バトテニTOP>>長編テキスト(1日目)>>034『指名』



「さて。皆さん。ついにスタートから24時間が経過しました。
 先ほどの榊くんに代わりまして、放送は再び、この私吉田に代わらせていただきます。
 皆さんには引き続き有益な情報を放送していくいく予定ですので、聞き漏らしのないようお願いしますね。

 さて…まず現在の残り人数ですが…26名。約半分になりましたね。
 でも、コレでもスピード遅い方ですよ?ライトが逆効果だったでしょうか…心配です。
 そして、今回の死亡者は……
 2番芥川くん、14番金田くん、20番喜多くん、31番東方くん、南くん―――5名ですか。
 …おぉ、ついに氷帝からも出ましたねぇ…
 そろそろへそを曲げずに行動して欲しい欲しいものですが…どうでしょう?ねぇ…?

 あぁ、禁止エリアについては、30分後にC-2・A-8、1時間後にJ-5、2時間後にG-9が指定されます。
 いずれも島の端に近い場所です。皆さん、真ん中の方で戦いましょう。
 夜にかけていたE-6の制限指定もこの放送が終わり次第解除しますからね。」

流れた放送は、夜の闇を生徒達の怒りと悲しみの声と共に切り裂いた。








BATTLE 34 『指名』









『………そうそう、ここで一つ皆さんに有益な情報です。
 皆さんの中で、特定の誰かを探したい、または殺したいって考えてる人。いますよね?
 そんな方の為。少しだけ参加者の現在位置をばらしてしまおうと思います!!』


そして、その中で最後に「そうそう」と付け加えられたその一言は、
放送を聞いていた多くの参加者の顔を凍りつかせた。
『自分の居場所をばらされる』。
例え放送を聞いた上での自分の決意が逃げるものとしても、殺すものとしても、
周囲にいるだろう人間に一斉に襲われる危険性を伴い、それを除いても周辺エリアに対する警戒度合いは高まる。
それが出来れば動かずに休憩をしていたい雨の夜であれば尚更に。
『選ばれたくない。知られたくない。』
この時だけは、放送を聞いていた殆どの人間の思考が一致していた。

「まぁ…オレはどっちでもいいけどね。」
それを思いながら、越前は一人静かに南の死体を見つめていた。
例え名前を呼ばれても自分には逃げ切れる自信があったからというのもそうだが、
それ以上に先の南の死、そして”海堂”との遭遇が暗い影を落としていた。
「…。」
正体を突き詰めようとして思わず黙りこむ。
アレは一体なんだったのか。本当にアレは先輩なのか。
本当ならば彼は死んだと告げたあの放送は嘘なのか…それとも、アレは自分の見た幻なのか。
無言で去った”それ”を負うだけの勇敢さと無謀さ、知的好奇心を当時の自分が持たなかったことを今更に悔やむ。
『えっと、まず青春学園の………菊丸くん。エリアC-5。』
「! おっと。」
が、聞いて越前はその先を考えることをやめた。
もしアレが本当の海堂先輩で幻で無いならば、最終的な目的は一緒。いずれもう一度出会うチャンスがあるだろう。
その時に確かめればいい。存在も、その真偽も。
今はそれよりも仲間であった人間と、ライバルだった人間がどう動くかということ。
放送が嘘がある可能性が発生した以上、今までよりも更に慎重に動かなくてはいけない。

「アンタに会えて俺はよかったんだと思うよ。」
足元の死体に一言残す。
「…多分ね。」
原型を失った南の顔に持っていたタオルをかぶせて、越前は静かに頭上をあおいだ。


*****



「…っ…」
越前が頭上を仰ぐ丁度その頃、エリアC-5。島西部。
自分を示す音の信号に、菊丸はぼんやりとした深い意識の底から目を覚ました。

ただでさえ動くには厳しい負傷の身に、降りしきる夜の雨。
負傷、流血、冷え、疲労。麻痺した手足は動かす気も起こせないほどに重い。
「(あぁ…)」
兎に角動こうとがむしゃらに空に手を伸ばす…が、その先にあるはずの掌が見えない。
視力も落ちているんだろうか。
このままゲームに乗った誰かに見つかったら、間違いなく命はないだろう。
「………………。」
『このままオレ死ぬんだ。』
―――思った瞬間、涙がこぼれた。
そして、何もしていない自分に悔しさが溢れた。
まだオチビにも、不二にも、手塚にも誰にも会えてない。
死んじゃった海堂や桃に対して、お別れの言葉も言ってない。手紙も渡していない。
この状況で出来る事の、どうせ生き残れない自分のせめてもの仕事の一つも出来てない。
ならば、何故自分は樺地を盾にして室町から逃げたのか。

『次は同じく青春学園、河村くん。エリアは…D-6。同じく島西部ですね。』

だから、これは最後の希望だと思った。
南東1エリア分先にタカさんがいる―――残ってる力の全てを使っていけば、もしかしたら会えるかも知れない。
「…っく!!」
金縛りにかかったように動かない身体を押して立ち上がる。途端ふらついて荒く息を吐き、咳き込んだ。
錆び付いた口内と、赤い咳。全身が誰よりも余実に『限界』を告げている。
誰に殺されなくても自分に残された時間は、少ない。
「…ここで死ぬくらいなら、生きなきゃ…」
血まみれの泥だらけ。
更に出血と雨とでまともに見ることも動くこともできないこんな身体でタカさんに会って何がしたいのか。
―――正直わからなかった。わかんないからこそ、動きたかった。
「…」
思い出すルドルフの試合。自分の体力の無さで負けた試合。
これはあの時と一緒…可能性があるのに自分の体力なんかで諦めたりなんてしたら、大石に顔向けできない。
結果はどうあれ、せめて最後は笑顔で終わらなきゃ。
「だから…まだ、ロウソクを吹き消さないでっ!!!」
搾り出すように声を上げた。叫んだ。
まだ、死にたくない。生きたい。そして、やり残した事を一つでも多くしたい。
手紙を…桃達の思いを少しでもはらしてあげなきゃ
「まだ…大石の所にはいけないんだよぉ…」

生きなきゃ。
全ては自分の殺した人の為に。



*****



『次は聖ルドルフ、木更津くん。』
エリアC-3。島北西部。
木更津は民家の一室で雨を凌ぎながら、いつもよりも音量の大きい放送にのんびりと耳を傾けていた。

「そうか…呼ばれちゃったか。」
何のことはないと言いたげに楽観した顔。
理由は簡単。木更津には『慌て、逃げる理由がない』。
むしろ殺しにやってくるというのならば、返り討ちにしてやるつもりで”待っていた”。
どうせ見つけ次第誰であろうと殺すつもりなのだ。探す手間が省ける。
「やっぱりみんな警戒するのかな…最初は。それとも動く事を前提にしていないのかも知れないね。」
その上で放送の真意を探る。
深夜の放送。当然、休んで動かないであろう生徒の拡散が狙いだろう。
同時にこうやって自分のような人間へのチャンスも与えている ―――その選出理由はなんなのだろうか。
単に動いていない人間をあげるだけなら先まで動いていた自分でなくてもいいはずだ。

「…あ…もしかして法則があるのかな?」
青学の菊丸・河村。そして自分。
生徒名簿を見ながらふっと浮かんだ推理を参加者と当てはめて、次の指名の予想を立てる。
「もし、ボクの予想が正しければ…次は氷帝。」
『えっと、次は…あ…氷帝の日吉くん、ですね。エリアはD-4。島北部。』
「………やっぱり。」
確信がここに生まれる。コレは面白い。
という事は…と次に呼ばれるメンバーを推測して、そこにルドルフがない事を悟った。
「…流石に観月とかは放送されないっか。仕方ないね。”当てはまる”のはウチではボクだけみたいだし。
 ………それよりも。」
先ほど流れた日吉の現在エリアはD-4。 北の集落のはずれ。
跡部を殺した後に落ち合う場所担になっていたここには近づいていない。逆に遠くに移動してるようだ。
「…跡部を殺せなかったみたいだし…逃げたのかな?」
見つめる東の空。
もし日吉が逃げたのだとしたら、やはり裏切り者として追った方がいいだろうか。
それとも一度は部長を殺そうとした精神に敬意を払ってここは見逃した方がいいのだろうか。
「…まぁ、今の所は見逃してあげるよ。」
すっかり硬くなってしまった首を回して、木更津はすっと前を見た。
「それに”事実”がどうなっているのか知りたいし。」
出まいと決めていた家を出る。 そしてコンパスを覗き込み、ゆっくりと方向を確認して歩き出す。
西―――灯台の方向。日吉に跡部がいると教えたその場所へ。
もし跡部が虫の息で生きてるんならトドメを刺してやるまでだ。そして、完膚なきまでにこのゲームをぶっ壊す。
「そうすればきっと亮みたいなバカなことをしようとする奴はいなくなる。
 …そう、なるよね………亮。」

木更津、亮。
正義感ぶって裏で活動して、サエを助けようとして、千石を庇って死んだ奴。
結局誰よりも望んでいた平和を手に出来ず、BRを止める事も出来ずに死んだ奴。
―――バカな、双子の片割れ。

ボクは亮とは違う。
ボクは…木更津淳。全く違う、別の存在。
「だから、ボクは亮よりも出来る存在である事を奴等に証明するんだ。」
例え、それがこの世の全てに反旗を翻す行為であったとしても・



*****



『次は氷帝の、忍足くん。』
「侑士っ!!!?」
「落ちついて下さい、向日さん!!」
エリアFー5。島中央部。
相方の名前に思わず放送機器を踏み壊す勢いで突進する向日を、
不動峰、石田は必死に羽交い締めにしていた。

「だけど、侑士に会えるかも知れないんだぜ!!!?」
まくし立てるような声。表情に浮かぶのは疲労以上の焦り。
疲労で動けなくなっていたらしい所を自分が助けてから、この人はずっと相方の話しかしていない。
そんな中でのこの状況。そして、先ほど流れた仲間の死。
元々神経質っぽそうなこの人がいつも以上に神経質になるのは当然だろう。
「分かってます。だから落ち着いてください。」
ふとよぎる自分の相方―――桜井。
思って石田は向日に視線を合わせ、とりわけ丁寧に声をかける。
まだ全員の読み上げは終わっていない。相方の名前が出ないかと焦る気持ちは当然自分にもある。
だからこそ相手共々自分を落ち着けさせたかった。
「………落ち着け!!」
だからか。 いつの間にか静止を求める声が荒らげていた。
驚いたようにピクリと向日の動きが止まる。
「…自分の場所を知られるのは危険です。
 が…この放送はそれ以上に、『周りに乗った人間が増える可能性がある』ということが重要なんです。
 交渉しようと下手に突っ込めば、こちらが集まった人間による二次被害に合いかねない。」
「だからって!」
自分の声に幾分かの冷静さを取り戻したらしい向日だが、その声は未だ荒い。
「…だから聞いてください。
 忍足さんだって黙って攻撃を受けるような愚かな人じゃない筈だ。
 手負いとは言え…向こうも当然放送を聞いてある程度の移動や攻撃への対策を行っているはずです。
 だから、こういう時こそゆっくりと、敵の合間を抜けるように移動しましょう。
 ここで不用意に行動をして怪我をしたら、咄嗟の時に誰が忍足さんをかばうんですか。」
「…………。」
「あ、言い過ぎちゃいました…すみません。」
「いや、謝らまなくていいんだ。 」
気まずい沈黙が一瞬二人の間を抜ける。
「それよりなんていうか…こっちこそすまねぇな。」
「いえ。そんなこと。」
「出会った時からずっと俺ばっかり騒いでて…先輩らしくねぇしよ。」
そして、罰が悪そうに視線を逸らす。自覚があったのか。
「だから、わざわざこんなのに付いていかなくたっていいんだぜ?
 その話で言うならお前がわざわざその危険を冒す意味はねぇだろう?」
「確かにそうですが。」
言って、立てていた巨石―――慰霊碑を横に置く。
「そこまで忍足さんと氷帝を大事に思っているからこそ、俺は貴方の為に何かをしたくなるんです。」
自分の命すらも危うい極限の状況。こんな時だからこそ人の本質が見える。
そして、その中で誰よりも相棒の為に動こうとする目の前の先輩は、いつかの橘同様に
自分が全力を注ぐに値する力を持っている。信用できる。
でなければ、橘さん(…と、恐らく手塚さん)以外の先輩と行動をしようという選択肢は起きなかっただろう。
『この人間は命を預けるに値する』
向日とはほとんど初対面であったが、石田はそう判断した。

「さて…冷静になったところで動きましょうか…”できるだけ早く”忍足さんに会わないとね。」
故に石田は笑顔でそう向日に告げた。
『できるだけ早く』。言葉の意味は図面通りそのままだろう。
「! お前」
「合流、するんでしょう?言った通りゆっくり行きますけど…すぐに動かないとは言ってないですよ。」
石田はそう言って、さっと荷物を持ち上げた。

「仲間を思う気持ちで俺達不動峰が遅れを取るわけにはいかないんでね。」



*****



『そして、山吹。多いですよ。…まずは壇くん―――』

それからしばらく言われた山吹の放送を、ボクは全く聞いていませんでした。
もしかしたら千石先輩の場所も言っていたかも知れません。放送で名前を聞いていた気がします。
でも、ボクは覚えていません。
なぜならボクの前には『現実』があったからです。
緑と、黄色と、白と、銀と、赤。
それらで構成されていた筈の姿は確かにあって、でもそこにはありませんでした。
あったのは横たわる”ナニカ”とその上に丁寧に置かれたラケットだけでした。

誰がいつ置いたのかは知りません。
ですが、それは間違いなく先輩の…亜久津先輩のラケットだったんです。

…先輩に、ボクはとても会いたかった。
だから、東方先輩に亜久津先輩が近くにいると聞いた時に、ドキドキしたです。
殺されてでも亜久津先輩、あなたに会えるってそう思っていたからです。
でも、実際は違いましたね。
ボクが先輩に会った時、もう先輩はこの場所にいなかった。
触れても暖かくない身体。
呼びかけても覚まさない瞳。
これから先、ボクはどうしたらいいですか?
この半年、ボクはずっと先輩を追いかけていました。目標にしていました。
他の先輩達が『亜久津に絡まない方がいい』と言っても、ボクは先輩が好きだったし、
逆に千石先輩みたいに溶け込んで欲しいと願っていたので、特に気にはし ませんでした。
だから、その目標がいなくなった今…ボクは何をしたらいいんですか…??



*****



『そして、最後は不動峰だね………まずは伊武くん。』
「やはり………深司、か。」

エリアH-4、島東部の草原。
そこで橘はそれまで全ての現在位置を聞きながら、
恐らく伊武の後に場所が知らされるのは自分だろう、と覚悟を決めていた。

今までに指名されたのは菊丸・河村・木更津・日吉・忍足・壇・室町・千石・新渡戸・東方・そして、今の伊武。
名前が呼ばれる法則性を、橘も木更津同様に見抜いていた。
「『ダンタイチ』、『センゴクキヨスミ』、『イブシンジ』…
 やはり、指名される人間の選択は全て最後の文字の母音から来ているのか。」
生徒一覧の横に書き込まれている振り仮名。
『SI』や『MI』『JI』など、指名を受けた人間は全て最後に『I』を母音にしている。
当然自分のスペルにもやはり最後に『I』がつく。恐らくだが順番は学校・学年順で優先しているのだろう。
「………という事は。やはり。」
吉田は決してランダムに設定したとは言っていない。
ただ、『少しだけ参加者の現在位置をばらす』と言っただけだ。
だから、自分達が同一法則で選出されていると気づいても意味はないのだが。

「…あえて、不動峰<ウチ>を最後にしたらしいな。」
橘の思考場所はむしろここだった。
青春学園、聖ルドルフ、氷帝学園、山吹中、そして不動峰。
頭文字の順番を考えれば不動峰、伊武の名前が呼ばれるのは『HI』である氷帝学園の後。
そこに吉田は山吹を入れ、あえて不動峰を最後にした。 たまたまだろうか?
「……いや。」自分の問いを否定する。
橘は分かっていた。
この放送の”本当の狙い”は、生徒の位置情報を知らせることでも死者や禁止エリアを伝えることではない。
恐らくは―――



『最後は、橘くん…そう、予想通り、不動峰の貴方が最後ですよ。』

自分の名をこの放送の最後に出すこと。
それが目的。



「…。」
あの男は知っている。
俺が杏と共にあの時期に不動峰に転校してきた訳を。そして、オレが今も尚、『戦う』理由を。
その上でこうして意図的に最後にしているのだろう。
『こうやって話すのは久しぶりですね。』
彼の向かう先にあるだろうスピーカーは今、自分の音声を拾っている。
わかっている。だから声は出さない。
『それにしてもすっかり性格が変わってしまったようで…すっかり牙がなくなってしまいましたねぇ。
当時は金色の髪を血に染めてまで、気骨に戦っていたというのに。』
「……。」
『…正直僕は期待していたんですよ?
 貴方が樺地君を盾にして菊丸くんを殺し、そして、室町君と対峙する展開を。
 獅子楽中にいた頃の、冷酷非情な貴方なら当然そうすると思っていたのに。』
「…。」
橘は思って背けていた視線を一瞬だけ西―――学校へと向けた。
自分が九州、そしてこの島でやって来たことを忘れた事は一度もない。
生き残る為の略奪と、それによって増える名声。人気。そして、それに答える為の新たな”パフォーマンス”。
自らの力を奮ってみたい…たった一度の好奇心から至った過ちは、
奪った命以上の重みを持って今ここに存在している。
何度も見た、俺が俺自身のテニス生命を壊して、最後に俺そのものを壊す、悪夢。
その度に現れる涙を流す杏と―――右目から血を流す千歳の姿。
「…だが、もう俺はあの時の俺じゃない。」
そう、今は違う。
ここにいるのは誰よりもこの島から守ってやりたい奴等らと”あいつ”との約束の為に
過去の名声も富も権力も捨てた、一人の男子中学生でしか無い。
「もう俺と同じ道は誰にも歩ませはしない…こいつらを守る為なら俺は自分だって捨てる!」
だから、この経験と知識が大切な人々を守る為の武器の一つになるならば、
俺は過去の暴露もそれにかかる信用の失墜も甘んじて受けよう。

「…アンタの指図はもう受けるつもりはない!」

『あらあら』
そんな橘の声に放送の向こうの声は抑揚のない声を漏らした。
『そうですか。それは残念です。
 私は寛大ですからねぇ…もし、その選択を後悔するときが来たら、またおっしゃってください。
 それまで貴方の首輪は破壊しないことにしておきますよ。
 今は反逆児とは言え、貴方と貴方のお友達にはBR変革期に大変お世話になりましたから。



ねぇ?………BR九州地区選抜テストプレイ優勝者、橘桔平くん?』




*****


その発言は不動峰の―――
少なくともエリア移動を開始しようとしていた伊武には酷く非現実的な言葉に聞こえた。

「…今の、何だよ」
『そのままの意味ですよ?彼は昨年の冬季大会の優勝者。
 参加者を彼と友人の2人だけでほぼ壊滅された…歴代BR屈指の”レコードホルダー”です。
 まぁ…その前からも『当て馬』としてずいぶんと働いて貰ってはいるんですけれども。』
聞こえていない筈の声に答えるように、吉田の言葉が返事を返す。
予想しているのか…それとも、聞こえているのか。
『その様子だと”君”には伝えられてなかったみたいですねぇ。それはそうか。
 知っていたら信頼なんてしませんものねぇ…?』
「そんな」
『この人間は君に”だけ”隠していたんですよ…自分の正体を、ねぇ?』
くつくつと嫌味な笑いがマイクの向こうに漏れる。
「まさか、橘さんに限って。」

―――人殺し?
―――優勝者?それも殺人鬼としての?

『信じるも信じないも勝手ですが、思い当たる節がいくつかおありでないんですかねぇ?』
「……」
言われて思わず黙り込む。
―――橘さんにその雰囲気がなかったと言えば嘘。
確かに橘さんには『影』があった。
何か強力な力をを抑えこむように佇むそれ。一転して何かを吐き出すように叩き込まれるスマッシュ。
それは橘さんが本当の実力を出せるだけの強い人間がウチにいないからだと自分達は思っていたけれど…
「! そんなわけじゃん…そんな人じゃない。」
思わず肯定しかけて苦虫を噛む。
『否定はさらなる疑念の種。』自分は敵の策が分かっていてホイホイと釣られる人間でない。
今までのでそんな事は嫌というほど思い知らされた筈なのに。
神尾を、石田を…橘さんを。疑っても自分が信じようと思っている限り何もできないってわかっている筈なのに。
「………。」
ふと、足が止まる。
苛立ちに奥歯がぎりぎりと鳴る。
…橘さんには俺達には言えないほどの後ろめたい隠し事があった。
それが先の放送のないようなのかはわからない。でも、間違いなく持ってる。多分、これは憶測じゃない。
「あ~あぁ…最悪。」
いつものように乱れた髪をとき戻す。
仲間を疑う自分。放送を疑わない自分。橘さんが多くの打算で今まで自分達に接してきた…そう信じたくない自分。
色々な自分が現れて、そして何かをつぶやいて消える。
「…橘さんが優勝者?転校?人殺し?そして、またBR?…どう考えても出来すぎだろ、流石に。
 だから、絶対にそんな訳ないのにさ。無駄に神尾とかは『本当に?』って騒ぐんだろうなぁ…
 『本当に橘さんは優勝者なのかな?』『じゃぁ俺達騙されてたのか?』とか言って。
 橘さんはどんな時だって橘さん……なのにさ。」

正直なところ。
どうせ一人しか生き残れないのならば、
橘さんには自分がその存在を否定したり、疑惑を持ったりする前に死んで欲しかった。
俺の知らない所で、俺の知らない時間に、俺の永遠に気づかないうちに居なくなって欲しかった。
「そうすれば、こうやってこっちがどう説明しようか苦労することも、
 橘さんに会うべきかどうかも迷わずに済んだんだよ…こんな放送を聞くことだって。」
言って、矛盾だと感じている。
これはあの山吹の1年に言ったことと同じ。
知りたくなければ触れなければいいのに。単に傷つきたくなければ逃げればいいのに。
彼とは違って自分の身を守る武器は持ってるんだ。だから 一人で静かにしていればそれでいい筈なのに。
ならば何故、願いどおりに死んでいるかも知れない石田や神尾を今探すのか。
どうして会いたいと願うのか。
そして、どうしてここまで必死に橘さんを信用しようとあがいているのか。

否定したいんだ。
何も与えられない自分が退けられてはいないのだと。
全ては、自分の邪念は嘘なのだと。
神尾が、石田がと言うことで忘れようとしているんだ。自分すらも否定したいんだ。
誰よりも大好きな人達だから、
―――だからこそ、裏切られるのが何よりも、怖い。

「兎に角、会わなきゃ始まらないよね…憶測じゃ、なにもわからないんだし。」
一人で生きているのはいつものことだって感じてた。でも意外とそうでもないらしい。
意外とアイツラのこと信用していたんだなぁ…とふと思う。
「これで会って橘さんが普通だったら、こんな放送に惑わされてる俺バカみたいじゃんか。
 やだなぁ…それを逆に疑問に持たれたりとかしちゃうんだろうなぁ…最悪d」

唐突に伊武のぼやきが止まる。
もし、放送の最後を橘にするのが『目的』なら、狙った『結果』は恐らくこの出会い。

「…なに、やってんだよ。」
雨の中にいたのはいつもの姿。数10時間前にわかれたのと全く同じ姿。
でも、その表情と雰囲気はその時とは比較にならないほど荒れていて。
「聞かなくても関わるべきじゃないってわかってるけどさ。ここでわざわざ聞いてあげる俺偉いなぁ…」
それ以上の言及を避けざるを得ず、でもそれをする気もなくて問いかける。
雨にぬれて肌に張り付いた髪。隠された表情はよく見ることができない。
「…聞いてるんだから答えろよ。人の話には返事位しろって橘さんにも言われただろ?
 自分もよく言う癖に出来てないとかどうな」
「なぁ、深司。」
かかる声は低い。
「…なにさ。」
「お前、死にたくないか?」
「なに勝手に決め」「楽になりたくないか?」
「…」
そして、向けられた銃。
眉間にしわを寄せて表情を変えた伊武の前でその人物は―――桜井は真顔で。
「アイツラらと一緒に楽になれるなんて最高だろ?」
「最低だよ。」
「すぐに最高にしてやるよ…なぁ?深司。」
「だから」
「俺はアイツラに会わなきゃいけないんだよ…」
「…。」
「………。」
「…………。」
「…あ~ぁ。やっぱり関わるべきじゃなかったなぁ・・・話が通じないし。」
何かが、切れた。
ため息。そして聞こえないほどの小さな声。
その表情に浮かんだのは裏切りのショックでも話の通じない事への焦りでも現実の過酷さでもなく、
どうして自分は彼等を守ろうとしていたのだろうか・・・という、情への疑念。
「はぁ」
ふと。目の前に緑の少年の姿が映って、伊武は再びため息をついた。
あの少年に『愚問』と言ったあの時から、
遅かれ早かれ自分の選択がこうなるとは思っていた。

望まれていたのだろうか、この展開を。

「…本当、これだから桜井は対応するの面倒なんだよ。」
だから、CZ・M75を手に取ることに躊躇はなかった。
今まで信じようと必死に足掻いていたものを吐き捨てるのに後悔は無かった。
「さっさとやっちゃおうよ…ここから離れなきゃ行けないんだからさ。」



―――そして、2日目にはいって”2度目”の銃声が上がる。







【プログラム二日目 残り人数 26人】





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