バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>032『美学』




ずっと逃げていた。
勝つ事など絶対にできないだと内心理解しつつも、非情になりきれない自分を認められず、
せめて心だけでも、と試すような物言いで上にいつづけた。

…その度、試されていたのは常に自分だった。

だから、目の前に現実を突きつけられ立たされた時、
真っ先に会いたいと感じたのが他ならぬ貴方だったのかも知れない。
自分を認め、その上で立ち向かう貴方に俺は誰よりも深い尊敬と誇りの念を持っていたから。


でも、その思いも渇望も、今日で終わりですよ……部長。












BATTLE 32 『美学』










『どうしてこうなった。』
『この人が俺の邪魔をしたからですよ。』

突きつけ合う拳銃と、それ以上の鋭さを持って相手を切り裂くプライド。
ここ―――エリアC-4でついさっき何があったのか…予想するのはそう難しいことではない。
故に跡部は静かに目の前の人間を見つめてため息を吐いた。
「全く…どいつもこいつも…」
理由はわかる。だから現実逃避はそれまでに留める。
そして、すぐに拳銃を握る手の意識を強めた。

「…揃いも揃って死に急ぎたいのか?あ~ん?」

全くもって全てがからまわっている。
『ならば覚悟を決めろ』と、右手が囁いた。

*****


エリアC-4。
跡部の発言の丁度1時間前。
そのエリアを象徴する大木の下で、ジローはただ立ち尽くしていた。

数分前、跡部がジローの前で語ったのは、この戦いの”真実”。
それをどうすれば理解できるのか・・・ジローは立ち止まったままただそれだけを必死に考えていた。
跡部は言った。 『この戦いは自分達の思うよりも遥かに前から精巧に計画されたものだ』と。
『そして自分はその秘密の一端を知り、強要され、そしてその上でゲームを壊すべく参加している』と。
他にも様々なことを跡部は話したが、それらは理解しようと言う気分すら起させない『非現実』そものものであった。
「…。」
だから、わかることはただ1つ。
跡部は近い未来に自分達が殺しあうような状況になることを知っていた。その上で…黙っていた。
1週間の黙秘―――思う度に複雑な感情が沸き起こって…そして消えていく。

「どうして。」
ただ、それだけしか問えない。
「…どうして。」
ポタポタと膝に落ちる涙は跡部と別れたその時から一向に止まる気配を見せない。
黙秘。それはわかっていても伝えない非情さであって、むやみに苦しませないようにという愛情であり、
自分達に対する信頼と同時に不信の形。
そんな跡部が自分に対して(この時点での)最大限の信頼を持って明かした”真実”。
自分がこの島で彼と出会ってから何よりも求めたもの。
…だから、わかっている。
あの時の判断はそれが最善であったのだと。今さっき別れた事もまた間違ってはいなかったのだと。
故に自分は笑顔で彼を見送ることに決めたのだ。

―――しかし、知らされたそれをそのまま受け取るには跡部の行動はいささか軽率すぎた。

「…?」
風の変化を感じて振り返る。
かくれんぼで鬼がくる時にも感じる、自分の存在を見つけられた時の感覚。
「………。」
袖で涙をふき、風の示す方―――風下を見る。思った通り人がいた。
「…お久しぶりです。」
揺れる茶色。胸元の氷帝エンブレムがパタパタと音を立てる。
「ん~おはよ。」
「今は夜ですが。」
「…そんな話をしに来たわけじゃないんだろ?」
「そうですね。そうでした。」
そう言って向こう―――日吉が気を正す。
「ところで…芥川さん。」
「…。」
「俺は跡部さんに用があるんです。…知りませんか?」
それはいつものトーン。しかし互いに違和感を感じながら言葉をつなげる。
自分を見つめる日吉の目が鋭い。
「なんでおれに聞くの?」
わかっているが、問いかける。
「…それなりの情報ツテがありまして。『貴方が知っている』と。」
「…。」
「どうなんです?」
『恐らく…別れた直後に誰かが来るだろう。高確率で”奴”の差し金だ。気を抜くなよ。』
瞬間、ジローの中に跡部の言葉が思い出される。
「…………あぁ。そうか。」
色々な事が点と線につながる。
跡部を探す日吉。理由は恐らく…襲いに行くのだろう。
監督の裏切り、跡部からの試練―――覚悟は出来ていた。今更驚きはない。
そして”情報ツテ”…自分にとっての跡部のような協力者か。
だから、ジローはふわぁと一欠伸し…そしてまっすぐに日吉を捉え、言った。



「…跡部に挑むのはやめた方がいいよ。」


*****

落ちたトーン、はっきりとした口調。
自分を見つめる視線の突然の変化に日吉はほんの一瞬だけ狼狽えた。
長いこと古武術に触れ、気圧される事など皆無だと思っていた精神が突き刺さる視線に怯えている。
『目的がバレたか』?顔には出さずに状況をまとめ、対策を考える。
しかし向こうに何か行動を起こす素振りは見られない。
「日吉じゃ跡部には勝てない。だから場所は教えられない。」
強いてあがるのは普段の先輩からは予想もできない鋭い言葉の羅列。
「知ってはいるんですね。」
「…”知ってる”癖に。」
「そんな。勝手に決めないで下さいよ。」
突然の断定に今度は本格的に日吉の口調が乱れる。
詳しい場所を知らないのは本当だ。
先まで目の前にいた人間―――ルドルフの木更津は知っていたようだが、
自分には『居場所はエリアC-4の人間が知っている』以外の情報は与えられていない。
「それとも。」
「…。」
「そうだとして…死にたいんですか?」
…故に、目の前の人間が自分の言動からよく分からない確信に満ちたというのは理解できる。
自分は単に『この人なら知っているかも知れない』という考えで「カマをかけた」に過ぎないからだ。
木更津はその『C-4の人間』がこの先輩である事すら明記していない。
”それ”がなんなのか。
部長への信頼なのか、この島に対する絶望なのか、木更津への警戒か、それ以外の何かか……
わからず日吉は日本刀をジローへと向けた。が、それを見ても尚、ジローに退く様子は見えない。
見たところ自分に対抗するだけの武器は持っていないようだが…
油断をするべきでないと日吉は気合を入れなおした。
「貴方が道を遮るというのなら…容赦しませんよ。」
できることならば部長以外の人間とは積極的に殺り合いたくないが、
知っていてその上で隠される訳にはいかない。逃せば情報を知った跡部はこの場を去るだろう。
そうすればまたいつ会えるのかわからなくなってしまう。
そんなわけには…いかない。
そうなればお互いに利益のある行為だったとは言え、木更津とわざわざ接触したことに意味がなくなってしまう。
「そもそも貴方は他人の、あの人の為に動いて一体どうするんですか?結局生き残れるのは一人ですよ?」
「……。」
「あの人の為に命を賭けて…それがあの人の何になるって言うんですか。」
「…多分。」

「多分…何にもならない。」
矢継ぎ早の質問。それらに答えたのは、否定。
「おれたちがここで何をやっても日吉は跡部に勝てないC…跡部は何もしない。」
そして、更に告げられる断定の言葉に日吉の眉間が寄る。
「その気になったら”誰も勝てない”。」
「何を根拠に。」
「跡部が。言ってた。全部…はじめから ”決まってる” んだって。そうなるように。」
「…本格的にどうにかなりましたか?」
日本刀の構えを変える。
いつもの構え…いつでも振るえるようにする臨戦体勢。
何かよく分からないがこの人の言う事は何か恐ろしいものの片鱗を持っている気がする。
本能がこれ以上しゃべらせるべきではないと告げている。
「『全ては始まる前から決まってた。いつかはそうなる』って…だから跡部は一人で黙ってた。
 そして、おれがそれを”知った”から、日吉は今ここに居るんだろ?」
「貴方…一体何を。」


「…この戦いは壮大な『出来レース』なんだろ?」



日吉はほんの一瞬だけ息を吐いた。
…いや、正確には『一瞬だけ息を吐けた』が正しかった。
この”妄言”が正しいのならばこの戦いの意義全てが根本的に崩壊する。
はじめから『勝者』が決まっているのなら、自分達の命を賭けた戦いは全て無駄になる。
いや、戦いそのものの意味がなくなる。
「そんな事!!」
衝動的に飛び出していた。
”もし”それが正しいのならば、 ここで自分が跡部を、そして目の前の先輩を狙うこと…全てが無意味だ。
そんな事は日吉には認められなかった。
何の為に危険をおかして木更津と話したのか。殺そうとする決意を固めたのか。全てがわからなくなってしまう。
下克上の精神が根本から否定されてしまう。
―――それは自分の命がなくなることよりもはるかな『恐怖』だった。
「……」
逆上した勢いのまま叩き切る。
道場の『模擬』として何回か味わったことのある肉を絶つ感覚。今更違和感などは感じない。
しかし、衝撃に足元から落ちるその様にどこか罪悪感を感じるのは、それが本物の人体故だろうか。
「………っっ」
振りきり、その切れ様もろくに確認せず後ろを向いた。
生きているかも知れないが、その可能性は日ごろの訓練からまずないだろうし、確認したくもなかった。
一瞬でも気を迷わせたら。この人の目を見てしまったら。オレは部長へ引き金を引くことができなくなってしまう。
そして、その光景を見たことを最後の最後まで悔やむことになるのだろう。
「…貴方が何故そんな事を”知って”いるのか…部長を守るのかは知りませんが。」
ゼェゼェと無駄に荒れた息もそのままに、聞こえているのかも分からない相手に向かって呟く。
正直どちらでも良かった。ひとりごとで良かった。
いらだたしさだけが湧き上がって日吉はそのまま吐き捨てるように言い切った。

「…例え…全てが決まっていたとしても、それでもこちらには果したいことがある。
 無意味だっていい…オレは跡部さんが消えるその前に下克上を果したい!!」

『跡部さんを倒して氷帝NO1にたつ。』
それは、はじめてテニス部部長としてのあの人を見た時からの目標だ。
だからそれを果す為に練習をした。監督に認められて、ますます練習に磨きをかけた。
…それは恐らく氷帝テニス部に入部した誰しもが一度は思う、あの存在に対しての『憧れ』。
そして、圧倒的な力の差を知り、夢を捨てて行くなかで願う最後の『願望』。
だが俺は諦めなかった。最強と呼ばれる人間を倒す。それだけを目指して今までを生きてきた。
そしてここまでやってきた。200人を押しのけてついに…あの人に手が届く場所までやってきたのだ。
「…貴方も引けないのでしょうが、オレももう引けないんです。」
チャンスは一度。この島にしかない。
ならばオレは目の前に出された”危険性”すら否定する。
例えあの人に勝てないことが真実だとしても、それが俺の知らない何かによって決められていたとしても、
そして、その為に先輩の命を奪うとしても…それでも!

それがオレなりの美学。
『下克上』の文字に込めた信念。生き様。

「………。」
ごぼごぼと咳き込む音。返り血で赤く染まった自分の制服。
頬にかすかに付いた血に触れて感じる水の感覚に日吉は改めて現実を認識する。
今は生きているようだが、遅かれ早かれ背中の人は死ぬだろう。
疑いようなく、自分がついさっき振るった一太刀のそれで。
「…。」
思って日本刀をその場に捨て、もうひとつの武器―――拳銃の銃弾を確認する。
手入れもろくにできないこの場所で血によって切れ味の落ちた日本刀など役に立たない。
まぁ、潤滑油と化している血をきちんと拭き取れば問題はないのだろうが…どうやらその時間はないようだ。
どうやら聞くまでもなく『主』がもどってきたようだ。
「…どうしてこうなった。」
上がった声が聞こえない振りをして歩みを続ける。
感傷には浸らない。浸る意味がない。最期の足掻きなど聞いても無意味だ。
今までだってそうして蹴飛ばしてきた。そしてこれからもそうして頂点へ向かおうとしている。
思って日吉は表情を引き締めた。
―――大丈夫。俺は部長と戦える。
「……この人が俺の邪魔をしたからですよ。」


そう思い、言いながら言葉と裏腹に一筋涙がこぼれたのは、
本当は仲間を殺した事実を”現実”として直視したくなかったからなのかも知れない。



*****


「…退け。日吉。」

―――そして、1日目。
PM11:54。

長い硬直。一瞬の隙。
首筋に突きつけられた拳銃。そこに手をかけたまま跡部が唸る。
「お前自身が1番わかっているんじゃねぇのか。こんな事をしてもお前の美学を突き壊すだけだと。」
いつもどおりの冷静さを持ち得ているならばこんな事を言い出したりはしないだろう。
日吉はこんな土俵の違う戦いでの勝利に酔う男ではない。
こだわるのはあくまでも『テニスコートの上での勝利』。
自分が死に、チャンスを失う危険を孕んでいるからこそ、一刻の感情に流されて焦っているだけだ。
「それでも!!」
「だったらここで死ぬか?それこそチャンスがなくなるぞ。」
「っ…」
銃の角度を変え、後頭部へと直接当てる。追い詰められているのだということを肌で実感したはずだ。
当然下手な行動をすれば撃つという牽制も込められている。
「それとも…退けない理由があるのか?」
ふと、跡部の視線が横へと飛んだ。気配はない。が、恐らくどこかに”居る”のだろう。
「貴方には…関係ないじゃないですか。」
声が震える。それを無言で受け止めて跡部は目を細めた。
「…じゃぁ、ジローに何を言われた?」
「!?」
「アイツのことだ。多分何か言っただろう?」
「………言われてても教えませんよ。」
「ふん。まぁ、いいがな。」
特に日吉から聞き出そうとも思わない。恐らく『跡部に挑んでも無駄だ』と告げた程度だろう。
それを日吉がどこまで”理解”しているかは知らないが

「…日吉。俺はここでお前を離す。」
―――確証もない不確定要素に賭けてみようと思った。

「お前がもしこんな勝利でも『下克上』だと思えるならば…勝手にしろ。」
”勝手に”。
それは撃ち殺されることも構わないということ。
「…だが、お前にまだ少しでも俺様を、そしてジローを信じるつもりがあるならば。
 30時間、時間が欲しい。
 …そうすればお前にこんな島じゃ手に入らない、”本当の下克上のチャンス”をくれてやる。」
「それはどういう。」
「…生きて島を出る。
 優勝なんて狭き門じゃねぇ、生き残ったすべての人間が出られるでかい門をこじ開ける。 」
…恐らくだが、政府の連中にこの会話は聞こえているだろう。
ならば、あえてここで宣言しよう。


「―――政府を叩き潰して、俺達は俺達の世界に”帰る”んだ。」


ふっと。
目の前の日吉を突き飛ばす。
ゆっくりと日吉が自分に向き直る。驚いた表情。そのまま右手の銃が自分に向く。
それを知りつつ、ゆっくりと日吉の横を通り過ぎる。
「…お前は氷帝の”部長”だ。氷の帝国の頂点に立つ存在だ。
 俺様程度で信念を曲げるな。お前の”下克上”の相手は俺じゃない。」
そのままジローにを横目に歩き出す。
「…撃ちますよ。」声が聴こえる。
「言っただろ?勝手にしろ。」そう返す。 瞬間、横を銃弾が駆け抜けた。
逃げるつもりはない。実際、日吉が自分に向かって走れば至近距離に至るのは容易だ。
本気で殺そうとするのなら傍らの日本刀を使うのでも構わないだろう。

「……。」
ふっと足が止まった。
それに驚いたのか、背後の音が止む。
「………お前には本当に、すまなかったと思っている。」
最後にそれだけ溢れた。
自分には殺されるだけの罪と理由がある。氷帝の、他の学校の…そして、日吉には特に。
「………。」
面と向かっては言えなかった。
最後の最後でつまらないプライドが邪魔をした。
頭が垂れる。


―――そのまま跡部は審判の時を待った。







【03番 氷帝学園 芥川死亡
プログラム一日目 残り人数 27人】





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