バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>024『献身』




ボクは別にどうなったっていいんだ。

ただ、ボクを盾にしてでもキミさえ生きていてくれれば、それでいいんだ。
そしてボクがどうなったかって、キミは知らなくてもいい。
悲しませるようなことならば、永遠に知らせない。
掴ませない。
それだけボクはキミを大切に思っているんだ。
…だから、ボクにとってはこれは当然のことなんだよ?


ボクの魂はキミとともにある。
だから、ボクはキミが生きている限り死ぬことはないんだ―――











BATTLE 24 『献身』









エリアG-6。
葦原に包まれたそこにも夜の帳は訪れはじめる。
「だれも居ないよな…?!??」
そんな中、裕太が会いたいと願う人物―――野村はどうすれば長く生きられるかと一人暗中模索していた。
「みんな、お、おれを殺そうなんて考えていないよなぁ…?」
誰だって『暴走しているのは自分だけ』、
『他は何も変わらない肝試しのようなものだ』と思えればそれが1番良かった。
しかし、野村はそうやって人形のように盲目に信じて居ることを恐れ、
開けてはならないその箱<ゲンジツ>に1番に手を伸ばした。

『バトル・ロワイアル』。

…すでに彼は知っている。
このゲームには『死神』が居ること、自分に襲いかかろうとする生徒が現にいること。
「バトロワだ」「バトロワだ」と言いながら自分達を圧政する教師や親とは違う、身を持って体験した、事実。
『どれだけ逃げても最終的に人を殺す覚悟がなければ死ぬ』のだということ。
残り2人になっても最後の最後でヘマをすればそれで終了。
皆で「おててつないでかえりましょう」はもう、出来ない。

逆にそんな希望、早々に捨てるべきなのだ。

「ゆ、裕太も…?」
から回る声。ペットボトルの水を一気飲みして乾きを潤し、考える。
人の”言動”というものは思考による命令と必ずしも『=』である訳ではない。
故に、人は真実と見間違うほど巧妙な嘘を付くことができるし、動きは感情を阻害する事だってある。
「………。」
無言で先程出会った向こうで話す2人組―――不二兄弟に目を移す。
こんな状態にあろうと彼等は傍目には日常を過ごす普通の兄弟だ…だが、本当にそうなのだろうか?
少なくともそこに自分が入っても大丈夫なのだろうか?
「はひぃ…あんな所に入るなんて、勘弁。」
ブラコンで弟の為になら殺人鬼にもなりかねない3年生と、なにかと自分に生意気な口を聞く2年生。
観月が裕太に手を出して兄にボコボコにされた都大会のことを事を思い返すと、
野村は自分がまともな扱いをされるとは全く思えなかった。
下手にどちらかを刺激ようなことがあれば、反対側に自分が殺される。
…くだらない油断で死ぬ位なら、はじめから信用なんてしない。
暗中模索、などといいつつ、開始24時間がたとうとする中で野村の心境は、
「恐怖による精神の侵食」では片付けられない一つの決意として固まろうとしていた。

殺される前に。殺せ。
不安を抱える前にすべてを終わらせろ。



***



「夜だから動けるかと思ったけど…そうでもないね。」

その頃、同じくエリアG-6。
不二周助は辺りに張り巡らされたライトの数を見ながらひとりごちた。
太陽が沈むことで辺りは闇色を増していたが、同時に所々で輝く光の所為で人影ははっきりと地面に根を張り、
昼のような明るさを演出している。
本来なら夜は懐中電灯を控え、闇に乗じて移動するつもりであったが、
この光の渦の中では安易にはうごけそうにない。
「…ほんと、ゲームに乗る人間向けだね…この演出。」
何を今更とつぶやく自身に突っ込みを入れながら、不二は傍らの裕太を振り返った。

「大丈夫かい?疲れた?」
「いや…でもねぇよ。」

お互いに軽い調子で言いながら、先ほどから裕太の足が重い事を不二は懸念する。
色々とここまで来るまでに長時間の蛇行を続けた為だろうか。
もっとも、それ以上に彼と関係の深い青学・ルドルフメンバーの死が大きなダメージを与えていることは
わざわざ言うまでもなかった。
精神的なダメージは時に肉体に及ぼす直接的なダメージをも凌駕する。疲れているのは否めないだろう。
「(裕太もこの状態だし、少し休憩を取ったほうがいいかもね…)」
足を緩めながら不二は適当な場所を探す。
予定としてはかなり早めだったが、今のうちに休憩を取っておかないと危機的な状況への対応が遅れるだろうし、
何より裕太に理解する時間を与えなければいけないなと思う。
「…………。」
ボクらのワガママで分かれてから、裕太の周りでは色々な事がありすぎた。
柳沢、赤澤…ルドルフからは2人の死、そして、海堂、桃城…青学からも、2人の死。
恩師と一刻共に学生生活を楽しんだ同期だ。
純粋無垢な弟にはこれだけのウエイトはいまだかつてかかった事がないだろう。

「(!!…あそこにちょうどいい木があるね…あそこにしようか…。)」
ちょうどいい高さの木を発見し、後ろの弟に声をかける。
「……裕太。とりあえず少し休もう。集落も目の前だし、今のうちに対策も練らなきゃいけないしね。」
「あぁ。」
疲労からか。返事をする裕太の下がった頭が上がらない。
「(裕太………)」
誰にも会うことなく、誰の死も知る事無く生き残れたらどれだけいい事か。
そんな事、例え『死神』でも無理なのだけれど、それでも弟の為願わすにはいられない。

「先に寝てるといいよ。ボクはもう少したったら寝るから…。」
「…なぁ。」
「何?裕太。」
「こうやって夜、星を見たのっていつ以来だったっけ?」
呟く弟の頭は下がったまま。
手には武器として配布されたものと言っていた双眼鏡が持たれていて、恐らくそれを見て思い出したのだろう。
「ほら、佐伯さんと一緒に見に行っただろ?前。」

『ここなら何もなくても見えるんだよ、星。
 亮―――あ、六角の奴なんだけどさ、そいつが教えてくれたんだ。』


いつか、一緒に星を見た幼馴染の言葉が浮かぶ。
太陽が昇れば僕達が行方不明になっていることは新聞によって彼等の知るところになるだろう。
情報の早い彼だから、もしかしたら、もうすでに知っているのかもしれない。
「…サエ、か。」
一体、今彼は何を思っているんだろう…こんな運命になってしまったボク達をどう思っているんだろう?
悲しんでいるのかな?まだ何も知らないのかな?
憤るのかな?それとも…見ぬ振りをして生きるのかな…そんな事はしないだろうけれど。
「星もあの時と全く変わらないね。」
頭上を埋め尽くす天の川。
東京のど真ん中じゃ望遠鏡でも持ち出さない限り星なんて見えない。
このプログラムだって同じようなもの。目を凝らさなければ日常からは見えない位霞む、悲劇の星。
「なんにも、かわらない。」
星なんていつもみてて知っていてありふれているものの筈なのに、
どうしてこう、改めて見ると感動するんだろう。

「……俺の事。」
「ん?」
そこまで来て裕太が顔を上げたらしい。
下げた視界に複雑な表情の視線が交差する。
「そこまで気にしなくていいんだぜ?海堂や桃城や…兄貴だって、知らない人じゃないんだし。」
「……。」
「兄貴のそういうところ、好きだぜ?でも…そろそろ兄貴も悲しんでもいいんじゃねぇの?」
「ボクは」
「泣きたいんだろ、兄貴だって。」

「……もう。」

…ダメだよ。
裕太がそんな泣き出しそうな顔をするから、ボクは余計心配してしまうんだ。
誰よりも何よりも裕太が愛しいと感じてしまうんだ。
桃と海堂の事は、正直キていないと言えば嘘で、泣いて全てに納得をさせられるならいくらでもする程だけれど。
「…ありがとう。でも、ボクのことは気にしないで、裕太。」
出来る限り笑顔で返す。
今はそれ以上に裕太にそんな顔をさせていることが辛い。
「強がりとかじゃなくて、裕太がいてくれるなら、ボクは…本当にそれでいいんだ。」
隣にいてくれるなら、そして、裕太が笑ってくれるなら。今はそれ以外の悲劇を笑って流せるとボクは思う。
死ぬことだって怖くなかった。
「…。」
でも、もしそこに更に先の幸せを望めるなら、
このまま観月の所に…聖ルドルフの一員として裕太を返してあげたい。
悔しいけれど彼の居場所は家じゃなく、青学じゃなく、あそこだから。
「…だから、大丈夫。」
自分が負わせてしまったトラウマ。観月との約束。
例え、そこに戻ることに「意味」が無くなったとしても、ボクは裕太には裕太として先に行くべきであって欲しかった。




「裕太は、ボクが守るから。」

だから、押した。
背後に広がる影。誰かもわからぬそれから弟を守る為に、押した。




瞬間、時は一気に加速度をあげる。
暗闇から自分達を飲み込むように現れた影を切り裂く光、それは一度見たことがある人物で。
「先輩っ!?」
裕太の悲鳴と制止の声を無視して、その人物は血色に輝くナイフを振りかぶる。
飛び散るナイフからの鮮血。上腕の肉の寸前の所を切りさいたのか。
僅かな痛みが不二を襲い、思わず体が固まる。
ワイシャツもわずかに汚したようだが、それを気にしている余裕はない。
誰のものともわからぬ悲鳴が危険信号を告げている。
自分があの時嫌な予感を感じて弟を押さなければ一体どうなっていたと言うのだろう。
―――考えたくもない。
「全部…染めちまえば関係ないんだろ!?ないんだろ!!?」
赤く光る左袖、指先に重力落下を元にして流れているそれは恐らくナイフを染めたものと同じものであろう。
自分の血でナイフを染めているのか。それとも血を見ることで自分の興奮を高めているのか。
「っ」
兎角、叫びながら武器を振り回す常軌を逸したそれに、不二が複雑な嫌悪感にうめく。

…いつかの放送で吉田はルドルフからは「3人乗った」と言っていた。
元々7人が参加しているルドルフの中で、自分とともに行動する裕太を除けば残りは6人。
その内の3人なのだから、彼が人を殺した確立を疑う事など出来ない。
少なくとも放送前から乗ることを心に決めている…油断ならない相手。
「………」
内心で『どうしてこうなった』と後悔する。
”彼”は、つい数時間前まで共にテニスを語り合った大切な弟の仲間だ。
…そう、わかってはいたが、こうやって狂気に目を染めて襲いかかるそれを驚異と思わないのは無理があった。
自虐を行いながらも尚生に執着するそれがとても気持ちわるい。
そして、そう思う自分がひどく恐ろしい。

「まずはぁ、片方だぁあああああああああ!!!」

あまりの展開に放心していたらしい。
尋常じゃないその叫び声で不二は我にかえる。
彼に何があったのかは分からない…だがこの状態は間違いなく普通じゃない。
「逃げるよ!彼は殺す気だ!!!」
だから、こんなことを考えている場合じゃないと強引に裕太の手を引っ張り、
葦原に飛び込んで集落を目指して走った。
集落に行ったところで襲われない訳ではなかったし、襲われている現状は変わらなかったけど、
少なくとも体制を整える時間は手にはいるだろう。
「でも」
後ろ髪引かれるように裕太の眼が揺れる。
「アレは、普通じゃないっ!」
これ以上見ていてはダメだと腕を掴む力を強める。
思わず”アレ”と呼ばざるを得ないような目の前の人物の豹変。
自分はともかく、裕太を戦いに巻き込む訳には行かない。死を見せるなど、もってのほか。
「逃がすか!!」
離れる距離と埋めようとするように投擲されたナイフ。
振り向けば、形状からして飛びそうも無いそれはダーツの矢のように真っ直ぐに空気を切り裂き自分を狙っていた。

避けるにも距離が………間に合わない?

「!!!!」
瞬間、視界の横から出された何かが自分の視界を塞ぎ、ナイフを叩き落とした。
そして目の前でバラバラと砕けていくそれの破片が眼に入らないよう思わず不二は目を閉じる。
「まさかこんなところで双眼鏡が役立つなんてな…。」
ナイフともども大地に砕け落ちていく双眼鏡。
その向こうに自分を失ったルドルフの副部長の姿が見てとれる。
まるで炎の向こうの景色のように、彼の顔は何かにゆがんでいて。
その理由を理解する暇も無く2人はどちらからでもなく互いの腕を掴み、葦原に飛び込んだ。



「いったか?」
葦原を縦横無尽に駆け回ってあたかもそこにいると思わせ、すぐに近くの林に身を隠して状況を確認する。
相手の武器はナイフ。
恐らく投げつけてきたことから考えて咄嗟の判断力ははよくない。 撹乱さえすれば時間は稼げるだろう。
「…。」
横目で見た裕太の顔は青い。
「(只でさえあまりよくない時だってのに…。)」
今回の事は恐らく目の前で人の死を見る事並みに裕太へ精神的大ダメージをあたえるものだっただろう。
実際、自分もほとんど関係がないとはいえ、間近で乗った人間を見たショックを感じずにはいられない。
しかもあれば躊躇もなにもない、本気だ。
「…まさか先輩が…。」
「…裕太…。」
名前を呟くことしか出来無い静寂。
時間を稼げるとはいえ、向こうは探しまわってるだろうから遅かれ早かれここは見つかるだろう。
足をとめる事は出来ない。だからと言ってショックで落ち込む裕太を放って置けるワケがない。
当然、走りまわることで疲労も軽くは無い。
どうすればいいのかわからない。この状態を緩和する”答え”が見つからない。
「でも…仕方ないんだよな。」
「乗るのが普通なんだから、よ。」
沈黙を察して裕太が一人自己完結をする。
もしボクの悪い部分が何でも一人で抱え込む事なのだとしたら、
裕太の悪い部分は何でも一人で解決してしまう事。
独りで答えを決めて、一人で生きようとする。
1年前…裕太が自分の影にコンプレックスを抱いていたあの時も、今だって。
例えそれが無意味だったとしてもボクに一言でも言ってくれれば話は変わったかも知れないのに。
「………強いね。裕太は。」
ボクと違って裕太には命より大事なものが沢山ある。
守りたいと思うものが沢山ある。
観月やボクに奪われそうになっても尚、そしてそのどれもを守ろうと苦労している。
「兄貴ほどじゃねぇよ。」
「いや…ボクは、弱いよ。」
―――今のボクには裕太が全てだ。
仲間や信頼や、自分の命よりもボクは弟の命が、大切だ。
「ボクは裕太にいい先輩として、部員として、兄として見られているかもしれないけれど…
 結局は自分が怖いだけなんだ。」
約束が果たせなくて、仲間を失って、献身するものがなくなって、自分が支えを失うのが怖いだけなんだ。
「裕太に嫌われるのが怖いんだよ。」
「だったら。」
「!?」

「…だったら、俺にだって、兄貴に無理させないように止める権利くらいよこせよ。」

急に引き寄せられる感覚。すっぽりと埋まった身体。
…アレ?いつのまに裕太はこんなに大きくなったんだろう?
「無理してるのバレバレの奴に『心配すんな』なんて言われたら、余計心配するだろうが。」
「出してるつもりはないんだけどなぁ。」
「バレバレだぞ。」
寄せる腕に力がこもる。ボクは思わず目を閉じた。
「もう、俺はあの時の、俺じゃない。」
「…うん。」
「兄貴も、見てるだけじゃないんだろ?」
「…………。」
「なら、俺の為に無理するのやめろよ。裕太が悲しまないように~とかそう言うのやめろよ。」
言って身体を離された。
「んなことばっかいってるといい加減怒るぞ?」
「うん…」

裕太に信用されていて、大事にされている。
もう少し、この幸せを噛みしめる時間が与えられるなら。
ボクは……

「よぉ、不二兄弟じゃないか。」
―――目の前に現れた黒を迎撃することも厭わないと、思った。







【プログラム 1日目 残り人数 30人】





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