バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>028『犯意』




そこに、未来はありませんでした。
願った未来はありませんでした。

生きたいと言うごく当たり前な願いが切実なものとなるくらい
そこには『死』しかありませんでした。

だから、その願いは徐々に薄れ、
『死』から逃れる為の願いが濃厚さを増して行くのは
ここでは当たり前の事だったんです。










BATTLE 28 『犯意』











「…っは、は…………」

あがる息を整え、どうやら自分は終われずに逃げ切れたらしいと向日は辺りを見回した。
「(確か東―――南の集落方向に走ってきたとは思うんだけれど…)」
周りは見渡す限りの森。
学校や集落といった判断要素がない為、現在地点どころか禁止エリアに近いのかも分からない。
先程の分岐地点まで戻るには時間がかかりそうだ。
「くそっ、ちゃんと回り見て動けばよかった…迂闊だったぜ……っと」
呟きかけて目の前に人間を見つける。

「…河村?」

見慣れた青学ジャージとあの巨体。間違いようなくアレは青学の彼で間違いないだろう。
突然の遭遇。
そこで向日は千石に誰が見えたのか聞かなかったことを激しく後悔した。
…できれば一刻も早く現在地点を確定させ、千石達と合流したい。
しかしエリアを闇雲に歩きまわるのは時間と危険が伴うし、なによりこの戦いは長期戦。
出来る限りスタミナの消耗を抑えたい自分には移動は得策とは思えない。
故に人に聞けるのがベストだが…このタイミングでの遭遇。河村が乗っている可能性は限りなく高い。
千石に気配の主を尋ねておけばこうはならなかったのだが、それはもう後の祭りだ。
「………。」
しかしそこまで考えて考えを否定する。
アレだけ走れば息の一つや二つ乱れてるだろうが目の前の巨体にその様子は見えない。
乗っているかは兎も角、自分達を追っていた人間ではなさそうだ。
「よぉ、河村じゃねぇか。」
だから、戦闘体勢をといて、自分よりもはるか背の高いその人を見上げる。
乗っているかどうかは話しながら考察するつもりだった。

「あれ?キミ、氷帝の…。」
鬼気迫るものを予想していたのだが、反応は意外と軽い。
「…向日岳人だ。名前くらい覚えとけよ。」
「あぁ、ごめん。」
がしかし、謝る表情は硬い。
野村のようなレベルでは無いにしろ、向こうもこちらを警戒しているようだ。
他校生で面識が薄いのだし、仕方ないと言えば仕方ないか。
「それよりよ、ここ何処かわからないか?」
ならば、と目的を果たす為に早々に必須の質問を問いかける。
最悪、河村が自分に対して警戒心をとかなかった場合にすぐ離脱できるように。
「色々あって…な。走ってたから道に迷っちまったんだ。」
詳しいことは伏せる。
この状況で詳細に話すことは賢い方法とは思えなかった。
「…ええ、危ないなぁ。ここはB-7の端、禁止エリアギリギリだよ。」
「ちょ、マジかよ!?」
…が、話を聞いておくという選択肢はどうやら正解だったようだ。
結果論だが、下手をすれば今頃何も知らずに禁止エリアにもぐりこんで死んでいたかも知れない。
思わず安堵の溜息を漏らして向日はその場にへたり込んだ。
「…。」
いや、正確には聞いた瞬間膝から力が抜けた。
ここまで来て張り詰めていたものが一気に切れたらしく一歩も動ける気がしない。

……あぁ、そうか。
とっくにスタミナは切れていたのか。

「えっと、大丈夫かい!?」
「あぁ。…ちょっと疲れただけだし。」
強がって言ってはみたが、手足が鉛になってしまったかのように重く、まともに動ける気がしない。
「動ける?」
「少し休まないと無理っぽい」
「そうか…」
言って河村が隣に腰をおろす。
「んぁ?」
「1人だと危ないだろ?」
どうやら自分を置いていくつもりはないらしい。

「…ねぇ、向日は1人なの?」
「いや、侑士と…後、千石と一緒にいた。」
「千石と?」
「? どうした?」
「いや…………………」
口ごもる河村。
「こういうの言うべきかどうか分からないけれど…さっきそこでさっき東方を見たんだ。
 …だからね。ちょっと千石の名前を聞いて思い出しちゃって。」
「東方?」
「ん…どうかした?」
状況を飲めずに河村の首が傾かれる。
「あ、俺達…っていうか侑士と千石が東方と南?だっけ?そいつら探してるんだ。」
「そう、なのか。」
「だからか……」河村はその先を話そうとせず、ただ俯く。
「…何か、あったのか?」
「いや…」
不安になって問いかけるが、やはり河村は何かをぼかすように口を動かす。
「まさか。」
そんな黙秘をされたら考えるのは1つしか無い。
「……。」
「どうなんだよ、おい。」
「彼は…………会った時「は」生きてたよ。」
「時、「は」?」
歯切れの悪い言い方。
安易に東方の事を言ったことを後悔しているのか。視線をそらしながら河村は言葉をつなげる。
が、それは先の発言とは外れたものだった。

「頼まれた事があるんだ…………聞いてくれないかな?」
「おい、話が」
「うやむやにするつもりはないよ。」
「なら。」
嫌な予感がした。
今までの流れをぶち壊すようなその言い方に、それ以外のものに、コイツらしくない雰囲気を感じた。
脱力した体に力を入れる。
目の前のそいつに殺気はない。だが、ここで動けなければダメな気がする。
走れなくては―――殺される。
「…東方のことだけど。」
「ああ」
「俺がアイツに会った時、アイツは確かに生きてたんだ。」
「だけど。」



「…でも、彼はもう生きてはいないよ……なぜなら。」



言葉が言い終わるか終わらないかのタイミングで、俺はデジャブを感じたかと思った。
「………!!」
直感が瞬間的に確信に変わる。
とっさに突き出すように大地を踏み、転がるような体勢でその人物が覆いかぶさるのを避けた。
―――が、それを相手も読んでいたのか。着地したと思った場所に、襲ってきた奴はいなかった。
目の前で座っていたはずの河村の姿も消えている。
「…バーカ。何度も同じ手を受けるかよ。」
そして、その存在の所在に気づいたのは背後。
聞きなれた声。今日、コイツと顔を合わせたのは何回目だっただろ。
「…………なぁ、千石ん所の、チビ。」
振り向けば相変わらずムカつく目で俺を見つめ、銀色の髪の半分を赤く染めて、ソイツは立っていた。
「亜久津。」
そして、首元に与えられた硬い鉄の感覚。
内心で焦りと安堵が複雑に交差しているのを感じる。
「………。」
恐らく、先に千石と侑士が感知したのはコイツだ…つまり、侑士が襲われている可能性は比較的低い。
例え襲われていたとしてもコイツ程ではないだろう。そこは安堵する。
しかし、同時にこの状況は限りなく自分の生き残る選択肢が無いことを余日に証明していて。
背中を流れる冷や汗の感覚のリアルさに向日は視線を前に向けた。
「向日…悪いけど、キミにはここで死んでもらうよ。」
安心させるために座っていたのだろうか。
そして、向かい合うことになった眼前の河村が自分を見つめて発言するのを見返す。
「それがルールだからね。」
悟るような口調。亜久津に脅されて協力している素振りは見えない。
つまりは、コイツは青学の、あのメンバーの中であえて亜久津と生き延びようと決意したと言う事なのだろうか。
改めて感じた恐怖。やっぱり、このプログラムは腐ってる。
後ろも…目の前にいる人間も、また。

「…東方はどうなった。」
既にわかっている結論をあえて問いかける。
一応確定事項として聞いておきたかったし、なによりこんな質問が原因で死ぬようならとっくに自分は死んでいる。
「こうやって…殺した。」
ここでやっと先の問いに対する答えが返る。
「南は。」
「さぁなぁ…?」
その質問に答えたのは亜久津。
「なぜかは知らんが奴も会いたがってたみたいだけどな。…・・・…それより。」
一際当てられた金属の圧力が強くなれ、向日の背がすっと伸びる。
「…千石は、どこだ。」
正直に3手に別れたことを告げるべきかあえて突っぱねるかを考察しながら向日はチッと舌打ちをした。
亜久津の最終目的が千石を殺すことであるならば、3手に別れた時点で狙うであろうは千石。
つまり、自分達をあの時襲おうとしたのは亜久津では無かったということ。
「………。」
相手の目的が自分ではないのだとするならば、情報を上手く提供すればこの状況から開放されるかも知れない。
しかし同時に用済みと判断され殺されるかも知れない。
向日は慎重に言葉を選ぶ。

「今は…一緒にいない。」
「一緒に逃げたんじゃねぇのか?あ゛ぁ?」
「途中で誰かに襲われて…3手に別れた。後々集合することになってる。」
「で?どこでだ。」
「…………。」
「…ほぉ?言えねぇのか?」
押し付けられる圧力が高まり、額の脂汗が増す。
「―――Dの。」
「?」
「Dー6だ。」
「………………はん。」
ならばと呟いた亜久津が注目を向日から離す。
「……河村。面倒な邪魔が入らないように見張っとけ。殺す。」
「いいのかい?」
「ここに千石がいねえならこいつを生かす必要もねぇ。」
「亜久津らしいね。」
「ふん。」

「…。」
一応、嘘―――正確にはAー7―――で情報の完全漏洩は防いでみたが特に意味は無かったようだ。
勝利を確信して笑っている亜久津を忌々しく思いながらも、実際現状では打開策が見つからずに向日は唇をかむ。
忍足みたいに「人を殺す事はよくねぇ」って演説でもしてみるか?
千石みたいにおとなしく時間切れを待って死んでみるか?
それとも、自分からこの命、絶ってみるか?
いや…どのみち全部きれいごとだ。桃城には悪いが自分はそんな正義の為に犬死するつもりはない。
生き残る。自分の望みはただそれだけ。
「(!!)」
そして、なにか無いかと辺りをまさぐって…ポケットの辺りに何かの違和感を感じる。
亜久津達に気づかれないようにポケットの中に手をいれ、手の感触で確認したそれは恐らくカッターナイフ。
背筋を伸ばしたことで長さのあるそれがつっかえたらしい。
「(何でこんなものが入って………って、あ)」

『後、もし何かあったら姿勢正して物事考えるんやで?そしたら頭が働くさかい。』
『母親じゃねぇんだし、わかってるって。』


あの時の言葉はこんな時の布石か。
視線を正せば、手は横の、このポケットにやってくる。そして、このカッターの存在を発見する。
誰か乗った人間が周りにいて何も言えず、でも、本当にどうしようもないときにだけ使って欲しい…
そう、思っていたとしたならばこういう隠し方もありだろう。
一般的にはカッターなんて殆ど使えないが、この至近距離なら…牽制くらいにはなる。
「…ぇは…」
決意をにぶらせぬように力の限り声をだそうとして…声が震えて形にならない。
牽制とはいえ振りかざしてはいけないものを振りかざす恐怖。
気持ちを落ち着かせるために息を止め、ぎゅっとカッターを握り直したが、
殺人のための兵器を振り回す千石とは比較にならないそれでも歯の根を揺らしてガチガチと音をあげさせる。
先のタックルとは違う、人を傷つけるためだけの、攻撃。
殺しても仕方ないと思う、覚悟。
持たなくてはいけないとわかっていてもそれは限りなく怖い。
「--------~~~~~~~でもっ!」
そして、覚悟を決めてもう一度息を吸い、その全てを使って声を出す。
俺は、負けない。結局自分のことを守った侑士の為にも、他ならぬ自分自身のためにも。

「俺はぁあああ―――!!!!」

振り向きざま、がむしゃらに後ろの亜久津に向かって斬りつけた一撃。
どこを切らなくても当たらなくてもいい。
むしろ相手は亜久津。隻眼とは言え持ち前の反射神経でかわされてしまうだろう。
だから元々狙うことはやめた。目的は誰よりも早くカッターを振るうことで銃口から急所を外す事!
「っ」
「どりゃあああああああああああああ!」
予想通り反射的に上半身を後ろへと大きく仰け反らせたのを確認して勢いのまま亜久津へと突っ込む。
そして、そのまま上半身を支える為前に投げ出されたようになっていた膝、そして胸を思いっきり踏みつけて
大きく跳ねた。
持ち前のアクロバティック、ムーンサルト。頭上を見上げる亜久津と一瞬視線が交差する。
「っと!!」
そのまま仰向けに体勢を崩していく亜久津を飛び越えて向日は走る。
正直足ががくがくと震えて走っているともいえない状態だがそれでもがむしゃらに身体を動かす。
全身が悲鳴をあげる感覚がする。しかし、それ以外に手がない!
「河村っ!!」
しかし、流石は怪物なのか。
ブリッジに限りなく近いほど逸らされた姿勢を向日に蹴られた反動を利用して起こしながら、
亜久津は走り寄る河村に向けてコルトガハメントを投げつける。
「わかってる!!」
足元に向かって転がったそれを河村はためらいもなくを拾い上げ、
両手で握りしめて照準をパタパタと揺れる赤に合わようとして


「闇雲に力に頼るのはオススメしないよ?」
…その声に行動をはばかられた。


「っ」
直後に右手を襲う激痛と、膝をつく隣からの声。
跳ね飛んだコルトガバメントの行方を見やるとその痛みの原因を作ったと思われる人物と目が合った。
赤みの強い肩までの髪を真ん中で二つに分け、にやりと自然な笑みを浮かべて立ちはだかる―――氷帝生。
仲間がいたのか…チャンスを逃した河村の表情が曇る。

「今、向日の事、撃ったでしょ?」
言う声は、低い。
「…だったら、どうだっていうんだ。」
「あ~ぁ…ヤダねぇ…すぐ暴力に走る人って。だから跡部も他校も信用できないんだ。」
ぶつぶつと独り言を言い、その人物は先程の痛みの原因―――
武器として配布されたらしいアイスピックを一回し、
「…氷帝学園3年、滝萩之介。…宍戸の事があって君たちとは試合はできなかったけど…よろしく。」
言って、真っ先にその銃で亜久津を狙う。
「ふん」
亜久津は強がるが、数度にわたって受けてきた傷は決して軽いものではない。
立体視の出来ぬ隻眼と大量の出血でふらつく足、ここまでの疲労。
膝をつくような満身創痍のその中。
拳銃の一撃を避けるのは、『怪物』と言われた亜久津をもってしても恐らく、不可能。
「させないっ!」
しかし、今は2対1。
亜久津へ向く目を少しでもそらそうと近くの枝を掴んで投げつけ、河村が同時に走る。
…ここで亜久津を殺させるわけには行かない。
「おっと!」
それを横目で察知し、滝は亜久津に向けていた体をくるりと反転させ、そのまま横へと飛んだ。
その横移動のまま、動かされた左腕の先の銃口が自分の視線と交差する。
「下がれ、河村!」
その声に咄嗟に数歩下がって距離をとると、自分がいた場所を銃弾が貫く。
同時に滝は自分に掴みかかってくる亜久津の足元に低い蹴り―――いわゆる蹴手繰り―――を入れて牽制し、
そのまま右手のアイスピックを寄ってきた相手に突き入れるがその攻撃も同じく空を切った。
「いいチームプレイだ…やるねぇ。」
「あえて避けられる”遅さ”にしただろ、てめえ。」
続けざまの攻撃から体勢を整え直した亜久津が言う。
しかし、その表情は白い。怪我の影響が出ているのか…河村は思いつつ滝に視線と注意を戻す。
「仲間撃たれて怒ってんのか?」
「”元”、とは言え岳人は俺の仲間なんだ…当然だろう?」
やけに元が強調された滝の台詞。
「今は、違うのか。」
「そう……残念だけどね。」
言って、滝は自虐的な笑みを浮かべながらアイスピックを更に回す。
「…宍戸と岳人と、そして君達。これが俺がこの島で与えられる最後の慈悲だよ。」

ゆらり。
そんな擬音を伴って滝の体が揺れはじめる。

「…気をつけろ、河村。」
「え?」
「コイツ…千石の野郎と同じ匂いがする。」
言われて見返す滝の表情に違いはない。
だが、対比して亜久津の表情は今まで見たことが無いほどに険しさを増す。
多分、理性で彼を判断する前に本能を警告しているのだろう。
” こいつとは戦ってはならない ”と。
「…あぁ。」
それをきき、河村もまた表情を引き締める。
先の銃撃からの回避…命中精度といい、アレは素人の動きじゃない。
「…。」
そう思い、一瞬だけ亜久津を見やる。
先のことで消耗したままの彼のことを考えるなら逃げるべきなのだろうが、簡単には逃げられそうもない。
そもそも亜久津は意見を提案したって聞きやしないだろう。
覚悟を決めよう。河村は向き直りながら握る拳の力を強めた。
「そもそも跡部が俺を裏切るのが悪いんだよ…乗らないつもりだったのに。
 だから死んで恨むなら跡部を恨んでよね。」
「そっちこそ、死んでも恨むなよ?」
「ふふん、そう?」


「…じゃぁ、始めてみようか?」

―――瞬間、滝の口が気持ち悪いほど大きく引きあがった。







【プログラム一日目 残り人数 29人】





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