バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>033『空目』



死神(死に神)⇒人を死に誘う神。
          「-にとりつかれる」「-にみいられる」
          (大辞林 第二版 (三省堂)より抜粋)

『死神は大鎌をもって、骸骨で、人を殺す為に存在している神。』―――だなんて。
そんなもの、全部嘘。
人を殺すのは『神』だけじゃない。
万物共通の恐怖を司る存在なんて、天使だって、獣だって…なんだっている。

………オレは、怖い。
己を売って、仲間を売って、そして只1人…大切な人を生かそうとしている自分。
人=死神なんて事はないけれど。
でも、オレは自分がどんどん死神になっていくようで。

怖い。
誰よりも。
何よりも。






BATTLE 33 『空目』









エリアE-6。
遠目から学校を望んだまま、越前はただ立っていた。
本来は中には入りたかったのだが、学校に足を踏み入れる事ができるのは最後の一人になったその時のみ。
故にこうして遠目に学校を望むにとどまっている。
視線を向けた時計はPM23:48。
―――そろそろか。
学校に来た目的はただ1つ。越前は風になびく帽子をおさえながらその時を待っていた。


AM00:00
この戦いが始まってから24時間が立つ、その時を。


「一日、たつんっスね………。」
先輩が死んで約25時間。
不動峰の人を殺して、それを神尾に止められ、灯台で自分以外の何者かの存在を知り。
そして、逃げたり追い詰めたり…生きる為という名目で自分達は色々な事をここでしてきたけれど。
それでも未だに自分には『先輩は死んだ』と言う事実が受けきれない。
『じゃぁ、今、お前のしている行動はアイツの為になると本気で思っているのか!!?』
―――実際のところ。
先輩は今の状況をどう思っているんだろうか?
自分に『生きろ』と告げたあの人。
先輩がいない今、もう元の生活には戻れないし、この島での『役割』を変える事も、変えるつもりもないけれど。
それでも桃先輩…貴方は、おれのことを―――
「…。」
首を振った。
人が死んでいくこと、殺していくこと。
それを『辛くないか』と問われて『いや』と答えたら、それは恐らく嘘。
『生き延びる』という目的の為とは言え、この感覚がある限り先輩には絶対に許してもらえないだろう。
神尾が言う通り、これが先輩にとって『望まれぬ行為』であるとするならば余計に。
「…もっと、勝たなきゃ。」
しかし、例え先輩に永久に許されなかろうと、
『殺してでも生き延びる』以外の選択肢を取ることはもはや越前個人としては無理だった。
放送は予想以上に怖く、別れは何よりも悲しく、 死ぬ―――負けるのはそれ以上に怖かった。





「だから、おれはもっと上に」
「おっ、越前じゃないか。」

「!!!」
此処に来るにあたってかなり人目につかない場所を選んだ筈だった。
だから、こんな夜間に人が来るだなんて思ってなくて。
すぐさま声の方に振り向いた先には白い制服。すらりと伸びた身長。少し垂れた髪。人のよさそうな笑顔。
…しかし、思い当たる人間がいない。
「………誰?」
わからなかったので聞いた。途端、予想していたかのようなため息が上がる。
「山吹中の南だ。…千石んところの部長だよ。」
「あぁ、あの………地味”S。」
「………………ぁぁ、そうだよ。地味'Sだよ…。」
「…で?」
「『で?』って。」
「その山吹の人が何?殺されに来たの?」
べったりとこびり付いた赤。不動峰の人の返り血。
この人にはおれが乗ってる人間だってまるわかりな筈なのに…なぜ話しかけたのだろう?
殺すために襲うだけならさっきいくらでも時間はあった筈なのに。
「いやいや、まだ俺は殺される訳には行かないよ。」
そう言ってヘラヘラと笑う。
「じゃあ。なんで。」
「こんな雨の中なにやってんのかな?って思ってさ。」
「雨?…あ。」
ここまできて、越前は初めて上空から雨が降り始めていたことに気がついた。
長いこと降っていたらしくジャージの上の方はもう既に色が変わってしまっている。
どうやら物思いにふけりすぎたようだ。
「あぁ…。」
目の前、南の向こうにある木には鉄板でできた屋根…
なるほど、そういう意図で作られたものかと辺りを見回して納得する。
そして、目の前の人間はそんな中にあって雨を避けない自分を不審に思って声をかけたらしい。
―――『ありがためいわく』とはこういう事をいうんだろう。
「それに、越前は振り向き様に人を殺すような人間じゃないと思ったから。かな?」
付け足すように微笑まれる。
「なんだよそれ。」
「あ…お前もどうだ?ずぶ濡れで風邪引いたら大変だろ?」
言って南が後方を指差す。
その先には特にしっかりとした屋根がくくり付けられた木。根元には彼が用意したんだろう焚き火の痕跡。
「入っていけよ。そんだけぬれてると寒いだろ。」
―――入るか。入らないか。
たったそれだけの選択の筈なのにひどく重要な選択肢に感じられて頭がくらくらする。
南のいつだって油断しかみえないその顔が一周りして酷く恐ろしく見てて仕方ない。
…もしかしたら既に風邪を引いているのかも知れない。
「…おい、大丈夫か?」南が近寄ってくる。
「別に。何でもないよ!」言って距離を離す。
南はその場で何かを思案したようだが、「仕方ないな…」と言いたげに進路を後方へと取った。
無理に自分を連れて行くつもりはないようだ。
「……。」
思って越前は思案する。
見た通りこの人間が自分を攻めるつもりがないのならば、こちらが意地を張る分時間と体力の無駄だ。
下手な木を宿にするよりはあの場所に移動するほうがはるかに都合がいいだろう。
それに残り1日だというのならまだしもまだプログラム2日もあるのだ。
ここでむやみに体を冷やして体調を崩すわけにもいかない。
自分を騙しているのなら、化けの皮を外したその時に始末すればいいことだ。
それができる自信には自分にはある。

「…そうさせてもらうっス。」
だから、越前は自分でも驚くほど素直に従った。


*****


「…あ、食えよ。これ。」
木の下入った瞬間、越前は何かを突き出された。
「俺このパン、レーズン入っててあまり好きじゃないんだ。」
手渡されたのはレーズンパン…らしい。
毒でも入ってるんじゃないかといぶかしげに見ると、南はそれに気づいたようで、
半分に割ってそのうちの半分を少し食べる。
「…ほら、大丈夫だろ?」
言う顔は笑顔だ。
「いや、『ほら』じゃないっスよ。」
「気になるならそっちも確認するか?レーズンは食べないけど。」
「そうじゃなくて。」
「カンパンの方が好きなのか?」
「いや、だから。」
「給食のレーズンパンも本当勘弁してほしいよな…普通にコッペパンでいいじゃないか。
 なぁ、お前はそう思わないか?」
「…え、まぁ…」
適当に返事を返す。
正直会話なんてろくに聞いていなかった。
目の前に居るのは殺人者なのに、どうしてこう油断と隙しかみえないのか。
この人はまるでどっかの町でであったかのように振舞い、どうでもいいことをつぶやき、
逆におれの心情を気遣うだけの余裕を見せる。
―――全く意味がわからない。
「…………。」
気にしていない振りをしながら、横目で南を見やった。
一体、何を狙っているというんだろうか。見極めようと隙を探す。
「何しんみりしてるんだよ。」
そんな警戒時にかかった声に、越前は出鼻をくじかれる感覚に襲われた。
殺された勢いに思わず前のめる。
まったくもってしんみりしているつもりはないのだが、目の前の人にはそう見えたらしい。
「いつも通り生意気にしてろよ。『寝首かいてやる!』位のよ。じゃねぇーとこっちの調子もでないだろ?」
「だって」
『それはこっちの台詞だよ』と内心でぼやく。
殺人を犯すことが正義の世界。
普通、返り血浴びた人間なんて見たら真っ先に殺されるかも知れないとか考えるでしょ?
例えそれが正当防衛だとしても、不運な偶然でついたものだとしても…ある程度は気にするものだろ?
実際神尾さんですら思いながら少しは気にしてたようだし。
もはや”バカ”を通り越してこの人が一体今何を目的に生きているのかが分からない。
だから、天然過ぎてどう接すればいいのかよく分からない。

「…アンタ、普通じゃない。」
だから、越前は素直に呆れた顔を南に向けた。
「驚かないし、恐れないし、何考えてるか分からないし。」
「…恐れて欲しいのか?」
「それは。」
まさかそこを問い返されるとは思っていなくて、越前の手が止まる。
「…お前何も変わってないだろ?」
「は!?」
「今も昔も越前は越前だ。変わってないんだから、扱いを変える必要なんてないさ。
 お互いにびくびくしてたらうまい筈の飯もまずくなるしな。」
「何言って」
「そういうものだろ?」
「…。」
「違うよ。」
「…。」
「おれは…あの頃のおれじゃない。」
この人間に対して警戒する気を起こす事すら無駄に感じて、越前は無警戒にその場にしゃがみこんだ。
無力じゃない。弱者じゃない。家に帰る覚悟だって...持ってる。だから、負けない。負けたくない。
その思いでここにいるのだ。間違いなくあの時の自分ではない。
「そうか?おれには一緒に見えるけどな?」
そんな自分を見ても対応はまるで変わらない。
「アンタの目がおかしいんだよ。」
きつめの口調で返す。
「はは、そうかもな。」
が、こっちの気などお構いなしに山吹の人は笑った。
あると思ってなかった普通の会話。
テニスも先輩後輩関係…なにより人権も何もないこの島で、
よく話す海の向こうの友人達のように、この人は自分に対して笑う。あの先輩のように。
思って越前は視線をそらした。
「あ、そうだ。レーズンいらないか?」
「…ほんと、アンタといると調子狂う。」
それでもどうしようもなくて、越前は顔を膝に埋めた。
すっかり向こうのリズム過ぎて、立て直そうとする気すら起きない。

…いや、
多分、この『日常』をおれは崩したくなかったんだと思う。

「……なぁ。」
「何?」
「そういやお前、なんで乗ったんだ?」
降り続ける雨の中、焚き火の火の粉がぱちりと音を立てる。
「え」
「乗ってるんだろ?ゲームに。」
キャンプの夜に仲間内で恋の話でも聞くような軽さ。
自分は乗った…人を殺した人間だが、こうやって今更問われると返答に困る。
「…まぁ。」
「いやだったらいいんだ。でも…一度聞いてみたいって思ってたんだ。乗る時の覚悟って奴。」
結構な話題を、何気ない世間話のように聞いてくる。
「覚悟…って言ったって。」
「じゃぁ、なんで乗ろうと思ったんだ?」
「………。」
「やっぱり言いたくないか?」
「いや…」

自分が乗ったのは。
桃先輩の発言がきっかけだと思ってた。
桃先輩が『生きろ』というから、おれは殺しても生きようと誓った。
…しかし、本当に理由は「それ」だったのだろうか?
もし、桃先輩があの場で死ななかったら。自分に遺されたあの発言が無かったら。
そうすれば自分は乗らなかったのだろうか。
どこにでもある何気ない会話をこうやって内村や南としたのだろうか。

「…自分でも、よく分からないっス。」
「…そうか。」
「ねぇ。」
「ん?」
「それよりアンタはさぁ、なんでそんな事聞こうと思ったの?」
「俺か?」
「…乗らないんでしょ?」
「あぁ」
少し視線がずれる、言っていいものか…悩むような表情。
「実は…知ってるかもしれないけど、千石のねぇさんがちょっと前にあったプログラムの優勝者なんだ。」
「…!」
初耳だった。
家族がバトルロワイアルの優勝者で、今回巻き込まれて、大切な人が死んで…
「…一緒なんだ。」
「ん?」
「なんでもないッス。」
「それで…聞けばわかるかな…って。思ったんだ。
 どうしたらアイツの為になれるのか…知らない俺にはわからないからよ。」
言いながらレーズンパンからレーズンを退ける。
…本当に嫌いなんだ、この人。
「聞いてもわからないんじゃないの?」
素直に疑問を口にした。
「かもな。」
それをあっさりを返される。
「でも、お前アイツに似てるからさ。近いものがあるんじゃないかと思って。」
「そう…?」
「あぁ。」
あそこまでへらへらしているつもりはないのだが。
「…それより。」
「?」
「お前はこれからどうするんだ?
 人を殺して進むのか?それとも…殺さずに生きるのか?」
薪が追加され、またパチリと音がする。
「まだ、後悔するような時間じゃないんだ…無理に今の状況を続ける意味はないんだぜ?」
そう説く目の前の人は、影が薄いと言われていてもやはり山吹中の『部長』で。
「…。」
真剣に見つめるその眼に決意が乱れそうになる。
『戻ったら受け入れてくれる?』
そう発言すれば、恐らくこの人は今までの罪を許してくれるだろう。受け止めてくれるだろう。
千石さんがゲームに乗っていない「らしい」のも、恐らくはこの眼の力。
「...本当、アンタ達はそろいもそろってまだまだだね。」
だから、越前はやれやれと言いたげに息を吐いた。
「俺は…”上”に行くよ。」

「…そうか。」

―――きっかけがどうであれ。
『殺して、生き延びて、そして政府に復讐する』。それがおれの目標、目的。
出来るかどうかわからないし、この先どうなるかなんてわかんない。
もしかしたら政府について働くなんて未来があるのかも知れないけれど。
おれは、まだおれの人生を…広がっている未来に挑戦する機会を終わらせたくない。
戻れないなら、進むしか、ない。
それを止めることは誰にだってできやしない。

「…じゃぁ。俺を殺すか?」
笑顔から真顔へ。
「ここで、殺すか?…越前。」
雰囲気が変わったのを感じて越前は顔を上げた。
黙々と焚き火に薪をくべ、火の勢いを操るその動きには何の変化もない。
「別に今殺すって訳じゃ。」
「でも最終的には殺すんだろ。生き残りたいってなら。」
「………」
言われ越前は押し黙った。
思わず触れるポケットの中の金属。
残るのは一人。当然目の前の人が残るなら、撃つ。
「そう、お前がそういう気なら、絶対にその行動に迷うなよ。
 一度でも行動を迷えば…どっちもつけないからよ。全部偽善と言い訳になっちまう…俺みたいに。」

「…なーんて。な」

「え」
「それより、疲れただろ?なんなら見張ってるけど…どうするのがいいかな?」
茶化すような声と共に不意にトーンが戻る。
それを聞き、肩透かしを食らって腑に落ちない感覚を持ちつつも越前はポケットから手を離した。
寝るかどうかを聞くのは警戒している自分のことを気にしているのか。
「…起きてる。むしろアンタが寝なよ。」
だから最善と思われる手を提案する。
先にそんな話が出たけれど…この人は面倒すぎて殺す気になれない。
「言っても越前じゃ焚き火の管理なんてできないだろ?」
「…馬鹿にしてる?」
「そんなつもりはないさ。」
言いながらも顔はにやけたままだ。
「面白くない。」
「そうスネるなよ、ダブルスの話をしているんでもないんだしw」
この人…間違いなくわかってて言ってる。
「…また、先輩達にやられればいいのに。」
「思うんだったらさっさと寝て練習する位の気合見せろよ。どうせなら体だけでも横にしてろ。」
「アンタは?」
「こいつやっとかねぇと風邪引くだろ?」
言いながら慣れた手つきで火をかき混ぜる。
どうやらこの人の中では『自分に襲われる危険性<焚き火が消える危険性』、らしい。
「俺のせいで風邪引かれても困るからな。」
「別にアンタの所為じゃ」
「そういう性分なんだよ。」
「ふうん…」

「…。」
「…。」
「……。」
「?」
「………。」
「…越前?」
「…………。」
「…寝ちまったのか。」

気がつけば隣で座り込んでいた越前から寝息が聞こえる。
安心した瞬間に集中力が切れたんだろう。
この一日、緊張しっぱなしの中このちっこい身体で歩き回っていたんだ。当然か。
「…風邪引くぞ。」
着ていたジャージをかけてやる。そしてふと頭上の空を見上げた。
やまない雨。先まで見えていた星などはすっかりその光を潜ませてしまっている。
「雨、しばらくやみそうにねぇな…」

2年前の、あの日も雨だった。
近辺の学校との合同合宿。あれはそこでの帰り道。
近くに六角の人間がいて、そして俺は人ごみの中、千石を止めようとする佐伯達を呆然と見ていた。
…当時は他校生だったとは言え、俺は誰よりもアイツの近くにいて、
誰よりもアイツの気持ちをわかっているつもりだったのに。
そうでなくたって自分の姉が殺し合いを強要される現場を見てしまったら誰だって動くとわかっていたのに。
俺は…動けなかった。
一瞬とはいえ、見捨ててしまったのだ。
千石を、彼の姉を・・・そして千石を庇おうと眼前に飛び出した六角の彼を。

「越前…俺にだって裏表はあるさ。
だから、変わる人間なんていない…”裏の本質”は誰も何も変わらないんだから。」
あの後、親戚中をたらい回しされ、政府に良いように扱われてすっかり人と記憶の変わった千石が
半ば放り込まれるように山吹へ転校してきたと知った時。
不謹慎にも俺はそれを”チャンス”だと思った。
今度こそ、千石に…皆に頼られる人間になろうと思ってしまった。
おそらくこれは死なせてしまった多くの命とアイツが忘れてしまった記憶に対する罪滅ぼし…
いや、”自己満足”に過ぎないんだろう。
自分はこうして不用意と言われるほど人を信用し、偽善を振りまくことで、
あの日の『千石から逃げた自分』を忘れたいだけなのだ。
自分を犠牲にしてあの日の俺は過去のものだと思いたいだけなのだ。
『俺達が好き勝手行動しても大丈夫だって思える、お前は立派な山吹の部長だ。』
そして、仲間達のやさしい言葉を受けて自分を安心させようとしている卑怯者に過ぎない。

「…やり直せるのかな。今度こそは。」
越前の寝顔。あどけない、中学生そのものの顔。
そこにあの日の千石が重なる。
おそらく越前はまだ自分の”思惑”には気づいていないのだろう。
発言に踊らされて自分しか見えないあたり、大人ぶってもまだまだ青いということか。
そこに内心安堵する。
「今度こそ…俺は逃げずにいられるんだろうか。」
千石にマシンガンを渡した事、死ぬ気であったことを承知で亜久津の元に行かせた事。
自分を心配する東方をとめなかった事、壇を一人にしてしまった事。
その全てから逃げずにいられる―――そんな人間に

「無理なのは、自分でも気づいているんだろう…?」

その声に思わず南の背筋が伸びた。
返って来る筈のない返事。真っ先に見たのは自分の隣。
しかし、隣の越前は相変わらず目を閉じたままだ。
立てられている寝息からいって、しばらくは起きないだろう。
じゃぁ誰が?思い、顔をあげて―――存在を捉えた南の表情から急激に血の気が引いた。
雨の中にぼんやりと浮かぶ人の影…それはもう二度と会うことはないだろうと思っていた人物の姿。
「どれだけ悔み、償いとして他人に尽くしたとしても、
 君が千石を止められなかった事で発生した”最悪の結末”は変えられない。
 …”自分”がいなければその償いすらもできなかったという事、忘れたわけじゃないんだろう?」
「なんで…お前…」
「アンタに言う必要はないよ…ここで死ぬんだから。」


あぁ…そうか。
これは悪夢なのだ。そうでなければ、よくできた幻。
なぜなら、”彼”はとうに死んでいるから。
…ほら、自分だってその様を見たじゃないか。銃で撃たれ、力尽きて倒れるその様を。
―――2年前。
姉の死に泣き崩れる千石と。一緒に。


「…は…」
声が掠れる。のどがからからに乾燥する。
ショックが大きすぎて乾いた、音の伴わない笑いしか上がってこない。
「あの日俺がいなかったら今のアンタはその罪すらも問えはしない。
 間違いなく千石は死んでた。恐らくは佐伯も。」
「…俺を責めたって何も変わらないぞ、      」
出した名前は形にならない。
「…違うよ。」
そして、声になっていなかったそれを目の前の影は否定する。
「俺は…           いや。」





「k」





瞬間、越前は起こった銃声に飛び起きた。

「な…。」
何事かと目を開けたそこは本来ありえない筈の光景。
目の前には人間。そして、その人物が持つ何かを突きつけられた南が固まっていた。
いや、違う。
「………死んでる………?」
血で赤黒く染まる肉を引き裂き食い込んだ銃弾はもはや南の顔の原型を残してはいなかった。
耳の大きな穴。鼻や頬の骨は完全に砕かれ、粉々になって窪んだ顔の中心部。
皮一枚残して力なくたれた首と見開かれた瞳。
首輪に銃弾が当たり、首ごと消えなかったのがせめてもの救いか。
越前が『ソレ』を南だと判断できたのも、ついさっきまで隣で寝ていた人物であったからこそだ。

即死。
それもかなり惨い状態での。
理解し、目の前の人間が彼を襲撃したのだと理解した瞬間、越前の表情は大きく歪んだ。
正確には『目の前の人間が誰なのかを理解した瞬間』であるが。

「…な…」
思わず声が途切れる。
”それ”は本来ここにいてはいけない人間。
数時間前に放送によって『死亡』が伝えられた筈の人間。
本来ならうれしい事の筈なのに…どうしてこんなにもこの存在が恐ろしい?

「なんで…生きてんスか…」








「………………海堂、先輩………………!!」










【35番 山吹中 南死亡
プログラム一日目 残り人数 26人】





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