バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>030『遺言』




『青学テニス部の皆さんへ』

手紙の最初の一文はそう書き出してあった。
差出人の場所には、震える文字で『青学テニス部 2年 桃城 武 8月6日』と書かれている。
つまり、これは彼が死ぬ間際に書いた、最後の手紙。

…遺書。

ボクはいい事を何もしていないのに、桃は悪い事を何一つとしてしていないのに。
それでも紡がれる感謝と謝罪。
「本当に、キミは親切すぎるんだよ…桃…。」
優しい言葉なんて…要らない。
欲しいのは、君が必死に埋めていた、空虚感。


今更になって後悔するボクをキミは一体どんな気持ちで見ているんだろう…?







BATTLE 30 『遺言』










「………そうか、ルドルフに乗ってるメンバーがいるってことは事実なのか。」

野村の襲撃でピリピリしている時に現れた黒が不動峰の部長、橘桔平だと知った時、
そして、彼が自分たちの状況に対して危機を感じ取って真っ先に無抵抗の意を示した時。
不二は安堵から思わず手を伸ばした武器を取り落とした。

「ウチの奴らは、見なかったか?」
「いや、ボク達が見たのは観月と野村―――ルドルフの人間だけだよ。」
「そうか。」
…話を聞く限り、不動峰は事前の合図で南の集落で合流する約束をしていたらしく、
橘は移動しながら連絡がついていない後輩達―――具体的には石田・伊武・神尾を探していたらしい。
「…すまないね。」
「いや、構わない。こうして出会えたのがお前達で良かった。」
こちらこそ済まなかったと謝る橘。
現在、自分達が居るのはIー6の民家。橘によるとここに不動峰の面々が来るという。
「お礼を言うならコッチの方ですよ、逆に色々教えてもらっちゃって。」
久々の屋根に身体を伸ばしたままの裕太がいう。
この辺りの地理。学校ごとの主な動向。
確かに表舞台に出ることなく地道に情報を回収していたらしい橘の知識はありがたいの一語に尽きた。
「まぁ、知りたくも無かった真実も混ざってるけどな。」
『あの放送は少なくとも100%の嘘を告げているわけではない』
橘の一言に不二もルドルフの、野村の動きからそれを悟る。
否定のしようなくルドルフは乗っている。恐らくは放送の通りにその半分以上が。

…ということは、観月もだろうか?

「…あ、青学の人間には会いました?」
話がルドルフに及んでいることを感じ取った裕太があわてて話を逸らす。
「その事だが。」
「誰かいたんですか?」
「あぁ、ここまでの距離を急いでいたんでよく見てはいなかったが…あれは手塚だ。間違いない。」
―――手塚?
「蛇行しながら移動しているようだったからな…もうすぐこの辺りに来ると思うが。」
「よかった!じゃぁ合流できるかも知れませんね!」
盛り上がる裕太と対照的に聞いても尚、不二の表情は暗い。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
「いや…」
手塚が来るかも知れない―――確かにこの事はほかのどんな情報よりも有効で喜ぶべき情報だった。
あの性格だ。手塚はきっと橘同様ゲームに乗らず、脱出の為にメンバーを集めようとするだろう。
うまく合流できれば2人で青学としての行動を起こせるようになる。それに…
「………。」
手を当てた左胸。その奥にあるポケットの中で眠る一枚のノートの切れ端。
『PS 不二先輩。この手紙、今の俺じゃあ伝えられない思いを、先輩に託します。』
…託された、後輩からの平和を求める願い。 桃城の遺言。
ボクにはこれを手塚達に渡す責任がある。

「他には誰かいた?」
「…いや、青学の奴は他には。…こんなものは拾ったが。」
言って差し出してきたのは鶉の卵ほどの小さな石が入ったネックレス。
石にはダークブルーの地に黄色や白の斑模様が入っており、まるで地球を縮小化したかのような美しさがある。
不二はそれに見覚えがあった。
「これ……ラピスラズリじゃないかな?」
「ラピス、ラズリ?」
「うん。ねぇさんがこういう事に詳しいんだ。」
ラピスラズリ、和名『天藍石』。
『幸運の石』・『聖なる石』と呼ばれるパワーストーンの一つで、ラズライトを主体とした複数の鉱物による半貴石。
占い師である姉が有名なこの石について本をだしていたのを不二は記憶している。
「確かこの石、衝撃にとても弱い筈だから長い間落ちてたんならすぐ傷がつくと思うんだけど…。」
石に傷はない。石を覆っている袋の綺麗さから見ても落としたのはつい最近だろう。つまり、
「最近落とされたものと見て間違いないね。」
「じゃぁ、近くに誰かがいたということか?」
「かもしれない。」
「…ん?なぁ、他に何か入ってるぞ?」
石を覗く2人の横で袋の方を触っていた裕太が声を上げた。
見ると小さな袋の片隅に引っかかっていたらしい茶色い荒紙を手にしている。
「なんか書いてあるみたいだ。」
「裕太、読める?」
「あーちょっと待ってくれよ?」
紙を広げて「なになに・・・・」
興味心が勝ったように呟く表情が、羅列を追う度に驚きに変わり、やがて裕太が反応に詰まる。
「…何が書いてあったの?」
「………。」
問いかけた不二に裕太は無言で紙を差し出した。自分で読めということらしい。
そして書かれた文字を見て不二もまた絶句した。
「…どういう事だと思う?」
裕太に問いかけられるが不二は答えられない。
分からない。というか、信じたくない。まさか、『死神』が

―――千石などと。

「ほぉ…」
最後に紙の内容を読んだ橘がこの状況に納得する。
しかしその顔は2人と違い特に驚きを感じてはいないようだった。
「どう思いますか?」
「…正直、わからないな。」
いう橘は冷静だ。
「俺はまだこの島で千石を見ていない。
 島外の行動が必ずしも島内と同じであるとは限らないからな…乗っているのかも知れない。」
それに。橘は不二を見つめて言葉をつないだ。
「『これがあいつの持ち物である事は確かそうだ』…って言いたいんだろ?不二。」
「あぁ…うん。多分、これ、千石のだと思うよ。」
千石の占い好きは結構有名だ。
風水・タロット・星座・血液型・手相…ありとあらゆる占いを片っぱしからやっているらしい。
姉さんのファンだと言っているようだし、パワーストーンの事位当然知っているだろう。
それに、 自分から『ラッキー千石』と自称する彼だ。『幸運の石』を縁担ぎの一環で持っていてもおかしくない。
「むしろあの参加者の持ち物とするなら、彼以外考えられない。」
「そうか。」
橘の目が石に向く。
「…ただ、真実はどうあれ今はこれは政府の人間によるミスリード…と考えておいた方がいいだろう。
 例えコレが真実だとにしても証拠が足りなすぎる。」

仮に千石が『死神』だとして。
これが所持品だった場合、簡単にその身から離したりはしないだろう。
落として自分が襲われる危険性が上がるだけだ。
そもそもこんな紙をわざわざ自分を特定が容易なものに入れて持っていることに利点が無い。
『今は闇雲に考察せず、千石自身に直接聞くのが1番手っ取り早いだろう。』
橘の結論はそのまま自分達の結論だった。

「そうだね…今は気にしてもしょ」 「ごめん、兄貴。」
「ん?」
「…静かにしてもらえるか?」
向き直ると丁度いいやとカンパンをかじっていた裕太が耳を済ませて立っていた。
「何か、聞こえる。」
そして、耳に手を当てたままささやく声。
橘に目をやると行動の意図を悟ったのか既に音を立てないように窓の向こうに向かって移動していた。
今まで休めていた緊張感が一気に臨戦体制にまで引きあがる。
「……銃声?」
「いや、これは」
遮るように立ち上がったのは爆音。
今度の音は不二・橘・裕太。3人同時に知覚する事ができた。
そして、三様に表情を変える。

驚き、不安、そして覚悟。

「今のは?」
「爆発音だ…恐らく誰かが手榴弾を使った。」
橘の表情が深みを増す。
狙いは恐らく特定の人物、または特定の建物。
音は吹き始めた強風ではっきりと方向が把握できず、室内にいる状態では状況ををうかがい知る事も出来ない。
もしかしたら次に狙われているのは自分たちの隠れている民家かもしれない。
とにかく、情報を集めなければ動く事も戦う事も逃げる事も出来ない。
「…不二…武器は持ってるか?」
背中越しに橘が問いかける。
「持ってはいるけど…」
言って視線を向けるディバックの中身。
出来れば一度たりとも触れたくもないその武器は。
「…でもボクの武器はボウガン。連射性にかけるから攻撃としては使いにくいよ。」
「そうか…ならお前達だけで逃げられるな。」
「!? 何を」
「この機会にちょっと向こうを見て来ようとおもってな。」
言いながら顎で示した方向はさっき爆発のあった南の方角。
まだ音からほとんど時間はたっていない。
そこにとりわけ目立った武器も持たずに行くというのはまさに自殺行為。
「死にに行く気…?」
比較的大きな爆発音。
恐らく見つかればただでは済まない。
「そんな事じゃ俺は死なねぇよ。…それよりも、俺は連中が心配なんだ。」
連中―――不動峰のメンバーか。
「仲間を探してあいつらが向かってる可能性は決して低くない…俺には状況を把握する義務がある。」
「でもだからって」
「…お前達はその間に手塚を探せ。
 あいつなら乗らないと決めた連中のリーダーを務められる。そういう力を持った人間だ…不二、お前もな。」
橘の気持ちはわかっているつもりだった。
ボクだって裕太がそこにいるかも知れないと思ったら、何を捨ててもそこに向かうだろう。
だからこそボクは言わなきゃいけないとおもった。

「…待って。」

「兄貴っ!」
静止の言葉。
止めちゃいけないと言いたげに裕太の静止の声が自分を抑える。
裕太もわかっているんだろう。
「大丈夫。わかってる。」
「じゃぁ」
「持っていって欲しいものがあるんだ。」
「俺に?」
「…うん、そう。」
言ってノートの切れ端を橘に渡す。
「中身は…桃からの…遺言。最後の手紙。」
「!?」
「手塚には…ボクから直接話すよ。内容は覚えてる。」
「…。」
「だから、手紙そのものは橘が持っていって欲しい。」
伝え、手渡す希望。
こんなもので心を安心させられるとは思ってない。
でも、こんなものでもボクは信じていたい。橘は、戻ってくると。
「多くの人に手紙を…桃城の言葉を再確認して欲しいんだ。 」
―――きっと桃城はこうやって疑心暗鬼で争うボクらを快くは思っていないから。
「あぁ、それでこそ不二だ。」
橘は頷き、そして手紙を大事にしまいこんだ。
「不二の…裕太、だったか?兄貴の事、頼むぞ。」
「はい。」

『俺は死んでも星になって皆を見守ってるって思われているような人間になりたいんだ…亮みたいな。』

いつかの星の下、佐伯の言葉がよみがえる。
あの言葉には恐らく、死んで尚自分が思う親友への憧れがあったんだろう。
ボクは…彼のようになれるだろうか。
「………兄貴?」
「え?」
気がつけばかなり離れた森まで逃げてきていたらしい。
手を引き、走っていた裕太が立ち止まり、ぼーっとしたままのこちらをじっと見つめている。
「あ、どうかした?」
「いや、特にどうということはないけど…」
裕太の声が小さくなる。
「…兄貴が後悔してるんじゃないかって、思って。」
橘のことか。
「いや、彼は大丈夫だよ。」
心配な気持ちが無い訳じゃない。
でも、そんな気持ちは桃の手紙と一緒に置いてきた。
…それに、申し訳ないけどボクにとっては橘よりも遥かに裕太が心配なんだ。
橘の存在で幾分楽にはなったけれども、今だボクの中での裕太のウエイトは大きい。
「…また会えるよな?」
恐らく問いかけるのはなにより裕太がその選択を恐れているから。
「会えるよ。」
「…。」
「桃の手紙をなくされるわけにはいかないしね。」
だから笑みを含めて安心させる。

桃城はボクに『何事にも動じない心、失わないでくださいね』と言った。
『今の自分に伝えられない思いを託す』と言った。
…未だにボクはそれを託され、活動していくだけの力があるかわからない。
佐伯が木更津の事を思うだけの人間になれるとも思ってない。
でも。
人を信じて、そして生きていく。それが人の為になる。誰かの役に立つ。
思い出は綺麗だけど、それを懐かしんでいるだけじゃ人は輝いて生きていけない。
はぁ…辛いときにならないと人の命を、輝きを感じる事ができないとは悲しい事だとおもう。
だから。もっと命の事を思い、人の事を思う。
そうしたら…本当に桃城のいう『いい先輩』になれるかな?






―――ボクはそれをここで試してみたい。







【プログラム 1日目 残り人数 29人】





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