸先輩に…あいたい。
そして、俺を襲ったアイツの…室町の事を伝えなくてはいけない。
皆さんに彼を信用しないように、彼は乗った人間なのだと、伝えなくては、いけない。
…そして、できれば同じ学校の同期…ライバルとも呼べるアイツがゲームに乗ってしまったことを、
先輩たちにお詫びしたい。

思うことは…望むことは山ほどあった。
自分がいかに闇雲に動いていたのか思い知らされるほど山ほどあった。
でももう自分に全てを果たす力はないから。
だから、一つでも果たすために山吹の人にあいたい。
「どこか…上へ。」
言いながら白を探す。
高いところ、できれば海がきれいに見えそうな所。 そこなら多分あの人が居る。

―――千石さん。

あの人は、多分、乗ってない。
この島を見渡せそうな所で海の向こうの島を…戻れない日常を見続けている、筈。
転校しての2年間、きてからいつもあの人はそうだったから。だから、こんなときでもきっとそうするだろう。
「そして、あの人なら、きっと何かをしてくれる…」
おれに出来なかったことを…ふらふらしていた自分には無理だったまっすぐな意思をもって、果たしてくれる。
上手く行けばそこには多分南部長も居る…彼等なら、多分、生きてくれる。


「…ねぇ、君、山吹の、喜多くんだよね?」


そんな折、聞こえた声に喜多は立ち止まった。
それは、何回か顔もみている見知った人間。名前も知ってる。
「怪我、大丈夫…?」
「立ち止まったら動けなくなっちゃいますから…いいです。」
交わす言葉も簡単に、歩みに神経を集中させる。
別にこの人を信用していないとかじゃない。むしろこの人は信用できる分類の、恐らく乗ってない人間。
でも、ここで歩みを止めて動けなくなったら…多分もう目的は果たせない。
「でもっ、消毒しないとその怪我は。」
走り寄り、上半身を燃やし尽くした背中の火傷を見た顔がその惨状に歪む。
自分も生易しいものじゃないなという感覚は持っていたけれどそんなに酷いのか。
「せめて包帯でもまか」「すみません。」
「…今はとまれないんです。」
「いや、その傷でこれ以上歩くのを見とがめるわけにはいかないよ。」
いいながら更に近づくその人に背中を向けて歩き出す。

「…え?」

瞬間、自分の目が自分の背中を捉えた。
斜め後方に落下するのを三半規管として感じるのに 同時に自分の体は前のめりに崩れ落ちていく。
視覚と三半規管がごっちゃになって意味がわからない。
あれ…そういえば倒れた俺の体に何かが足りないような……?
「(…っ)」
転がるように頬と後頭部を地面にぶつけ、仰向けで見上げたその人物の手には赤。
確信的に体中に一つの結論が駆け巡る。

「悪いね。」

合わない聴覚と視覚、やけに鈍い触覚。まぶしすぎる赤。
それらが全て自分の首が体から切り離されたことによって起こったものだと理解した時、

唐突に全ての情報は途切れた。








【20番 山吹中 喜多死亡
 プログラム 1日目 残り人数 30人】





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