バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>027『失意』




お前が親友でオレは良かったと思ってるよ。

それがいつか本気で殺しあう存在だったとしても、
オレのことをなんとも思ってなかったとしても、
『何も言わない事』
たったそれだけで隣にいる意味があったんだ。


…たったそれだけでも、この全てを奪った戦場で、
オレが是が非でも守りたいと思うには十分な力を持っていたんだ。












BATTLE 27 『失意』











「…………!?」
森を駆け抜け、目の前の白を見つけた東方は絶句した。
そして同時に理解した。これが『実刑』かと。

自分か目の前の人間か、どちらかしか安全に逃げられないと悟ったあの時。
東方は目の前の白に駆け寄る事を選択した。
その裏には千石なら共闘ができるし、壇ならば事情を話せば共に逃げられるだろうという目論見があった為だが、
結局のところは囚人のジレンマ―――自己防衛の結果だった。
生き残るための裏切り。実際、南の元に安全に帰ることができる選択肢はそれしか無い。
そして、目の前にいたのは確かに白―――山吹生、だった。

が。

「…死んでる。」
”それ”は立ったまま死んでいた。
否、正確には死んで倒れた後何者かに立たされた、と言うべきか。
背後の木にはり付けにされたその死体は、裏切っても尚この結果に至った東方を嘲笑うかのように
力なく風に服を揺らめかせていた。

「残念だったなぁ…?」
「…。」
「身代わり。頼めなくてよぉ…?」
そして、振り向けば振り切れなかった死神の姿。
「…知ってたのか。」
「当たり前だ。こんなものに騙される俺じゃねぇ。」
言いながら、死体の腕に不気味なほど丁重に抱えられた頭を蹴り飛ばす。
衝撃が響き、支えを失って崩れ落ちる死体―――喜多を見つめながら亜久津は
この島で1番の笑顔を東方に向けた。

「最高じゃねぇの?」
「…。」

―――最悪だ。
行動が全て空回りする感覚を東方は感じる。
このまま逃げれば恐らく背中からの一撃で終わる。
そもそも亜久津が逃げられるだけの隙をも2度与えるとは思えない。逃げるのはもはや不可能だろう。
ならば。
「(やるしか、ないのか。)」
選択肢の果て、亜久津と対峙しながら東方は最後の覚悟を決める――つまり、ゲームに乗る覚悟を。
当然、亜久津だってこちらがその結論に至るしかなくなるのはわかっている筈だ。
『窮鼠猫を噛む』。だから、向こうに優先権を与える、その前に!!!
「!?」
そう、覚悟を決めて飛びかかった東方は、その中空で亜久津の手に銃が持たれていない事に気づく。
銃を奪い、一撃を決める予定だったのだが…
軽く混乱した頭に更に追い打ちをかけるように逆に亜久津が前へと出た。
「(おいおい、そのケガで肉弾戦をするつもりか…?)」
そう思い、ならばと一歩身を引く。
狙うはカウンター。
アレだけのケガだ。流石に今の亜久津ならカウンターを更にカウンターするだけの力はないだろう。
予定通り、飛んできた右フックを避けその顔に一撃を叩きこもうと身体を前へ倒す。
「(どうだ…?)」
だが、直前で亜久津の身体が大きく下に倒れ、振りこんだ拳が宙を切る。
「カウンター!?」
―――否、違う。亜久津の目的は…!!
「残念だなぁ?」
足元を潜り込むようにして脇を抜けた亜久津。そして、その向こうに見えた別の人物。
その手元にはいつ渡したのだろう、先程まで亜久津が持っていた筈の銃。
逃げようと足を動かそうとして足首を亜久津が掴んでいることに気づき、
ここまで来て東方はようやく肉弾戦を挑んできた理由を悟る。
はじめからこれが…
「っ」
瞬間、意識が吹っ飛ぶ以上の痛覚に頭が割れそうになる。
気すら失えない痛み。
反動に身体がバランスを失って後ろに傾いたがそれをどうにかしようとあがく思考も能力も与えられはしなかった。


****


「ふん、お前にしちゃあよくやったんじゃねぇの?」
仰向けで倒れた東方を退けて亜久津が立ち上がり、傍らの人物―――河村から銃を受け取る。
「そうかい?」
「まだまだだけどな。」
「流石に亜久津にはかなわないよ。」
「ふん、当たり前だ。」
「…っぁ、なんで…………」
「……なんだ、まだ生きてやがったのか。」
半開きのままの口で浅く息を続ける東方の横脇に蹴りをを入れて黙らせる。
「…やっぱり、殺すのかい?」
「当たり前だろうが。」
「そうだよな。」
「なんだ。ビビってんのか?」
「…それはないよ、これが初めてじゃないし。」
いう河村が横目ではりつけられた傍らの白を見る。
「そういやそうだったな。」

亜久津と出会ったのは瀕死の喜多を持っていたワイヤーで殺した直後。

亜久津は何も聞かなかった。
『どうして』かとも『お前がやったのか』とも聞かなかった。
ただ一言、『よくやれたな』とだけ、亜久津は言った。
正直有り難かった。
…もしここで会ったのが手塚や不二、青学の皆だったら、
彼等にどんな事を言ってどんな顔をしていいのか、オレにはわからなかったから。
『…聞かないのか?』
『あ゛ぁ?』
『どうして殺したのか、とか、お前がやったのか、とか。』
『聞いてどうなるもんでもねぇだろ。』
『……そうだね。』
それが単に興味が無いだけなのか、それともこちらに考慮しているのかわからなかったけど、どちらでも良かった。
明らかに普段の自分とはとかけ離れていると自覚できる行為、決して乗らないであろう仲間達。
そんな中で取り立てて干渉することもなく非難することもない亜久津は、
共にいて誰よりも居心地が良かったんだ。



だから、言った。
『…亜久津に協力したい。』と。



「…人殺しなんて柄じゃないのは重々承知だよ。」
地面に伏せ、呻いたまま聞いているのか聞こえていないのかわからない東方に向けて声を紡ぐ。
『高校に入ったらテニスを止めて、本格的に実家を継ぐ為の修業をする。』
親との約束、自分の夢。
だから、誰よりもこの最初で最後の『レギュラーとしての夏』を大事にしているつもりだった。
すしの修行をして、常連さんと話して、そしてたまに来てくれるだろう青学の仲間達と一緒に過ごす。
大会には土産を持って応援しに行き、たまに修行を休んでテニスが出来る、そんな日常。
そんな未来がオレには待っている筈だった。
だからそもそも、そんな事を考えるような人間になるなんて微塵も思ってなかった。
「だけど…」
関東決勝、及び全国大会は中止。
しかも、この島から生き残るのはこの中でたった1人なんだと榊は言った。
例え自分が生き残っても、世間体からかわむら寿司は売れなくなるし、青学の皆は居なくなる。
「今までやろうとしていたことが全部無くなっちまったんだ。」
大会を成功させ(もちろん全国優勝をして)、来年の青学を背負う越前達に負けない位修行をして、前を見つめて…
皆は小さな夢と笑うかもしれないが、それが皆への、そしてテニスへの愛の形だったんだ。

なのに。
…なのに。

「テニスが、全てを奪ってしまった。」
もしオレが1年早くテニスを止めていたら…
そもそもオレがテニスなんてやっていなかったら、オレはこの島で殺し合いなんてしてなかった筈なんだ。
それで今までのオレの全てを…テニスを否定したいわけじゃない。
そんな事で否定できるような生き方もしていない。
ただ、このどうしようもない、人生をむちゃくちゃにされたこの気持ちを晴らす為には
テニスを恨まなきゃやっていられなかった。
「…だから、残りのものも、全部捨てることにしたんだ。」
テニスを恨んでこの島の全てを恨む。
そうでもしなければ、自分が自分で居られないような気がした。
…何よりもテニスが好きだったから。誰よりも同じ趣味に明け暮れる皆の姿が好きだったから。
―――だから、今は何よりもテニスが嫌いだ。

「だからって…お前に人を殺す『意味』は、あるのかよ?」
「! 聞いてたんだ。」
「絶望したからって…喜多を殺していいって訳じゃ…ねぇだろ。」
息絶え絶えに問われた疑問。
東方の声に一瞬亜久津を見たが、我関せずといった感じに木にもたれて休んでいるのが見えて
河村は視線を元に戻した。
亜久津に問わないのは恐らく大まかな予想ができてるからだろう。
「……。」
わかっているんだ。それだって。
亜久津以外の全ての参加者に言われると予想されていたその内容に吐き気がする。
「誰だって、一度は思う…」
「……。」
「だけど、だからこそ。」
「『押しとどめている』って言いたいのかい?」
「…。」
「キミも人を殺そうとしたみたいだけど?」
「………。」

形式と過程は違っても、結局皆同じなんだ。
一度はその結論にたどり着く。
そして選択を迫られる。すなわち、『生きる』か、『生きない』か。
『乗る』か『乗らない』かはその過程に過ぎない。
オレは純粋にその決断に従っているだけ。ただ単に生きたいと願っているだけ。
限りなく絶望的になっても、根こそぎ奪われてしまっても、それでも自身の追い求めた夢に生きたいだけ。
大好きだったものを恨んで、失いたくないものを奪い尽くしてそれでも生きるのは、僅かな可能性に賭けたいだけ。

「お、れは…」
この状況でまだ動こうと言うのか。
東方の膝にわずかに力が入ったのを感じて、ふと河村は行動を戸惑った。
手元には喜多を殺したときに使った配布武器のワイヤーがまだ残っている。
ろくに抵抗もできないんだ。殺すのは喜多よりも遥かに楽だろう。
「まだ…しねない………」
動くに動けず傍観しているとよたよたと揺れながら東方は立ち上がった。
そして自分達には関わろうともせず、どこかへ行こうと歩き出す。
「どこ行くんだい?」
「やるべきコトを…はたす…南に…あわなきゃ…」
言って膝をつき、ゲボゲボと水分の混じった咳を吐いた東方に、
本来の自分ならこうしたのだろうな…とぼんやりと思う。
誰かの、恐らくは青学の仲間達の為に自らの命を粉にして戦う自分。
『波動球返し』と『ダッシュ波動球』…実際氷帝・六角戦での自分はそういうスタンスだった筈だ。
なのにどこをどうして今の自分に至ったのか…自分でも思い出すことができない。
「…無理をしない方がいいよ。」
とは言え、『人を殺すこと』そのものには興味はなくて声をかけた。
別に他人を苦しめたくて撃っている訳じゃない。
殺すのが目的じゃない。
「南…相方に会う為にそこまでする意味はあるのかい?」
「…。」
答えないのか。それとも、応えられないのか。東方からの反応はない。
「彼がトドメを刺すかも知れないのに。」
「…それは、ないさ…」
返したのは否定。
「えらい自信だね。」
「…南だからな。」
「しんじてるんだ…あいつなら必ずみんなをまとめられる…ったたかわなくて、よくなる。」

「―――無理だろうよ。」

その言葉を否定したのは今まで沈黙していた亜久津だった。
「例えそれが真実だとしても、んなのは偽善だ。聞かない人間はいくらでもいる。あの、バカ親父みてぇに。」
「…。」
亜久津の父親。
オレは良く知らないけど、亜久津が物心つく前に家を捨てたらしい。
有紀ちゃんが「政府筋の人間だった」って言ってた気がする。
…そして、『いつかのプログラム開催時に政府の問題を押し付けられて死んだ』とも。
「冥土の土産に教えてやる。…俺は元々山吹を卒業したら家族と縁きって、『ワイルドセブン』に入るつもりだった。」
「!?」
『ワイルドセブン』。
この国で最大の規模を誇る反政府、反BR組織。
不適合者の溜まり場で、『ワイルドセブンに入ることは人間を止める事と同義』とまで言われる程の
社会的隔離を受けている…らしい。
故に政府の監視の目がどこにあるか分からない状況でのこの発言は政府に対する反逆行為とも取られ兼ねない。
最悪、桃城のように首が吹っ飛ぶだろう。
「それが、俺達を捨てたあのクソ親父に対する最高の報復だと信じてたからだ。」
なのに、そんな事些細だと言いたげに亜久津は言葉を続ける。
どこにそんな自信があるのか。

「だが。今は違う。」

…多分。
亜久津は言うほど父親の事、嫌いじゃなかったんだと思う。
むしろ好きだったんだと思う。
だからこそ自分や有紀ちゃんを悲しませてまで別の方向に進もうとした態度を許せなかったんだろう。
そして文字通り死力をつくした者に裏切られ、捨てられたその様を哀れだと感じたんだろう。
裏切ったものが裏切られる世界。
努力、信頼、束縛、限界、苦悩―――全て亜久津が嫌うものばかりだ。
「アイツは死んだ。勝手に政府を裏切られて、勝手に死んだ。
死にたくないが故に政府に媚を売り、信頼なんて仮初のものに頼ったせいで何もかも失いやがった。」
…だから、そうはならないと誓った。
人にこびずに1人でも生きていけるだけの力を…有紀ちゃんを守れるだけの力を欲した。

「信じていいものなんてこの世には存在しねぇんだよ。
信頼?努力?んなの泥臭せぇだけなんだよ。必要なのは力、それだけしか信じるものはねぇんだ。」

トドメとなる一撃。
言いながら力を失った東方を亜久津は見下ろし、更に数発の銃弾をその身に打ち込む。
「……亜久津……」
オレが撃った時点で既に東方の傷は即死しなかったのが不思議なくらいの深手で、
本来ならば動けるほどの力も残されていない筈だった。
そして、そうでなくても頭部に打ち込まれた先の一撃でその灯火は否定の余地なく完全に失われたというのに。
それでも何度もその死を確かめるように亜久津は無言で銃を撃ち続ける。
何度も。何度も。
「…協力ごっこじゃ何も守れやしねぇんだ。」
そして、5発ほどのオーバーキルの後に零した言葉は、亜久津の信念そのものだった。

「行くぞ?」
「え、あ、亜久津?」
「どうせついてくるんだる?勝手にしろ。」
言って踵を返される。
「でも」
「…こねぇってなら俺は行くぜ?」
「いや、そういうつもりじゃぁ」
「ならさっさと来い。アイツらを負う。」
「あ、うん。」
「逃がすわけにはいかねぇ…死んでも捕まえるぞ。」
心持ちふらふらと揺れる身体と失われた視力。3日間を戦い続けるにはあまりに大きすぎる、その傷。
先程まで関わろうとしなかったのも恐らくは当人の非干渉な性格と、
残り体力からくる生存維持行動によるものだろう。
「…まだここで果てるわけにはいかないんだ。」
限りなく低い可能性。
もしかしたらその燃えさかる炎の残り時間を知っているのは他ならぬ亜久津自身なのかも知れない。
「力かしてくれるんだろ?おい。」
「あぁ…貸すよ。その代わり………」
「あぁ?」
「も し死にたいといったら、オレも派手に殺してくれよ?」
「…今回だけだぞ。」



オレ達には約束がある。
不条理な現実を塗り替える為にがむしゃらに生き続ける、覚悟を秘めた約束。
「あれ?キミ、氷帝の…。」

―――その可能性が限りなく低くても、
その約束を果せる時まで、オレ達は死ねない。







【30番 山吹中 東方死亡
プログラム一日目 残り人数 29人】





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