バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>025『行住』




囚人のジレンマ。

2人の囚人に「黙秘すれば懲役2年だが、真実を話せば刑を1年にしてやろう。
ただし、その場合相方は刑が15年になる。
逆にお前が黙秘し、相方が真実を告白すればお前の刑は15年になる。
両方が話せば罪を認めたとして共に懲役10年だ。」と告げる。
もちろん相談しないように双方を隔離して、だ。

…そうすると互いに黙秘して2年で済ませる事が最も利益を得られる方法であるはずなのに、
囚人は”最も利益を得られる方法”として互いに罪を告白し、懲役10年の刑にあう。

―――行動の代償。矛盾した決断。
わかっていたって止められはしなかったんだ。










BATTLE 25 『行住』









「…。」
千石は絶句していた。

たどり着いた先にあったのは、沈黙。
居るはずの無い存在がおらず、その気配も見えない。
「なんで」
事実は目の前にあるのだが、問わずには言われない。
誰かに襲われたのか?自分達を探しに行ったのか?…それとも、自分を捨てて居なくなったのか?
疑問は付きない。
「………どうして…」
動揺に膝をついた千石を忍足と岳人はただ無言で見ていた。
この様子から千石が嘘をついているようには思えないし、そこまでさせる南達に動く意味はない。
彼等は間違いなく千石に戻るよう言ったのだろう。ならば。
「…何か、あったんやろな。」

彼等が動かざるをえない状況がここであったのだ―――3人の結論が固まる。

「ごめん…ちょっと落ち込んじゃった。」
そういい、ショックからしばらく動けずにいた千石が立ち上がる。
「大丈夫なん?」
「う~…大丈夫……でもない、かも。」
出会えると言う期待があった分、千石のショックは大きい。
しかも、南に何か危機的な事があったかも知れない―――そう思わざるを得ない状況だから尚更に。
「そか。」
忍足がサラリと言葉を返す。
「多分まだ遠くには居ないはずや。見つかる。」
それは気休めにしかならないとわかってはいるが、言わずにはいられない。
あの時、千石が亜久津に自殺紛いの挑発をした理由が『南の死を見たくないから』ならば、
この状況は彼にとってあまりに酷だ。
「うん。そうだね。」
「……。」
「という訳でもう少し…付き合ってもらっても、いいかな?」
「何言っとんねん。ここまで来たら最後まで付き合うに決まっとるやろ。」
「あはは…ありがとうね。」

「………。(クソクソ侑士め。)」
そんな2人を見ながら向日は面白くないとムスりと頬をふくらませて息を漏らした。
目の前の眼鏡の話によると2人は(変な関係での)幼馴染らしく、
かつて「守る」「守られる」の約束をしたとも言っていた。
千石が現状アレなのだから忍足が前に出ようとする気持ちもわからなくはない。
「(でも。)」
岳人の思考が止まる。
それにしたって忍足は自分達に対して過保護だと思う。
むしろ落ち着きはじめた千石と比較してコチラのほうが無鉄砲に自滅するんじゃないかと思えるほどに。
ならば今しなければならないことは。
「…どした 岳人。」
「!いや………なんでもねぇ。」
思っていた事が思っていた事だったので思わず肩が跳ねる。
「本当、か?」
降った言葉にとっさに否定はしたが、探る忍足の目は冷ややかだ。
下手に喋ればどんなに小さな場所からでも侑士は俺の嘘を見破るだろう。
「………。」
「やっぱりなんか隠して」
「いや、その、ほら!!思ってたんだ!雨でも降るんじゃねぇか?っ て。」

指を指し、見上げる空。
昨日の朝のうちからやって来ていた雲は多少風の影響で遅れているものの、確実に島に雨を降らせるだろう。
それが日程と咬み合うかは変わらないが、この状況下での雨が与える影響は大きそうだ。
「ホントだねぇ。こりゃぁ大雨でも降りそうだ…。」
額に手を当てて千石が呟く。
いつもの調子。自分に対する心配に話が向かなくなった分、気が楽になったのだろう。
「やな。」
その事に一様の肯定を見せる2人。
『木の葉を隠すなら森に隠せ、嘘をつくには真実に隠せ』と言うが、この様子なら何とかごまかせそうだ。
「だから、離れるんなら、雨の対策をしないとなぁ、って…よ?」
ごまかせた所で別の方向へリード。
我ながら流石に急に話を変えすぎて逆に不審がられるかのではと思うが、
ここまで言ってしまったならば仕方ない。
「う~ん…そうだねぇ、準備だけはしとかなきゃ、だねぇ?」
「…。」
「…ねぇ、忍足くん?」
「!!…え、あ…そうやな。」
何か知っているように(恐らく嘘だと気づいているんだろう)茶化す千石に返した忍足の声はやけに上の空で。
「侑士?どうし」
瞬間、千石も止まる。
「…向日くん。」
「?」


「…残念だけど、雑談はここまででお開きみたいよ?」


周りをさっと見れば、笑顔を貼り付けたままきょろきょろと辺りを見回している忍足と目が合う。
そこまで来て、やっと向日は辺りの空気が変化した事に気づいた。
「また、『戦闘モード』にしなきゃいけないみたいだ。」
千石が先ほどまでぶらぶらとさせていたウージーを握り直す。
『戦闘モード』。
つまり、俺達を助ける為に亜久津を襲った時の、千石の本性と言っても過言でない、アレ。
「……………マジかよ。」
恐らく2人は誰かの気配を察したのだろう。
南達以外の―――恐らくは、敵の。

「3秒。」
目と耳に神経を尖らせて千石が言う。
「3秒後にそれぞれ別に逃げる。忍足くんは左へ。向日くんはそのまま直進。
 …そして、オレが”コレ”をひきつけて右に行くよ。」
「おい、それってまた」
「おっと…誤解しないでくれよ?」
上がる忍足の抗議は当然と、人差し指を口の前に突き出して静止させる。
そのまま踵を返して背を向け。
「大丈夫、死ぬ気はないよ。もう…大分懲りた。」
軽い調子でそういう。
一体どんな気持ちで言っているんだろう。 向日は思う。
「…ただ、『この中で1番誰がこの状況の迎撃に適任か?』って話になったら必然的にオレになっちゃうでしょ?」
コイツ持ってるんだし。とウージのベルトを揺らす。
「だからって…行かせられへん。」
「じゃあ、他に何かある?」
どうやら千石は自分を盾にしたいと言うよりは盾にならざるを得ないと言いたいらしい。
重症を負う忍足と攻撃力の無い向日。
冷静に考えればそれはごくごく当たり前の判断だ。
しかし、辺りを気にしながらも荒げる忍足の声の熱が上がる。
「その理論が通じるなら、俺が囮になるわ。この中なら俺が1番目につくやろ。」
「バカ!!」「それはダメだよ。」
今度の批判は双方から。
「…てか、そんな事したら元々囮を作る意味が無いじゃないか。」
「そうだぜ、侑士。俺、言っただろ??キノコの………いや…もう、そんなのもうどうでもいい!
 侑士が無事でいてくれねぇよ、俺、生きてる意味がねぇよ!!!」
お菓子なんて、言い訳だった。
今までこんな事言うの恥ずかしかったから、だから、言えなかった。
お菓子って事にして、自分も騙そうとしてた。
「始まった時、俺、どうしようか考えた。…色々考えたけど…侑士に会う。それしか浮かばなかった。」
ダブルスパートナーだから、かも知れない。
もしパートナーが鳳とかだったら、そっちに行ってたかも知れない。
―――でも、その時の俺には侑士しか、浮かばなかった。

だから言わなければいけないと思った。

「侑士が俺らに対して過保護になってるのわかる。
 大事にしたいから、守りたいから行動する…その気持ちもわかるぜ?」
「でも『今を大事にしすぎるのもだめ』。
 …ダブルスの試合の時、飛んでばっかりだった俺にそう言ったの侑士じゃねぇか。」
「じゃぁ。」
「千石も、駄目だ。」
その後来るだろう流れも当然遮断しておく。
「確かに千石が俺達の中で1番動けるんだろうけど…なんだかんだで怪我してるやつ出せないだろ?
 そして、俺は自分の命が大事だから、俺が囮に…なんていわねぇぜ?」
『スタミナ不足が欠点』と内外から言われる俺が敵から逃げ切るだけスタミナが必要な囮役をすることを
2人が許すとは思えない。
一応スタミナが切れる前に自慢のフットワークで逃げ切る自信はあったが、
それを言うと今までの難もまた「可能性」の一言で片付けられてしまいそうな気がして、
向日は妥協案をひねり出す。


「………同時だ。
 同時に逃げて…後は運に任せようぜ???」


公平なら…なんとかなるかも知れない。
もしかしたら、誰もそのカードを引かずに過せるかも知れない。
「………。」
「囮なんてさせない。また此処に戻ってくるの前提で、来てる奴を撹乱する。これでどうよ?」
各個撃破される可能性はあるが…下手に囮をつけるよりは気分が楽だ。
しばし2人は考えこむように口を閉じた。
「だね。」
「ちょ」
「もう、相手も近いし、それに賭けるしか無いんじゃない?」
先に折れたのは千石だった。
千石からすれば向日の提案するそれは分の悪い賭けだ。
自分という「安全牌」を捨てない選択を選ぶということについて思うことは多々ある筈なのに。
「向日くん、この調子だと引かないと思うし。一応、間違ったこと言ってないし。」
「…」
「………ね?」
「はぁ。」
そしてこの流れに忍足も折れたらしい。
溜息の後、色々と聞き取れないほどの声の悪態をついて向日を見る。
「でも、変なことは考えなんや、岳人。無理せずスタミナは残すんやで?」
「はいはい。」
「後、もし何かあったら姿勢正して物事考えるんやで?そしたら頭が働くさかい。」
「母親じゃねぇんだし、わかってるって。」
「千石もやで?」
「は~い、りょーか~い。」
抜けた口調で敬礼して見せる。
「…さてと。
 じゃぁ、もうその向日くんので決めてオーケーね?………カウント、はじめるよ?」

「3…」
誰かが裏切るかもしれない…保障はなかった。

「2…」
でも、俺はなんだかんだ言って侑士も千石も約束を守ってくれるって、信じてた。

「1…」
だから、また俺たちは3人で会える………そう、思った。



「…0。」
そして、俺達は一斉に別方向に走った。
迷いは、なかった。


*****



「…ったく、何処まで行きやがったんだ?特に目印もないくせに。」

言いながら東方はざくざくと草を掻き分けて先を行く壇を探していた。
一歩足を踏み入れるとそこは先の見えない鬱蒼とした木々の迷路。こう物が多いと先行く白の見分けがつかない。
「こう暗いとわかったもんじゃねぇな…。」
「だろうなぁ?」
「!?」
突如聞こえた人の声。
低く轟くそれは間違い無く壇のものではない。
急激に高まる鼓動。掌をじわじわと濡らす汗。喉が乾燥していつもと同じ呼吸の筈なのに酷く息苦しい。
東方には一つの心当たりがあったが、できればその人物であって欲しくはない。
ため息を吐きながら首を左右にふり、ゆっくりと振り返る。
「…………。」
やはりか。
目の前にそびえる白い巨体は捜索人が探していて、自分が最も探していなかった人物。
辺りを徘徊していると知っていたから出会うことはある程度覚悟していたが、
こうして会うと『どうして』『なぜ』以外の選択肢が浮かんでこない。

亜久津。

「千石のヤローじゃなかった事はむかつくが、まぁ…いいか。」
常軌を逸した右目がギラギラとこちらを見返す。
血で真っ赤に染まった左目はもはや直視していられるような代物ではなかった。
恐らく…本当に恐らくだが、これは千石がやったものなのだろう。
「………」
一歩一歩と後退しながら東方は考える。
コイツを代表とする所謂『乗った人間』、『危険人物』と呼ばれる相手に出会った時、
普通、対処方法は2つ―――『逃げる』か、『戦う』か。
RPGでもよくある2つのコマンドはどちらも解りきったものだ。
だが。自分の武器は、情けないことに銃などと言う遠距離の武器と戦うにはあまりにも弱弱しい。
「これで戦う」などといって誰が勝てると思うのだろうか。
「(流石にメガフォンじゃ勝てねぇよな…)」
バックの中に入っている攻撃力ゼロのハズレ武器に一瞬だけ目を移して正面に振りなおる。
人を集めるのには効果的だろうが、亜久津が目の前に居る状況下で呼んでも効き目はないだろう。
逆に南の心労を増やすようなことはしたくない。
「(つまり)」
亜久津相手に残りの対処方法―――逃げるのコマンドを押さねばならないのだと東方は悟る。
逃走難易度は神尾や越前と言ったフットワーク超人域の連中を除けば最難関。
単純なスピード勝負にでも持っていかない限り、運動神経の良さでいくらでも巻き返される。
あえて千石をぶつけざるを得なかったほどの敵だ。一筋縄ではいかないだろう。
だが…自分は千石と約束したのだ。南を守ると。
例えここで逃げ切れなかったとしても…それでも少しでも希望のある選択肢を。
「!!」
その考えを振り払わせるように投げつけられた小枝。
闇に染まり始めた森、隻眼の状態で的確に投げつけられるそれに東方が舌を巻く。
「…逃げんの?」
ここで東方との長期逃走劇になれば視覚・体力共に低下した自分が不利になるのを知っているのだろう。
鋭い視線と地面に突き刺さる枝先が逃げ出そうとする足を縫いつける。
「あ゛ぁ?」
「…」
向けられた銃口。背中に感じる冷や汗の感覚。
荷物になるからとジャージを置いてきた事を悔やみ、それを考える余裕は思考にまわせと自分を叱りつける。
しかし現実を見ようとすると先には絶望しか見えない。
…出来るだけ遠く、早く、そして南のところへ戻らなければ行けないというのに。
目の前の白髪はそれをする決意も起させない。
「(う…動いてくれ。)」
恐怖にすくんで動く気配のない足。
逃げなければ死ぬ。だが、死ぬことを恐れて逃げることが出来ない。
「くっ…」
でもやはり動くことが出来なくて、東方はぐっと目を閉じる。
覚悟していなかったが覚悟せざるを得なかった。

が。

「(痛くない…?)」
銃弾の音を感じながらも自分の体に痛みは無い。
違和感を思いながら目を開けるとどうやら弾は自分には当たらず足元に着弾したらしい。
舌打ちをする亜久津の声が聞こえる。
どうやらこの暗闇と隻眼で命中率がすこぶる悪くなっているらしい。
とは言え 枝を的確に差し込む人間だ。2度と同じミスを起こすことはないだろう。
―――これは恐らく最後のチャンスだ。
逃せば…命は無い。
「っそぉ!!!」
どうせ今死ぬはずだったんだと唾を飲み込んで覚悟を決め、ぎゅっと目をつぶって走り出す。
手にはメガホン。その先には亜久津。対処されれば死。
「!!」
幸い亜久津は不意をつかれてくれたらしい。
何か大きなものを突き飛ばした感覚を感じて東方は目を開けながら走る速度を上げる。
「(…今のうちに突き放せば…!!)」
だが、運命の女神はこんな所で人を出会わせるものなんだろうか。



―――乱れた呼吸の先に、白が見える。



「…。」
恐らく。”アレ”は山吹だ。
遠くの筈なのにはっきり見えるそれ―――だから俺も追われてるんだな。そう思う。
「………。」
見つかった当初、亜久津が自分の事を千石と間違えた事を思い出す。
『千石のヤローじゃなかった事はむかつくが、まぁ…いいか。』
亜久津のつぶやき。
恐らく亜久津は千石を殺すつもりでいて、何らかの事情で(多分忍足達が協力したのだろう)逃げられた。
だから千石を―――山吹の白い服を追っていた。
そう考えれば全てのつじつまがあう。…山吹に対する怒りも、千石に対しての言動も。
「ってことは」
アレは千石かも知れない。
しかし、色しかわからない今、アレが壇、または別の生徒である可能性を捨てきれない。
千石ならもちろん、壇や他のメンバーに当たれば…状況をしらないその人に亜久津の興味は向くだろう。
そうすれば……恐らく、逃げ切れる。
「…。」
しかし、そんな事をして身代わりにされたその生徒がどうなるのか…考えるまでもない。

「(どうする…?)」
だんだんと目の前の白と距離が詰まる。
”彼”を巻き込まないようにするならもう行動を起こさなければならない。
しかし、行動すればこのタイマンは続く。最低でも南や壇との無事な再会は望めないだろう。
軽くても怪我…下手をすれば…
「……。」
きりきりと胸が、痛い。
目の前に居る人物の生死を実質握っている感覚があるからかも知れない。
そして、ここまで来て相手が亜久津と同じように敵だった時の可能性を考えてしまう。
もし、ここに追い込むことそのものが亜久津の目的であったとしたならば。
「~~~~」
疑心暗鬼に頭がこんがらかってくる。
「……………。」
どうする、どうするよ、俺。
後ろの亜久津は中途半端な気持ちで勝てる相手じゃないぞ。
目の前のを殺して、目の後ろに殺されていいって覚悟がなきゃ生き残れねぇぞ。
…考えるんだ。この状況で一番被害の低い選択肢を。
考えるんだ。最も安全に南の元に戻れる方法を。
そして。





俺は覚悟を決めて足を進めた。






【プログラム 1日目 残り人数 30人】





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